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第五十四話 家族の軌跡と起こせし奇跡

再会する家族。



 磯城(しき) 修景(しゆうけい)は家族の中でも父親役である悪魔アークデーモンのラジットに願う。


 何処かを彷徨う家族 ――シュラと言う名の魔獣オルトロスの捜索を。


 かつて請われたのは奪還であった。

 二年前、シュラの行方が判らなくなった直後、修景はあの施設内に彼がいる事を感じていたからだ。

 だが、それは失敗に終わる。

 種として強力なちからを持つ彼であっても、修景の「家族」となってからは戦いから身を退いた様な生き方をしていた。ちからは萎え、心は人に近くなった。

 彼単独での襲撃も、家族総出でのそれもどちらも失敗し、ミイラ取りがミイラになりかねない事態にまで陥りそうになった。

 それから彼は「息子」の願いを叶えるべく、時間を見ては隠れ里へ入り浸る様になったのだ。

 戦いの中に身を置き、心身を鍛え上げると共に、シャドウを喰らいその身体を取り込みつつも、配下となる者達を得る為に。

 縦令「祟り鬼」が襲撃しなくとも、彼等は施設を襲撃し家族を取り戻そうと画策していたことだろう。



 だから父たるラジットはそれを当然了承する。配下である小悪魔(インプ)達を多数呼び寄せると、それらを解き放った。

 母親役の魔女または鬼女たるラミアのアシュタルは爬虫類(レプタイル)操作(コントロール)の魔術でそのサポートだ。

 呼び出されたインプ達はファミリアから借り受けた場合と同じ様に創られたシャドウに近い存在だ。数に応じて召喚者の体力や生命力を奪う。

 近場の捜索であれば魔術の方が費用対効果(コストパフォーマンス)が高いのだ。もっとも、隠れ里での探索となると、ただの蛇や蜥蜴では心許ない事は確かではある。

 だから彼等には近場を探索させ、インプ達には遠くに飛んでもらう。当然シャドウ達に襲われ、破壊もしくは殺されてしまう者もいるがそこは割り切るしかない。


 そんな彼等の中心となる修景は、探索にはあまり貢献出来ないタイプのファミリアだ。


 扱う魔物が強力過ぎる為、「燃費」が悪すぎるのだ。真名契約を交わしている「家族」なら兎も角、貸与契約から呼び出すシャドウでは現状三体もしくは四体程度が限界である。

 それでも修景はシュラとの間に(パルチ)絆を持つ者( ザン)だ。

 ここが隠れ里でさえなければ、「(シュラ)」の居場所をある程度特定出来ただろう。

 隠れ里は「門」と「門」で異界同士が繋がっている様な場所である。

 異界という壁の向こう側までは個人間の繋がりなど届くものではなく、だからこそ(シュラ)が隠れ里にいるのでは、という予測が成り立ったのだが。



 だが、隠れ里は広い。

 ひとつの「里」は、小さければワンルーム程度のものから大きければ一国やそれ以上の広さがあり、そんな空間が際限なく連なっているのだから、そこで誰かを探すなど本来は正気を疑うレベルである。

 それでも諦めず前へ進む彼等は、そんな絶望的であろう巨大な壁にも立ち向かったのだ。


 だからこそ奇跡は起きた。


 だからこそ起こったのは奇跡と呼ばれるほどのものだった。



「シュラ!」


 呼び掛ける家族の名。


 二年の間にその姿は変わっていた。

 魔獣故か実験のせいか、そのサイズ自体はそれ程変わってはいない。精々が中型犬程度の体躯。

 一方でぶら下がる余計な首が二本、そうでない首も酷く憔悴して見える。「あの」施設で一体どれだけ非人道的な事が行われてきたのか、想像すら出来ないそれに憎しみは禁じ得ない。

 家族を抱いていた男 ――以前自分が襲いかかった荒れ木三度Loss(アレキサンドロス)所属の誰か―― がシュラをそっと地面に置いた。


 抱かれていたが故に見えなかった躍動する肉が、踊る様に蠢いているのが判る。その様相はまるで神話にあるザッハークの蛇だ。自身の意思によらず蠢く二匹の蛇はザッハーク自身を苦しめ、やがて多くの民衆を死に追いやるのだ。


「…………シュラ?」


 オルトロスは動かない。

 黙って自分を、家族の姿を見つめている。

 じっと、ただ見つめている。


「如何した? 何故何も言わぬ?」


 そう問いかけるのは巨大な二本の巻き角を持った偉丈夫。半人間形態のラジットだ。

 悪魔形態はどうしてもアクマ呼ばわりされる故の対策でもある。

 身長は2m近く、浅黒い肌が印象的だ。


「シュラ……、(わたくし)達を忘れた訳ではないのでしょう?」


 語りかけながら蛇身を進めるのはアシュタル。

 虹色に煌めく優美な鱗は、彼女がただのラミアではなくその上位種である事の証か。

 艶めかしい艶を持つ髪と相まって、ひとつの芸術作品の様な美しさがある。

 近寄られたオルトロスはその分下がろうとするが、そこに速度はない。もう彼の身体はその程度の動きも許さないのだ。


「………………話せよ。 家族だって、自分で言ったろう?」


 沈黙を続ける魔犬に痺れを切らして連理が後押しする。


「…………」


 オルトロスは喋らない。話す様な仕種をするが、続かない。


「……アンタは……何でシュラと?」


 家族(シュラ)と一番近い場所にいる連理へ、修景から声が掛かった。声色には不安が滲み出ている。


「怪我した様な歩き方だったから、気になって……だな」


 修景に応じつつ、オルトロスの事情を自分が話すべきか、連理は迷う。


 彼は ――話すだろうか?

 巻き込みたくないと言った、その家族に。

 話せる、だろうか?

 彼はその為に苦痛に耐え、ここまで来たというのに。

 ならば自分がしゃしゃり出た方がいいのかとも思うが、彼の首のひとつがこちらに視線を向けているのに気づいた。それが、何となく苦笑している気がして、連理は少し身を退いた。

 ラミアがその分を埋める様に前進するのを確認し、三歩下がる。


「磯城、だったか」


 話しかけながら地面 ――この里ではアスファルトである―― に薬を置く。ロジーナ謹製の回復薬。臭いは凄いが効果は折り紙付きだ。今は蓋をし直してあるから、恐らくそれには気づくまい。


「お前たちとワンコ ――いや」


 一同を見遣り、連理は自身の口にした言葉を否定する。


「あんたら家族がどういう結論を出すかは知らないが、何かあったら相談してくれ。

 何が出来るかも判らないが、少なくとも協力は約束する」


 一息で言い切り、パッと身を翻す連理だが、すぐに顔だけで振り返った。少しだけバツの悪そうな、何処か照れた様な顔をして。


「それは薬だ。 そいつの話を聞いた後で、大丈夫そうなら飲ませてやってくれ。 まあ、臭いはちょっとスゴいけど」


 連理はそう言いながらそのまま連れの元へ。

 ササは肩を竦めつつも微笑みを浮かべながら、またも臭いで貶められた形のロジーナは苦笑しながら彼を迎える。


「オレはっ! ――アンタを、アンタ達を襲った!」


「謝罪は受けた。 理由は察した。

 なら十分だろうが」


 また振り返った彼は、今度は半眼だった。

 睨み付けている訳ではない。呆れているのだ。

 組織としても個人としても謝罪は受けている。こちらはそれを受け入れた。

 怪我人は出ているが死人はいない。

 スレイヤーの襲撃より余程マシだろう。


「今のお前はそいつの話を聞くのが先だ。

 多分、お前が思っているより時間がないぞ」


 今は去った方がいいだろう。

 シュラと呼ばれた彼がひとりでいるなら兎も角、家族がいるならそこに影響を与えるべきではないはずだ。

 オルトロスの状況を説明してもいいのかも知れないが、そこを話す際に自分の感情が入ってしまいそうな気もする。


「ちょっと、格好つけたかの?」


 そっと、ササがその身を寄せてくる。

 微笑んでいるくせに何処か気遣う様な仕種に、少しだけ冷静さを取り戻す。


 ――ああ、それは言い訳か。


 「門」の方へ足を動かしつつ、連理は自身の思考を否定する。考察を否定する。

 自分は、自身の助言で彼の生き死にが決まってしまうのがイヤなだけだ。

 それが考えすぎだとしても、それによって彼の生きる時間が変わってしまう事が。


「……全然カッコよくなんてないだろ? ただビビっただけだ」


 素直に心情を晒しつつ、もう一度、ちらりを後ろを見る。


 家族が寄り添う姿がそこには在る。

 バラバラの種族。

 年齢だってそれぞれが百や二百以上離れていたっておかしくはない。

 それどころか性別すら不確かなのだ。

 だけど、そこにあるのは確かな家族の姿である。


「でもまあ」


 前を向く。


「協力するって言ってしまったしな」


 如何にも「失敗した」と、そう言っているかの様に口にする偽悪的な言葉。

 実際の所、連理に出来る事はそう多くない。

 彼自身は所詮学生で、能力者(ヘレティツク)ではあっても傷つけ殺す事しか出来ない破壊者だ。

 相談・協力と言ったところで何が出来るものかと思う。


「いざという時はお手伝いをお願いします、ロジーナさん」


 取り敢えず、手短な距離にいる大人をまず巻き込まんと、にっこり。


 ――出来る事はしてやろう。


 手始めに殴りかかってくる様な、そんな相手ではあったが事情ありきの年下なのだ。

 その事情を知った今、多少の手間を掛けるのも吝かではない。


 例えば、今は随分と多忙な様子ではある徳倉鏡子などは、相手の状態を「()る」事が可能だ。以前、(れんり)相棒(ササ)を殺しそうになった時の様に。

 そんな彼女の助力を得る事が出来たなら、意外と良い道が見つかるのではないかと、そう思うのだ。

 あの時の様に自身の中にある「並みの妖怪やアクマよりも強い生命力」を譲渡してもいいだろう。まあ、ワンコとねちっこいキスをする気にはとてもならないから、出来れば他の方法を模索して欲しいが。


「わたしの本業は呪術医(ウィツチドクター)なんですよ? しゃしゃり出る気はありませんが、助けてと言われたら助ける様に努力するのが我々なんです」


 少女に見える自称三百歳超は微笑みながらも胸を張った。ゆさっと、胸部装甲が揺れる。

 それを見て、ササの表情が固まった。とても絶望的な表情で。


「……残念ながら、娘達には伝わってませんけど……。 あの子達ったら、ふたりとも攻撃的な方向ばかり実力を伸ばして……ホントにもう……」


 自嘲的なセリフを口にして愚痴る彼女は、どう見てもマジへこみな様子だが、すぐに気を取り直して言葉を紡ぐ。


「必ず助けるなんて言えませんけど、助かる様に全力を尽くします、必ず」



ラジットの命名はインドラジットから、アシュタルはイシュタルというかアスタロトというかアシュタロスから、シュラは阿修羅、修羅からですね。 当時中学生になる前の彼は、ちょっとばかり早い中二病だったのかも知れません。

 ラジットの喚んだのがインプばかりなのは種族特性ですね。里で得たシャドウ達を「材料」にした限定的な召喚術になります。

 それと、連理が同情しながらギュッとしてたので、シュラには少ーしだけ生命力が譲渡されていたりします。

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― 新着の感想 ―
犬とねちっこいキスをしたら何か病気になりそう……。 (。ŏ﹏ŏ) 一先ず一件落着な感じですけど、胸部装甲を見て固まったササが心配ですよ。 (´ε`)
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