第三十六話 教会の少年
前置きしておきます。このシーンはちょっとエロを心がけました。規約を読みながら。
当然ながら直接描写はしていませんが、そちら方面が苦手な方は避けてください。あとがきを読んだら解りますが、直接ストーリーと関わっているシーンではないので。
彼は教会に産まれた。
寺にしろ神社にしろ、人がいて生活を成せばいずれ子が生まれるものとは言え、まあ珍しいと言える存在ではあるだろう。
日本なら寺や神社など大抵はひとつの街に複数ないし十前後もしくはそれ以上存在するものである一方、教会は全く無い場合やあってもひとつふたつしかない街も多い。まあ、その様な街でも支部と言える小さな事務所はあったりするのだが。
何にせよ、彼は教会で産まれ、神の教えを聞いて育った。
そこに疑問はなく疑惑はなく、それこそが真実なのだと信じていた。あまりの純真さに両親すらも危うく思いもしたが、それは成長と共に変化するものだと、あえて真実を突きつける事もなく育てられた。
もっとも、子どもながらに容姿端麗と言える程に整った外見をした彼は、生来の純真さと相まって、学校生活に於いても周囲から「保護」される様な存在となり、両親の期待した変化は酷く遅々としたものであったのだが。
そんな彼と出逢ったのはイラと名乗る金髪の少女だった。
彼が中学校一年の時である。
「Hallo……Ah……コンニ、チ、ワ?」
たどたどしい日本語ときめ細かな白い肌、波打つ金の髪をした美しいと言っていい少女。いかにもな「外人さん」に戸惑ったものの、彼も習いたての英語と日本語で応対し、何とかコミュニケーションを成立させたのは大金星と言えるだろう。
話を聞くと、彼女は日本に引っ越してきたばかり。
引っ越しと言っても年若い彼女に出来ることは多くない。暇を持て余し外の景色を見る内に、忙しい家族の目に入らぬまま外に出てしまったのは年齢的に ――多分彼よりは年下だ―― 仕方のない事なのかも知れない。
彼女は見慣れない風景に戸惑う中、地元でよく見た教会とそっくりの外観をした建物 ――というか教会である―― があった為に近寄ってきたという「迷子」だった。
幸い引っ越し先は彼も知っているご近所だ。
勿論彼女の口からこの辺りの住所が出た訳ではないが、イラの語る風景は見知ったものであったし、そもそも引っ越し業者の大型トラックが停められているのだから、何となくでも心当たりの場所をチラリと見ればそれだけで判明する。
これと言ったハプニングもなく彼女を家族の元に送り届け、妙に若く見える母と、イラ同様に美女な姉ふたりを紹介され、彼と一家の付き合いが始まったのだ。
イラは初対面から彼には妙に懐いていたが、それ以外の人にはどちらかと言えば人見知りのような態度を取る、ちょっと変わった一面も持っていた。
彼女をクラスメイトに紹介した彼はその事に多少戸惑ったものの、そういう事もあるのだろう、くらいにしか思わなかったが。
彼の後ろに半ば隠れるようにして皆の様子をちらちらと彼女に、クラスメイト達は
「吊り橋効果だ」
「インプリンティングかも」「ロミジュリ?プラシーボ?」
「それっぽいこと言ってるだけじゃん」
と、当時の彼には理解出来ないことを言っていた。
一部の女子達は
「ライバルが増えた!?」
「仲間に引き入れる必要があるわね」
「あざとい! 金髪少女あざとい!」
「肉が! ムダな肉がないわ!?」
「逆に言えば我らの武器はお肉よ!」
「そう! 胸もおなかも同じく脂肪! 胸がなければおなかを揉めばいいじゃない!」
「あなた、何て暴論を!」「あんた、それでいいの……?」
「……ゴメン、言ってて空しくなったわ」
「協定はどうするの?」
「難しいわね、ウチの学校に来るの?」
「どう見ても小学生っしょ?」
「制裁を……」「そう、制裁を与えなくては」
「むしろ正妻?」
「今さらパッとでの新キャラに彼は渡せないわ!」
「あたしは側室、もとい愛人でもいいと思うの!」
「それはやめなさい」
などと怪しげな言動をしていたというが、それは彼の与り知らぬところである。
何にせよ、彼女は周囲の人間にも認められていった。
美女美少女だけの一家も同じで、彼女たちは嫉妬と羨望の眼差しを受けつつ、地域の住民に受け入れられていったのだ。
それはイラを始めとする上の姉妹ふたりが、教会に出入りする事が多くなった故に促進された現象と言えよう。
教会、というか寺にしろ神社にしろ内部にはコミュニティーが存在する。
それは今では宗教団体と言うよりは地域団体に近く、昨今では縮小傾向にあるものだ。であるから昔の宗教にありがちな「○○禁制」といった部分は姿を隠し、「来る者拒まぬ」部分が増え、残っている者達は交流に積極的な者達も多い。
少女たちはミサを含め、彼が参加するイベントには積極的に参加・協力した為、多くのヒト達と交流したお陰もあるのだ。
毎週にミサに加え、ゴミ拾いやフリマ、植樹や高齢者施設の訪問といった各種ボランティア活動、クリスマスや結婚式と言った、ならではのイベントの手伝いなどすべき事柄には欠かない教会である。
全ての教会がこうという訳では無く、彼の父があちこちに顔を出した結果なのだが、そのせいか地域密着型教会とでもいうものに成っている様相だ。
まあ、美人姉妹目当てに入り浸る者やその為に面倒を起こす者もいない訳ではないが、概ね良好な交友を深められたのは間違いは無いだろう。
そうして彼とイラはゆっくりと仲を深めていった。
今時珍しいほど純情で純真なふたりは、仲の良い兄妹か小さな恋人たちか、周囲の人間どころか本人達もまるで解らないまま ――本人達は気にしていないだけかも知れないが―― 年を重ねていくだろうと、そう思われた。
周囲から見ると、最初から好意好感を持っていたと思えるようなふたりであるから、とっくに好感度MAXではないか、とも思われていたが。
ふたりの仲を進ませようとする「ラヴァーズ」と、逆に拗らせそうとする「レジスタンス」、双方の計画からふたりを守り、自然のままを見守る「ガーディアンズ」などの暗躍もあったが、その程度は足しにならない程。
だが、事件は起こってしまった。
周囲に左右されないふたりだからこそ、ふたりだけの時間にそれは起こってしまった。
――それが一種のアクマ事件であると彼が知るのは、ずっと後の事だ。
◇ ◇ ◇
ふたりは気軽にお互いの部屋を行き来する。
その日もそうだ。
イラは彼の部屋を訪問していた。特に用事がある訳では無い、日常の延長。
違っていたのは、普段の明るさに何処か影が差したように感じられることだろうか?
「Ah……なんだろ……Condition、具合?わるい……」
疑問に思った彼の言葉にそんな返答。
彼女が調子を崩したことなど、ついぞ記憶に無い。
心配になった彼は帰宅か病院を勧めるが、基本的に彼女には甘いのだ。その選択に渋るイラを結局自身のベッドに寝させ、看病の姿勢である。
彼女は熱っぽい顔でじっと彼を見つめている。その吐息は熱く荒く、酷い風邪でも引いたかの様だ。
徐々に病状が酷くなっていくように見えた彼が、電話を取ろうとしたのは当たり前の事だろう。
だが、その手は他ならぬ彼女の手で止められた。
熱を帯びた、手。
頬に触れる荒い息、熱い息。
紅のように染まる少女の顔に感じられるのも、熱。 その表情は何処かぼんやりしているようで、そのくせ潤んだ瞳は爛々と輝いて見えた。
この様な状態は何と言うんだろう? 場違いな疑問が脳裏に浮かぶ。
その瞳で、眼差しでじっと見つめられる。
彼は目を逸らさない。逸らせない。
「Ah……n……」
口づけられる。
ねちっこい、貪り食われるかの様なキスに意識が飛びそうになる。
長い、息が止まりそうになる程長い口づけ。
離れない彼女の口が、手が、彼の呼吸の邪魔をする。
呼吸の為に彼女の口内から空気を奪う。吸う。本能的なそれはお互いを求め合う目合いにも、喰らい殺し合う捕食にも見えたろう。
彼女自身も息が苦しくなってきたのか、漸く離れたイラを見て、彼は先程の疑問の答えを見つけた。
――高揚、いや、興奮だ。
熱を帯びた息。
周囲の空気さえ熱くなっていきそうな吐息は、とても甘く感じる。
熱く潤んだ瞳はずっと彼を見つめている。
赤く火照る肌からしたたり落ちる汗に、艶を感じてしまうのは気の迷いなのだろうか?
暑い
熱い
アツいのは空気か自分か。
酸欠と、アツさに息は荒くなる。
呼吸する度に肺腑へ入り込むのは、彼女の熱、吐息、匂い。
頭がくらくらしてくる。
目の前は霞が掛かるよう。
ああ、自身も高揚している、興奮している。
したたり落ちる汗と共に、彼女の脚を伝う紅は何の色だろう?
意識が朦朧とする。
彼女の唇が重なる。
身体が重なる。
交わる。
だがそれはやはり一方的な捕食のようで。
それでも快楽は、快感は彼を襲う。 それは押し寄せる波。強く激しい波に、理性は砂のように削られる。
行為は繰り返す。繰り返される。只管に、何度も何度も。
聞こえる声。彼女のものとは違う、でも彼女の声。高い声が、響く。
水の音。汗の音。したたる、跳ねる音。
誰かの声。父の声?母の声?
彼の上に全裸で跨がるイラ。
迸る真紅は何の色だろう?
聞こえなくなった誰かの声。
行為が再開される。
嗅いだ事のあるような、ないような、鉄錆の様な、厭な生臭さの中、行為は繰り返される。
頬に紅の化粧を施した彼女が、彼を貪り喰らう。貪欲に、一欠片も残さぬように。
視界がチカチカと明滅する。快感などすでに通り越し、それは苦痛。それでも彼の目は彼女を見つめる。見つめている。
「イラ、アナタ何てコトを!?」
誰かの声。聞き覚えのある声。
「神父様も奥さんも……!」
「止めなさい!! 彼まで殺してしまう気なの!?」
彼? 誰?
イラの動きが止まる。何故だろう? このままでもいいのに。このままでいいのに。このままがいいのに。
イラと触れていた部分に、空気。
溶け合っていたような、混じり合っていたような感触がスッと消えていく。
心の中に残るのは不満だ。
――何故邪魔をするんだろう? あのままだったら、きっと僕達はひとつになれていたのに。
彼は動けない。
精を吸われ、魂すらも食われ掛かった彼は見ていることしか出来ない。
暴れるイラ。
それを抑えるのはふたりの姉だ。
彼はその光景を見ている。 下半身を汚したまま、ただ見続ける。
部屋は荒らされる、壊される。 父の死体も母の死体もすでに原形は留めていない。
暴れるイラは彼以外の全てを破壊するかのようで。
彼女の胸に紅の花が咲くまで、
結局彼女は暴れるのを止めなかった。
ふたりは彼女の身体を抱え、彼に語りかけた。
「あの子に貴方を殺させたくはなかった」と。
「貴方はあの子を忘れて生きていて欲しい」と。
彼は思う。
――何故、このままでいさせてくれなかったのか?
――ずっと一緒がよかった。
――あのままひとつにさせて欲しかった。
だが言葉は出ない。 身動ぎすら出来ない。
彼女たちは哀しそうに、辛そうに、それでいて何処か羨ましそうにイラを抱きしめ、その身体を抱えていく。
背を向け、去って行く姿に、彼は何も出来ない。
やがて、救急車の音が聞こえてきた。
◇ ◇ ◇
彼は入院した。
精も根も尽き果て、殆ど動けない彼はされるがまま入院するしかなかった。
動けない彼は、ベッドの上で思考する。
考えるしか出来ない今の彼は自らの考えを矯正することも叶わなかった。
思考は歪む。
歪むしか無い。
彼の内面を把握できる者はここにはいない。 両親は肉塊へ変わり、彼の居ぬ間に荼毘に付された。
彼の一番近くにいた存在は、彼の前で命を落とした。
歪むしか、無い。
最初に持ったのは彼女の姉達への不満。
ふたりが来るのが後一時間も遅ければ、彼はきっと彼女のひとつになれた。 いや、邪魔さえされなければ、と。
それはやがて結局何もしてくれなかった神への不満へと変わった。
いつも祈っていた自分。 その教えに従順だった自分。
なのに自身の望みを叶えてくれなかった、神。
神が真に全知全能であるなら、あの場へ姉妹を導いたのは神であるはずなのだ。
つまり、仕向けたのは神。
邪魔をしたのは神。
彼女を殺したのも、神。
その一方で彼女を思い出して彼は酷く興奮した。 紅に染まった彼女を思い出し、より興奮した。
それに、初めに気づいた時は恥じた気持ちも、やがて消える。 そんな気持ちは、今の彼には全く重要なものではないと気づいたからだ。
三か月ほど入院し、彼は萎えた脚でイラの家を訪ねた。
すでに空き家となったそこで彼は悲しみではなく寂しさでもなく、憎しみを覚えた。彼から逃げた彼女たちを憎悪した。
そして、神を憎み、魔物を憎み、少女を犯し殺す事に興奮を覚える狂人が誕生する。
彼は「紅」と名を変え、スレイヤーの門戸を叩いたのだ。
あの日から、彼女との出逢いから二年が経っていた。
と言う訳で、真藤紅誕生秘話でした。
エロ描写……、直接描写は避けたから大丈夫だよね? チェックはしたつもりだけど、ちょっと不安……。
状況としては初潮を迎え、女の身体になったサキュバス系ファンタズマの前に、「聖職者」「童貞」で「初恋」の相手がいてしまった為に興奮、暴走してしまったという事故になります。




