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第四十三話 上坂朱音の華麗なる休日(本人談)

 一方その頃……的な何気ないシーンです。



 冬休みという甘美な響きに浮かれるのは朱音といえど例外ではない。


 他人の前では本心の出せない、どころか今では両親の前ですら殆ど「素」でいられない彼女は部屋に籠もっている時が一番の、何よりも至福の時なのだ。


 難儀なことである。


 この様な長期休暇はやることさえやっておけば、後は両親に心配を掛けない程度に顔を出しておけば良いのだから、気を抜きたい放題なのだ。

 それを苦労と思うなら演技なんて止めてしまえばいいのだが、今やコレも彼女のアイデンティティ。 条件反射的にしてしまう演技は最早精神的な病のレベルなのだ。誇張なしに重症である事は間違いない。

 とは言っても何時までも引き籠もっている訳ではない。

 そんな彼女だって人付き合いはあるし、それなりに気の合う友人だっている。そういう友人にも「素」は見せられないが、それでも大事な友達であるのだ。




「こういう時って、ホントしろちゃんがうらやましい~」


 寒さに震えながら歩く朱音の横にいるのは如月白亜(きさらぎ はくあ)

挿絵(By みてみん)

 彼女は雪が降るような気温の中、今時の女子高生(JK)よろしく下は膝上スカートとほぼ生足の薄手のストッキング、上は秋でも着られそうなジーンズのジャケットを羽織っており、何というか、隣りにいる朱音との対比が凄い。

 朱音は羽毛たっぷりのジャケットと裏起毛のパンツだ。マフラーはぐるぐる巻き、毛糸の帽子を深く被り、手袋は肉球グローブと見間違えてしまう程厚手のミトン。

 どう見ても着膨れ状態で、白亜が薄着なのも相まって、一層丸く見える。


「冬だけ羨ましがられてもね……。 人間寒さにだって慣れるって言うし、寒がってないで身体を慣らしたらいいんじゃないの?」


「無理ぃ~」


「やりもしない内に……こやつめ」


 如月白亜は雪女だ。

 当然の事ながら寒さには滅法強い。反面暑さには弱く、年々気温の上昇する昨今では、毎年来る夏が恐ろしくて堪らない。

 気持ちとしては冷凍庫に籠もっていたいくらいの日々であるが、生活の為には稼がなくてはいけないのである。 少なくとも「此方側」で暮らす為には。


「朱音のって、こういう耐性も上がりそうなのにね」


 朱音の、とは彼女の使う武器(テルム)の事だ。

 彼女のテルムは魔物のちからを模倣する《(デフェクトゥス)》。

 現状でも炎や冷気のちからを持っており、それなりの耐性が得られそうな気がしないでもない。


「残念にゃがらそういうのはないぃぃぃぃぃっ」


 返事と共に冷たい風が吹き荒れた為、悲鳴に近い声を上げ朱音は身を縮込ませた。


「……どっかカフェにでも入ろっか?」


「入りたいけど、開いてるかにゃ~」


 本日は一月三日。

 大きめの、商魂逞しいデパートは開いていても、個人営業のカフェなどは開けていない可能性が高いだろう、そんな日だ。


 だが、そんな本日のお出かけは「お参りに行こう」と言い出した朱音が発端である。

 上坂朱音という「キャラクター」はそうすべきだという、ある種の強迫観念染みた行動のひとつ。

 部屋でぬくぬくしていた彼女は白亜に連絡をし、約束を取り付け、玄関を出た後に本日の寒波がそれなりに強烈だったことを知った。

 ちなみに他のアレクのワイズマンメンバーも声を掛けてはいるが、逆木連理とササは実家に、膝丸健斗もイギリスの祖父母の所へ旅行中だ。

 高円寺望には単純に断られ、徳倉鏡子は本社のほうに用事があり不在。

 マヤ守崎と塚本紡には寒さを理由に断られたのだが、朱音はそれを彼女ら種族故のものとして深く捉えずいた。

 桜塚守千夜は家から遠くには離れられず、円井夕陽には連絡がつかなかった。これは多分携帯電話(スマホ)の不携帯だろう。

 そして黒澤耶彦や榊家の面々はそもそも香を除いて聖域に入ることが難しい。

 一応の知り合いとなった犬養宰は渡来絢と一緒に、一日にお参り済みだという。

 ワイズマン以外の知り合いもいるが、そちらは大抵上辺だけの付き合いだ。休日に時間を取って会うような間柄ではない。


「駅前なら開いてそうだけど?」


「駅前に行くくりゃいにゃら(くらいなら)帰った方が近いよぉ~」


「そりゃそうだわ」


 冬らしくそれなりの寒さだが、白亜は余裕の表情だ。当然と言えば当然だが。

 一方の朱音はもう余裕のない表情をしている。実際、舌が回りきっていないのか、舌足らずの幼児のような話し方をしている。


「とりあえず、お茶かコーヒーでも買ったら?」


 白亜が示す先には自販機。

 それを見た朱音はちょっと鼻水を垂らしながらも満面の笑みを見せる。

 その表情のまま、彼女は砂漠でオアシスを見つけた旅人のように自販機に駆け寄るが、笑みは一瞬で消え、無表情になった。

 その顔は見えずとも、動きも止めた彼女が気になったのか、白亜もすぐに寄ってくる。


「朱音? どうしたの……」


「……おしうこ(お汁粉)~っ」


「お汁粉?」


 よく見るとHOTはほぼ赤ランプ ――つまり売り切れ状態だ。

 唯一残っているのは小豆色の缶が眩しいお汁粉である。


「……あったまるのが目的なんだからお汁粉でもいいじゃない」


 呆れたように言うと、白亜は自らの財布を取り出すと小銭を入れてしまう。そのまま躊躇うことなくお汁粉のボタンを押すが、出てきた商品を見て固まった。


しお(しろ)ちゃん、しゅまふぉ(スマホ)じゃにゃいにょにぇ(ないのね)? ってどうあしあ(どうかした)?」


「…………はい、朱音。 あったまるわよ、多分」


 白亜はその、小豆色ではない缶をそっと手渡す。

 手袋越しでも判る暖かさが心地良いのか、朱音の表情が微笑みに変わった。が、その微笑みは長く続かなかった。


「――カレーっ!!??」


 自販機の見本と手元の缶を見比べ、何度も見返し朱音は素っ頓狂な声を上げた。



◇ ◇ ◇



 結局、朱音はその「飲むカレー」で身体を暖め事なきを得た、と言える。


 飲んだカレーは意外とスパイシーで癖になる味であった。カレー味のジュース、というよりは割かしスープカレーに近い様相だったそれは、ホットだったお陰かスパイスも作用したのか、持っていた手も飲んだ身体も暖めてくれて、それなりの余裕を持ってここへ到着させるだけの体温を与えてくれたのだ。


 偶々開いていた喫茶店である。偶々と言っても、恐らくふたりが知らないだけで毎年開けているのだろうけど。

 まだ身体の冷えていた朱音はホットコーヒーを頼んだのだが、それを口に含み微妙に顔を顰めていた。 カレーの味が残る口内にコーヒーは合わなかったのだろうか?

 白亜は微妙に変顔を見せる朱音を見ながらオレンジジュースを口にしていた。

 今の彼女は周囲から奇異の目で見られないように、本当であれば夏の装いで居たいところを秋の格好で「我慢」している状態だ。この上でホットな飲み物を口にするような我慢大会は御免である。まあ、飲んだところで溶けたりする事はないが。

 ちなみに室内はガンガン暖房が効いているので、温度計に表示される気温だけならすでに夏のもの。 冬は好きだがこう言った部分がイヤで仕方ない白亜だ。


「あったまった?」


「はい、人心地つきました」


 コーヒーを半分程飲み、真面に舌も回るようになってきた朱音である。

 周囲には店主の他に客も数人居るので、「くだけたお巫山戯キャラ」ではなく「優等生キャラ」だ。


「まだ、お参りする気はあるの?」


 元はと言えばそれが目的である。もっともその目的の目的は、キャラ的にそうすべきだからと言う、一種のネタの為なのだが。


「……呼び出したの本人がこういうのも何ですが、止めましょうか? 申し訳ないですけど」


 流石の朱音も申し訳なさそうだ。

 偶に傍若無人にも見える彼女だが、それはあくまで演じている「キャラ」に過ぎないのだ。普段見えない心根にはそうでない少女の部分もいるのだろう。多分。


「わたしは暇だったからいいんだよ。 むしろ暇つぶしに付き合って欲しい」


 如月白亜は一人暮らしの大学生だ。

 困ったことにほぼ無趣味。娯楽本は読むし、テレビも見るし、適当な動画を漁ったりもするが、それよりは適当な教本を読んでいる方がまだ暇が潰せると言ってのける様なタイプだ。その性質は一種のワーカホリック。


「暇つぶし…………」


「だったらオレと付き合ってくれよ」


 朱音の呟きと誰かの声が重なるが、ふたりは視線すら向けずに華麗なスルーを見せ、互いの会話を続ける。


「犬養さんのとこにでも行きますか? 誰か彼か入り浸っていそうですけど」


「あそこに一番入り浸ってるのは絢ちゃんでしょ? 馬には蹴られたくないし、なしね」


 「スレイヤー」渡来絢がちょこちょこ犬養家に来訪する、との情報は「蜘蛛神」塚本紡からもたらされたものだ。

 当初はギスギスしていた紡と絢だが、今はバチバチしているらしい。

 どちらがマシなのか、聞いただけでは判別出来なかったが。


「だったらオレんちに来いよ」


「健斗のところは……」


「イギリスに行ってますよ? そもそも彼のとこは暇つぶしに向かないと思います」


 膝丸健斗は大学生であり、寿司職人を目指す青年であるが本質はスポーツマンだ。そんな彼の暇つぶしは運動的なトレーニングか職人的なトレーニングの二択となる。

 その辺り、実は真面目なのだ。


「ああ、おじいちゃんのとこ? そう言えば休み前にそんなこと言ってたわね……」


「大学の方で遊びに誘えそうな人はいないんですか?」


「ほら、ここに! ここに誘えそうな男がいるよ」


「わたしはねぇ……いなくはないけどすっかりバイトメインの生活になっちゃったからなあ。

 今さら大学の方で交友関係を広げる気にはならないんだよね~」


 元々は保護を求めて荒れ木三度Loss(アレク)入りした彼女だ。

 その際に、人間生活を営むに辺り今時は大学くらいは行かないと、勧められ始まったキャンパスライフである。その学費だってアレクでなければそもそもにして賄えるモノではないのだ。勧められ通っているとは言え、心情的にアレクへ傾くのは仕方がないと言える。

 相互扶助を謳っているものの、どう考えても養われているのだから。

 ならば出来る限り、と考えるのは白亜だけではないだろう。


「じゃあ、しらかばにでも行きますか?」


 しらかばの家はアレクの出資する児童養護施設である。とは言ってもそこにいるのは魔物(ファンタズマ)見者(ワイズマン)の子どもが殆どだ。

 何故ならそこが人間社会で暮らしたいファンタズマの教育施設であり、ワイズマンになったが故に親族の元で暮らしにくくなった者たちの保護福祉施設になっているからだ。


「わたしはいいけど、あなたしらかばに行くまで保つの? 神社ですら辿り着けなかったのに」


 児童センター「しらかばの家」は立地だけで言えば神社の更に向こう側、距離で言えば五倍以上はある様な場所だ。辺鄙な場所という訳ではなく、街を二分割した場合の反対側にある為、乗用車での乗り入れが推奨される距離であると言える。その場合の中心位置に来るのは神社だ。


「あ、オレ車持ってるよ」


「バスは休日運行……あれ? 今日って動いてましたっけ?」


「どだっけ? でもしらかばに行くならお土産が欲しいかな?」


「お~い」


「お年玉ではなく、ですか?」


「う~ん、それは先生方に聞いてからかなあ……、ってわたしが出すの!? 流石にあそこにいる子たち全員にはあげられないわよ」


 この手の施設の人数はよく変動するが、卒業時期でもなければほとんど減ることはなく、大抵は増える一方だ。

 それでも人数は四十人弱だが、ひとり五千円でも二十万円弱の出費になるのは厳しい。これが戦闘ありきで働く連理や健斗であれば余裕もあるのだろうが、彼女はその方面の手当てがまるで違う。偶に人数合わせで里へ同行することもあるが、白亜の平均手取りはその危険手当込みでも普通のバイト程度なのだ。

 もっとも、学費を差し引いた金額なので普通よりは多く貰っているはずだが、それでもそこまで余裕がある訳ではない。


「ふたりで出して、ちょっと美味しいものを食べさせてあげる、ってのは?」


 アレクで出資しているのだ。特に生活がギリギリと言う事はないはずだが、何となく持っていきたくなるのだ、お土産を。


「……クリスマスに行ってなかったし、大っきい袋にお菓子たくさんとかでも良さそうだと思ったけど、あまり量が多いと先生が困りそうだし、その方がいっか」


 施設の「先生」は怒ると滅茶苦茶恐いヒトたちだ。何せ鬼女と呼ばれるタイプのファンタズマばかりなのだ。

 鬼子母神(きしもじん)を筆頭に姑獲鳥(うぶめ)磯女(いそおんな)山姥(やまんば)等々魔物の中でも母性の強い者達が揃っている。勿論ワイズマンもいるにはいるが、この施設は彼女たちが仕切っていると言っても過言ではないのだ。


「あのさ」


「それでは身体も暖まりましたし、行きましょうか」


「いや、あの……」


「そうね。 それじゃお会計お願いします」


 会計を済ませたふたりがカウベルを響かせ店外へ。


「寒いーっ!」


 という少女の声を聞きながら、先程から何度も話しかけていた男は何とも情けない表情を浮かべつつ、店主へ視線を向けた。


「……オレの声って聞こえないくらい小さかった?」


「……………………」


「……? ……ちょっと」


「……………………」


「……まさか、オレもう死んでたりしないよな!? 死んだことに気づいてないとかないよな!? なあ、ちょっとじいちゃん!?」


「……はぁ……。 店内でナンパとかするなよ、お前。 追い出すぞ」



◇ ◇ ◇



 朱音と白亜は近場のバス停から車上の人となり、年始早々店を開ける商魂逞しいデパートで降車。 結局そこそこの菓子類を購入し、再びバスへ。

 児童センターへ到着するや否や、年始の挨拶をする間もなく年少組の子どもたちにもみくちゃにされた為、逆にもみくちゃにしつつ時間を過ごした。

 お昼には何故かカレーライスで食卓を囲み ――二日間お餅が続いたという話は聞いたが―― 、午後からは寝入った年少組と入れ替わるように年長組の相手をして夕方の、一層寒くなる前の時間帯に帰路についたのだ。

 帰宅途中で白亜と別れた朱音は今度は凍える前に、と自販機でホットなお茶を購入……しようとしたら、また「飲むカレー」が出現。

 朱音は項垂れることとなった。





「ただいま」


 自宅の扉を開け、声を掛ける。

 そんな朱音の鼻孔を刺激する匂いがあった。


 ――まさかと思う、匂い。


 それは酷く特徴的な、嗅ぎ慣れた匂いだ。

 勘違いなどしようもない、一種独特な香り。

 まさかと、思う。

 朱音は靴を履き捨て、転がり込むように中へ、中へ。

 もどかしくも扉を開けたそこには――――!


「朱音、遅くなるようだったらちゃんと連絡を頂戴。 心配するじゃない。

 でもどうしたの、そんなに慌てて?」


 こちらへ視線を向ける母。

 そんな母の持つ杓文字には刺激的な香りを放つ物体がこびりついていた。

 朱音がガクッと項垂れ、母は不思議そうに娘を見つめる。





 ――今夜は、ドライカレーの様だ。



 最初の予定ではナンパしてくる男たちを千切っては投げ千切っては投げし、華麗に(?)躱していくシーンの筈だったのに、何時の間にかカレーに侵略されていた。何故だろう?

 ……やはり「飲むカレー」のせいかな?

 「麻婆スープ」と「出汁」と「おでん」とで悩んだんだけど。


 あっ! 絢、入り浸ってたら、宰と距離置いた事になんないじゃん!?

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― 新着の感想 ―
おせちもいいけどカレーもね。 何だかこのフレーズが出てきました。何だっけこれ……? (・–・;)ゞ 雪女は冬の街での生活が大変そうですね〜。 満員電車とか、軽く死ねる感じなんでしょうw (´ε`) …
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