第五十三話 歩け。 さすれば救われる
緊張の瞬間なのに、何処からかラブコメ臭が漂って来やがる……!
高円寺 望の行方は杳として知れなかった。
それどころかその妹である高円寺 希も所在が掴めず、ふたりの生家では蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていた。
その事にすら気づけなかったのは個々人が連絡の為のツールを持つが故の弊害だろう。連絡先が固定電話であればすぐに気づけた事象である。
高円寺家では家出だけでなく誘拐の可能性を疑い、警察が動いたものの手掛かりは見つからなかった。
荒れ木三度Lossは、その状況からアクマ事件の可能性も視野に入れ、街中だけでなく隠れ里に於いても捜索したがやはり手掛かりは掴めなかった。
そこで動いたのは雲外鏡・徳倉鏡子である。
自らを「使う」事の出来る数少ない人物のひとり、社長・浅葱 澪に頼み、彼等を探そうと試みたのだ。
――儀式魔術である。
高位媒体である「雲外鏡」という鏡を使い、魔術師としての高みにいる澪が術者として、その上で複数の魔術師達が補助に付く形で広域探査を行ったのだ。
だが、結果は芳しいものではなかった。
何せ、肝心の術者たる浅葱澪は高円寺兄妹と面識がない。
鏡子がその姿を「映して」見せたものの、知らない相手には違いがないのだ。本来こう言った探査系の魔術は対象を知っている事が前提である。
それでも媒体と術者の力業で彼等がまだ生存している事、この地域一帯にいないであろう事までは確認が出来たがそれ以上の事は解らなかったのだ。
もっとも、この地域一帯という範囲は複数県をも跨ぐ程の範囲だ。そこにいないと言う事は、十中八九隠れ里にいるという事が予想された。
だが、これらは双子がいなくなったと気づいた後の話だ。
それを知らぬ連理達はスレイヤーに襲われるかも知れないという前提で、そのスレイヤーの尻ぬぐいをすべく、暇を見ては逃走した魔物たちの行方を追っていたのだ。
◇ ◇ ◇
今日も今日とて、街中を、隠れ里をウロウロする一行である。
と言っても昼間から歩けるのはあと数日だ。もうすぐ冬休みも終わってしまう。
そうなれば連理や朱音は学校へ行く様になり、榊姉妹はしらかばの家へ通う事になる。健斗や白亜はすでに授業が再開していた。
ファンタズマメンバーだけで動くにしても店が稼働中であり、そちらへ割ける人員がそう多くはないのだ。というかこの状態で動けるのは精々単独で動ける円井夕陽と徳倉鏡子くらいであろう。
ササと榊夫妻が組んで動く事も可能だが、店が蔑ろになってしまえば本末転倒なのだ。
アレクは正義の組織という訳ではない。あくまでファンタズマやワイズマンの為の相互扶助組織である。
スレイヤーの尻ぬぐいなど、ただのボランティアに過ぎないのだ。
現状、街中で出会ったシャドウは一体だけでそれがスレイヤーから逃げてきた個体かどうかは不明。
それ以外では施設から逃げてきたひとりのファンタズマ ――フェイと呼ばれる妖精だ―― に出会い、一応保護出来ていた。ただ過酷な「実験」の為、五体満足とは言えない状態ではあったが。
別のひとり ――ファンタズマともアクマとも判別のつかなかった小さな彼は出会って直ぐに命を落とした。
一般に小人っぽい魔物はファンタズマにもアクマにも存在するし、その区分だって結局は個人個人の思想や思考に左右されるものだ。なので見た目でそうだと判断するのはそもそも難しいのだが、会話すら出来ずに息を引き取られては判別のしようもないのである。判るのは精々シャドウであるか否かしかない。それだって街中にいたシャドウと同じく、実験棟から逃げた個体かどうかは判らないのだ。
そんな、エンカウント率すら全く不明の捜索の中、一行が出会ったのは一匹の魔犬であった。
隠れ里で見掛けた小型犬と言うには大きく、中型犬と言うには小さい、四足歩行の生物。
アンバランスに見える影はSDキャラクターの様に前のめりな姿を晒し、そのせいなのか別に要因があるのか、それは酷く歩みの遅い、今にも倒れてしまいそうなただの老犬の様にも見えた。
近づけば、より一層その異質さが際立つ、その姿は正に異形。
斑に見える体毛はいくら魔物とは言え、生物由来のものには見えず、まるで脈動するかの様に色彩を、色調を変える。
本来呼吸を伴い行われるはずの「脈動」は、本人の意識無意識どころか生体の反応すら無視するかの様に、大きく強く体内で跳ね回っている。その様子は異質や異常と言う言葉で言い表せるものではない。時折、皮下でノミが跳ねる様に、肉体が脈打ち動き回っているのだ。
何より「彼」を異形たらしめているのはその首だろう。
その数、四本。うち二本はちからなくぶら下がっており、それは半ば腐りかけている様だ。よく見ると「生きている」首は犬だが、「死んだ」首は別種のものだと解るだろう。
一本は蛇で、もう一本は猫科 ――恐らく豹のものだ。
要はキメラなのだ。
だが、二本の首はどうも生来のものに見えるし、ちからなく垂れ下がる蛇の尾も本物の様ではある。
つまり双頭の魔犬を改造したキメラ。
本来大型犬以上のサイズを誇るオルトロスだが、目の前にいるのは中型犬にも満たない大きさの個体だ。恐らくはその幼獣であろう。
ここは隠れ里であるからアレクの方針からすると積極的に接触する必要はない。
ましてや「魔獣」「妖獣」の様に「獣」に分類される相手は、会話が成り立たないどころか話しかけ即敵対される可能性もある。単純に言葉が通じない相手が多いし、理性ではなく本能に従う者もいる。
そこに善悪はなく、実のところファンタズマ・アクマといった分類が成り立たない場合もあるのだ。
またその姿からすると相手はスレイヤー、つまり人間におぞましい実験を強いられてきたであろう魔物でもある。
接触は賢い者のする事ではない。
「……ふたりは、下がっていてくれ」
だが、その姿を見て放っておくのは居たたまれない。
単なる憐憫や同情で近寄っていい存在ではないかも知れないが、善きにせよ悪きにせよ今の連理はとても頑強で生命力に満ちあふれている。弱った魔獣にどうこう出来る存在では、既にない。
同行者であるふたり ――いつでも一緒のササと、同行を申し出た榊ロジーナは、ゆっくりと魔犬から離れた。
この榊母。今回何故一緒に来たがったのか不思議に思った連理&ササであったが、どうも栞や香との関係の確認と、ふたりの「売り込み」に来た様なのだ。
ちなみに日本人的価値観を持つ榊父こと榊隆盛も一応渋々ではあるがこの行動には賛成したらしい。
それでいいのかと思いもするが、魔女として覚醒した香も吸血鬼として蘇った栞も、一般人を相手に恋愛をするには難しい。場合によっては何のちからもない者達をワイズマンにする事になるのだから、その決断は双方の覚悟だけでは足りないのだ。お互いにとって命がけになりかねない結果に結びつきすぎる。
この点を考慮すると相手は出来るだけ現時点でのワイズマンかファンタズマ、場合によってはアクマにしたいのだ。
それでいて現状で「懐いている」連理はそういった面で見ると優良物件である。
ワイズマンの中でも戦闘力の高いハンターであり、魔物を識るファミリアでもある彼は、様々な危険を乗り越える能力と彼女らに寄り添える心を持っているのだから。
デモンスレイヤーとデモノイーターという対魔物能力はファンタズマである彼女らにとっても脅威だが、彼との付き合いでそれが無為に降りかかる様な兇刃でないことは解っている。
問題はササという相手が既にいることだが、そもそも「姉妹」の売り込みであるから、そこは考慮外なのだろう。
そもそも考慮していれば、姉妹をまとめずに、より仲の良い栞だけを推してくるだろう。 ……恐らく、だが。
「…………」
連理は瀕死にすら見える魔犬に、警戒しつつも歩を進めた。
脅威は、感じない。
こちらに気づいているだろうに、「彼」の動きは変わらない。
どうなってもいいと、そう思っているのか、周囲を気にする余裕がないくらいに何かに邁進しているのか、それともその両方だろうか?
ふらつき揺らぐその歩みは、それなのに真っ直ぐと堂々としている様に見えた。
「――おい、そこのワンコ。 言葉は通じるか?」
声を掛けようとし、何と言っていいか悩みつつ、出てきた一声である。
「……わんこ……」
「くっくっく……」
ふたりに警戒させつつ、自らは全く頓着しない様子に後方の女性陣は苦笑するしかない。
一方で声を掛けられたのが判ったのか、先頭を行くオルトロスは首のひとつだけを連理へ向けたがそれ以上の反応は示さず、そのまま歩き続けた。
「治療が必要なんじゃないのか?」
「…………」
一歩分近づき話しかけるも、今度は無視。
「彼」の歩みは遅い。 近づくのは容易だ。
「……メシはいるか?」
「………………」
やはり無視。
「そうか」
連理はそのまま無造作に近寄るとその胴を抱きかかえた。
流石にちからない様子であっても暴れる「彼」だが、それでは連理に対抗出来ない。噛みつくこと引っ掻くも出来ず、結局ちからなく項垂れる。だがそれでも奇妙に脈動する肉体は連理の束縛を押し退けようとするかの様に、手を、身体を押した。
「ロジーナさん」
魔犬が害を及ばさない様に明後日の方向へ向けて、同行者を呼ぶ。
彼女を呼ぶのは例の薬を欲したからである。幸い食品も幾つか手持ちがあり、小さな体躯の彼を回復させるには十分に思えた。
ちなみにもう一方の同行者であるササは、治癒・回復系統では最近覚えた解毒か、回復「した気になる」魔術しか使えない。
察したロジーナは薬の蓋を開けてから手渡した。
周囲に異臭が放たれ、ササが身を引く。同様に魔犬も身を捩るが、それは連理ががっちりと捕まえている。逃げることは出来ない。
「……毒、カ……」
「いえ、薬なんですが……」
覚悟を決めた様に呟く魔犬へ、申し訳なさそうに人妻が答える。
「…………ソウカ……ダガ不要ダ。 ソレデハ折角潰シタ『異物』ガ治ル」
魔犬はそれでもその異臭を放つ薬剤をを拒否し、連理の腕の中で藻掻く。
「……離セ。
我ハ遠ク離レナクテハナラン……」
「遠く? どうしてだ?」
連理の手は緩まない。ちからの入らない脚をバタつかせ、二本の首を彼方へ此方へと伸ばしても当然揺るぎもしない。
締め付けられはしないが現状、脱出は不可能と言っていいだろう。
「……離セ。 巻キ込マレタクナケレバ……ナ」
がっちりと己を拘束する青年を見て、仕方なくオルトロスが語るのは自身の受けた実験と改造の「結果」だ。
二年前、彼は家族と引き離された。
状況から見てスレイヤーに魔物捕獲専門の部隊がいたのだろう。それに捕獲された彼はあの、今は破壊された施設に閉じ込められた。何体もの魔物達と共に。
堅固な狭い個室に閉じ込められ、真面に協力することも出来ない状況に、幼い魔物達は過酷な実験にその身を委ねるしかなかった。
そこにあるのは第二次世界大戦さながらの狂った人体実験の様相だ。
肉体の耐久性や回復能力を測る為にはどうしたらよいか?
簡単だ。傷つければいい。死なない程度に身体を切り開き、指を、腕を斬り落とす。場合によっては態と血栓を作り、それが人間と同じ様に作用するのか確認する。
熱に対する耐性は?
電撃に耐性のある種はいるのか?
毒の効かない種には、どんな毒も効かないのか? その耐性を突破出来る毒は作れるのか?
移植した臓器に拒絶反応はあるのか?
疑問は尽きない。
疑問が解決すると別の疑問が表れるのだから尽きるはずもない。むしろ疑問は増えていく。
それに正比例し、犠牲となる魔物も増えた。
彼にとって幸いだったのは、彼がファンタズマであったことだろう。
実験体として稀少なファンタズマやアクマはその様な「使い捨て」の実験には使われなかったからだ。
もっとも、その場で死なないことだけを、その先も生き地獄が続くことを幸いと表現して良いのか、それは犠牲者達しか判断出来ないことだろうが。
双頭の魔犬である彼は、まず魔物ではない豹と妖怪・大蛇の首を移植された。 どちらの移植も薬剤で拒絶反応が緩和出来る事が判明している。
食道は生来のものを使いつつ、腹に人工肺を埋め込み、運動性能を向上させる目論みだったが上手くいかず、そもそも移植した首は真面に機能しなかった。
その首を動かす為に様々な魔物達の「部品」が彼の身体に移植され、複数の機械も同時に埋め込まれたのだ。
今、彼を安定させていた薬はなく、ただ繋がっていただけの首は何日と保たずにに腐れた。それだけではなく、移植された魔物の部品が、ここから出せと言わんばかりに彼の体内で暴れ回るのだ。それは彼に埋め込まれた機械を破壊し、そこから生物の取り込むべきではない一種の鉱毒を流し、鋭い欠片は更に体内を傷つける。
彼は、決して長く生きられないのだ。
そして彼の最大の懸念は、移植された魔物が「タタリ」であった事に由来する。
タタリであった、というより恐らくはその彼/彼女が「部品」にされる際にタタリと化したのであろうが、結果は同じだ。
この「部品」は彼の死と共に暴走を始める。彼の屍体を乗っ取り周囲を破壊し尽くすだろう事が、彼には理解出来てしまっていだ。
だから、彼は決して「家族」に会うことが出来ない。
会って家族を巻き込んでしまうことを良しとしない。
彼の家族は彼よりずっと強く優れているが、だからといって自身の満足の為に死ぬまで傍に居たいなどとは思わない。
思ってはいけない。
タタリの、自身の暴走を家族が止めてくれると期待して、それで毛程でも傷つけてしまえば、自分は地獄へ堕ちても後悔し続けるだろう。
だから、彼は決して「家族」に会うことを望まない。
隠れ里を只管歩み続けるだけなのだ。深層へ向かって、ただひとり。大事な家族から一歩でも遠くに離れる為に。
「ダカラ、離セ……」
ちからなく彼は言うが、連理の腕は離れない。触れる彼はその手が小刻みに震えているのを感じた。
「…………ざ……な……」
連理の囁く様な声はササにもロジーナにも届かなかった。
聞く必要はない、聞かせる必要もない、そんな言葉だ。ただの文句、意味のない感情の発露。
それでも言わずにはいられない、口に出さずにはいられない。
「――巫山戯んなっ! スレイヤーはコンチクショーだが、お前もコンチクショーだ!
諦めんのが早すぎだろうが! このバカワンコ!!」
魔犬の告白に俯いていた女性陣は面食らった様子で連理に視線を向けた。
「お前の『家族』はそんな相談にも乗ってくれない、冷たい『家族』なのか!? 違うだろう!?」
「……ソウ言ウ話デハナイ。 巻キ込ミタクナイト言ッテイルノダ」
「巻き込めよ! 家族が知らないうちに死んでるなんてオレはゴメンだぞ!? お前はそうじゃないのか!?」
その言葉を聞きオルトロスは犬の顔でもそうと判る、キョトンとした表情を見せた。それが唐突に破顔する。
「……………フハハッ、ハハハハハハッ」
ふたつの口から笑い声。
「家族、家族カ。 ソウダ、ソウイウモノダッタ」
笑う犬の視線が宙へ向けられた。
死の間際に空を見た訳ではない。そこには何時の間にか、巨大な影があった。
「……ゴ主人……追ッテキタノカ。 追ッテキテ、クレタノカ……」
近づけば自ずと判る影はドラゴン。地響きを立てつつ地上へ降りたその背に乗るのは先日会った少年とその使い魔と思しきモノ達。
「シュラ!」
そうオルトロスへ呼び掛けた者。
日崑孝正会の魔物使い ――磯城 修景。
連理は「直情」持ちなので精神判定に失敗すると、近視眼的になったり、今回の様に言い合いになったりします。
そのせいでこの瞬間、彼は熱血漢と化しました。
デモノイーターやファミリアは精神の値が高くなる傾向になるので本来はあまり判定失敗とはならないんですが。
自分にブーメランな事には未だ気づいていません。 まあ、現状はただナイショにしているだけで、深刻な事態に発展していないせいでもあります。
ワンコ ――シュラは修景との絆(真名契約)を一方的に破棄することが出来ました。 話し方こそ普通な彼ですが結局の所、幼獣である事に変わりはなく、自分の手でその絆を断ち切ることは出来なかったんですね。
ちなみにタタリが一定レベルになると自動取得するハイランダーは「カオス」。
これは非常に強力なハイランダーで、全能力値が跳ね上がりますが、シーンごとに精神判定を行い、ファンブルするとシーン全体攻撃扱いの「自爆」をするというトンデモジョブになります。
ルール的に言うなら彼の暴走はその演出です。




