第七十三話 猛る炎はその身の内に ~The devil’s blade cutsdown the devil.
ルール的にはデモノイーターは『悪魔喰らい』をする度に抵抗判定が必要で、後天的にデモノイーターを得たキャラクターは『精神汚染』を必ず取得している為、その判定にマイナス修正があります。
つまり後天的デモノイーターは高い精神力を持ちながらも抵抗判定に失敗しやすく、その末路である『アクマ化』に至りやすいのです。
「今のアンタは……アクマだ。
アンタが憎んでいるはずの、ただのアクマなんだよ」
連理は目の前の男を、鷹城佐重樹を真っ向から見据えてそう言った。
敵の首魁、榊家を、『暁』を崩壊させた者達のボス。 魔物を憎み、ササと連理を殺そうとした男。
そんな彼は魔物を只管に喰らい、その身を取り込み、既に人間ですらなくなっていたのだ。
それは享楽では有り得ない。 悲哀でも慟哭でもそれを達するエネルギーは足りていない。 だからきっとそれは復讐の為に。
「…………………………フざけた事ヲ……」
長い沈黙の後、鷹城佐重樹はそれを否定する。
「なら何故アンタはここにいる? 何故アンタみたいな立場の『人間』が、使いっ走りみたいにヒトを攫って、こんな場所で門番か獄吏みたいな真似をしてるんだよ?」
言いながら振るわれるのはテルム《黄昏》。
身を退く鷹城だが、その刃は届いていた。 左腕が軽く切り裂かれる。
「解るか? 《悪魔喰い》の刃がその身を喰らったのが。
今のオレは、アンタの天敵だ」
その上で、連理は鏡子が言うところの『悪魔殺し』。
そう。 彼は『悪魔殺し』で『悪魔喰らい』。 魔物を殺し魔物を喰らう、魔物達の天敵なのだ。
それはアクマと化した目の前の男ですら例外ではない。
「ふざケルなっ!! ソのチカラが! ソレが何故ワタしのもノではナいのだ! フザけるナッ! フざけルなっ! ふザケるなッ!!」
連理の言葉に、その身に受けた痛みに鷹城佐重樹は激昂する。
テルムを扱う資質はなく、魔術も身につける事が出来なかった彼が選んだのは後天的にでも得られる可能性を持った『悪魔喰らい』の道。
無論『無能力者』と認められる程度のちからは手に入れていたが、そんなものは到底目的に足りるちからではなかったのだ。
――己が半身を貪り尽くしたアクマを狩る為は。
だから彼はアクマを喰らった。
アクマを殺し、アクマを喰らい、そして得たちからでまたアクマを殺した。
悲鳴に耳を塞ぎ、その生肉を喰らい、全身が書き換わる痛みに耐え、寝る間も惜しんで新たに得たちからを十全に使い熟せる様に努力を重ねてきた。
それもこれもあのアクマを殺す為に。
連理は逆だった。
立ち向かうなど考えもしなかった彼が内心望んでいたのは、むしろ逃げる為のちから。 しかし気づかぬ内に得ていたのはファンタズマもアクマも、分け隔たりなく殺しうるちからだった。
だが、それでもそれを得た事は彼等と敵対する事とイコールではないのだ。
決して。
「巫山戯てんのはアンタだ、鷹城佐重樹」
《黄昏》が上段に構えられる。 それは所謂振り下ろす為の構えではなく、切っ先をやや前方へ、刃を斜め上へと向けた『霞の構え』。
教わった訳ではない、見様見真似の構えだ。 師となったのは葦原 響。
「それだけのちからを手にして、する事は殺しだけ。 仕舞いにはどっかの誰かの使いっ走り」
膝を曲げ、腰を落とす。 全身の力を抜き、それでも姿勢は崩れない。
「報われねえよ。 喰われた誰かも、喰ったアンタも」
鞭の様に弧を描く刃。
瞬時に踏み込むその動きはヒトの領域を超えている。
しかし鷹城佐重樹もデモノイーターだ。 その動きは人外。 氷の刃を盾にし槍にし、連理を喰らわんと襲いかかる。
「お前ノちかラヲ! 寄こセ!!」
武器よりも拳よりも、噛みつく為なのか顔が前面に出る鷹城の姿はまるで野獣の様だ。 だがその動きは決して単純ではない。 複雑なフェイント、その動きの緩急は酷く読みにくい。
知能の高い野獣とも言うべき動作は本来であれば連理を組み伏せ、噛みつき喰らうに足りる能力であっただろう。
あくまでそれは本来であれば、だ。
連理の特異能力『悪魔殺し』。
それは何処か歪んだ『対魔物の能力』だ。
一見『破魔』『退魔』に似ているくせに決して同一ではない。
相手が魔物であれば自身の能力を向上させる、魔物に対する吸魔の様な、いや、鏡の様な反魔の能力。
受け流す様に流線型に象られた鷹城の氷を何の抵抗もなく切り裂く《黄昏》。 彼はそれを瞬時に見極め、躱そうとするがそれでも辛うじて腕の切断を免れただけに過ぎない。
刃は至極あっさりと骨に達している。
その時、一瞬だけ連理の刃がその位置を『戻され』、鷹城の傷は『なかった事に』されたが、連理の身体はそれを認識する前に別の動きを仕掛けていた。 半歩前進し振り下ろすはずの刃を切り返すと、横方向へ薙いだのだ。
鷹城の胸に一文字の傷が生まれる。 が、深い傷ではない。 その傷は瞬時に氷で埋め尽くされ、狂気の瞳をした男は刃の通り過ぎた瞬間、前のめりになりながらも連理へ迫った。
噛みつきその肉を喰らう為に。
――ドコッ!
しかしそこに響いたのは肉に噛みつく音ではなく、叩き付ける打撃音。 連理の回し蹴りが迫る顔にクリーンヒットしたのだ。
強烈な蹴撃に鷹城の身体は真横 ――突進した方向とは90度角度を変えて吹き飛ばされる。
何時ぞの再現の様に、壁側へ滑る様に転がっていく身体を連理は追った。
その構えは『脇構え』。 腰元に柄、後方へ切っ先を置いた構えで走り、鷹城を切らんとする。
そこに転がる彼の目が光ったかと思うと連理は数瞬分『後ろ』にいた。
間合いがズレる。 《黄昏》はもう振るわれる寸前だ。 だがそのまま振るった刃は決して当たらないだろう。
それらを承知の上で連理は手にするテルムを横薙ぎにした。 振るわれる《黄昏》から放たれるのはひとつの斬撃。
彼は掛居の時の様に不可視の剣閃を飛ばしたのだ。 ついでとばかりに勢いのままその身を一回転させた連理は、ちからを貯めた発条が弾ける様に刺突する!
その一連の行動で鷹城の腹は裂かれ、その右腕は千切れて跳んだ。
連理は止まらない。
いや、止まってしまうと彼に、鷹城佐重樹に『止めを刺せなくなるかも知れない』から、止まれない。
それは鷹城佐重樹の『特殊な能力』に関するモノではなく、連理のヒトを殺す覚悟の話だ。
確かに彼は隣人を守る為に『人間』を殺す覚悟を持った。
だが、連理は結果的に掛居東誠を殺しているものの、最終的な意思決定を降し殺意を以て殺した訳ではなかった。 掛居は結果として死んだだけであって、その状況は未必の故意に近いものだった。
先程の戦いでも殺意は持った。
あのまま続けていたのなら恐らくあの中年を殺す事にはなっただろう。 それでも一度手を止めてしまえば躊躇する可能性は否定出来ない。
事実、何ら特別な感情を持たない相手であったのもあるだろうが、手を止めてしまったが為に敵を逃がす羽目になっている。
だから連理は自身の躊躇いを予測する。
目の前のスレイヤーが死なずに倒れ、それに止めを刺せない自身を予測する。 その結果がその後の危機に繋がるとしても。
だがその思考はある意味杞憂で終わる。
鷹城佐重樹は千切れかけた腕の代わりに何時の間にか氷で出来た腕を生やしていた。 二本三本と阿修羅か千手観音の様に腕を生やし、連理に対抗している。
――駄目だ。 コイツは殺さなくては止まらない、無力化なんて甘い事は出来ない。
鷹城佐重樹はアクマだ。
そう感じた先程の認識を今改める。
鷹城佐重樹はただのアクマではない。
コレは既にタタリと化した憐れな魔物なのだ。
切る。
喰らう。
生える。
斬る。
喰らう。
生える。
切る。喰らう。生える。
斬る。喰らう。生える。
切る。喰らう。生える。斬る。喰らう。生える。切る。喰らう。生える。斬る。喰らう。生える。切る。喰らう。生える。斬る。喰らう。生える……。
斬っても喰らってもまた生える、無限増殖の千日手。
その戦いの様子はまるでヘラクレスとレルネのヒュドラの戦いだ。 ヘラクレスは首をひとつ切るとふたつの首を再生させるヒュドラとの戦いに苦戦するが、甥のイオラオスがその傷口を焼くと再生しなくなる事に気づき、松明で傷を焼きながら倒したという。
それは鷹城佐重樹の能力とイコールではない。
しかし彼の主立ったちからは『氷』だ。 炎は有用であろう。
とは言え連理に炎を扱う能力はない。
彼の《黄昏》は、朱音の持つ《蝕》の様に魔物の多様な能力を吸収出来る訳ではないからだ。
だが、振るうテルムが囁いてくる気がする。
――オマエ ノ ウチニ 『ホノオ』 ハ アル
と。
厳密には《黄昏》も、絢の《呪詛》の時の様に特殊能力も吸収する事が出来ますが確率がめっちゃ低いです。




