第六十六話 澱の女王の遺産~Death’s Scythe to You.
荒れ木三度Loss社長・浅葱 澪、初登場の回にして孤軍奮闘。
彼は行方知れずのはずだった。
行方の解らなかった彼は、焦点の合わない様な虚ろな表情でゆっくりとそこを歩いていた。
人気の少ない、廊下。
人の気配は殆どない。
だがそれも当然だろう。
ここにいるはずの人員の殆どは、鈴宮市・花宮市・藤ノ宮市へ派遣されているのだ。
鬼姫の予言を重要視した荒れ木三度Loss本社は、地方に人員を要請するより本社の人員を送る事を優先したのだ。 勿論、人手に余裕がある支社はいいのだが、そうでない場所が多い以上、一律に要請するという形が取れなかったのである。
三大組織では一番人手の多いアレクだが、店という形で各地に展開している為、その人手が細かく振り分けられてしまっている。 その為、ひとりふたり居ないだけでも大変に逼迫するのだ。
勤務だけの問題ではない。 隠れ里への見回りやアクマ事件の対処などワイズマンがいなければ対処出来ない案件は何処にでもある。
そのせいで、今のアレク本社ビルは非常に少ない人員で何とか回している状態だった。
それは一時的に過ぎないとは言え、非常に危険な配置であり、また大きな油断でもあったと言えるだろう。
本来見咎められるはずの彼は、カメラにこそ写るものの仮社員証を持つが故に、奥へ奥へと入って行ってしまった。
『仮』社員証であるから重要区域にこそ入れないものの、それなり奥へ侵入した彼は、懐から取り出した無数の呪符を、乱雑に設置しながら歩いている。
柱に、通れない扉に呪符を貼っていく。
見る人が見れば解る、逆に言えばその能力のあるものにしか理解出来ない呪符の示すのは『遅延起動爆裂術式』。 貼付してから一定時間で爆発を起こす術式である。
設置しているのは行方の知れなかった双子の片割れ、兄・高円寺 望。
半端に終わった洗脳故の、自爆テロ。
その程度しか出来まいと、渡されたのは同一術式の呪符と、彼の妹・高円寺 希の封じた魔物たちを顕現させる符。
本社ビルを破壊出来たら万々歳、出来ずとも失われるのはアレクのメンバーに過ぎない。
今回の件はスレイヤー内でも組織の垣根を越えた動きをする者もいるが、乃高 忠範は違う。
彼にとって各組織の動きは丁度いい機会に過ぎない。
荒れ木三度Lossも日崑孝正会も、潰してしまう機会なのだ。
そしてスレイヤー内部にいる厄介な者達も。
好機なのだ。
何もかも手に入る可能性が増えた折角の機会なのだ。
だから彼は計画する。
かつて刑部家を襲った時の様に。
◇ ◇ ◇
「……?」
彼女は違和感を感じていた。
着替えていた服のボタンがひとつだけ違っているような、ほんの小さな違和感だ。
だがその違和感を確かめる暇がないくらい、今は立て込んでいる。
腹心も、苦楽を共にした部下達も今は三つの市に派遣中だ。
その為、普段任せている仕事を全て一手に担う形になっているのだ。 何かを確認する、その挙動のひとつが惜しい程に。
だが、一方で放っておけない何かだと、そのままにしておくとより面倒な事になりそうな、そう長年彼女を支えてきた勘が告げている気がする。
荒れ木三度Loss社長・浅葱 澪は一度手を止めると、魔法生物を幾つか創り出しビル内へ放った。
それに加えてまだ手元に残っている式神・犬神を三体派遣する。
(何もなければ善し、何かあれば私が対処……)
――ドォォォォォォ……ン!!
突然の爆発音と大きく振動するビルに思考が途切れる。
(遅かった!? いえ、まだ)
急ぎ、現場とその周辺へ魔法生物を移動させ、そこへ視界を飛ばす。 いや、共有する、という方が正しいか。 視界のその端に映るのは呪符だ。
思考よりも速く意識も飛ばし、魔法生物越しに術式破壊。 呪符を消し飛ばすが、別の視界にも映る呪符。 しかも、シャドウが出てくる呪符もある様だ。
(やってくれたわね……。 まさかこんなタイミングで仕掛けてくるなんて……随分と空気の読めないお子様もいたものだわ)
曲りなりにも三大組織協力の下に行われる共同戦線。
組織に属さない小グループだけではなく、その存在すら秘していた日本古来の退魔師たちすら名乗りを上げたという状況での『裏切り』。
それは空気を読めないどころの話ではない。 まるで先の展望すら見えない、酷く考え無しな行動と言えるだろう。
これではこの『テロ』行為を行った者達は、これが成功してもしなくても、もう他の組織に協力を仰ぐ事で出来きなくなると見るべきだろう。
それとも、自分達以外の者を全て抹消出来るとでも思っているのだろうか?
急ぎ派遣していた者のうち、飛行型の使い魔達を呼び寄せる。 とは言ってもクルルカンと水蛟くらいだが。
彼女は見える限りの呪符を破壊していくが、間に合わず爆発する物、シャドウが出てくる物がそれなりにある。
見た目には解らないように、色々と強化してあるビルではあるが、それでも耐久性は有限だ。
「――いた! ……ってこの子、斜路支部の!?」
彼等を探す為に探査魔術を使ったのはそう前の事ではない。 直接会った事はないが、その顔はまだ覚えていた。
ハンター/バルバルスで後天的にデモノイーターとして覚醒した少年、高円寺望。
「――っ面倒な!
わんちゃん、その子を捕まえて呪符を奪いなさい!」
本来声に出す必要はない意思疎通。 焦っているせいか、つい口から出てしまう叫びに似たそれ。
「ひとりは表口と裏口を巡回!」
犬神に命令を下し、更に魔法生物を投入する。
雑な攻め方とは言え、この状況なら別口の侵入者がいてもおかしくはないからだ。
「行きなさい!」
追加で式神・管狐を五体派遣し、ビルの周囲を探らせる。
(………………いない? 誰も?)
程なく高円寺望は捕縛され、澪はすぐに戻って来られそうなエルフのラヴィエナ=ネージュに帰還命令を出しつつ、犬神三体、管狐五体、シーカー八体、ウォッチャー八体でビルの内外を探索していた。 上空にはクルルカンと水蛟が戻って来ており、その身を隠しつつ探索に協力をしている。
ビル自体の防御結界には特に破損もなく、魔術的な『目』で視られている気配もない。
ビル内に隠された様な呪符も、魔術的、科学的な仕掛けも施された様子がない。
周辺には野次馬や消防、警察も来ているがその中にも怪しい人物はいない。
(何なの? ただの愉快犯? わざわざ洗脳した構成員を使って?)
考える。
もうこのビルが目的である線は消えている。 ならば、
(陽動? じゃあ何処に目的があるの?)
使われた人員は高円寺望だけ。 なら孝正会の方へは高円寺希が行っているのだろうか?
(孝正会が本命? いえ、それは違う気がする)
彼女の直感が囁く。
『敵』の狙いはこちらだ、と。
今回の死者達の来襲で、本社から人手がいなくなり、彼女自身もそちらへ手を割く事になった。
その上で、高円寺望の襲撃が行われ、使い魔の大部分や派遣された人手達の何割かが本社へ戻ろうとしているところだ。
(――ちっ……、そういう事)
その答えと思しき考えに思い至り、澪は内心舌打ちする。
恐らく敵の狙いは陽動そのものではなく、今移動に費やされている戦力が現状『死んでいる』事だ。 本社でも支社でもない場所に戦力が集中してしまっている事が『今』が狙いなのだ。
このビルは爆発が起こった事で野次馬が排除されつつある。
状況から見ると警察もかなりの割合で『取り込まれて』いるのだろう。
――襲撃はこれからが本番なのだ。
恐らく、支社 ――斜路支店の方にも。
一応、スマホに連絡をするものの、通話状態にはならない。 これはジャミングではなく戦闘中の為か。
「――舐めんなよ……」
据わった目で呟くと、彼女は立ち上がり、懐から取り出した淡く輝く粉を床に撒いた。 それは不思議と綺麗な幾何学模様を描き、床へ、宙へ固定される。
「来なさい、グリムリーパー、両面宿儺」
その声に応えたのはボロボロの長衣を纏った骸骨と、巨大な鬼の影。 狭い室内でその全容を知る事は出来ないが、その名だけで顔がふたつあるのは解るだろう。
古くから在る死神という概念の顕現した形であるグリムリーパーと、二面を持つ太古の鬼神・両面宿儺は澪の切り札のひとつだ。
その存在力の強さ故、そうそう多用は出来ないのが難点だが、一騎当千の強者である。
「スクナ。 貴方はこの『城』を守りなさい。
グリム。 貴方は周囲を異界化。 ワイズマンを探しなさい」
護りを固める一方で、呼び戻した龍達を再び斜路支店へ向かわせる。
(……間に合う、かな?)
電車での移動を開始したワイズマン達は、連絡がついても即方向転換など出来る訳もない。
自力での移動か車に乗っている者はまだいいが、それでも高速に乗ってしまえばUターンは難しいだろう。
上手く繋がる『隠れ里』を知っている者がいればいいが、もし変遷でも起きたら逆に遅くなってしまうのが目に見えている。
それにどちらにしろ龍二体の方が早く到着するはずだ。
「……孝正会にも連絡しなきゃ」
望の暗示を解き、スレイヤーに文句を言って……と、これからすべき事を考えつつ、固定電話を手に取りつつもスマホを見つめる。
まだ、既読はつかない。
○浅葱 澪・・・荒れ木三度Lossの社長で外見年齢二十歳そこそこの黒目黒髪の美女。
何でも出来る万能タイプであり、また優れた魔物使いで、特に妖精エルフの少女ラヴィエナ・ネージュは人間に完全に溶け込む適応性と見掛けや種族以上の凶悪な戦闘力を持っている。
◉ヘレティック・・・ハンター、マギ、タリスマン、ファミリア
◉ミュータント・・・サンクチュアリ、ザ・ジーニアス、
◉クラス・・・マネジャー、プレジデント、いにしえのヒト、魔術師、契約者、
◉ハイランダー・・・バベル、




