第五十七話 Let’s at least decorate the final beauty.
短めです。
スレイヤーでトップクラスにヤバいひと・今林真理亜、出陣。
しかしこの英訳は合ってるんだろうか?
ヤクトルビルディングの所有する高層ビルの一角。
豪華な、だが何処か陰鬱な雰囲気の部屋で、鷲鼻で痩せぎすな男がふかふかのソファーに身を委ねていた。
どちらかと言えば貧相な格好をしている男だが、周囲の豪華さに気後れする事もなく、当然とばかりに睥睨している。
男の名は乃高 忠範。
「あの」対外的にはテロリストにより謎の崩壊を遂げた、ヤクトルビルディング麾下の研究施設、唯一の生き残りである。
「お待たせ致しました、お師匠様」
部屋の奥からマグカップを持ってきたのは女。 貼り付いた様な笑みは、心の内所か、感情も感じさせない、笑顔という無表情。
「何が師だ。 殆ど同い年のお前にそんな呼ばれ方をされても、気味が悪いだけだ」
そんな事を言う男は肉の薄い体躯のせいか、ぎょろりとした目の為か、鷲鼻が悪いのか、少なく見積もっても五十路以上に見える。 還暦過ぎに見られてもおかしくはない外見だ。 遠慮のない悪ガキであれば本人の前でミイラ呼ばわりしてもおかしくはないだろう。
一方で女の方は上に見積もっても三十路の半ばか、見方によって二十代にすら見えた。
まず同年代には見えない二者。
親子か、場合によっては祖父と孫にすら見える。
「くすくす。 貴方の教えを受けてここまで登り詰めたんですもの。 それは師と言っても差し支えないものではなくて?」
コースターの上にカップを置きつつ言う女を、彼は鼻で笑う。
「はん。 あんなモノはただの考え方に過ぎん。
それを教えと思えるお前がモノを知らなかっただけだ」
「無知だった小娘に知恵を授けた。 ならばそれはやはり師なのではないかと思いますわ」
女はポットからカップへ黒い液体を注ぐ。
自身の分のカップにもそれを注ぎ、男の正面にある椅子へ腰を下ろした。
僅かに、何らかの薬品の臭気が残る室内へ、濃いコーヒーの香りが立ち籠める。 女はそれにガムシロップだけを入れ掻き混ぜ、男はブラックのまま胃へ流し込んだ。
「それなりだな」
女の問いには答えず、無意味に言葉を垂れ流す。
「ええ、高いだけの豆ですもの」
返す言葉もまた無意味。
自身の言葉が無視された形のままであるにも関わらず、蒸し返す事はない。
ふたりは沈黙のまま、ただコーヒーを啜る。
「二体だ」
空になったカップをコースターに戻し、目を合わせる訳でもなく会話を再開する。
「向こう側に二体の実験体を用意してある」
女はそれに答えない。
その言葉を吟味するかの様に、脳裏へ巡らせる。
「警戒するな、とは言わんが、裏の意味などない」
乃高は呆れる様な視線を向けるが、非難出来る筋合いもない。 他人を引っ掛けるのは自身が自然と行ってしまう癖なのだ。
そのせいで施設にいた同僚達は真面な遺体を残さず全滅している。
「ですが、ただ好きに使え、という事ではないのでしょう?」
女の微笑みが深くなる。
怪しく、それでいて危うい、見続ける事で精神に異常をきたしてしまいそうな、笑み。
この今林 真理亜と言う女は色々ととち狂っている。
美しさを追求しようとするのは、行為はどうであれ、狂気的に過ぎる部分があるもののまだ納得出来る。
その様な女性は他にもいるだろうし、整形「中毒」だって、世界的に見るならそう珍しいモノでもない。
だが彼女の狂気はそれらとは違う異質なものだ。
デモノイーターでもないのにアクマを喰らい始めたが故か、それとは関係無く既に狂気に冒されていたのか、乃高は知らない。 スレイヤーに入り出会ったふたりの関係は他の社員達と同様に薄い。 彼女は男を師と呼ぶものの、この二者に師弟の絆などは存在していないのだ。
判るのは彼女が生き続けるには少なくない数の魔物が糧になるという事だけである。
何せこの女は女魔の血を全身に浴びる事で若さを保つ事が出来ると思い込んでいる狂った美の探求者なのだから。
だからだろう。 そこに罪悪感など入り込む余地は全く無い。 彼女にとってシャドウもファンタズマもアクマも、ただの「化粧品」に過ぎない。
もっともそんな感想を抱く乃高忠範が真面だとはならない。
乃高にとって彼等魔物という存在は大切な実験体である。
認識の差こそあれ、その程度は似たり寄ったりなのだ。
乃高忠範もまた結局の所狂気の世界の住人に過ぎない。 彼も実験という行為に取り憑かれた狂人なのだから。
「そろそろ日崑孝正会とアレキサンドロスには退場願おう」
「あら? 何か気に障る事でもありまして?」
彼女の、感情のなかった笑みに、心が籠もる。
自身に「遊び」をもたらしてくれそうな言葉に、心が弾む。 年若い、小娘の様に。
「逃がした実験体の殆どを奴等に奪われてしまったからな」
八つ当たりにも等しい言葉を堂々と吐き、言葉を続ける。 外から見た彼はあくまで冷静に、冷淡に見えるが、内心はこの程度の事でむしゃくしゃし、何かにぶつけたくて仕方がないと思っているのだ。 癇癪持ち子どもの様に。
「実験体以外にも『材料』は用意してあるし」
印刷された資料を革のカバンから取り出すと、放る。 三十枚程度のコピー用紙。
書かれた内容は「実験体」のプロフィールと用意された「材料」が何であるか。
「ライアードにも協力を要請している」
ライアード=ショックはスレイヤーでは非常に数の少ない「魔物使い」だ。
ハンター/メディウムであり、シャドウを使い捨ての盾にして戦う初老の男。 実年齢は乃高よりずっと上だが、外見年齢は同年代か、それより下に見える。
「……なるほど。
ではお師匠様からも協力は頂けると言う事ですわね」
自身の能力と協力者の存在、大まかな作戦を脳裏に描き、足りないパーツを模索すると、それは目の前にいる男から得られるのが解る。
「当然だ。
最終的な実働部隊はこちらで準備させる。 否と言ってもそうせざるを得ない様にするだけだがな」
「それだけ、でしょうか?」
喜悦に富んだ微笑みが男へ向けられる。 とは言っても、そこにあるのは色情などではない。 有り得ない。
殺意を帯びた喜悦に想定出来るのは、殺戮の期待、血の渇望。
「持っていけ」
乃高が数回に分けて懐から出したのは、百枚以上はあろうかと思われる呪符だ。
「ありがとうございます、お師匠様」
彼はタリスマン。
この様な呪符を作るのが彼の能力。 解りやすく「爆弾」を作る様なそれは、突発的な戦闘には向かないものの、罠に掛ける、誘き寄せる、侵入しての破壊行為等にはうってつけだ。 また、所詮は紙であるから携帯性、隠匿性に優れている。
勿論通常の方法で普通の紙と区別する事は不可能だ。 機械的なセキュリティでこの「危険物」を発見する事など出来はしないのである。
「ですが、仕上がりに関してどうなさいますか?
妥協なさらないのであれば、それなりにお時間を頂く事になりますけど?」
「構わん。
折角の催し物だ。 完璧に仕上げて見せろ」
もし生き残れたら「駒」として使える様に。
そんな可能性を考えて言う男。
「承知致しましたわ。 儚い人生でも、せめて有終の美を飾れる様、尽力致しましょう」
女は男の考えなど知らんとばかりに、死を前提にした「改造」を想定し、微笑む。
生かす事など考えない。 どう弄ろうとも所詮は敵であり、それでも敵たり得ない相手。 駒にしたところで大して役に立とう筈もない。
だからせめて活かしてやるのだ。
自分達の役に立つ様に。
ヤバい人とヤバい人が悪巧み。




