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第四十話  ただいま

 長期休暇の事なんてすっかり忘れていたワタシ……。

 学生なんだからこの時期に一度は帰省するよね!? ということで追加したエピソード。

 危うく休暇の為の時期も登校する要補習生徒になる所だったよ…………。




 榊家へのお泊まりという短期入院(療養)を終え、人の疎らになった寮を見た連理は、自身も帰省する事を思い出していた。


 この土日である程度の準備を済ませ、アレクでのパーティーを終えてから……、と考えていたので、準備したチケットは明明後日のものである。

 未だ時間はあるのに、準備が整っていないとなると妙に気が急くのは何故なのだろう? そんな事を考えながら、押し入れを開けた連理は、榊家から帰っていない同居人を思い浮かべつつ誰もいない部屋を見渡した。

 帰省にあたって、その間の彼女はアレク斜路支店の隠れ里に住まわせて貰う予定だったが、この様子だと榊家へ滞在する事になるのかも知れない。


 自分しかいない本来の姿の部屋。

 そんな物悲しく感じる自室を見て、連理はふと何かを思いついたかの様にスマホを手にすると、以前も利用したサイトを開いた。

 要所要所を確認する事しばし……。


 トゥルルルル……トゥルルルル……


「…………あ、父さん? オレオレ……って詐欺じゃないっての。 オレ、じゃなくて……れ、やっぱりオレじゃないって? 違ーう!

 いや、それは兎も角、今時間大丈夫?」


◇ ◇ ◇


 そしてふたりは車上の人となっていた。


 物悲しければ連れていけばいいじゃない、という訳でもないが、思いついたが吉日と言わんばかりに予約していたチケットをふたり分へ変更。そのせいで一日前倒しになった上、ササへの確認が事後承諾という形にはなってしまったが、彼女は戸惑いつつも了承した為、ふたりは並んで車中にいた。

 だが、微笑ましいカップル状態だったのは駅に着く直前までであった。




 今、連理の見つめる先にいるササはすっかりグロッキー状態だった。


 乗り物酔いである。

 然もありなんと言うべきか、電車どころかバスにも車にも乗った事がないという彼女。以前グリフォンに乗った時は車中でなく外気に触れていたからか、それとも驚愕が大きかったせいか、そんな様子は見られなかったのだが。

 駅に着いた時点では、漂う臭いに多少顔を顰める程度であったが、乗って出発まで待つ間にすでに具合悪そうにしており、いざ動き出すと完全に余裕がなくなってしまい、五分ともたずにダウンした。

 乗り込む前に酔い止めは飲んだものの効いているのかいないのか、苦しそうに唸っている。

 衣類を緩め、念のために、と持ってきた冷却剤を額に貼り付け、酔い止めに効果があると言われたコーラをちびちび飲ませたお陰か、多少は改善傾向にあるものの、余裕はない様子だ。


「……到着まで三十分くらいだけど、大丈夫か?」


 あまり酷い様なら途中で降りて別の手段を使うべきだろう。

 駅に来た時点で兆候は見られていたのだから、臭いが主な原因であろう事は想像に難くない。

 実際、普通の人間でも駅や電車から漂う臭いは苦手な者もいるし、その上彼女は滅法鼻が利く。

 バスやタクシーの方が恐らく状態は改善するはずだ。


「…………出来れば……降りたい……」


 普段のはつらつとした感じは全く無い、会話をするのも辛そうな様子の彼女は、正直見ていられるものではない。

 それでも「帰りたい」ではなく「降りたい」と言ってくれた彼女を嬉しく思いもする。現状ではササを苦しめているだけの帰省だが、それでも望んでくれているのだと。

 不幸中の幸いと言えるか、連理の帰省であるから彼自身の荷物は少ない。

 また特急ではなかった為、各駅には停車する路線だ。時間を見計らいササを背負うと荷物を持ち、車両連結部で待つ。


「……すまなかったな」


 直ぐ横から吐息。乱れた鼓動はその酷い体調を悟らせる。


「何が……じゃ?」


 誰もいないからか、気にする余裕もないのか「のじゃ」口調。


「急に決めた上に、こんな事になって……さ」


「…………今更何をしおらしくしとるんじゃ……」


「今さら、だからだよ。 全く……。

 そして今さら気づいたよ……。 ロジーナさん謹製の薬ならどうにかなったんじゃないかって」


「……………………くっくっ……それは確かに今更な話じゃな……」


 ちからなく微笑みながら彼女は続ける。


「しかし、この体調は確かにしんどいが……あの臭い、わらわ、飲める気せんぞ?」


「今みたいなお前さんをただ見てる羽目になるなら、オレが無理矢理にでも飲ませてやるっての」


「……口移しで、かの?」


 ササは囁く様にそう尋ねた時、ドアが開いた。

 入ってきた数人の乗客は次の駅で降りるのだろう。訝かしげに、もしくは心配そうにふたりを見る。


「……お前さんが、そう望んでくれるなら、な」


「それは、嬉しいですね。 その時はお願い致します」


 人がいるからか、のじゃ口調は抑えてそう答えると、彼女はそれっきり口を噤む。

 背負う彼女の表情は見えない。

 彼女からも恐らく連理の表情は窺えない。 背けた顔は見えない筈だ。



 そんな、何処か甘酸っぱい雰囲気の中、ササが時折嘔吐(えず)く為、物理的に甘酸っぱい、台無しな空気になってしまう、そんな五分だった。


◇ ◇ ◇


 結局、直ぐ隣の駅で降りたふたりは一旦身体を休める為に近くの喫茶店へ入った。

 ササは煙草も苦手としている為、きっちりと禁煙を謳った喫茶店である。


「少しはマシになったか?」


 朝早く、まだ多少の眠気が残っていた連理はコーヒーを頼み、それを啜っている。

 目の前の少女の前には少し腹に入れた方が良かろうと、小さなおにぎりとコーンスープが置かれていた。


「ええ、多少は楽になってきたかと思います。 もしかすると薬が効いてきたのかも知れませんね」


 ささらモードで話す彼女は、確かに先程までより随分と顔色もよく見える。多少青白くはあるが電車の中でグロッキーだった彼女を思えばかなり良いと言えるだろう。


「かと言ってまた電車ってのも何だし……タクシーでも捕まえるか」


「タクシーだと高くつきませんか? バスの方が良いのでは?」


 そう言うササであるが、当然バスも乗った事はない。

 一応その辺りの知識も得ている彼女は、途中下車した為、いくらかの金銭を無駄にした事も知っているのだ。


「バスも結構臭うぞ? そもそもお前さん、近くを歩くだけでも顔顰めてるじゃないか。

 ま、バイトのお陰で余裕はあるんだ。 安全策、ってワケじゃないがタクシーでいいさ」


 何せアレクの危険手当は隠れ里の探索だけでもそれなりに支給される。

 彼が熟したのは三か月のバイト。だが、そんな「ボーナス」も含めると学生身分のお小遣いの範疇を易々と超えていくのだ。

 その金額は親にバレてはいけないレベルである為、連理のバイト代は仕送りとは別の口座に入っている。この辺りはコネとその他諸々のお陰だ。


「それに死にそうな顔をしたお前さんを連れて行ったら何を言われるか分からんし」


 外見上は小中学生のササをお泊まりに連れていく訳だから、何の根回しもせずに親に会わせるとなると、それこそ何を言われるか分からないのが普通であろう。

 とは言っても、当たって砕けろな気質を持つ彼は「根回しなんてよく分からん」と言ってしまう方だし、流石に此方側の(ファンタジー的な)事情を説明する気はないが、詰まらない誤魔化しもしたくはないと思っている。


 もっとも、多少揉めたとしても両親は解ってくれそうだと楽観している部分もあったりする。

 何せ幼少期から現在まで続くゲーマーであり、一種のオタクであるふたりは、そう言う方面での理解する素地は十分にあるからだ。



 ちなみにササの偽造された戸籍は「稲荷ささら」という「孤児」であり、本籍上の住所はアレクが出資する児童養護施設だ。

 ここは職員も濡れ女や鬼子母神(きしもじん)姑獲鳥(うぶめ)と言った元アクマやファンタズマで構成されているのだが、母性に関しては折り紙付き、というか「恐ろしい」としか言えないメンバーばかり。

 一時期徒党を組んだスレイヤーがここにいるファンタズマの子どもを狙ったこともあるが、被害はゼロであったらしい。

 子どもに関しては通常以上のちからを発揮するタイプの者たちであるから然もありなんと言える。


「死にそうだなんて、大袈裟です」


「喉元過ぎて熱さを忘れたか、ドアホウ」


「どあ……!?」


 思わず激昂しそうになったササの唇を素早く摘まむ。物理的に口を閉じらせられ、ササは不満げに連理を睨んだ。


「いつもならこれくらいでそこまで頭に血は上らんだろうが」


 彼女とはお巫山戯の範疇で悪口も言い合うが、激昂まですることはない。あくまでお巫山戯なのだ。

 勿論日頃のそれが積もりに積もって……という可能性が無い訳ではないが、それよりは今回のストレスと疲労が彼女を短絡にしている状況であろう。

 唇から手を離し、じっと彼女を見る。


「大人しく、今回はオレに任せておけ」


 真面目な顔でそう言われ、ササは顔を赤くし連理の目を見つめていたが、やがて気を取り直したかの様に「にっひっひ」と道化染みた微笑みを見せた。


「そう言われては仕方ないの……ありませんね」


 思わず出かけた「のじゃ」口調を誤魔化しつつ、コーンスープを口にする。


「それではエスコートをお願い致しますわ、連理さん」


 普段のささらとも若干違うお嬢さま口調に、連理は面食らいつつも微笑し、(うやうや)しく頭を垂れた。


「承知致しました、お(ひい)さま」


◇ ◇ ◇


 ふたりが逆木家に着いたのはその日の夕方にもなろうかという時間帯であった。


 ササの回復を待ち、結局お昼過ぎまで下車駅近辺にいたふたりは、お昼も辺りで適当に済ませ駅前へ。

 そこでタクシーを拾った連理は、彼女が乗り物酔いしやすい事と長距離になる旨を伝え乗車した。それを聞いた初老の運転手は冬であるにも関わらず、自身の横にある窓を少し開け換気をしつつ出発。

 その運転は至極丁寧で、気を遣わせているな、とは思うもののそこは大人しく教授するしかない。

 お陰で若干到着自体は遅くなったものの、ササの体調に関してはやはり多少は酔ったものの、問題はない程度で、感謝してもし足りない運転手様々である。




「――ただい……ま」


 久しぶりの我が家の玄関を開け、一声――するまでもなくそこには妹の姿があった。

 逆木(さかき) 夏澄(かすみ) ――中学二年生。 逆木家の第二子になる長女だ。

 夏であればぱんつ一丁で徘徊する豪快な妹ではあるが、流石に冬。Tシャツを着てショートパンツを穿いている。

 そんな妹様はミニ肉まんを一口で吸い込めそうな程の大口をあんぐりと開け、身動ぎせずに佇んでいた。


「……………………………………」


「…………夏澄?」


「……………………………………………れ……」


「れ?」


「れんにぃが幼女さらってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」


 夏澄はスポーツ少女だ。

 運動大好き、勉強嫌いな典型的アウトドア派。それ故か声も大きい。

 勿論、ササを幼女と言う程の年齢ではない中学生。とは言っても同世代の中では高身長の夏澄、辛うじて中学生に見える程度のササより頭ひとつ分程身長は高い。


「…………攫ってねぇ!!」


 と言ったところで聞いている訳もなく、大騒ぎ。

 何故か家中を駆け回る。


「……わらわ、化けてきた方が良かったかの?」


「誤魔化したって仕方ねっての。 つーか洗濯物でも見られりゃそれでバレるだろ?」


 下着なら兎も角、明らかに丈の合わない衣類があれば怪しまれるだろう。ササが例えば夏澄と同程度のサイズで幻を纏っていたとしても、洗濯物のサイズにLとSがあれば、どう考えてもおかしいと思われよう。

 それでイコール正体がバレる事には繋がらないが、回答のしようのない疑問には不信が生まれかねない。


「そして広がるロリコン疑惑じゃな。 もう疑惑でもないじゃろか?」


 ササは連理の後ろから覗き込む様に玄関を、家の中を見る。

 彼女からしても恐らくは極普通の一軒家、だと思える玄関の靴箱の上には花が飾られ、壁には子どもの描いた様な絵が掛けられていた。その傍には二階へと続く階段が、目の前には廊下が続く。


「うっせ」


 返事をしながら彼女に中へ入るよう促す。

 ササとしては家主に挨拶をしてから、と思っていた為、玄関には入ったがそこからは進まない、進みにくい。


「わらわでこれじゃと栞を連れてきたら如何なるんじゃろうな?」


「……何で栞だよ?」


「皆まで言わんと判るじゃろうが。 両親(あのふたり)はおぬしと(つが)わせる気、満々じゃぞ?」


 などと小声で話していると、何時の間にか走り回っている人数が増えていた。

 ――父だ。


「……父さんまで一緒になって……」


 笑えばいいのか呆れればいいのか。判断つかずに天を仰ぐ。

 そんな息子に気づいたのか、彼は巫山戯るのを止めてふたりの前に立った。

 多少白髪交じりの頭髪をした中年男性だ。

 中年とは言っても、無駄な肉はない、だが筋肉質でもないスラッとした体型である。目元を飾る厚い眼鏡が視力の低さを物語っていた。


「いやいや、友達を連れてくるとは言っていたけど、まさかこんなお嬢さんと一緒に来るとは思わなかったからね」


 と、父はにこやかにしていた表情を急に切り替える。

 想定外だと走り回るのか、と問いかけても恐らく「Yes」と言われるだけだ。そんな父をスルーしたくなるが、彼は歴戦の戦士を思わせる様な鋭い目つきで素早く顔を寄せ、小さな声で、それでも一字一句はっきりと聞こえる様に言った。


「ホントに攫ってきた訳じゃないよな?」


 その目はマジである。


「攫わねっての……」


「キミも脅されてる訳じゃないよね? もしそうならちゃんと言って欲しいんだけどな」


「脅さねぇ……」


 溜息を吐くように返す連理。


「はははは……」


 一方でササはそんな事を言われて苦笑するしかない。


「それと親としてはどうしても気になるんだけど……小学生じゃないよね?」


「こんな(なり)ですからよく言われますけど、これでも彼より年上なんですよ?

 初めまして。 稲荷ささらと申します」


 そう言いつつ身を屈めようとするササだが、玄関を見てはっとした様に普通に会釈を交わした。

 後に聞くところによると、礼儀礼儀と考えすぎて、今時では余り一般的ではなくなった正座礼ををするところだったらしい。


「おっと、挨拶もしないうちに失礼なことを言ってしまったな。

 申し訳ない」


 父はササに頭を下げ謝罪するとそのまま言葉を続けた。


「それと初めまして。

 連理の父の逆木(さかき) 賢治(けんじ)です。 まさか息子がこんな可愛らしいお嬢さんを連れてくるとは思わなかったよ」


「思わんかったからって、誘拐扱いかよ……」


「それくらい意外だったんだよ。

 っと、さあさあ、上がって上がって」


 身を引き、ふたりを中へ誘う。


「それと連理」


 廊下を先導しながら、賢治は振り返り息子の名を呼んだ。呼ばれた連理と目が合い、彼は微笑んで言葉を続ける。



「お帰り」



「……ただいま、父さん」



 ちょっと長くなりそうだったので、分割します。

 お父さんの初期設定には「自分をボク、目下をキミと呼ぶ、スラッとしたスタイルの少女漫画的パパ」なんて一文があったんですが、別の方向へ変わった人になってしまった気が……。


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― 新着の感想 ―
ダブルで甘酸っぱいw (´ε`) ええタクシー運転手や……ホロリ。 (´;ω;`) 疑惑とは……疑念の余地があるときに使うのですよ。ササさん。 実家へお持ち帰りは既に侯爵の域です。 (「`・ω・)…
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