第四十五話 魔を使役する者
ちょっと短め。
漸く顔合わせすることになったこのキャラは、前回出てきた少年です。
雪の降りしきる「此方側」を離れ、連理たち三人は隠れ里に来ていた。
最近、無辜のファンタズマが里で襲われるという事件が多発する様になってきたからだ。
以前よりスレイヤーによる襲撃は散発していたが、彼らは基本的に「縄張り」を守っているという。
縄張りという言葉は正確ではないが、要は支店長であるマヤ守崎が把握できる範囲のことだ。マヤは使役する魔物を使い、そう広い範囲ではないが周辺の把握に努めているのだ。
勿論そんな縄張りに正確な線引きがされているモノではないが、事実支店周辺の地域一帯は「此方側」「里側」共に彼らからの襲撃はゼロでないにしても殆どない。
掛居や真藤の様な型破りや、自分の身を省みず襲いかかってくる連中がいない訳でもないが、そこそこ程度には守られているのが実情らしい。
まあ、そうではない「空白地帯」が圧倒的に多いため、そう言った襲撃事件自体は無くはならないのだが。
そしてその最近出てきた襲撃者はそんなことを気にせず襲ってきて、被害者を叩きのめしては「とある要求」をし、断られては去って行くという。
その状況で被害者たちがその行為を諭せるはずもなく、荒れ木三度Lossの縄張りの中では他の里とは違い比較的ファンタズマの行き来がある為、被害は拡大する一方だった。
それを聞き、連理はササと目を合わせる。
もしかして、この間のって……、と思い首を傾げてみせると、彼女はそっと頷いた。
一応マヤに、跡を付けられていた件は報告済みであり、その追跡者と今回の襲撃者は同一人物であろう事はほぼ確定されていた。
ちなみに魔物使いらしく、悪魔や魔獣を何種か使うのが確認されている。
そこでアレクが取ったのは囮捜査である。
人間ひとりとファンタズマふたりの組合わせで囮になるのだ。
一組目が膝丸健斗と榊夫妻。
二組目が上坂朱音と円井夕陽、榊香。
三組目が逆木連理とササ、榊栞。
それと番外の徳倉鏡子単独行動である。
勿論店のこともあるし、そろそろ新学期の始まるメンバーもいるため、あくまで基本の形ではある。 また人員の関係上同時に出動することはない。一組ずつ此方側をある程度歩いてから里へ侵入し、里での巡回を兼ねて見回った後に帰ってくる手筈になっていた。
◇ ◇ ◇
三日目の今日は連理たちの番である。
先日跡を付けられた時と同程度の時間、同じ道を歩き、話しながらも当時に察した気配を探る。まあ、栞は周囲にそれっぽい相手がいないか探るだけだが。
「話しは聞いたけど、何かよくわかんないのよね」
吸血鬼の少女はそう言いながらも周りを探っていた。
彼女は母から教わった周辺探知魔術と種族柄使える感知魔法がある。当然知らない気配を探ることは出来ないが、比較的効果範囲の広いそれらは、ふたりが該当の気配を探るより先に、怪しい動きをしている相手を察することが出来るのだ。
「端から矛盾だらけの相手じゃぞ? 納得出来る方が可笑しいわい」
考えたところで所詮は理解出来ない相手と、ササは栞の言葉を一蹴する。
「まあなあ……。 いきなり殴りかかってきて契約を強要するって事は魔物使いなんだろうけど、何でファンタズマ相手にそんな事をするんだか……」
この度の加害者はそういった輩らしい。
当然このやり方は相手が知性のない、または著しく低いシャドウの場合に有効なもので、ファンタズマが相手であれば「いきなり殴りかかってきて何言ってんの!?」や「うわ~、助けて~気違いだ~」となる。
死のギリギリまで痛めつけたりすると、何とか「貸与契約」くらいなら持ち込める可能性は、一応、ほんの少しはあるだろう。だがその場合でもその場限りでこっそり契約を破棄されたり、もしくはファンタズマ自身がそのまま命を落としたりする事もあり、現実的ではない。
彼ら彼女らが心から望んだ場合にのみ結ばれる「真名契約」など夢のまた夢だろう。
先日会った桜の精であればもしかするとワンチャンあるかも知れない。しかし彼女は被虐趣味ではあるが、その実、古風な男らしさに惹かれている面もあり、この様な襲撃を繰り返す少年は恐らく対象外だろう。
「――あ、ちょっと止まって。
……変な動き方してるのがいる。
直線距離で50mくらいかな? うん、その距離を保ってるみたい」
「50m……前より距離があるな。 こないだ気づいて撒いてやったからか?」
「その可能性はあるのぉ……、って良く気づいたの、栞。
わらわ、まだ気配が掴めんのじゃ」
「あれは気づくよ……。 電柱の影とか路地の影とかにジグザグに移動するから、周りの人が遠巻きになってんだもん」
「それは……何というかベタな尾行だな」
「ベタじゃないじゃろ、下手じゃそれは」
すかさずササのツッコミが入るがそれも当然か。ターゲット本人に気づかれるのはそもそも論外だが、周囲の人間に「如何にもな追跡」を見せるなんて発見してくれと言わんばかりである。
そうなると未遂の「犯行」も多そうだ。
「支店長の索敵範囲からは微妙にズレてそうだけど、取り敢えず『里』で迎え撃つか?」
「そうじゃな。 勧誘は断れば去っとる様じゃし、そうでなくともおぬしがおれば余程の魔物でもなければ対処は可能じゃろう?」
◇ ◇ ◇
連理たち三人は前回と同じ『里』で追っ手が現われるのを待っていた。
その際、外見上は小中学生の少女を連れて、アダルトなお店の並ぶテナントビルに入るという、とんでもなく「勇者」な立ち振る舞いをしている事に気づいた彼だが、結局その事を漏らさず、静かにここで待っていた。
多少連理が早足になっていることにササは気づいていたが、それに関しては何も言ってはいない。
彼に対する切り札はここで切るべきではないのだから。
一方で栞は周囲を気を取られすぎて、そんなふたりの様子には全く気づいていなかった。そんな彼女の仕種はある意味年頃の女子らしいと言えるのかも知れない。外見は女子と言うより女児だが。
何はともあれ、彼らは前回と同じく樹上で時を待っていた。
あの時と違うのは、飛び降りるのが容易であるよう高さを5m程にしている事。
相手の背後を取れるように、ほぼ『門』の上にいる事。
栞がおり、三人になっている事。
程なく、『門』から少年が姿を現した。
前より距離が近い為、視覚から得られる情報は多い。
外見通り普通の人間であれば、ほぼ間違いなく連理より年下だろう。高校生には見えず、中学生っぽい。上から見ると判りにくいが、身長は恐らく低い方だろうか? 髪は黒。武装はなし。
そこまで確認し、連理は少年が幾分歩いたタイミングで飛び降りた。強襲できなくもないが、ここで脳天唐竹割りなどしてしまう程スレてはいない。
流石に着地音は消せず、少年は振り返るが、連理が《黄昏》を突きつける方が遙かに速い。喉元に鋭利な刃を添えられ、少年の動きが止まる。
「動くなよ?」
白銀の刃が少年の視界に入るように傾ける。
今回の件で、被害と言えるのはあくまで傷害程度であり、殺しに来るスレイヤーに比べたら大したものではない。
だが、それでも腹が立つのだ。
ファンタズマが隣人となった彼だから尚更。
「何者だ? 人のことを二度もつけ回して」
理由は単純明白。
正体は曖昧。だからこそそれを問う。
もっとも、アレクでもスレイヤーでもないと言うのであれば、それだけでもある程度の予想は出来る。
「ちっ」
生意気そうな表情が歪に歪む。
ふて腐れた、苛ついた、睨み付けるような目。そんな子供じみた感情の中に明確な敵意が滲み出ている。
訝しむ、その一瞬に少年は間近にある刃を気にも留めず、大きくバックステップした。
元々脅しのために突きつけた刃だ。
咄嗟に首を掻き切る訳にもいかず連理の反応は遅れた。その躊躇したほんの僅かな時間での後退とは思えない程の距離が開く。
「アンタ……」
外見に似合わぬしゃがれた声だ。
不意を打たれたくせに、何処か余裕のある声色でもある。
「いい魔物を連れてるじゃないか。 オレにくれよ?」
「巫山戯んな、クソガキ」
一蹴する。
彼の望みは解っていたが、こう口に出されるとより一層腹も立つ。
聞いていた流れと違うのは、既に契約しているファンタズマであるが故だろうか? 勿論、ササは兎も角、栞は連理と契約しているわけではないが、それを端から見て理解するのは難しい。
「別にふざけちゃいない。 本気も本気。
だってさ ――強い人間についていくのが魔物の本分だろう!?」
叫び、更に一歩下がった少年は大きく手を上げた。その様子は自身の小さな体躯を何とか大きく見せようとするレッサーパンダやヒメアリクイのようだ。
まあ、目つき顔つきはそれなりに鋭さを感じるが。
「来い!
悪魔グレーターデーモン! 魔獣ドラゴン! 魔女ペナンガラン!」
その声に応じ現われたのは拗くれた双角とコウモリのような翼、厚く硬質で、それでいて柔軟な皮膚を持つ巨大な悪魔・グレーターデーモンと、頭の高さは10m程もあろうか? 全長で言えば20mにも及ぶであろう所謂西洋竜、ワイズマンでなくとも知らない者はいないだろう魔獣・ドラゴン。
その二体と比べると随分小さく見えるが「内臓をぶら下げた生首」というショッキングな姿を晒す、魔女・ペナンガランだ。
ちなみにここまで大仰な動きをしなくても彼らはキチンと応えてくれる。
「はぁ……」
そんな彼らと対峙する連理は溜息を吐くしかない。
ササと栞を下がらせて、木々に挟まれた故に自由に動けず、それらを破壊しようとする巨大な体躯を持つ二体を無視し、こちらへ来る「毒と病を振り撒く魔女」に一閃し、その瘴気を《喰らい》つつも剣撃を重ねた。《黄昏》により喰らい尽くされた魔女を尻目に、巨大な樹をへし折ろうとするドラゴンを無視し、両手に魔力を込める巨躯持つ悪魔へ駆ける。
「こんな場所で図体のでかいのを呼んでどうする!?」
彼の武器はグレーターデーモンの放とうとした魔力も、悪魔自身も切り裂き、喰らい、無へと帰す。
テルム《黄昏》はファンタズマにもアクマにも等しく有効な武器だが、一方でシャドウに対してはさらに圧倒的なちからを持つと言える。 《悪魔喰い》と称されつつ、その実体は《魔物喰い》であり、《「魔」物喰い》であるこの刃に、実体を持つ程存在の確立していない、半ば魔力の塊であるシャドウは抗う術を持たないのだ。
二度三度と斬る事でその存在は徐々に薄くなっていき、五度も刃を振るう頃には然しものドラゴンもその姿を無くしてしまう。
もっとも、彼が動こうとしただけでその痕跡は大きく残ってしまっていた。
先程まで連理たちの登っていた樹は大きく傾き、『門』を覆い隠してしまっている。それ以外にもグレーターデーモンのいた辺りは空気が未だに澱んでいるし、ペナンガランの移動した下には何カ所か腐った地面が見えた。
連理はそれらを確認し、惨事の元になった少年へ視線を向ける。
少年はそれに気づかず、自身の使い魔の消えた場所をジッと見つめていた。呆然と、ただ一点を見つめている、己が勝利の疑わなかった彼は身動ぎもしない。
彼はテルムを持つ青年が自身の元へ足を向けたことにすら気づかない。
「こんの……」
目の前で拳を振り上げられ、少年は漸く自体に気づいたのか、口をあんぐりと開け、目を見開いた。
「大馬鹿モンがぁ!!」
――ゴズッ!! と、大きな打撃音が響き、少年は意識を失う。
そんな少年を確認し、このままではここの「門」は使えまいと、連理は大きく溜息を吐いた。
その一方で、戦闘中は全く空気だった少女ふたりは彼を労わんと駆け寄った。
マヤの「縄張り」は、自身の「植物への親和性」を利用し、使役している木霊やドライアドを街路樹等に仮住まいをさせる事で行う監視になります。 だから防犯カメラよりは優秀ですが、ない場所にはない感じになってます。
以前書いた様に、使役に使う分霊は自身の生命力やら使役している魔物の生命力やらを使う為、それ程多くは扱えないのも範囲の狭い理由のひとつです。
この囮捜査中ですが、このくらいなら紡の優先順位は千夜なので不参加、耶彦は未だに療養中です。
ちなみに《黄昏》が妙に強いのは、連理だけではなく《黄昏》自体のレベルが上がってきているからです。例えば隠れ里に入り込んだ頃の連理と《黄昏》であれば、このクラスのシャドウは倒せなかったでしょう。




