第七話 誰彼と言う勿れ
今までよりはちょっと長めになります。
二分割した方がよかったかな? それほどでもないか。
連理が隠れ里へ迷い込み、漸く脱出した時、こちら側ではすでに二日が経過していた。
その後、彼とササは半日以上眠っていた為、実質三日間のサボりである。
防犯面も校風も緩めな琴倉橋高等学校であるが、流石に連続三日のサボタージュは見逃して貰えず、弛まない説教を小一時間程頂戴する事になったのは当然の事と言えよう。
それでも一見して怪我人と判る連理に対し、教師も多少は切り上げた部分があるのだが。
ちなみにサボりの理由は「自分探しの旅」と伝えている。
こういった理由であれば精神的に弱ってると勝手に解釈してくれる場合があるので、本当の理由を言いたくない時に重宝する、とは何時ぞやクラスメイトから聞いた話だ。
そのお陰か、怪我のせいか、お説教は兎も角、実際にそれ以上の理由を言及されなかったのは助かったが……。
また、一緒に脱出したササであるが、今は連理の部屋で療養中だ。
ここの寮は一年生のうちは二人か三人の相部屋で、三年生は受験もあるので個室、二年生は抽選で余った個室と相部屋を割り振られることになっており、連理は運良く今年度から個室暮らしであった。
掃除等は自分ひとりでこなす必要こそあるが、ユニットバスもついており、区分としては所謂ワンルームだ。
食事は食堂から部屋へ持ち込む事が出来るので、多めに持っていけばふたり分の食事位は楽に確保出来るだろう。
一応平日はお昼用にあらかじめ菓子パンか何かを用意しておくのが、ふたりの間の協定となった。まあ、本日はそんな買い物をする余裕もなく、朝食の残りと買い置きのお菓子類が彼女のランチとなる予定だ。
何だかんだと再開できた学園生活を満喫すべく登校した連理ではあるが、身体状態は良いものではなかった。
腹を一発蹴られ、頭を殴られた。強烈なのはその二発だけだが、それ以外にあちらこちらへ吹き飛ばされたりもしたものだから、それらが重たく響いてる。さらに強烈な一撃を食らったササが傍らにいる以上、男子として弱音は吐けないが。
だが、それ以上に精神状態も、ある意味良くない状況になっていた。
――見えるのだ。
今まで見てなかったモノ、認識していなかったモノ達が普通に見えるのである。
手の平サイズの小人。蝶の羽根を持った小さな女の子。妙に丸いネコっぽい何かと白い蛇。どう見ても意思を持って動いてる様にしか見えない紙人形……。
「……ファンタジーだ……」
何時ぞに言った様な台詞を繰り返す。
そのまま机に突っ伏すが、すぐに顔を上げた。
――ワイズマン。
そうなってしまったのだから仕方がない。知らなかったとは言え、自分の選択していった結果なのだ。 それにその行動がササを救うことになってはいる。
あの時、ここへ来ていなかったのなら、彼女は良からぬ結末を迎えていた可能性が非常に高かっただろう。その先を想像するなら、この程度は享受出来る範囲だ。
「きゃっ」
思考の中、視線の先でクラスメイトが転ぶのが見えた。ついでにシンプルな白い下着も見えたが、彼女が周囲を確認する前に視線を外しておく。
可愛い系ではなく美人系のクラスメイト。親の再婚で変な名前になったと自ら言ってのける彼女は小鳥遊小鳥。偶に見かける事のある私服でも大人っぽい、モデルの様な代物を着熟してくるのだが、下着は意外にもシンプルな清楚系だった。
そのまま目を背けてるつもりだったが、バサバサと大量の紙が落ちる音が聞こえ視線を戻す。
課題の答案、放課後集めるよう言われてたのは小鳥遊だったか。そんな事を思いつつ立ち上がり近づく。この角度なら彼女の下着は見えない。
黙ったまま答案を拾う。が、その前に一瞬動きが止まった。
彼女の足下にネコっぽい何かがいたのだ。身を寄せるように、纏わり付くように。
多分転んだのはコイツのせいだろう。見えない魔物に足を取られたのだ。
(認識外でも悪戯するヤツはいるんだな……)
そんな事を思いつつ、彼女に気づかれないよう、そいつを追い払い、答案を拾う。
「ありがと、逆木……」
感謝の声は小さなささやき。
連理がちょっと照れて聞こえなかった振りをする中、近場にいた級友達も手伝いに来て、あっという間に全ての答案を拾い終えた。
「あは、ありがとね、みんな」
「いやあ、逆木があんまり自然に動いたもんだからすぐに動けなかったわ」
そう言ったのは竹園真哉。
物怖じせず、かつ人懐っこいと言うマスコット的リーダーシップを発揮するクラスメイトだ。「女の子大好き」と自ら公言する変わった一面もあるが、口先ばかりの為、基本受け入れられている。
皆がその声に何となく同意していく中で、連理は「近かったしな」と言葉を濁す。「パンツが見えた」だの「疑われそうだった」だのは言えない。
「しゃべって遅れると姐さん先生に怒られるぞ」
なので、話を変える。
姐さん先生とは花原秋緒と言う担任の教師の渾名だ。
ほぼ新任で外見は殆ど学生、真面目で理想家なのはまあいいが、視力はいいくせに「外見から」とでも考えているのか、マダムな感じの伊達メガネを掛け、何とか頼りがいのある教師を演出しようと涙ぐましい無駄な努力を重ねる、そんな愛らしい担任様である。
頼りがいは兎も角友達がいはあるので、クラス内のチークワークを構築させたという意味では優秀な教師に見えなくもないのだが……。
「お兄さん」
そんな呼び声が聞こえたのは答案が全て小鳥に渡された、ほぼ直後だった。
聞き覚えのある声とその言葉で、誰かの妹が来たのかと思い、何とはなしに視線を向けた連理は ――むせた。
「――サっ……!?」
そこには極普通の洋服 ――深い緑色の上下で、どことなく制服っぽい―― を身につけている自称妖怪の少女がいた。
どうやったのか、狐の耳も尻尾も見えない。髪も梳いているのか、今朝見た時の乱雑具合はなく、美しいストレートヘアは亜麻色に煌めいて見える。
お陰で普通の人間に見えているが、そもそも何故「お兄さん」呼ばわりされるのか、連理はいろいろ思考しつつ硬直する。
「……逆木の妹さん?」
その声は集まったクラスメイトの誰のものだったのか。それすら認識できないでいる連理を尻目に少女は皆へ頭を下げた。
「こんにちは、初めまして。
わたくしは稲荷ささらと申します」
綺麗なお辞儀をするササ。のじゃロリ口調は何処へやら、標準語で自己紹介。その声はやはりというか当然というか、間違いなくササのもので、それを理解しつつも混乱する。
下げて揺れる髪は朝改めて見た時と変わらず金に近い茶髪、その仕種に似合わない様にも思えるが、お嬢さま然とした態度のお陰かそれ程違和感は大きくない。
「先日暴漢に襲われいるところを助けて頂きまして、それより探しておりました。再びお会いでき幸いです」
全くの嘘ではないが、その設定は何だ? と気を取り直しつつもジト目の連理。が、彼女はその視線を受けても素知らぬ顔である。
「……暴漢つーか、タチの悪いナンパだろ?」
取り敢えずその設定で行くしかないか、と少し訂正をする。やっていたのはナンパより遙かに質の悪い強姦未遂に見えた訳で、実際は如何であったか不明だが、何にしろ現代日本に暴漢は少し似合わない気がする。
「あ~、だから怪我してたんか」
勝手に納得してくれる級友達。
「逆木がそういう事するの、なんか意外……」
納得してくれるのはいいが、持ち上げられつつある雰囲気に、微妙に居場所がない。
確かに彼女を助けはしたが、あの隠れ里ではかなりの数のアクマやシャドウを殺している。大半は本体では無い現し身が殆どであるはずだが、無感情に冷淡に殺している。だから、少々居たたまれない。
「そういう事ですので、本日これからの時間、少々お付き合いくださいませ」
「お・つ・き・あ・い・で・す・と?」
妙にうざったい口調で寄ってくるのは汀悠樹。
クラスの誇れない三馬鹿のひとりだ。本当かどうかは知らないが、彼の入学は校内の七不思議に数えられると言う。
ちなみに残りの二馬鹿は沖景継と大原海神。
三人とも名前にさんずいが付いている事から、付いた渾名は「水際のお馬鹿トリオ」、または「背水の三馬鹿」。
連理はそんな彼に無言で拳を落とした。鈍い音と共に崩れ落ちる汀。
「の゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ……」
「……大げさだろ、おい」
普通に小突いただけで頭を抱えてのたうち回られても、正直引く。
「大げさじゃねー!? くそっ、ロリコンは心が狭いな」
もう一発、拳骨が落下する。
「ごがっ!? やめろ! 脳細胞が死滅する!」
「そんな大層な脳みそか」
再び拳を持ち上げようとする連理の腕を、ササが抱きしめた。
隠れ里で触れた時の様な、蠱惑的で、何処か計算高い表情。尤もあの時のまま、演技派になりきれない頬は若干赤く染まっているが。
「お兄さん。漫才は結構ですので、わたくしにお付き合いくださいね。
さあ、早く」
腕を引かれ、踏鞴を踏みつつも慎ましい膨らみを感じ、連理も困惑を隠せない。ただ困惑しつつも触れた部分に何か違和感も感じ、少し訝かしげな表情を浮かべた。
「それではみなさま、ごきげんよう」
そんな微妙な感情と違和感に気づきつつもササはよりちからを込め、その場を後にしようとする。
クラスメイト達はその状況に何を見出したのか、にやにやと見送るスタンスの様だ。
「はいはい、じゃーね、逆木」
にこやかに手を振るのは小鳥遊。
「微笑ましい」とその表情は語っている。それはもう雄弁に語っている。仲人のおばさんばりに語っている。
「稲荷さん? とのデートの詳細については後でレポートを出すように」
「出すか!」
ツッコミを入れつつその場を去っていく連理に生暖か~い視線を向ける一同。
「ささらちゃん……、中学校に上がったばかりって感じかなぁ。アリかナシかって言えばアリよねぇ……」
ぼそっとそう言ったのは、ササよりも更に年下に見えるだろう、2-Aの誇るロリ枠、戸崎ひなであった。
周囲の視線を集める状況に多少辟易しながらも、連理は自らの腕にしがみつく少女に声を掛けた。
「おい、ササ。休んでるって話だったろ? 何でここにいるんだ」
雑踏に紛れる程度の声で尋ねる。
彼女は5m以上先にある壁まで蹴り飛ばされていたのだ。そのダメージは連理の比ではないだろう。妖怪だ何だと言ったところでその体躯は多少丈夫かもしれないがそれでも外見通りの、少女のものに過ぎないのだ。
「暇だったんじゃ」
理由はとてもシンプルだった。
「暇つぶしでオレの社会的地位は落とされたんか……」
そう言ってはみるが、心配なのも本当だ。ではあるが、見た感じ連理より平気そうなのは間違いない。
「意味が解らん」
そう言うが、彼女の笑みは解っている知っていると雄弁に語っていた。
そんな彼女へあからさまな溜息を吐きながら、連理は足下へ纏わり付くネコっぽい何かを軽く転がす。 先程も見掛けた魔物だ。
「脛擦りか……。しかしまあ随分と……」
「どうした?」
ササの呟くような声。その声色には驚きと呆れの様な感情が見える。
「いやな、来る時にも思うたが、随分と多いではないか。此処は何時もこうなのか?」
人耳を気にしてだろうか、魔物という言葉を排除してササは言う。
「こう、と訊かれてもな……何がだよ?」
「多すぎるのじゃ。害は無い者達ばかりの様じゃが……」
「そう言われてもオレが認識しだしたのはこの前からだぞ?」
言いながらフワフワ飛んでる妖精っぽいのを避けてやる。
「……そうじゃったな」
ササはスネコスリと呼んだネコっぽいそれを、足に纏わり付かせたまま歩いていたが、すぐに邪魔になったのか、さり気なく放った。
絶妙な力加減で放られたそれは、後方へ一回転すると驚いたかのように雑踏へ走り去り、姿を消す。
「すねこすりって、妖怪だっけ?」
昔、何かの本か妖怪アニメで見たような気がする。うろ覚えだが。
「そうじゃな。足に纏わり付いて転ばせるだけ、多少怪我はするかも知れんが、まあ無害な妖怪じゃよ」
「そう言えばさっき小鳥遊も転んでたな」
思い返すと教室にもこのネコっぽい魔物はいた筈だ。
「……転んでるヤツが、多い……?」
呟き、その事実に今さら気づく。
「いつも、じゃあない。だけど、今日だけって訳でもない、はず。
……思い返すと、先週くらい……からか? やたら転んでるヤツらが増えたのは」
思い出しながら呟く。過日の、隠れ里での経験のせいでかなり前のようにも思えたのだが、改めて思い返すとその程度だった気がした。
「では、何か原因があるのではないか? 急に増えたり集まるような連中ではないぞ」
そう言いつつも、それ以上興味もないのか「集まったところで鬱陶しいだけじゃがな」と話を締める。
「それでいいんか……」
呆れるように言う連理にササは「それよりも」と話を切り替える。
「服を買うてくれんか?」
「服……って、そういやそれはどうしたんだ?」
と、連理はササの着ている見覚えのない服を指さす。指し示しつつも見覚えがないのとは別の違和感を思い出し、一瞬の疑問の表情が怪訝なそれに変わった。
今日明日程度は休むという話に落ち着いていたので、彼女にはこれと言った軍資金すら渡していないのだ。
「狐は化かす物じゃよ」
彼女はそう言ってから、その言葉が非道く誤解を生みやすいものだと思い、直ぐさま自分の二の腕へ連理の手を触れさせた。
袖は手首まであるように見えるにも関わらず、手の平に伝わる体温と感触は肌のそれだ。それに気づき、先程の違和感に納得する。
「今、わらわが着ておるのは里から持ってきた体操服じゃな」
そのまま連理の手を自分の頭へ導く。彼の手は、目に見えない何かに、確かに触れた。ならばそれは彼女の耳か。
「……OK、お買い物つきあいましょ」
財布を確認しつつ答えざるを得ないのは学生故か。少々頼りない財力ではあるが、それでも金の掛かる趣味を持たない連理は、寮暮らしの小遣いとしては多めの仕送りを貰っていることもあり、バイト無しの学生身分である事を考えるとそこそこの蓄えはあった。
ササがべったりくっついている為、歩行速度は遅いはずなのだが、話しながら歩いたせいか玄関へは存外早く到着したような感想を抱きつつ、ふたりは靴を履き替える。
「……お前さん、靴履いてたっけ?」
今更ながら、隠れ里の保健室へ運んだ際に靴を脱がせた記憶がない事を思い出す。保健室で見つけたのも体操服だけだった筈だ。
「裸足じゃよ」
事も無げに言うのは狐故か。
そして態々靴を履き替えるという行為にも幻術を使っている彼女は役者だな、と思う。
「……靴も買わんとダメか」
飛んでいくお札のイメージが脳裏に浮かぶ。
結構な散財であるが、まあ仕方がない。
「下穿き――ぱんつもお願いしたいところじゃな」
「う……了解」
財布を預けて自分で買わせるか、なんて思いつつ玄関を出ようとした時、
「逆木君」
と、彼を呼び止める声が聞こえた。
それはそれなりに聞き慣れた少女の声。クラスメイトの少女の声。
「上坂?」
振り返りつつ彼女の名を呼ぶ。
昨年からのクラスメイト ――上坂朱音。
肩程まで伸ばした黒髪が美しい、お嬢さま然とした女生徒。真ん中で分けた前髪のお陰で普段穏やかな表情が少し硬くなっているのが判る。
彼が「さ」、彼女が「こ」と出席番号が比較的近くであった為、それなりに話はする仲 だがあくまで「それなりに」であり、プライベートなど知りはしない。
そんな、よくあるクラスメイトだ。
「どうかしたか?」
ササを腕に纏わり付かせたまま問いかけた。
「逆木君、さようなら」とは続きそうにない雰囲気に足を止め、彼女の言葉を待つ。
真剣な表情、緊張した雰囲気。
少ないつきあいでも普段と違うのが解る空気。
「少し、時間をくれませんか? 付き合って欲しい所があります」
連理は校外で上坂朱音と会った事はない。
今の彼女の言葉からすると学校外での彼女を初めて見る機会でもあるわけだ。
興味はある。ちょっとした好奇心レベルだが。
だが、連れのいるこの状況でそんな事を言う性格だろうか?
そんな疑問が湧くのも事実。と言ってもそんな疑問を分析できる程深い繋がりもないわけだが。
「……悪いけど、先約があるんだ。コイツに付き合わにゃならん」
しがみつくササを指し示しつつ、そう言って歩き出す。
そんな連理に朱音は構わず着いてくる。
「そちらの用件が終わった後で構いません。
ですが、こちらを先に済ませて頂ければ、そちらの用件が不要になる可能性があります」
校門を出た辺りで朱音はそう切り出した。
台詞だけ聞けば随分と不穏な意味にも取れる。
連理は一歩距離を広げつつ、ササへの射線を遮った。とは言っても周囲にはまだ生徒がいる。今は警戒だけだ。
「…………」
しかし警戒だけして、ただ黙っていても意味はない。意を決して、口を開く。
「……上坂も、スレイヤー……なのか?」
連理の問いに、朱音は微妙に表情を変えた。歪ませたと言うべきか、それは何処か嫌悪感を滲ませている。
「わたくしの所属は荒れ木三度Lossです」
不機嫌そうに言う朱音。
一方で連理は首を傾げざるを得ない。
彼の知る「荒れ木三度Loss」は全国展開している回転寿司チェーン店だ。
大抵の街にはあるしこの街にもある。住民であれば一度は行っているお馴染みの場所なのだ。
――ちなみにその店名についての由来は知られていない。表記にしても読みにしても、そこは何故か謎のままなのだ――
だが、スレイヤーなのか? と訊いて返ってくる対義の言葉にはならないだろう。
言葉としては在り来たりな単語だけに、自分が知らないだけで「スレイヤー」か「アレキサンドロス」に別の意味が普及していたりするのだろうか……?
連理とは別の意味でササは首を傾げる。彼女の知識の中でアレキサンドロスと言えばかの双角王しかいない。
そんなふたりを見て、朱音も思案顔になる。
お互い何処か何かがずれているのは解るのに、互いが警戒しているせいで話が詰まってしまっているのだ。
連理とササはスレイヤーやそれに類するモノに対する警戒で。
朱音はふたりになにを何処まで話すべきか解らずに、だろうか?
実のところ彼女はふたりに確認したい事があっただけなのだが、朱音をスレイヤーなのだと勘違いする位しか知識の素地がないふたりに、何を話せばいいか判らず固まってしまったのだ。
「「「…………」」」
結果、沈黙した。沈黙してしまった。手探りでも話せば理解できたはずなのに、一端沈黙したせいで会話が止まってしまったのだ。
一応、微妙な距離を開けたままでも歩を進めている為、周囲の人が疎らになりつつあるのは幸運なのか不幸なのか。
そんな折、一匹のスネコスリが朱音の足下に止まった。彼女は少し屈み込んでその猫状妖怪をそっと撫でると「ご苦労様」と呟く。するとスネコスリは体重を感じさせない動きで朱音の肩へ登った。
「………………」
連理は黙ったまま隣りのササを見た。彼女も連理を見ている。
「……あのオッサン、確か「殲滅する」とか物騒な事言ってたよな?」
「そうじゃな」
「お前さんを襲ったのもソレ系のヤツらだよな?」
オークの前に、である。その負傷が原因で押し倒されたとは彼女の言い分だ。
「まあ、そうじゃろうな」
「…………あ~、上坂?」
スネコスリの存在が、彼女が少なくとも「魔物を殲滅させる組織」の一員でない事を証明している。 それがイコール味方である保証はないが、少なくとも鷹城佐重樹よりは交渉の余地のある相手なのは理解できた。
「荒れ木三度Loss所属ってどう言う意味なんだ? あそこって寿司屋だよな?」
魔物と共にいる、ワイズマンではなかった筈のクラスメイトの問いに、何となくでも得心のいった彼女は少し微笑んだ。
「そうですね……実際に見た方が良いでしょう。
先程と同じ問いになりますが、時間を頂けますか? もちろん危害を加えない事は約束します。そちらの彼女にも。
と言っても口約束になってしまいますが」
「……いいよ、な?」
大丈夫だとは思うが、もしもの場合、危機に陥るのは恐らくササだ。自信なさげに確認する。
「……そうじゃな。おぬしの元で隠れ過ごすのも一興じゃが、スレイヤーではない組織に興味がない訳でもない」
組織と言えない様な小集団との付き合いはあったササである。まあ、仙狐に変化する前の、妖狐時代に、ほんの少しの期間だけではあるが。
「……了解だ、上坂。付き合うよ」
ササの考えを咀嚼し連理は返事をする。
「ありがとうございます。ではこちらへ」
そして改めて歩き出した三人はそれ程の時間を掛ける事なく回転寿司チェーン店荒れ木三度Lossへ到着した。
その間の会話は殆どない。
「……結局、寿司屋なのか……」
全て勘違いで、スレイヤーという名の回転寿司チェーン店が進出してきたとか言う話でも聞かされるのか、何て思いもするが、それだと今でも朱音の肩に乗るスネコスリと、道中合流して今彼女の頭上を飛ぶ妖精っぽい存在は何なんだという話になる。
朱音はそんな連理の思いを知ってか知らずか、従業員用の玄関の鍵を開け、中へ入っていく。ふたりは一端顔を見合わせるが、意を決して、という程大げさなものではないにしろ、店舗へ侵入した。
店舗と言っても厨房スペースではなく事務室・休憩室らしい部屋へ通され、ふたりに待つよう言った朱音はそのまま退室。
で、待つ事しばし。
ノックされた扉を開き、入ってきたのは朱音ひとりだ。
誰か連れてくるのかと思っていたふたりは拍子抜けする。
「お待たせー。許可が下りたからちょっと場所、変えるね~。お茶菓子もそっちにあるから~」
そして妙に明るく間延びした彼女の言葉に連理は硬直した。
いや、言葉ではなく口調か。
普段連理が学校で見る上坂朱音という生徒は、お嬢さま然とした生真面目で大人しい少女だ。口調も基本丁寧語で誰とも腹を割って話す事はないような、一線を引いた場所で誰とでも平等に付き合う優等生。
それが、どうだ。
あのお嬢さまは何処へいったといわんばかりの、普通の少女がそこにいる。
つまりは、だ。
「………………それが素か」
「あー、そーだね~。その方が教師受けいいしねー」
「お互い事情も確認してないのに、その「素」を見せてしまっていいのか?」
「…………内緒ね?」
ぺろっと舌を見せる。うん、ちょっと可愛い。
そんな素の上坂朱音は部屋の奥にあるロッカーを開けて手招きする。
「それじゃ、君たちを秘密のお部屋へご招待しちゃいま~す」
開け放たれたロッカーから漂う空気。
つい先日、感じた空気。
「「門か」」
連理とササの言葉が重なった。
ふたりの言葉に朱音は意外だとでも言いたげに目を見開く。
「……どうかしたか?」
「スレイヤーを知っていて荒れ木三度Lossをきちんと知らなくて、でも門を知ってるってのがちょっと不思議~」
「そう言われてもな、学校みたいに順序よく教わる訳じゃないんだからしゃーないだろ?」
嘆息しつつ返答する。
連理にとってこの系統の知識の教師はササだが、彼女にしてもしっかりと教わったものではなく、経験から、敵から、一時の味方から、敵でなく味方でもない者から得て、累積していった知識を整理したものが殆どなのだ。
足りない知識は当然あり、正しくない知識もきっと多分に含まれている筈だ。又聞きの連理も然り、である。
「いや~、大抵こちら側の事情に巻き込まれた人は巻き込んじゃった側の組織がお世話するから順序よく教わってくんだけどねー、っと詳しいお話は中でしよか?」
言って朱音は何の躊躇いもなくロッカーの中へ入り込む。華奢な少女とは言え、そう大きくもないロッカーへするりと入り込んでいくその様子は思いの外シュールだ。
他者から見ると自分もこんな感じで消えて見えたのだろうか? と連理は益体もない事を考えつつ彼女の後を追う。ササもその後を追おうとしたが、一寸動きを止め、器用に内側から扉を閉めながらロッカーへ入り込んだ。
後には無人の空間だけが残る。
向こう側の声も音も、こちらへ届く事はなかった。
◇ ◇ ◇
ロッカーから続くのは変哲もない廊下だった。
ごくありふれたリノリウム ――ではない。サッカーで持ち上げられるように50㎝×50㎝くらいのパネルが隙間なく並び通路になっている。中に配線でも這っているのだろうか?
横幅2m程はありそうな、事務所としては広めの導線が続く。
途中幾つかあった扉は素通りし、朱音は突き当たり手前の扉の前で止まると軽くノックした。
「マヤさーん、朱音で~す」
返事が返ってくる前に結構な勢いで扉が開けられた。
そんな朱音の姿に連理は自分勝手ながら、そして今更ながらも落胆せざるを得ない。 ――ああ、あのお嬢さまな姿は幻だったんだな、と。
「朱音……、ドア壊さないでね」
開け放たれた扉の向こうで大きめのデスクにいたのは妙齢の女性。金髪碧眼の美女だ。マヤという名だと日本人でも外国人でもありそうだが、パッと見は後者のように思える。
「くっくっく、連理よ。どうやらわらわ達は間違えなかった様じゃぞ」
何を見て何を思ったのか、急にササが笑った。 ――いや、見ているのはマヤという目の前の美女か。
不思議そうにふたりを見る連理に、美女が立ち上がりつつ声を掛けた。
「初めまして。私はマヤ守崎と言います。
朱音 ――上坂から少し話を聞きましたが、詳しい話をする前に私の自己紹介をした方が多少は安心できますかね?」
今のは自己紹介ではなかったのだろうか? と、連理はますます訝かしげな表情になるが、その傍らでササは何かを判った風に首肯している。
「わたしは妖花アルラウネ ――ファンタズマです」
しれっと、そう言った。
アルラウネ ――マンドレイクという抜くと叫び声を上げ、抜いた人間を殺してしまうと言う逸話を持つ、稀少な薬にもなるという妖しの植物を、人間の血液で育てると産まれる別種の妖樹。それは美しい少女の形を得るという。
尤も、それは後世の解釈で本来は同一のモノである筈だが、彼女の姿は一般的な意味で、マンドレイクと言うよりアルラウネ的であった。
「今は荒れ木三度Loss斜路支店の支店長をしています」
常識外の自己紹介の後に、普通に「ありふれた」自己紹介が続き、連理は目を瞬かせる。 が、自身の新たな常識にであろう事象を、受け入れようと何とか平静を保った。
「あ……と、はい。先日ワイズマン、だっけ? になった……なってしまった逆木連理、です」
言葉を詰まらせつつ自己紹介する連理をマヤは微笑んで見つめる。
「ワイズマンの事は知っているのね」
「はい……と」
マヤに返事をしつつ、この成り行きに違和感を覚えた連理は朱音に視線を向ける。
「そう言えば、上坂。今日はどうしてオレに声を掛けた? オレが関係者になったってどうして気づいたんだ?」
会話の最中、礼を失する行為ではあるが、マヤは特に気にする様子ではなく、微笑んだままだ。
今日、連理は朱音との接触はなかった。年度初めの席は近く、声を掛けやすいが逆に言えばそれだけだ。今は席も離れているし、用事がなければわざわざ近づいて話す事もない。
「理由はふたつあるよぉ。
ひとつはスネコスリたち。見えているのが解る動きだったからねー。
もうひとつは手のひらのそれ」
そう言われて連理は右手を開く。
そこに埋まっているのは白く曇ったような色合いの、硬質な球体――テルム。
「それはわたしの兄が使っていたモノなの」
学校での口調でも、ここに来てからの口調でもない別の、それ。
もしかすると、本当の素はこちらなのかもしれない、唐突に現われたそんな彼女。
「わたしは相性が悪くて使えないけど、兄ちゃんが死んでからずっと持っていた……」
言って苦笑する。
苦笑して、続けた。
「一週間ちょっと前かな。落としちゃってね……、それでスネコスリやニクシーたちに探して貰ってたんだ」
校内でやたらと転ぶ人間がいたのは、どうやらこの娘が原因らしい。
スネコスリもニクシーも、その性質はいたずら好きだ。現し身たちはその人格も薄くなりがちだが、本質的な部分は色濃く残るのだろう。任務の最中もしっかりと自身の仕事を熟していた訳だ。
「っと、いや、見つかったからいいんだよ? 逆木君から奪おうなんて言わないから!」
急に焦った口調で言う。
つまり、テルムが死亡時にしか取れないというのはほぼ確定という事だろうか?
そうでなくては、ここまで焦った様子は見せないだろうし、そもそも返せるモノならその方法を提示し「返して欲しい」と言うだろう。
「兎に角、それが判った理由ね」
ゴホン、とわざとらしく咳払い。
「そのテルムの銘は《クレプスクルム》。
ラテン語で黄昏っていう意味の、《悪魔喰らい》よ」
朱音はその桜色の唇から、妙に気味の悪い言葉を発した。
まるで禁句にも聞こえる不気味な音を。
本編で語ることがなさそうことをちらっと。
テルムは未使用時どれも同じような球状で、若干のサイズと色が違っている程度の差しかありません。
朱音が形見に気づいたのは、ササと連理が出会った頃に言った様に、魔物的な気配を持っているからです。特にクレプスクルムは、テルムを使い、その存在を知る者からすると目立つ気配をしています。




