第三十九話 短期入院療養中
前回の直後にアレクや榊家、旧「暁」メンバーは合流を果たしていますが、鏡子は連理の怪我に関して関与しませんでした。
秘薬のお陰で応急処理は出来ていましたし、その後もロジーナ等榊家の人間に任せた方が今後の関係が円滑になると思ったからですね。
ちなみに今回はちょっとだらだらした感じになってしまいました。ご了承下さい。
結局連理は冬休みまでの残り二日を休む事にした。
来嶌に連れ出されたのが金曜日。
戦闘終了も同日である。
その際にロジーナのくれた秘薬は、薬とは思えない程の効果を発揮させたが流石に骨折は一日や二日では回復する筈もない。直に吸収された内臓損傷はいい感じに治癒していった様だが。
とは言え、二学期の終業式が翌週火曜日であった為、都合が良いと言えば都合が良いスケジュールと考え、月火の二日をサボりである。
それでも、前回のサボりの様な突発的なものとは違い、今回はマヤが根回しをしてくれたそうで、サボりに関してのお小言は無しの予定だ。出来る上司は良いものである、と高をくくった連理が、休んだ二日の事ではなく、急にいなくなった金曜日の事でお小言を受けるのは始業式の直後であったりする。
何せ、彼と連れ立った来嶌慈尊が校舎裏で、昏睡状態で発見された為、連理は一時犯人扱いだったらしい。連理本人が行方知れずだったのだからどう考えても怪しい。怪しい事この上ない。
翌日の土曜日に目を覚ましたという彼が、言い訳と口裏合わせをしてくれていなければ、大変な事になっていた事だろう。
そんな連理は今、とあるマンションの一室にいた。
隠れ里での後処理は鏡子や後に来た健斗らに任せての撤収である。
過ごしやすい気温に調整されたその部屋にいるのは彼と、その相棒ササ、榊姉妹と鴉天狗の黒澤耶彦の計五人。
連理と耶彦は布団へ寝かされ、残る三人はそれを見守る体勢 ――それは今回の戦いで大怪我をしたふたりを完調まで見守らんとする、少女三人の築いた布陣であった。
怪我人ふたりとしては遠慮したい気持ちもあるのだが、連理であれば怪我がある程度治るまで実際、寮には居づらいものがある。
説明しにくいし、世話役になるであろうササは自由に寮内を歩き回れる訳でもない。いや、まあ、結構動き回ってはいるものの、本来は密かにしているべき存在だ。
耶彦は今まで通り隠れ里内の拠点にいても良かったのだが、榊夫妻らに押し切られた形である。
元々榊一家に宛がわれた部屋の、未使用である一室だ。養生するまでの間、出歩かないのであれば里にいるのと大差は無い。
というより未だ人間変身が出来ないままの彼だ、里でなければ出歩くのが困難にある状況での、こちら側での養生というのは事実上監禁に等しい。魔術も秘薬も受け付けない彼は長期強制入院を課せられた様なものだ。
ちなみに耶彦は仰向けで横になっている。
本人的には翼を敷く状態になってしまう仰向けは好んでいないのだが、今回の戦いで ――というか戦いでは前面に立つ彼は主に正面に傷を受けた為俯せにもなりにくく……、という苦渋の決断である。
当然連理は短期「入院」の予定だ。
回復の為の休養をとるには寮では不足であろうとの判断でもあった。
「其方の敵は強かったのか?」
ある程度、バタバタした雰囲気が落ち着き、今回の戦いを振り返る様に、耶彦が口を開く。
血臭漂うそこにいるのは連理と耶彦だけだ。席を外す少女たちは隣の部屋にいるらしいが、それなりに防音の効いた壁はそれを認識させない程度には機能している。
そんな中で、沈黙を嫌ったのか気を遣ったのか、口火を切ったのは鴉天狗。
戦いの最中、彼と神父は切り結んでは移動、切り結んでは移動を繰り返していた為、決着がついたのは周囲にまるで人の気配のしない場所だったという。
当然連理の戦いの行く末など見てはいないし、またそれを聞く余裕もなかった。
「まあ……単純な強さで言うなら膝丸さんの上の更に上……ですかね」
何せ、真面な攻撃が当たらない、当たっても直ぐ治るという反則的な強さ。それはつまり技術も能力も自身の上を行く、性格破綻者。
膝丸健斗とは攻撃が効かず、格闘能力を有するという共通点からの比較対象だ。
それを倒せたのは実力ではなく、巡り合わせと運。
後に会った徳倉鏡子に「答え合わせ」をして貰い、その幸運に感謝したのは数時間前の話である。
渡来絢が立ち塞がった時には本気で怒りを覚えたものだが、彼女が居らず、《黄昏》が呪詛を得ていなかったのなら、少なくとも連理と姉妹は碌な目に遭わなかった筈だ。
それだけでなく、外周部にいたというロジーナらや、三十分程度後に来たササも被害に遭った可能性は非常に高い。
そう考えると感謝してもし足りない。
とは言っても「立ち塞がってくれてありがとう」では皮肉にしかならないだろうが。
「――実力では決して届かない相手でした。
そちらは?」
「相性としては良かったのであろうが、それでも恐ろしい相手であったな。
尤も、戦いそのものよりも後味の悪さがの……」
その状況を聞けば、なる程確かに後味が半端じゃなく悪い終わり方だ。その為の独白だったとも取れるが流石にそこまで考えるのは穿ちすぎだろう。
「徳倉さんなら知ってるんじゃないですかね、そのふたり」
弥彦の話を聞き、気になるのはそこ。知って何が如何なるものではないのかも知れないが。
「心当たりはありそうではあったがな……」
鏡子の様子を思い出しながらそう語るもののその言葉を止め、鴉天狗は中空へ視線を向ける。
「彼奴の言葉を思うとな……本当に八つ当たりであんな事をし続けておったというなら、そのふたりに対しても復讐、意趣返しなどではなく、只の八つ当たりだったのではないかと思えてな……。 探し伝えても苦しめるだけの様な気がしてならん」
言葉を止める。
鴉の顔からその感情は窺い知る事は出来ない。だがその口調からはそれが確信に近いと、そう思っているのだと聞き取れた。
「寧ろ、そのふたりを苦しめる為だけに今までの歳月を費やしてきた様な、多くのファンタズマを虐げ殺してきたのではないかとな」
一度刃を交えただけの相手。
深く掘り下げる様な会話をする余地などなく、寧ろ死の間際であれだけの意思疎通が出来たのは僥倖だろう。
「……でも、その妹らしい幽霊? の話だけでも……」
言いかけて、連理は口を噤んだ。
泣いて消えていっただけの少女。ただそれだけの話を聞いて、姉と言われる者達がどう思うか、よく解らなかったのだ。
それを聞けて良かったと思うのか、聞きたくなかったと言うのか、何も言わずに泣くか笑うか、既に全てを忘れているのか……。
言葉に詰まる連理を見て、耶彦は自嘲でもするかの様に鼻を鳴らす。
「如何言い繕った所で結局儂も解らんだけよ。
会えば話すかも知れん。 問われるまで話さんかも知れん。 最後まで話せんかも知れん。
ヒトの真意など、如何突き詰めても完全に理解する事など出来んであろうし、先を完全に見通す事など出来る筈もないのだからな」
そう言われ連理は沈黙する。
脳裏に浮かぶのは何処かで聞いたか読んだかしたであろう場面だ。
――その賢者は他人より秀で、物を知り、知識を蓄えていたが、何を訊かれようとも何を尋ねられようとも、決して他人への助言というものを行わなかった。
どれだけ秀でていようと、多くの物を知っていようと、いくら知識を蓄えていようとも、彼には先を見通す事など決して出来ず、善意の助言の筈が場合によって猛毒に成り得る事を知っていたからなのだ。
粗探しは幾らでも出来る、そんなシーンだ。 この場合は?あの場合は?あれなら?それなら? そんな風に逃げ道を塞ぐ事も出来るだろう。
当時の彼もそう思っていた筈だ。
そうだ。
結局この賢者がどれ程の知識を持ち、どれ程それを活用出来たとしても、完全な未来予測など出来はしない。
最善を尽くす事は出来ても、完全に至る事など出来はしない。
だから賢者は答えないのだ。
解らないから。
人では考えられぬ程の永きを生きたこの鴉天狗が己が答えを見出せない様に。
「……難しいものですね」
「うむ、難解だ」
一時の沈黙。時計の秒針が進む、それだけの音が耳障りに響いた。
「それでも、あのふたりを、一家を助ける事が出来たのだ。
それで善しと為べきであろうな」
そう言って耶彦は笑う。
彼の鴉の顔は意外な程わかりやすい表情を作る。
今もそうだ。
柔らかく笑うその表情は下手な人間のものよりも、余程解りやすくその感情を伝えてくる。
自身は笑えているのだろうか? そんな事を考えながら微笑み返すと、聞こえてくるのはノック。
「入るぞ」
声はササ。
扉を開けたのも彼女だが、先に入ってきたのは大きめのトレイを抱えた香とそれに続く栞だった。
何か、と問うまでもない、漂ってくるのは強めの香辛料の香り。
ちなみに香の髪はかなり短く切り揃えられていた。
以前は腰の辺りまで伸ばされていた長髪は、今回の戦いで不揃いに切り落とされていた為だ。ザンバラだった長さを上手く合わせるのに短めにしたのか、栞と大差のない髪型 ――おかっぱっぽくなっている。もっとも香のそれは栞よりも長いのだが。
「ご飯だよ、っと」
ふたりが横になる布団の間に、ドカンと置かれる卓袱台にふたつの、かなり大きめのトレイが載せられた。その上には、怪我人に食べさせるには多少豪華すぎではないかと思わせる、ご馳走の山である。
「……これ、クリスマス用に仕込んだんじゃ……?」
豪華すぎるし、飾りが多い。
ざっと見ても肉類が多く、チキンにはリボンが巻いてある。
今時のオードブルよろしく、チューリップチキン、唐揚げ、ミニハンバーグ、ローストビーフなど肉類の他にエビチリ、白身魚のフライに海老フライ、蒸し牡蠣、刺身類といった海鮮、フライドポテト、ポテトサラダ、アンチョビサラダにカボチャの半分を皿に使ったグラタン、ナポリタンなど和洋折衷何でもござれなプレートだ。ちなみに一番目立っているのが中央に陣取る一羽丸ごとローストチキン。それが二羽。
「おかさん、何かはりきってたんだよね」
栞はそう言いながら、取り分け用のものだろう小皿を幾つか並べていく。傍に揃えて置かれるのはフォークやナイフではなく箸だ。
「れんくんもひこさんもとにかく食べた方がよさそうだし、いいんじゃない?」
適度に配膳しつつ栞は答えた。
見た目は子どもだが中身は一応それなりだ。その手際は如才ない。追加で好きな物を取れる余地を十分に残しつつ、断りにくい程度に仕分けていく。
この数年他人と殆ど交わる事のない生活をしていた事を考えるなら、これは一種の才能と言えるだろう。 その様は正に良い加減である。
そして今さら遠慮したところで食材が無駄になるだけなのだ。
「はい」
香の持ってきた方にはご飯物やパン類が所狭しと載せられていた。ホテルのバイキングさながらの様相を見せるふたつのトレイは、大食いでもさせたいのかと思わせるくらいの量である。少なくとも五人で食べる量ではないし、ここに榊夫妻が加わったところで消費出来るものでも無い。
栞の言う「張り切って」作った結果であろう事は想像するに難くないが。
そこまで張り切った理由は仇討ちが出来た為か、それともそれに付随する香の心配事が減った為であろうが、それにしても……、と思ってしまう連理だ。
「……食べるのはいいんだけどさ、ふたりが来ても食べれる量じゃないよな?」
腹は空いているのは間違いないのだが、人によっては見るだけでも満腹感を与えてくれそうな量である。単純量で言えば大食いとか爆食とか、そう言うレベルのものがふたつある状況だ。
「おとさんもおかさんも来ないけど、別に食べきる必要はないっしょ? それにれんくんは食べるよ、結構な量を」
「……何だよ、その妙な信頼は?」
「今、おなか空いてるでしょ?」
「そりゃ、なあ」
普段ならそろそろ夕食の時間である。腹が減ったとておかしくはない。
何時もより多少空腹感が強い気もするが、激しく動いた後なのだ。それだって違和感を感じる程ではないだろう。
「うちのおかさんの薬って、効果だけを見れば『魔法の薬』っぽいんだけど、身体を治すのにちゃんと材料が必要なのよ」
「材料って……ああ、そういう事か」
要は回復再生を促すのに食事が必要なのだ。恐らくは大量の。
手元に残る薬は「食後に」飲む様言われたものである。
食べて、飲み、食べた量が不足している様であればまた食べる必要があるのだろう。
だからこその量でもあるのだ。
「なるほどねぇ……。 あれ、黒澤さんは飲んでましたっけ?」
「薬か? 言っておらんかったかな? 儂は今の身体になってからそう言った物の効果が出ん様になってな。 秘薬も魔術も受け付けんのよ」
「それじゃあ……?」
「喰って寝て治すしかないという事じゃ」
「榊姉妹は?」
「かおちゃんは飲んだけど、死人用の秘薬は材料が足りないからあたしはなしね。 まあ、寝てれば治るけ、ど……」
「何だ? どうかしたか?」
「いやあ、何だかれんくんの血がいい感じに効いてるなあって」
そんな事を言われ、思わず引いてしまう連理だが、栞は一見ただの女子小学生に見えても一応は吸血鬼なのだ。血で回復するというのは納得出来る。
と言っても連理とて現状では重傷患者だ。献血する余裕などある筈もない。
「止めろよ? さっきも言ったけど、今のオレに余分な血はないぞ?」
「おかさんの薬が効いてきたら大丈夫だって。
あたしも心苦しくないワケじゃないの。 れんくんのケガはあたしたちのせいだしね」
そう言って自嘲気味に苦笑いをされると、こちらが心苦しいと思わなくもない連理だ。
外見が幼い故に非常に質が悪いとも言える。
「それでも回復できるなら早めの方がいいし、食後にデザートをしょもーいたします」
彼の心情に気づいたのか、栞はおちゃらける様にそう言った。
計算尽くならこれもまた質が悪いが、自然にやっているのならより一層質が悪いだろう。これで断るとこちらが悪人である。
勿論、周りの人間は状況から判断できる者達だが、だからといって「NO」を突きつけると自分の胃が重くなりそうだ。
「~~あーもう、わかったわかった。 せめてこちらの回復を確認してからにしてくれ」
妥協案、にならなくもない程度で了承した連理はヤケクソ気味に目の前の食事へ手を伸ばした。
「――うまっ!?」
禄に確認もせず取ったのは、のちに手作りだと判明するソースの掛かったローストビーフ。
甘味と酸味の利いたソースが、柔らかくジューシーなお肉と相まって、口内に広がるのはとても幸せな感覚だ。
「300年も自炊してるのはダテじゃない」
その事実を語り、何故か胸を張る香はパエリアを小皿に盛り耶彦へ。受け取りそれを口にする耶彦は「むう」と唸り、一気に平らげる。
「母御の作る料理は何度か食うているが、手間暇を掛けると此処まで変わるものなのじゃな……」
耶彦の口にしたロジーナの料理は、隠れ里内で何とか手に入る食材を短時間で仕上げざるを得なかったものが大半だ。
何せ里では恒常的に手に入る食材など稀だし ――連理の入った学校くらい現世に近い場所であれば入手できる可能性は高いが、実のところシャドウに荒らされるのが殆どだ―― ゆっくりじっくり調理しよう物なら匂いに釣られてシャドウが寄ってくる。
鴉の嘴ではあるが、意外と溢すようなことはせず、耶彦は器用にご飯物もサラダも食べていた。嘴に歯はない筈だが、しっかり噛んでいる様だ。
「これだけのモンを作れるとか、コック顔負けだな……」
小分けしたパスタを三種類食べ、チキンを二本平らげ、グラタンを丸っと片付け、途中で追加された野菜類の煮浸しを流し込む様に口にし、焼き海老に手を伸ばし、さらには唐揚げを一掃した、そんな連理はまだまだ食べられそうな自身に驚愕しつつ、今さらの様に料理の感想を述べた。
「おかさんに言ってあげたら喜ぶよ。
で、そんなれんくんにお知らせです」
「……へ? 何かあったんか? っていうか、何でまた今になって?」
お知らせというなら、たった今連絡を受けた様だがそんな様子はなかったし、ロジーナから何か言われていたというなら、部屋に入った後か、少なくとも食事前に言うだろう。
「しあわせな時間は一旦終わり」
不吉な言い回しで、それでも微笑みを浮かべ栞は、物語の語り部の様にそう言った。そのまま苦笑する様な、笑いを堪える様な、頬を若干引き攣らせた表情で言葉を続ける。
「お薬の時間だよ」
見覚えのある小瓶を見せつけるかの様に持ち上げる栞。
そう、彼女の言う通りだ。
察した ――というか思い出した連理は表情の抜け落ちた顔で彼女の持つ小瓶を見つめる。
苦しみ……もとい、苦みにのたうつ時間が来たのである。
真藤紅の考察については、「気の滅入る日」と矛盾するように見えますが実のところ大体合っています。
無意識に少女に殺される事を望んでいた紅ですが、表面的には狂気が前面に出た狂人で、内心では神に対する背信者であり、姉妹に対する意趣返し(望みに反して助けられた。ならばその事を後悔させてやろう、と)も密かな目的としていましたから。




