第三十四話 彼女たちの長い午後 ~百折不撓~
そう言えば前回、上手く書けなかったのでここに書いときます。
香が家族を召喚した時に媒体を使ったのは強化召喚の為です。本来呼び出すだけなら栞を寿司屋召喚した様にパッと呼ぶことは可能でしたが、自身の魔術が減衰させられ殆ど効いていないことに気づいた彼女は、そんな仇に対抗する為普通であれば必要の無い媒体を使って、契約した魔物である三人を強化したのです。
香は閉じられた空間で戦うことを余儀なくされていた。
何度砕いても張られる障壁に対処している内に、逃走防止用のものだろう、別の障壁が張られてしまったのだ。
恐らく複数人の手によって張られたそれは片手間に破壊出来るものではなく、放っておけばこちらが不利になり、といって対処に時間を割くと敵の猛攻が来てしまうと言う状況である。
今は障壁の外で父・隆盛と母・ロジーナが、中では香と姉・栞がそれぞれ戦っていた。
障壁の外にはスレイヤーのひとり、坂田智の呼んだ援軍がそれなりにおり、隆盛もロジーナも障壁破りを出来ずにいる。
時折、スレイヤーごと障壁を巻き込んでロジ-ナの魔術が発動するが、その内側から神父・真藤紅の張る別の障壁が出現し彼女の魔術の威力を大きく減衰させるのだ。
障壁の内側から、障壁自体に別の障壁を張るなど非常識極まりない行為だが、出来てしまうことに文句を言っても事態は変わらない。
香の持つ最強の手駒も障壁の外にいたが、幾人ものスレイヤーに集られ苦戦中だ。それでも彼がいなければ夫婦はもっと厳しい戦いを余儀なくされただろう。
香自身と栞は馬頭鬼と牛頭鬼(の屍体)を前衛に主に遠距離攻撃を行っているが、真藤紅の張る障壁に減衰された魔術では、致命傷を与えるには程遠い。その程度の傷は真藤自身は兎も角、掛居には全く無意味と思えるほど高速再生しているのだ。
そのにやにやした厭な顔は多少の手傷を受けても変わらない。寧ろもっと傷つけろと言わんばかりにその身を晒す時さえある。
「気持ち、わる!」
小さな吸血鬼のその背には怖気が走りっぱなしだ。チンピラは兎も角、黒い神父は明らかに彼女へ性的な視線を向けている。
以前もそうだ。
真っ先に彼女を押し倒したのは、コイツ。
「ルーンよ、おお、ルーンよ」
嫌悪感を隠しもせず、それでも一息で呪文に集中する。
「大いなるちから、偉大なる大神のちからの片鱗たるルーンよ
我に其のちからを貸し与え給え
大神の血と器と契約の下、我が願いを聞き届け給え
天より降らす、大地を潤す恵みを在れ
炎より出で、天へと届く祈りに恵みを在れ
ああ、ルーンよ、其のちからを我が前に示し給え
――俄雨」
それは本来ちょっとした雨を降らす為の雨乞い。
だが彼女の降らせるそれは恵みとは程遠いモノ。
その儀式を簡略化させる炎の魔術は指先に、太陽の替わりに灯火を創り、降り出した雨へ、予め別の魔術で生み出した邪気と自らの血を混ぜ込み、最終的に発生するのは瘴気と猛毒で出来た、とても恵みの雨とは言えない、昏い雨だ。
そこへ香がつむじ風を起こし指向性を持たせる。
「行、け!」
「くされろ、変態っ!」
それは馬頭鬼牛頭鬼のみならず彼女の兵の大半を巻き込むが、彼らには瘴気も毒も殆ど意味を成さない。例えば開戦直後に香の放った瘴気の槍ほど高密度に固まったものであれば無効には出来まいが、この「雨」程度のものであれば、寧ろ傷ついた身体を補強出来る位には馴染むものだ。
「温い」
神父は己の障壁を二枚重ねし、涼しい顔だ。チンピラは体中から白煙を上げているが、すぐ治っていくのが目に見えて判る。
「来なさい!」
香は風を維持しながら後退すると、再び血に塗れた髪を斬り、それで円を描くように大きく手を回した。
すると姿を現したのは無数の死霊と悪霊の群れである。それは予備戦力という訳ではない。彼らはこの戦いで肉体を完膚なきまで破壊された元スレイヤー達の亡霊なのだ。
そして彼女の行動はそこで終わらない。
「贄は成った!」
そう声を張り上げ、髪を舞わせる。花吹雪の様に赤く染まった髪が宙を舞う。
「此処に更なる贄を捧げん!」
彼女の声に、倒れた死者達の躰が集まる。砂鉄に磁石を近づけたかのように、不自然に、不気味にひとつへと纏まって持ち上がった。
巨大な、一個体に。
「はははっ! おもしれぇじゃねーか! 嬢ちゃんよ!!」
掛居が現われた巨大な魔物に飛びかかる。
現われたのは餓者髑髏。
埋葬されなかった死者達の怨念と躰がひとつの巨大な骸骨となった妖怪。
屍の竜と並ぶ、香の最強の手駒である。
巨大な、人ひとり分くらいはありそうなサイズの指にある爪が大きく振われた。
それは神父の張った障壁をただの一撃で破り、掛居を吹き飛ばすほどの威力を見せつける。大きさと重さを兼ね備えたそれはドラゴンゾンビすらも凌ぐのだ。
「おお、こりゃ痛えわ」
あらぬ方向へ曲がった腕をぷらぷらさせながら立ち上がったのは、その一撃を受けた掛居東誠。
彼はポッキリと折れた右腕を支えると、先程までより、一層凶悪な笑みを浮かべた。
「久しぶりに、本気で行くぜ?」
彼が押さえていた左手を離すと、折れたはずの右腕は真っ直ぐな、極健康的な様子を見せつけていた。 その右拳を握り込み、それを突きだしてみせる。
彼の特異能力は戦乙女の槍。 その中でも特殊な、再生特化タイプ。
その上で彼は「天へ至る者」と呼ばれる階位に達した強者でもある。
暴虐と再生のちからを持つ、彼のハイランダーは「不死竜の血」。
死というものから最も遠い存在であった。
◇ ◇ ◇
黒澤耶彦がそこへ到着した時、スレイヤーによる包囲網は崩れかけていたと言っても過言ではなかった。
彼をほぼ素通しした高瀬・真金と違い、真面目にもしくは楽しみながらも任務に当たっていた者達は、包囲という本来の任務を忘れてしまったかのように殆どが榊夫妻とドラゴンゾンビの対処へ向かっていったからだ。
その状況に彼は、香救出を優先するか夫婦の手助けをしてから動くべきかを考え、障壁の破壊を決めた。
どう考えても小人数側が更に分断されている今の状況がいいとは思えないからだ。それに障壁を破壊してしまえばスレイヤー側も彼に手を割かなくてはいかなくなる。手助けに移動するより向こうから動いて貰った方がいいだろうとの考えもあった。
(であれば、じゃ)
「おん あろまや てんぐすわんき そわか
おん ひらひらけん ひらけんのう そわか」
天狗真言。
右手にはテルム《双子》を、左手には羽団扇の代わりに錫杖を持ち、そこより放たれるのは大風撃。
比較的近場にいたスレイヤー達はその様子に気づき、漸く彼の存在に気づくが、もう遅い。
巨大で強大な風は周囲の気圧を大きく変化させた。
叩き付ける風。
吸い込む風。
吹き出す風。
それは砂礫を巻き込み石礫を巻き込み瓦礫すらも呑み込んで、高層ビルすら包み込んでしまいそうな蜷局を巻いた昇竜と化す。
といってもその程度の風であればこの障壁は砕けない。むしろこれで砕けるなら彼がここへ来る前に破壊されていただろう。
この竜巻はスレイヤーへのアピールに過ぎない。
ここに貴様らの敵がいるぞ、と教えてやったに過ぎないのだ。
(香! 今行くぞ!)
竜巻の中、彼はその奇妙な形の刃を上段へと構える。
風の神性たる彼に、風は暴虐のちからを向けられない。激風の中、羽毛のひとつすら靡かないその様子は奇怪と言うしかないだろう。
障壁に向けて、テルム《双子》が大きく振り下ろされる。
だが、結界破壊というちからを持つテルムであるにも関わらず、その障壁はまるで弛んだ様に衝撃を吸収するではないか。
耶彦は一旦障壁から離れると、錫杖を地面へ突き立てテルムを両手で握った。
深呼吸。
深く、深く息を吸い、構える刃は最上段。
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
気合いを入れる鴉天狗はその手にある刃が小さく光ったことに気づかなかった。
◇ ◇ ◇
走る連理の前方には淡く光る壁が見えていた。
「光の壁、ってうちのタリスマンが作った道具だ。 大ざっぱな円になるよう、9カ所に要になる物を設置して発動する結界、だな。 確か3つ以上壊すと維持できなくなるはず」
それを見た《影》が教えてくれる。
当然そこに表情はないが、その口調は硬い。
「その要ってのは見てすぐに判るモンなのか?」
連理の当然の疑問に《影》は首を振る。
「直径30㎝くらいの魔法陣を書いた『何か』だ。 それが起点になってるから壁とは接触してるはずだ。 あっ……!」
そうは言っても見た感じ、壁は随分と拡がっている様だ。ちょっとした町内くらいは囲えてしまっているのではと思える。
それに今の驚いたような声は……。
「おい、あっ、って何だよ? あっ、って」
「切り札っぽいのがやられた! くっそ、こいつら強すぎだろ!?」
それを聞き、連理は加速した。想像したくもない事柄が脳裏に浮かび、奥歯が軋みを上げる。
「おい!? どうするつもりだよ!?」
「そんなモンちまちまと探してられっか!」
走りながら《黄昏》を両手に持つ。彼はその手に持っているにも拘わらず両手で持てている事に小さな違和感を覚えた。
いつも片手で使っていた《黄昏》。いや、先程長岡祐子と戦った時は両手で持っていたような……?
――リノリウムで跳ね返りオークに刺さった《黄昏》は、こんなに長かっただろうか?
――気づいてる? 《黄昏》は変化してる。 逆木君がアクマを斬る度に、喰らう度に。
そう言ったのは誰だった?
――もっと馴染んでいれば、実際に目にしなくても呪詛を認識したかも知れませんわね。
馴染む?
それは慣れる事、しっくりくるようになる事。
あの言葉はそれだけの意味だったのだろうか? それよりはもっと、別の………………。
「おい、逆木ぃ!?」
唐突に《影》の悲鳴のような声が上がった。
何時の間にか光る壁は目の前にある。
だが、それに何の問題があるのだろう?
たった今、コレに強いちからが加えられようとしているのが解った。丁度反対側から凄まじいほどの圧力が加えられる寸前だった。それなら自分もそうするだけだ。
全身全霊のちからを込めて、ぶった斬る!
◇ ◇ ◇
香の身体が地面を跳ねた。
丈夫な魔術法衣は殆ど破れるようなことはなく形を保っているが、彼女自身は「魔女」といえどたかが十四歳の少女に過ぎない。
全身を傷だらけにした姿は痛々しいを通り越している。むしろ意識を保てているのが不思議なレベルの重傷であろう。
それでもその目は未だ死んでおらず、憎き仇を睨み付けている。
栞も似たような状態だ。
香と違い、吸血鬼である彼女はそもそも丈夫であるし、多少の傷であれば治る再生能力も有しているが、それにも限界はある。
馬頭鬼と牛頭鬼が斃れ、積極的に前衛を務めていたが所詮は付け焼き刃。
吸血鬼故の耐久力はあれど、掛居にとっては最早殴られるだけの壁である。
「ま、楽しませてもらったけど、こんなモンかね」
そんな姉妹と比べて掛居は場違いなほど涼しい顔でそこに立っている。
服はあちこちダメになっているが、再生しきってしまった肉体は何処にも損傷が見受けられない。
「ならば次はこちらで楽しませて頂きましょうか」
そう言いながら真藤は襟元を緩めつつ、栞の元へ足を向けた。
「ふざ、けるなぁぁ!!」
膝立ちになった香が黒い風を放つものの、真藤の障壁はそれを防ぎきる。
彼は呆れたように首を振る。
「駄目ですね、駄目駄目です。 貴女は、わたしを殺したいなら魔術以外の手段を、彼ではなくわたしに向けるべきだった」
黒い神父は、今の香に何の脅威も覚えていない。
彼女の手札は全て捲られ、鬼札など存在していないのは明白だ。
「貴女の戦い方は、なっていない。 まるでこちらに合わせたように前衛・後衛で布陣し戦ってどうするのです? あの竜や巨大な骸骨をわたしに向け、自分達が掛居さんを抑え込んでいたのなら、きっとわたしは殺せていたでしょう」
ぐっ、と香の着る法衣の襟元を掴み、持ち上げる。
「しかし、それは成されなかった。
貴女の負けです」
――ザクッ
にやけた神父の腕に灼熱が走った。
思わず香を落とす彼へ、憎しみを込もった視線を向ける少女は、手にした短剣をちらつかせる。
「まだぐっ――っ!?」
未だ手に凶器を持つ彼女へ、遠慮なく蹴り。
「諦めないのは良い姿勢です。 さあ、次は? 次はどうしますか? さあ、さあ」
言いながら、蹴る。 間断なく蹴る。 蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る。
そして、渾身の蹴りが一撃された。
「かはっ……」
血を吐き倒れる香。長衣の裾が捲れ、あられもない姿を晒しているが、そんなことを気にする余裕はない。
「神父さんよ。 そっちのお話は終わったのかい?」
そう言うのはチンピラ掛居東誠。引き摺るように栞の襟元を持っている。
彼女には既に意識がない様に見えた。
「ええ、もうお話する気はなさそうですね。 そちらも?」
「こんなの、殴ってりゃいいんだから楽なモンさ。 そいや、こいつもアインヘリアルなんかね? 結構再生してんだけどよ」
ポイッと放る、その様子はまるでゴミでも投げ捨てるような仕種だ。
地面へ転がる彼女は呻くものの意識は戻らない。
栞は香と違い、肉体は再生するものの衣類は丈夫なだけの代物だ。あちらこちらに肌色の見える姿は外見年齢も相まって、艶姿と言うより酷く痛々しく寒々しい。
だがそれに舌舐めずりするのは、神父。
「そういう種類のアクマでしょう。 事が終わっても生きているようであれば、ラボへ連れていってもいいかもしれませんね。
きっちり解剖して――」
真藤は不意に言葉を止めた。
周囲の空気が一瞬圧迫されたかの様に感じられたからだ。
そして次の瞬間、
光が舞った。
光の壁と言われた障壁が、砕け散り宙へ舞う光景だった。
◇ ◇ ◇
連理と耶彦が現場の対角線上に到着したのはほぼ同時で、その場の光景を見たのもほぼ同時だった。
「栞!」
連理が呼んだのは姉。 何だかんだと接触も会話も多かった榊栞。
「香!」
耶彦が呼ぶのは妹。 最初の弟子であり、一緒にいる時間の多かった榊香。
ふたりからの返事はない。 地面にぐったりと横たわる。
代わりに動いたのはふたりの殺戮者。お互い、自らの近い方に歩み寄る。
連理の前には掛居東誠。
先程までの戦闘で気が昂ぶったままの彼は、まだ戦い足りていない。渡りに船と言わんばかりの状況に凶悪な笑みを浮かべる。
耶彦の前には真藤紅。
彼は掛居と違い、ご馳走を前にお預けを喰らったわんこ状態だ。眼鏡の位置を直し、不機嫌そうな表情で鴉天狗を睨み付ける。
「楽しませろよ?」
あちこちに装甲のついたグローブを装着し、最初に言ったのは掛居。そこにあるのはチンピラ染みた外見に反した、圧倒的強者の風格。
「黙ってそこをどけろ、チンピラ」
連理は《黄昏》を下方斜め ――所謂平正眼へ構える。特段技術的な知識はなくとも、突進してきそうな掛居に対して牽制になりそうなのは解ったのだ。
そのまま、ゆらゆらと刃を揺らす。
「無粋なアクマめ」
服の要所要所に仕込まれたダーツを何気なく確認しつつ、手品のように袖口へ持ってきた真藤はこれ見よがしにナイフを構える。ナイフと言ってもキッチンナイフやフルーツナイフではない、刃渡り30㎝はある脇差しサイズのジャックナイフだ。
「切り刻んであげます」
「強姦魔が粋だとでも言うのか、愚か者めが。 叩きのめしてくれる」
左手には竜巻の維持用に置いてきた錫杖の、替わりの短刀を持ち、前に向け、右手のテルムは後ろに配し、身を低くする。
今これから行うのは以前彼が行った様な時間稼ぎではない。
救出の為の一戦だ。
ならそこに必要なのは攻めである。
香も栞も、普段の会話がかな多めなのに、呪文が漢字ばかりなのはそっちの勉強は頑張ったからです。
なんだかんだと言ってもそう言う年齢の彼女たちは、学校の勉強は好まないけど自分の興味あるものにはのめり込むのです。




