第五十二話 影は形に添い、響きは音に応ずる。 それは波が及ぶが如く
しまった……。
ワイズマン、人間以外の世界、裏の世界、影の世界と言った意味で使っていた「此方側」と、隠れ里側ではない、人の住む世界、現世といった「此方側」をごっちゃにして使ってるなあ。
鏡子先生の世界編で何らかの別の呼び名を確定させとけば良かったのか……。 「地球次元」だと呼び名としては微妙だし……現世でいいかなあ……。 でも現世だと何か意味が違って聞こえるし……。
と言う訳で、その辺りをそのうち修正していくかも知れません。 修正しないかも知れません。
あしからず。
シュラと、かつてそう名付けられた彼は全身を苛む痛みと不快感に、牙を噛み締め顔を顰めつつもそれに耐え、一歩ずつ足を進めていた。
行く宛てなどない。
生きる場所などない。
だが疾うに潰えていた筈の希望はその胸に、灯火の様に、ひとつだけあった。
最早叶う筈のなかった望み。
とっくに消えてしまった筈の願い。
今なら叶うだろうその願望は、叶えてはいけない想いでもある。
だから彼は足を進める。
歩ける内に一歩でも先へ。少しでも遠くへ。
だから彼は叶わぬ願いに蓋をする。
不気味に脈動する躰をコンクリートのブロックへ叩き付ける。ブロックは砕け、脈動は一旦収まった。
今はこれでいい。
今は一歩でも前へ、遠くへ。
彼は歩く。
痛む躰に鞭打ち。
蠢く躰を石打ち。
一歩。
また一歩と。
◇ ◇ ◇
今回の事件 ――スレイヤー襲撃に際し、荒れ木三度Loss所属の者達へ出された通達があった。
アレクは相互扶助組織であり、その通達に強制力こそないが、それはむしろ自分たちの生活や周囲の人々を守る為には「当たり前」の行動の指針だった。
まず周知事項として、スレイヤーのビルと研究施設が破壊された事。
それを行ったのは『祟り鬼』と呼ばれるタタリ、刑部 重護である事。
襲撃の際に多数の死傷者を出した事。
研究施設に捕らわれていたファンタズマ、アクマ、シャドウが多数逃走している事。
彼等は「実験」の際に正気を失っている者もおり、破壊・殺傷行為に及ぶ場合がある事。
であるからアレクの方針を示す通達があったのだ。
戦闘行為可能な者は、相手がシャドウであれば、出来うる範囲で破壊を目指す事。
ファンタズマもしくはアクマであればなるべく隠れ里への移動を促す事。
一般人に発見された場合は早急に支部長へ連絡を取り、対処する事。
ファンタズマもしくはアクマであっても正気を失っている様であれば殺害も視野に入れ行動する事。
戦闘行為を行う事が出来ない者は速やかに退避し、支部長へ連絡する事。
相手がファンタズマもしくはアクマである場合、戦闘行為可能な者と同じ様に移動を促しても良いが、相手が正気で無い可能性を踏まえ、決して無理はしない事。
どの場合に於いても、彼、彼女らは過酷で非人道的な実験を受けてきた可能性が非常に高く、「人間」そのものに憎悪を抱いている者も少なからずいると思われる為、会話を試みる場合はファンタズマ本人か、少なくともファンタズマを連れた者が行う事。
そして『祟り鬼』刑部重護本人を特定出来た場合、支部長クラスの者 ――斜路支店であればマヤ守崎か徳倉鏡子に連絡する事。
とは言ってもここ暫くの鏡子はこの件だけではなく、その他にも本社とのやり取りや実務に追われて、半ば留守にしている状態だ。マヤも何かと忙しくしており、それは正しく責任者の様相と言えるだろう。
ただ別方面の問題もある。
今回の事件で、スレイヤーの戦闘員が以前よりも更に積極的な姿勢で戦闘を臨む様になってきたのだ。 それも「里側」だけではなく「此方側」で、である。
また施設から逃げ出した魔物達を狩る為だろう。個々の出撃回数も増えているらしい。
これはスレイヤー所属である渡来 絢が遠回しに、来嶌 慈尊がストレートに情報提供してくれたものだ。
彼等としても「実験動物」を逃がしてしまった手前、それを原因として一般人に被害が出てしまう事や、それにより世界の真実が明らかになってしまうのは不本意なのだ。
なのだが、当然彼等の狩る対象とは「魔物」全般であり、所属無所属は関係無い。
つまり、荒れ木三度Lossにしても日崑孝正会にしても、スレイヤーとの諍いは増える一方であると言える。
しかも、このスレイヤー内の通達は全国規模であったらしく、これに関する被害は間違いなく増えるであろう事が予想された。
「迷惑な話だ」
一通りの話を聞き、溜息を吐く様に連理はその言葉を吐く。
傍にいるササはうんうんと頷き、テーブルを挟みほぼ正面にいるマヤは苦笑した。釣瓶落としの円井夕陽は腕を組んだまま黙して語らず、如月白亜は顎に手をやり何やら考える様な仕種をしている。
近くには榊香と榊栞の姉妹だけでなく榊隆盛と榊ロジーナという、榊家が一家総出で出席しているが、栞は兎も角、香は暇そうというか何処か所在なさげだ。
ここは荒れ木三度Loss斜路支店内、隠れ里側の会議室。
内容が内容だけに最低限ファンタズマのメンバーには早急に通知する必要があった為、回数が嵩んでも構わないから兎にも角にも周知しよう、となったらしい。
ちなみに、先に一通りの話を聞いている膝丸健斗と何とか時間を捻出した鏡子は犬養家に向い、そちらで同様の説明をしている。
現在の犬養家は家主がベルセルク犬養宰、居候が座敷童の桜塚守千夜、土蜘蛛の塚本紡の両名がいたのだが、そこへセルキーのシルヴァーナ=ローニーも追加でお世話になっていたりする。
その中でも座敷童である千夜は中々遠出が出来ないので、出張説明会をしている訳だ。
そんな犬養家でハーレムっぽい生活をする宰だが、気苦労は絶えないらしい。
何と言っても彼女っぽいというか通い妻の様というか、そんな存在と成りつつある渡来絢と、ほぼ在宅している紡が顔を合わせる度にバチバチとぶつかり合いそうになるものだから、彼としては気が気でないのだろう。
安らぎが大学にあるという、半分ワーカホリック状態である。
「迷惑って、どっちが? スレイヤー? たぬきのおじさん?」
そう問うたのは雪女の少女。
ここにいる人間は連理だけしかいない為、その真意を確認したいのだろう。
「流石にここで『祟り鬼』とは言わないっての。 そもそもその原因を作ってんのはスレイヤーだしな」
とは答えるものの、そもそも論で言うならその前にも「スレイヤー」を復讐へ導く事になったアクマやシャドウもいる筈だ。まあ恐らくその仇はもう取られているだろうが。
そんな事を考えつつ答えた連理は年上の彼女に対しタメ口だ。最初のうちは敬語だったのだが、何時の間にかタメになっていた。この雪女はあまり年上っぽくないからであろう。
「アレクとしては、スレイヤーに気をつけて、っていう今まで通りのスタンスでいいんでしょうか?」
そう問うたのはロジーナ。このメンバー内で榊家の皆さんは新人であるから、聞きたい事は多かろう。 とは言ってもその辺りは連理やササも五十歩百歩ではある。
「そうですね。 あと一般人が襲われていたりしたら、そこは個々人の判断で対処しても問題ないでしょう」
「スレイヤーの施設から逃げ出したっていう者達の情報はないんですか? 種族とか人数とか」
尋ねる連理の考えるのは戦闘時の事。彼が「バイト」中の仕事で一番得手なのは、良くも悪くも戦う事なのだ。
「残念ながら全く無し。 スレイヤー所属っていっても、中は別会社、独立してるみたいな感じで、そう言うデータは全部施設内にのみあったらしいわ。 一応、上手くいったデータ、完成したデータは共有、というか報告していたらしいんだけど、それ以外のそれこそ実験体にされた魔物なんていう情報は皆無という話よ。
そして、それが今回全部壊れちゃったりして、復元も出来てないみたい」
そう言って肩を竦めるマヤ。
「のう、それだと解決したのか未解決のままなのか判別出来んのではないか?」
夕陽は、蛍光灯の光を映しその名の様に頭を煌めかせつつも、顔を顰めている。
何せただでさえ無関係の魔物も狩られ、「子数」が増えると言う状況なのだ。それで「母数」が不明ではそれこそ殲滅するしか解決したと言える状況にならないだろう。
「正直、スレイヤー側はそこは気にしていないかと思うわね。 世間的に公になる事はないとは言え、自分達が原因での犠牲者を出したくないだけでしょうから」
なお、その「犠牲者」にファンタズマは含まれないものとする。それは「彼等」にしてみたら当然の思考形態だ。
「だからこちら側としても『いつまで』と期間は区切りにくいのだけど、スレイヤー対策はどの道、日常生活でも必要なものでしょうし、『当面』は続けていく形になりそうね」
「スレイヤーに関する情報の確度はどの程度なのでしょうか?」
真面目に挙手してから問い掛けたのはリビングデッド榊隆盛。動く屍体とはいっても何らかの防腐処理を施されているのか、彼からもその妻からも、漏れ出すのはほんの少しの死臭だけだ。
「確度と言われるとちょっと困りますが、概ね正確なはずですね」
「そんな情報を一体何処から……?」
「ん~、残念だけどその辺りの答えは教えられません。 一応支部長クラスの秘匿情報なので」
「あ、そうでしたか」
事情ありと察して隆盛は直ぐに引いた。
アレクは三大組織の中で最もファンタズマが多い。「人」員ではないと言え、いや、そうでないからこそ出来る事は多岐に渡る。恐らく、非合法な方向へも。
そうであれば自分は知らない方が良いだろう。少なくとも今は。そう納得し、引いたのだ。
「話を戻しますが、スレイヤーの活動が活性化している状況ですので、なるべくひとりでの行動は避ける様にお願いしますね。 幸い斜路支店のヒトたちは仲が良いようですから孤立する事はないかと思いますけど」
「話の腰を折ってすまんが、それは儂も……か?」
話に割り込んだ夕陽は転移能力を持つ数少ないファンタズマだ。但し、そのちからは限定的で自身にしか及ぶ事がない。つまり単純に逃げる場合、単独の方が都合が良い。
「夕陽さんなら大丈夫、というかいざという時はひとりの方がいいんですよね? その辺りは個々で判断しても問題ありませんよ。 あくまで協力のお願いですから。
それと白亜にしても、通学とかは前から人の多い時間を使ってたはずよね? そうであれば問題ないでしょう」
「……何じゃろうな。 この痴漢対策と言うか変質者対策と言うか、女児に対する注意事項みたいなのは」
ササは呆れた様に言う。
言いたい事は分かる。
常にふたり以上で行動しろというのも無理な話。なるべく、そうしたくはあっても個々人の都合はどうしても発生するのだから、協力体制は構築できてもどうやったって「例外」が出来てしまう。
そして、結局それで防ぎきれないのは現実のニュースが教えてくれているのだ。
「変質者はこんなんじゃ防げないんだよ?」
話に加わってきたのは栞。
おどろおどろしく語りかける姿は、色々吹っ切れたのかとも思うが、実際の被害者である彼女がそれをこういう形で言ってきても反応に困る。
だから皆、続くササの言葉に苦笑を禁じ得ない。
「すまんがおぬしがそれを言うと笑えんのじゃ」
こんな会議が何度かに分けて行われた。
上坂朱音の都合が付かなかった事もあるし、高円寺望と連絡がつかなかったことも要因だ。
また他のメンバーとの兼ね合いもある事なので、顔を合わせて話す為にひとり一回、と言う形にはならなかったのだ。
気づくのが遅れたのはそのせいだろうか?
人間であるが故に緊急性はなかった。
こちらから連絡をする必要など今までは殆どなかったし、電話が繋がらなかったとしても何時も斜に構える彼は、着信があっても気に留めないのが常だった。
年齢的にバイトに勤める訳でもなく、時折時間を潰す様に現われる男の子。
ピュアのバイト仲間達も、来たら気に掛ける程度の付き合いしかない彼。
普段からそこまで入り浸っている訳ではなく、その為出勤簿等でいるかどうかを確認する事もない少年が
――高円寺望が失踪していた事に気づいたのは、それから一週間も経ってからだった。
各組織の上層部の一部は密かに連絡を取り合っています。
そうしないとマジに全面戦争になりかねない部分もあるので。とは言ってもスレイヤーはトップに立つ理事が複数人いるので本当に一部だけです。
孝正会も実質責任者の御社崋山とその側近くらいですね。兄の業残は全く関与してません。
アレクはトップの浅葱澪と若干名の側近です。徳倉鏡子や、今のところ名前だけ出てきてるエルフのラヴィエナ=ネージュもそんな組織間の話し合いには参加しています。
それ以外にもアレク本社は独自の情報収集出来るルートを構築していたりして、今回の情報の幾つかはそちらで収集したものであったりします。これは以前に出た情報屋とは別のルートですね。




