第五十九話 鏡の扉と夢の国
こんなタイトルですがアリスは関係ありません。 ガグとかも出てきません。
不可思議な事を口にする大妖怪に、そんな彼女の視線が自分に向いている事も含めて、連理は「?」と表情で問う。
雲外鏡・徳倉鏡子は「直接追い出せ」と言った。
何を?
夢魔をだ。
その視線は間違いなく自身へ向けられている。
つまり――。
「一応訊きますけど《黄昏》で彼女を刺せ、って言ってる訳ではないんですよね?」
「誰が言いますか、そんな事」
彼女にしては珍しい口調でツッコんでくる。
「連理さんが《黄昏》をもっと使い熟せるようになれば、そういう斬り方も出来ると思いますわよ? でも今は無理ですわ」
将来的には出来る可能性を示唆され、それに驚きつつも今訊くべき事を口にする。
「オレが、するんですよね?」
「そうですわね。
まず戦闘力のあって彼女の信頼を受けている連理さん」
強さだけであれば膝丸健斗も大したものではあるが、彼は香や栞の精神状態を慮り過ぎたせいで、接触自体が少なくなっていた。 その為、立場上の信用はされていても信頼は余りされていない
また、信頼厚い鴉天狗の黒澤耶彦は日常生活こそ問題ないものの、戦闘を熟せるほどその傷は癒えていない。
鏡子は香の親たる隆盛とロジーナに視線を向ける。
「残念ながら不死者のおふたりは除外させて頂きますわ」
鏡子はまだ「何をする」とは言っていない。 だが話の流れから、この選抜が香救出のメンバーである事は解る。
ふたりは何か言いたげではあったが口を噤んだ。
「不死者の」と理由を先に言われては、何を言ったとしても意味がない。
「ササさんも……大丈夫そうですわね」
「うむ」
「栞さんは…………如何しましょうか?」
鏡子は順当にメンバーを選んでいたが、栞を見て首を傾げた。
「どう? って何っ!?」
それは栞本人からツッコミも入ろうというモノだ。 「どう?」のところで可愛らしく小首を傾げるのがニクい。
言われ、雲外鏡はその頤に指を当て、何となく悩むような仕種をする。
「香さんを救出する為に、わたくしを経由して彼女の夢の中に入って頂きたいのですわ」
鏡子はそう言いながら、空間を撫でる様に上から下へ手を動かすと、そこに豪奢な姿見のような鏡が現われた。
「不死者の方は難しいのですが、栞さんは連理さんに生命を受けていらっしゃるお陰か、もう少しで通れそうな感じなんですの」
至極真面目な顔で、鏡子は続けた。
「なので、壱、ここで連理さんと口付け以上の事をなさる。
弐、彼の血をちゅ~っとご馳走して頂く。
参、此方で留守番される。
如何なさるか決めて頂けますか?」
「んなっ!?」
ササは驚愕と衝撃を隠しきれない様に、
「……ん?」
突然当事者にされた連理は言われた事を理解し切れていない風に、
「…………○$?△*#♀◇&※□*♂▽k☆sっ!?」
栞は更に一拍おいて、顔を真っ赤にした。 何を言っているのかは誰も聞き取れていない。
彼女が顔を赤く出来るのは、ここしばらく行っている「生命の譲渡」のお陰だろう。 その為、彼女の肉体は若干であるものの生者寄りになっているのだ。
そんな冷静でない三者を尻目にロジーナが声を上げた。
「夢の中、との事ですけど、危険はあるのでしょうか?」
「そうですわね。 何かが巣くっている筈ですから、戦闘は避けられないかと」
「だから、彼なんですね」
溜息を吐くようにロジーナは呟いた。
――彼に救われた事は多い。
スレイヤーから、トラウマから、孤独から娘たちは救われていた。 また現在進行形で栞は救われようとしている最中であり、今、香は彼のちからなくしては救われない。
自分達とて連理やササの危機を救った事はあるが、それは釣り合っているとは思えない。
何処までわたし達一家は彼の負担になるというのだろう。
その申し訳なさに、自然と目線も下がる。
だがいくらそう思っても、自身に出来る事しか自分では出来ないし、娘を諦めるという選択肢がない以上、結局のところ彼に負担をかけ、自身はそのサポートをするしか出来ないのだけれど。
「~~~~~~~~~~~~っ!!」
一方で栞は鏡子の言った「戦闘は避けられない」とのセリフで「留守番」の選択を消していた。 自分の妹を助ける為の選択肢が自身に委ねられている現状で、全てを彼等に任せられるほど厚顔無恥にはなれないのだ。
残る選択肢は「口付け」か「吸血」である。
「れんくん!」
「お、おう」
「ぐぬぬぬぬぬっ……」
意を決する栞と戸惑う連理、嫉妬の目で見つめるササだ。 状況を鑑みて文句を言わないササが三人の中では一番大人で、一番憐れであろう。
反対に、選択肢を完全に栞に任せてしまっている連理が一番かっこわるく見えるのは仕方あるまい。
そう思ったのかどうかは兎も角、連理は身内の嫉妬と、突き刺さりそうな男親の視線を回避しつつ、その娘の傷が一番浅いであろう選択肢を選ぶ。
吸血の為に首筋を開けたのだ。
一方で栞は、そのつもりであった選択肢に待ったを掛けていた。
連理は生命力に溢れているとは言っても、物理的に血液が多く循環している訳ではない。 多少は多い可能性もあるが恐らく誤差の範囲だろう。
今、どの程度吸う事になるのかは判らないが、その結果が戦いに現われてしまったら宜しくないのではないか、という不安が鎌首をもたげて来たのである。
――冷静に考えるのなら鏡子に確認するという方法もあったのだが、半ばテンパっていた栞はその考えには思い至らず、更に落ち着きを取り戻す様な「間」を置くことも、一度決断した「流れ」を止める気にはならなかった。
そんなことをしたら自分がヘタれてしまうのを自覚していたからだ。
栞は、首筋を見せ屈み込む連理の顔をがっしり掴む。 戸惑う少年の表情が解るが、知った事ではないのだ。
状況的にも、身体的にも、自身の気持ち的にもこれ以上の答えはない。
――栞はその勢いのまま、連理に口づけた。
ガツンと前歯が当たったが、これまた知った事ではないと言わんばかりに吸い付く。
連理は目を白黒させながらも視線を動かすと、ササの泣きそうに睨み付ける顔が見えた。 その視線に耐えられず目を逸らすと、そちらにはヒドく無表情になってしまっている隆盛の顔が見える。
仕方なく連理はその瞳を閉じ、この針の筵の様な時間が早く過ぎてくれることを願い、栞への生命の譲渡をひたすら意識していたのだった。
◇ ◇ ◇
その場に降り立ったのは連理とササ、それに栞の三人だった。
たっぷり五分は「吸い」続けた栞に、我慢出来なくなったササが割り込み、行為を中断させたのがつい先程である。 鏡子によると「そこまでしなくても」良かったそうで、それを聞いた狐っ子が「むきーっ!!」したのもつい先程だ。
それでも自称百歳は年相応の落ち着きを取り戻した様で、『香の夢の中』という周囲に視線を向け注意を払っている。
一方で連理は落ち着きたくても落ち着けない、そんなそわそわしている様子を見せ、栞は未だに赤い顔をして俯き歩いていた。
「……おぬしらなあ、何をしに此処へ来たんじゃ? 真面目にやらんか、真面目に!」
両手を腰に当て仁王立ちな少女に思わず微笑みを見せる連理だが、ササの矛先はすぐに彼へと向かった。
「というかじゃな連理よ。 おぬし、わらわに口づけられてもそんな初々しい反応はせんよな!? 何でじゃ!?」
「何でと言われても…………慣れ?」
「慣れぇ!?」
「えぇぇぇ……」
ササからは驚愕の、栞からは落胆に似た声が漏れた。
「同い年のれんくんが慣れるくらいキスしてるとかビックリだよ、あたしは初めてだったんだよ、もううわぁぁぁぁぁぁぁ~、としか言いようがないよ、驚愕!の一言だよ」
「いや、一言じゃないじゃろ?」
「こいつのはキスって感じじゃないぞ?」
ササは朝起きた時や夜不意にと結構ペロペロっと舐めてくる。
異性として好き合っているふたりではあるが、その時の気持ちで言えば、
「ペロペロ舐めてくるからなあ。 あまりいい言い方じゃないかも知れないけど、ワンコに舐められてる感覚なんだよな、あれって」
正直な気持ちである。
初めて出逢った時は口付け、甘噛み、啄みと、面白がるように触れてきたササが、唇舐めとはまた違う、ペットのような舐め回しに落ち着いたというのが良くもあり悪くもあった。
心理的に、ペット的彼女という謎の立ち位置に落ち着いたせいで、連理としても異性として身構える必要性が減った、と言えば良いのか。
多少意識するような時期もあったが、慣れのせいか心構えのせいか、夜の『性』活に突入する様な心理状態に陥らなくなったのだ。 良くも悪くも。
良い面は健全である事。
悪い面は異性として前進しない、しにくい事。
「「ペット!?」」
その言葉を聞いたふたりの反応は同じ様だが違っていた。
ササはなまじ人間でないと言う意識があるせいか「ペット呼ばわりするなんて!」という反発に近い反応だ。
一方で最近ちょっと過激な少女漫画を購入していた栞は「え? ペット? ペットって、夜の……? え? え? えろす……」と、赤面している。
「何か、想定とは違う反応をされてる気がする……」
呟きながら連理は改めて周囲を見渡した。
見えるのは荒涼とした大地。
緑も湖も見えるが何処か物悲しい、そんな光景だ。
ここが、榊香の夢の中なのだ。
しおりんってば、かおりんが大変な時にラブコメモードに入ってしまっている気がする。 次回までに持ち直して貰おう。




