第七十話 汝、何処より生まれ来たりや? ~Dragon Slayer.
タツミ、戦闘開始です。
タツミの周囲にはわらわらと若いスレイヤー達が集まってきていた。
彼等の表情に浮かぶのは功名心。 挙げぬ手柄を取った夢見る、現実感の伴わない顔だ。
余程の自信過剰か、用意した策に自信があるのか、そんな事はタツミに知る由もないが見ていて気持ちの良い表情ではない。 むしろ不気味ですらある。
(考えても無駄であろうな)
タツミは首こそ多くあるが蛇だ。 手足がない。
であるから戦いとなれば、牙または口による噛み付きや捕食、尻尾による叩き付け、頭や首を使った体当たりが主だった攻撃となる。 それ以外にも吐息や魔法・魔術による攻撃、生来の能力として災害を起こすことも出来るが、前者よりは肉体を使った行動の方が得意だし、後者は効果範囲が広すぎて使いにくい。
わざわざこんなタイミングで仕掛けてきた連中である。
彼の得意なことを調べていてもおかしくはない。
『Gyaoooooooooooooooo!!』
だから彼は吼えた。
魔力を込めて叫ぶ『咆吼』は弱者に対して威圧・萎縮・恐慌といった効果がある。 場合によっては麻痺・ショック死する可能性もある魔の咆吼だ。
だがヤツらはそれに耐えた。
いや、一瞬、不可思議な輝きに包まれた様子から『耐えた』訳ではなく、何らかの魔術、または魔術的防御により防いだのだろう。 道具であれば恐らくは使い捨て、魔術であれば張り直す必要がありそうな防御膜。
それを察したタツミは構わず再度『咆吼』する。
『Gyaoooooooooooooooo!!』
その上で雷雲を喚んだ。 無作為に落ちる雷を直撃させることは難しいが衝撃は大きい。 その上、自身はそれを吸収することが出来るのだ。
無論、近くには鏡子とカノンもいるが、主は弱体化していようとこの程度の雷撃は効果がないし、同僚もこれくらいであれば捌けるレベルなのだ。
しかし、そこにいる一部のスレイヤー達は軽い人間に見えても『戦士』だった。
タツミの咆吼に自力で耐え、落ちる雷に躊躇いも見せず、彼に斬りかかってくる数名がいたのだ。
――ズンッ!!
小さな剣の、思いの外強力な一撃に身体が震える。
小さな槍の、今のタツミから見れば爪楊枝の様な一閃に鱗が貫かれる。
如何に強大なちからを持つテルムでも、この八岐大蛇に傷つけるのは簡単なことではない。
例えば連理の様に、半ば対魔物に特化した様なテルムを持ち、かつ肉体的にも強化されている存在であれば話は違うが、ここにいる者達はそこまでには至っていない。
(――何だ、この感じは?)
何処かちからを制御されている様な、奇妙な感覚に囚われながらもタツミは幾つもの『水の龍』を喚び出した。
隠れ潜む『誰か』に攻撃を当ててしまわぬ様に。
◇ ◇ ◇
「どうやらワタクシの策とワタクシの駒が上手く嵌まった様ではないか。 鏡のアクマよ」
隠蔽の為の結界を纏い鏡子の前に現われたのは鷲鼻をした初老の男だった。
鏡子はそれに応えない。
この状況で態々『説明』に現れた、恐らく自己顕示欲の強い敵である。 これまでに見た事のある顔ではないが、タツミに有効打を与えているのが判った為に我慢しきれず出てきてしまったのだろう。
ならば説明させるのが吉である。
殺気を放ちながらもカノンは渋々主に従った。
そんなふたりをどう思ったのか、判りやすく男 ――乃高 忠範はフンっと鼻を鳴らした。
明らかに見下した目線でふたりを見てほくそ笑む。
「ヤツにこちらの攻撃が通じるのが不思議か? 鏡のアクマよ」
鏡子的には鑑たら解る話である。
だが、彼女は語らない。 今は時を待つ。
「『見立て』だよ」
大仰に乃高は両手を指揮者の様に大きく動かし語る。
「ヤツの『竜』の特性を狙い撃つ為に、世界中から『竜殺し』のハンターを呼び寄せたのだ。 今までドラゴンを殺したと言われる遺物を使うハンター達だ。
ヤツに勝ち目など、ない!」
自信満々の男に、鏡子はひび割れた顔のまま微笑んだ。
『間もなく死を迎えるであろう』男に対する慈母の笑みである。 そんな表情を向けられ乃高は訝かしげに顔を歪めた。
「――少し、確認させて頂きますわ」
鏡子は己を抱きかかえるカノンから離れ、ひび割れた身体で自立すると一歩、男へ向かって足を進める。
「貴方のおっしゃる見立ては『竜に竜殺しをぶつける』。 ただそれだけですの?」
「それで十分であろう! 古来より人間は竜を殺してきた。 英雄とされる人間の手によって、竜は常に退治されるものなのだ!」
その言葉に鏡子は首を横へ振らざるを得ない。 男の言葉は余りにも短絡で余りにも物事を知らなさすぎる。
本来の『見立て』を行うのであれば、乃高は少なくとも酒を用意すべきであった。 日本の妖怪は兎に角酒に飲まれるものなのだ。
それは八岐大蛇だけではない。 酒呑童子を筆頭に鬼は酒好きでいつも宴会をするモノだし蟒蛇は酒に目がない。 化け狸は徳利を持った姿で描かれ、豆狸は酒を求め民家へ侵入するという。
そう、彼は策と言う程策を弄してきた訳ではない。
不意打ちと力押し。
とても策とは呼べない代物なのだ。
「お教え致しますわ。
まずひとつ。 ヒトは竜に対し、単純にちからでねじ伏せたのではありませんわ。 そういった方が居ないとは言いませんが、多くは策 ――知識と知恵を使って辛うじて上回ってきたに過ぎませんのよ」
一歩前へ進む。 気圧されて、という筈もないのだが乃高は逆に一歩退いた。
「ふたつ目。 『見立て』というのであれば、この戦いにはもうひとつの見方もありますのよ?
貴方方がアクマと呼ぶわたくし達は人間より『後進』だと言う事はご存じありませんの?」
魔物の性質は人間の想いに左右されるものだ。 人間社会の変化で魔物達の性質や性格に変動が見られるのは事実。
そこから魔物の生まれは人間が関係すると言われているのも事実。
「……だから、何だというのだ!?」
彼も当然知っている。
時代の変化とも、生物の進化とも謂われる事象。
もっとも、そう推測出来るからこそ認めない者もいる『仮説』だ。
「神話でもあるでしょう? 親殺し。 神殺し。
策を弄する王を殺す王子、親神を殺す神の子。
後進は常に先進を殺し得るもの。 そんな『見立て』も立てられますわ」
だからこそ彼等は強い。 人を、自身が生まれる源となった親を、そんな『神』を殺し得る程。
「みっつ目。
何故貴方はタツミさんを竜に『見立て』ていますの?」
鏡子は『みっつ目』の教えを直接語らず、質問する。 男の答えを半ば確信しつつ問い掛ける。
この、愚かな戦いを仕掛けた男を追い詰める。
「何故、だと?」
「ええ。
タツミさんは『八岐大蛇』。 蛇であって竜ではありませんわ」
最近の人間達の風潮なのか、八岐大蛇が竜に分類されることもあり、多少はその様な属性も付きつつあるタツミだが、彼の本質は蛇である。
世界的に見るなら蛇は再生・復活・変化などの生命力や、知恵・知識など神話に謳われた精神性、または癒しの象徴でもあり、幸運の使いでもある。
反面、誘惑や悪知恵、知性とは異なる原始性も持っている部分もあるが、それらは主に聖書で書かれているものであり、土着の信仰の中にはそういった部分は殆どない。
日本でも蛇は古来より様々なものの象徴として祀られてきた。 脱皮して変化する様子から再生・復活・生命力の象徴として、穀物に害するネズミを補食する様子から豊穣神として、湿地に棲息する事から水神として、獲物を丸呑みにし毒を持つ様子から災いをもたらす者としても。
現在でも蛇信仰は残っており、水、水神、豊穣神、生と死、不老長寿、財源、神の使いなどその司るものは多い。
反面、竜・ドラゴンにそう言った象徴性は多くない。
またそれも出世や飛躍、守護、吉兆、権力などで、かなりベクトルが違っているせいもあり、タツミはそういった『侵蝕』は殆どされずにいた。
だから彼に『竜殺し』は大きな効果を及ぼさない。
同等の攻撃能力を持つ武器より少しは効果がある様だが、逆に言えばその程度だ。
「何を言うかと思えば……。 よく見るがいい、鏡のアクマよ!
あの巨体でも攻めあぐね、傷を負っているではないか!?」
「ええ、鑑させて頂きましたわ。
『竜殺し』はあまり効いておりませんわね。 効いているのは『鱗砕き』ですわ」
竜を殺した魔剣や魔槍。 それが『竜殺し』でないなど、乃高には驚きの事実だ。
「効いている物が在るのなら十分ではないか!?」
理屈の上ではそう。
だが、自身の『策』が全く嵌まっていないと言われ、男は金切り声を上げた。
「そうだ! 効果のある物が当たる様に他の者がサポートに徹すれば良いだけの話だ!」
「……はぁ」
その言い様に鏡子は溜息を吐くしかない。
タツミだって決まった行動しかしないプログラムではないのだ。 怪しい動きには警戒するし、時には策を練る。
そもそも付け焼き刃のサポートなどで倒せる程『神霊』というものは脆弱ではない。 『神』という名を冠する者を倒せるのは正しく英雄と呼ばれるに相応しい人物だけなのだから。
「貴方、わたくし達を甘く見過ぎですわ」
再び一歩前へ出る鏡子は、罅だらけの姿で、それでも男を追い詰める様に。
鋭い視線で睨み付けた。
その視線にたじろぎ、彼は ――乃高忠範は二歩、三歩と後ろへ退く。
そこへ、『影』が動いた。
しまった! スレイヤーが弱くて、タツミが切り札を出す暇がなかった!
彼の切り札は尾の中のアレです。




