第四話 ■カクレザト■
ササは結構な種類の魔術・魔法を使えます。
そのおかげで半ノラ生活でも清潔です。
「な、なななな……なな……」
「おお、べたな反応じゃのお」
ササと名乗った外見少女の狐は驚く連理を見てケラケラと笑った。とは言っても、彼女の頬も薄らと赤みを帯びており、その行為が決して余裕のあるものではないのだと思わせる。
もっとも、暗さ以上に連理にはそれに気づく余裕がないのだけど。
「な、な……なにを……」
「わらわの勘が言っておるのじゃ。
おぬしと共に居れ、とな」
それは勘なのだろうか? 先の仕種は随分と思考を重ねていた様にも見えた。
「勘って……」
「野生の勘と乙女の勘も兼ねた優秀な勘じゃぞ?」
つまり只の勘である。それ以上でもそれ以下でもない、はずだ。
「……いや、意味分かんねーし」
「意味なんぞ分からんでも良かろ? 細かい事を言うのは無粋じゃぞ」
再度顔を寄せ、今度は唇を舐めてくる。柔らかい舌の感触。
肉食獣特有の「削ぎ取る」舌でない事に余裕のない彼は気づけなかった。
まあ、余裕があったとて気づけたかは、また気づいたからどうと言う訳でもなく、要は人間の舌だったという事だけだが。
「のう、難しく考えても仕方あるまい?
おぬしはこの隠れ里から出たい。
おぬしの手助けになれるわらわはおぬしと居ると言う。
問題なかろ?」
ササはそう言って笑みを見せる。それは外見からは考えられない程、どこか妖艶で蠱惑的な微笑みだ。 一見しただけでは不自然なそれも、彼女の正体を知れば納得も出来るのだろうか?
「傾国の美女」の代名詞を持つ玉藻の前や妲己も狐から生じた妖怪だと言う。
「…………なんかさ、悪魔の取引きみたいでやーな感じなんだけど」
多少は冷静になった表情で連理は言う。
まだ顔は熱く頬の色は赤いが……。
「取り引きと言える程の事はまだ言うておらんじゃろ?」
「そうか……って、まだって事は取り引きするつもり――!?」
言葉は口づけで遮られる。
下唇を甘噛みされ、流石に言葉は続けられない。物理的な拘束力より、余程効果的な肉体の弛緩 ――端的に言えば気持ちが良くて力が抜ける。
「声が大きいぞ、レンリ」
「こ、言葉を止めるだけでこんな事すんなよ」
それでもこう言われては多少小声になる連理だ。
「いやいや、意外と心地良いものじゃな、これは」
知ったこっちゃねー、と言わんばかりにササは連理の言葉を受け流し、何処か蕩けた様な表情を浮かべている。
連理はそんな彼女を何とか押し退けつつベッドへ押し倒した。この行動に頬を染める彼女へ、はっきりくっきり見える様にオキシドールの入れ物を手に取る。
その表情は所謂ジト目。
「控えおろう」と言わんばかりのその姿は有名時代劇のワンシーンの様だ。
ササの顔が引き攣る。
「ちょっ、まっ……待て、巫山戯すぎたのじゃ。それは勘弁して欲しいのじゃっ」
ちなみに連理に女性を痛めつけて喜ぶ様な趣味はない。まだ学生であるし将来に渉ってその様になる可能性も少しくらいはあるかも知れないが、少なくとも今はそうではない
ササの表情を見て、手にある物を置く。
もっとも、直ぐ側、手の届く距離ではあるが。
「――話、戻してもいいか?」
溜息を吐きつつ姿勢を正し、少女へ向き直ると、ササも息を整え連理を見つめていた。
「そうじゃな。些かお巫山戯が過ぎたようじゃし」
再びベッドに腰掛け、ササは少し真面目な表情を見せた。
「まず、当面の目的じゃが、この隠れ里を出る、で良いな?」
「……その言い方、出るのに問題がありそうな感じで恐いんだが……」
「わらわの様な存在であれば問題はないんじゃが、人間の出られそうな場所は限られておるんじゃよ。
と言って下手に歩き回るとアクマに会うかも知れん」
アクマ――先程聞いた言葉。破壊を好む魔物、他者を襲う魔物等の総称。
もっとも、それとは別に区別の為の「悪魔」という呼び名もあるという。つまり「アクマ」の「悪魔」「バフォメット」という感じか。
ちなみに「アクマ」でない「悪魔」も一応いるらしい。
神父に惚れた悪魔がファンタズマとして付き従う様になったという話があったとかないとか。
「……戦わなくちゃいけない、と?」
ゴクリとつばを呑む。
「戦えるかの?」
「ゴメン、無理」
問われればそう即答するしかない。
先程はゲームで言えば、不意打ち→急所狙い→全力攻撃がクリティカルした様なものだ。それでも散々悶えていたのだから、HPを削り切れた訳ではない。
そんな有様の連理が正面から立ち向かえる筈もなかった。
「じゃろうなぁ。まあ、それでも方法が無い訳でもない」
ササはそう言いながら、かつて服だった物を弄り出す。
「……ここに来る前に……拾ったんじゃが……」
弄っていたそれをバッサバッサと振る。首を傾げつつ、今度は尻尾も振った。
特に何かが出てくる風も無い。
「…………落としたかのぉ……」
「……何を?」
「武器になりそうなモノ、じゃな。恐らくおぬしなら使えると思ったんじゃが」
言われ、今度首を傾げる連理だ。
今の彼女の行動を見るに、落としたらしい物はかなり小さめの物だろう。
だがそれが、武器? ナイフの様な小型の物でも彼女の尻尾に埋もれてしまうとは思えないのだが。
「先に襲われたせいかのぉ……」
独白し、ふと気づいた様に辺りへ視線を向ける。
「…………此処は何処じゃ?」
と、今更な言葉を発する。
まあバタバタして聞くべき事が後回しになったり、そもそも気づく様な事に気づけなかったりするのは珍しい事では無い。
「今さらだな……。
見ての通り……と言っていいのか判らんが、保健室だけど……」
彼女がどの程度人間の世界について解っているのか判断できず、多少言葉を濁す。保健室がこの様なモノだと知っているのか、そもそも保健室という存在を知っているのか、という疑問だ。
もっとも、人間から見た魔物についての見解を知っていたり、ブルマが珍しい何て事を知っている様な彼女である。
もしそこを知らないとしたら少々知識が偏りすぎだろうが。
「先程わらわの居った場所は近いのか?」
「すぐ側、ではないけど近いっちゃ近い」
多少離れている様に思えても所詮は校内である。
となると……。
「不安はあるが……案内して貰えんかの?」
そう言われるであろう事の予想は出来ていた。
ここが我が家であったり寮内であれば断る案件だったろう。
だがここは異界。彼女の言うところの隠れ里。
ゲームの様に「安全地帯」がある訳ではない。今のところ安全であっても、これから先もそうと言える場所ではないのだ。
「……どの道、だよなぁ」
その上すぐに脱出できるものでもないらしい。
ならばリスクを許容して前進するしかないではないか。
「りょーかい、りょーかいしました」
半ば投げやり気味に連理は言って、辺りを物色し始めた。
やはり筆頭候補はモップか。それと予備武器としてハサミとカッターも懐へ。
モップと刃物で槍が作れそうだが、上手く組ませられず断念する。
正直に言えば予備武器より防具が欲しいところだが、そんなモノ部室棟にでも行かなければ見つからないだろう。
動きづらくて只管臭いアレしかないが。
「そっちは何か持ってくか?」
「いらんなあ。此れを着ていこうかとも思うたんじゃが丈がな……」
すでに物色していたササが持つのは白衣。
彼女が着ると裾を踏んで転んでしまうのは明白だろう。
「長いだけなら切ってもいいかと思うけど?」
先程手にしたハサミを見せる。
「否、何処かに引っ掛けても厄介じゃし、止めておこう」
言いながら白衣を戻す。
その過程で見つけたのか「此れは貰おうかの」と連理へ見える様にしながら、ライターを懐へしまい込む。
「タバコは成人してからじゃね?」
と外見を揶揄して冗談交じりに言うと、
「あんなモノ、御免被るわ!」
などと、マジ目で言い返してきた。
あまりの勢いに思わず後退る。
「人間は昔から愚かしい部分はあるがそれでも大概納得は出来る。
じゃが態々毒物を吸引すると言うのは如何しても理解出来ん。
その上、距離を空けておっても目に染みるわ喉は痛いわ臭いは取れんわ、仕舞いには頭まで痛くなってくる……碌なものじゃないわいっ!」
「わ、悪かった。冗談、冗談だから」
どうもササは真剣にソレが嫌いらしい。安全地帯ではないこの場この状況で、思わず大声を出してしまう程に。
平謝りする連理を半眼で睨み、嘆息。
「一応訊くが、おぬしはやらんのじゃろうな?」
「オレ、高校生なんだけど……」
「高校じゃろうと中学じゃろうとやる奴はやるわい。
おぬしの場合、将来的な事も確認したい所じゃな」
腕を組んで、まるで教師の様に訊いてくるササ。
ちなみに残念ながら胸は持ち上がらない。あえて繰り返そう。胸は、持ち上がらない。
決して、だ。
「オレもあの臭いは苦手だし、家族も吸わないから、たぶん将来的にもやらないと思うけど……」
答えてから、はっとする。
「つーかその話しは置いておけ。で、ライターなんかどうすんだ?」
問い返されササは微笑みを見せる。いたずらっ子の様な、何かを含んだ微笑み。
「まあ、後で解るじゃろ」
つまり今答える気はないらしい。
「……悪さすんなよ?」
「何じゃい、童でも相手するみたいに」
「見た目は幼女だろうに……」
「噛むぞ、おにゅひ」
「痛ぇよ、噛んでから言うな」
今ひとつ緊張感のないまま扉を開ける。
(あれ? 先生、タバコ吸ってたっけ?)
付き合いは無いが本校保険医の発行する「保健室便り」は非喫煙者、というより嫌煙家の視線で書かれていた気もするが。
多少の疑問を覚え、保健室の扉を振り返る連理。
この、鏡面世界の夜は、まだ終わらない。
薄闇の中廊下を進む事ほんの二分。
慎重に歩いていたとはいえ、ふたりは至極あっさりと先程ササの襲われていた教室へ到着した。
教室とは言っても一般教室ではなく、そこへ掲げられたプレートには「視聴覚室」と反転して書かれている。
先程去った時のまま扉は開けっ放しで、中にはオークが倒れたまま痙攣していた。
まだ死んではいないレベルの瀕死の状態とは言え、その肉厚の身体は圧巻だ。
もう驚異ではないと思いながらも、連理の室内へ入る事の躊躇いは消えない。
――いや、その時は消えなかった、と言うべきか。
躊躇い、佇み、その姿を見ているうちにそんな気持ちは既に消えている事に気づいた。
もう抵抗はない。
恐怖はない。
何故なら、ここにいるのは死にかけていると言う事以前に雑魚であり、自分にとっては敵ですらないと、そう「気づいた」からだ。
「で、いい加減何を探せばいいか教えてくれないか?」
中へ入りながらもササへ問いかける。
視線は完全に彼女へ向き、背中を肉塊へ晒しているが、そこに躊躇なぞ一欠片も在りはしない。
恐怖に打ち勝つとか、襲われないと確信しているとか、そういうものではなく、そこに在るのは不可思議な事に、絶対的な強者の余裕だった。
「……おぬし、やはり何処かずれておるわ」
連理の問いに答えず、ササはぼやく様に言った。
彼の態度はつい先程「戦えない」と言った少年のものとは思えないし見えない。
もっとも、そうだからこそ彼女は彼に「武器になりそうな」物を提供しようと思ったのだが。
「自分でも、どっかおかしいって言う自覚はある」
そうだ、何処かおかしい。自分だってそう思う。
この隠れ里に怯えた自分。
見てもいない怪物に恐怖した自分。
実際には冷淡に対処して見せた自分。
戦える訳がないと思っていた自分。
今この状況になって戦う事に躊躇いを持たない自分。
――全部自分だ。その時の記憶も感情も持っているし理解している。
狂ったのか壊れたのか、それらの感情の切り替わりが何処にあったのか、自身で全く理解しておらず認識出来ていなかった。
ただ幸いなのは、この訳の解らない変化が今前進する為に有利に働いている事だ。
これが逆 ――戦える、殺し合えると自信満々で歩き回り、実際に対面した時に恐怖に怯えてしまっていたら、連理は既に死んでいたかも知れない。
「まあ、今オレの事はいいだろ? それより武器ってどれだ?」
ざっと辺りを見渡すも、それらしい物は見えない。
それで見えない箇所と言うなら、豚の下、くらいか?
ササは連理の言葉を聞き流しつつ、周囲へ視線を動かしていた。
そして何かを見つけたのか、徐ろに屈み込み、手にした物を放り投げた。
「ほれ」
薄暗いこの空間で、僅かな光を反射しながら飛んでくる何かを思わず受け止めてから、刃物でない事に安堵する連理。安堵しつつもそのあまりの軽さに手の中の物を確認し、何とも言えない顔で絶句した。
「…………説明を求めたいんだが」
彼女へ向かって手の平を向ける。
当然彼女へ手の平を向けるなら手は垂直に立つのだが、その「何か」が落ちる事はなかった。
「やはり其れを扱う素養があった様じゃの」
手の平に「埋まった」奇妙な球体を見て、狐はしたり顔でケラケラと嗤う。
「………………説明」
同じポーズのまま、連理はその単語を繰り返す。
若干震えた声で、だ。
「先に説明した魔物を殺してる組織でな、使われとる武器じゃよ」
「武器? これが?」
改めて手の平の中にある球体を見る。
直径は2㎝あるかどうか、色はくすんだ水晶の様に少し曇った半透明な感じの白。触ると、つるつるした硬質の感触だが、手自体の使用に違和感はない。
「何でも《テルム》とか呼ばれとる代物で、その中に固有の武器を封じている様じゃな。
奴ら、特に合い言葉も供物も代償も無しでその武器を使っておったわ」
「それを何でササが持ってんの? ていうかさっき何で使わなかったんだよ?」
豚に襲われている時、彼女は無手だった筈だ。
状況的に見て武器があって使わなかったというのは意味不明に過ぎる。
「何故持っているかと問われても、拾ったから、としか答えられんじゃ。
此処ではない、別の隠れ里で見つけての。多分何処ぞの狩人の遺品であろうがな、わらわが彼奴等に返す義理も無し、そのまま持っておったんじゃよ」
何となく想像のつく、知っていても知らない様な単語と、あまり意味を想像したくない様な単語が出て、連理は少しだけ顔を顰めた。
「……その狩人ってのは、魔物を狩るって意味なわけ?」
「ん? ああ、少し違うかの。
奴らの中でも特にテルムを使う奴をそう呼ぶらしいのじゃ。
で、素養のある奴が触れるとそうなり」
言いつつ連理の手を指さす。
「死ぬと取れる」
シンプルだ。
このテルムという代物が落ちている。それこそが遺品の証明。
「それ以外取る方法はないのかよ」
「知らんよ。
わらわにとって敵である者等の武器じゃぞ?」
「……使い方は?」
それが重要だ。
名前や入手ルートよりもずっと重要だ。
何せ見た目から使い方の想像が出来ない。
「…………知らん」
そっぽを向く。
「それじゃ武器になんねーよ!?」
叫びたくもなる答えだ。
安全装置の外せない武器に武器としての価値はない。
同じ使えないにしても、これなら銃や剣の方がマシだろう。銃なら安全装置を外せなくても十分に鈍器として使用出来るし、鞘から抜けない剣でもモップを振り回すより余程取り回しがいい。
まあ、どちらもここにはないが。
「ふむ、使い方、分からんか?」
分からねー、と答える前にササが続ける。
「暫く持っておって思ったんじゃが、其れはわらわ達と存在が近しい気がするんじゃよ」
つん、とつつくのは、テルムと呼ばれる珠。
「じゃから、その程度は分からせる事が出来ると思うたのよ」
連理は自分の言葉を飲み込み、じっとそれを見つめる。
これが、ササに近い?
妖怪や魔物の一種と言う事ではないだろうが、ササの言葉にしても「気がする」と曖昧なものだ。
何処か魔物的な部分がある、くらいなのだろうか?
ファンタジー小説やゲームで言うところのインテリジェンスウェポン?
意思ある魔剣、知恵ある武器。
それらであればここぞという場面で使用可能になるものだが、実際そんな使いづらい武器を主武器にするだろうか? 狩人、なんてヤツらが?
素養が必要。
テルム使い。
武器。
そう武器だ。
人工物。
人の造った物。
ならその使い方はきっとシンプルに。
拳を握り込む。
(……姿を見せろ)
そう考えた途端、手の中に重さを感じた。
想像以上の重さに思わず落としてしまったそれは鈍い音を立てリノリウムの床を跳ねると、サクッと豚に刺さった。
「あっ……」
先程まで瀕死だったソレの痙攣が止まる。
豚面の止めを刺したのは、太刀と言うには短く、小太刀と言うには少々長い刀だ。
柄頭から落ちた弾みでか、器用に剣先から刺さっており、刃は見事に首を貫いている。
「何じゃ。使えるではないか」
「……偶々上手くいっただけだろ? って、これはどうしたら元に戻せる……」
連理がそう言いながら刀を抜くと、抜かれたそれは現れた時と同じ様に唐突に姿を消した。
「……便利なモンだな……」
呆れた様に手の平を見る連理。
そこにある珠から今の刀が出てきたとはとても信じられない。が、体感して何となく理解した自分がいた事で、納得はした。
「なぬっ?」
少し呆けていた連理の耳に不意にササの声が聞こえた。どこか妙な声色のそれは疑問と自問を混ぜ合わせた様なもの。何かに納得いかない感情のそれ。
彼女の視線を追うまでもなく判る、豚面の身体が黒い靄になって消えていく……?
「……早過ぎではないか……?」
呟く彼女へ「何が?」と問おうとして、ふと思い出す。
保健室で彼女は、この豚が「死んでいれば」「そろそろ消えている」と言っていた筈だ。こいつは偶々生きていたが、だからと言って、死んですぐに消える様な言い方ではなかった。それ故の「早過ぎ」なのだろう。
「こういうのは、普通はない事なのか?」
だから、出掛けた問いを別の問いで上書きする。
「……無い、訳ではないが、気にはなるのじゃ。尤も、隠れ里では偶に常識がずれる事もあるのじゃが……」
そう言いつつも納得した様子はないササ。尻尾の揺れ方も何処か不安げだ。
「オレ的には「ずれる」常識ってのが納得いかんけどな」
だが教わった事は納得出来なくともそう覚えておく方がいい。
そうでなくては、いざという時に自分の常識が足を引っ張りかねない。
「おぬしの常識はとっくにずれとる筈じゃがな」
言われて今度は連理が納得しがたいと表情を変える。
「隠れ里に入り込み、魔物を知りえたおぬしの常識と、昨日までのおぬしの常識は同じかの?」
「ぬぐっ」
言葉を詰まらせるのは得心がいったが為か、納得したくない故か。
「そう言えばの、魔物の事を知っておったり実際に対処出来る者等の事を「見る者」と書いて見者と呼ぶんじゃが、それと賢い方の賢者と掛けて、今ではワイズマンと呼ぶらしいじゃよ」
「ん?
んん、それが……どうかしたか?」
急に話を変えられ多少面食らいつつ返事。
それでも話に乗るのは前の会話が多少の蟠りとなっているせいだろう。
話題が変わり、ほっとする。
「でじゃな、新たにワイズマンとなった者への挨拶代わりに使われるという定型句があっての」
連理の表情が訝かしげなそれに変わる。
話しの繋がりが見えない。
そんな彼に向かってササは蠱惑的で、そのくせ悪ガキ染みた微笑みを見せた。
「此方側へようこそ」
それは今までは極普通だった者の常識が書き換わり、ひとりの見者が産まれた事への祝福と憐憫の言葉であった。
漸く「チューニング」の終わるイメージのタイトルでした。
それでもカナなのは彼がまだ以前の常識に捕らわれている様子、ということで。




