第二十九話 Blue,Blue,Rainy Day.
短めですが今後のためのキャラクターの顔出しになります。
スレイヤー内部はある意味魔窟なんですが、それでも人々の交流はあるのです。
2025/05/03 タイトル変更しました。
俺が「教導」なんて呼ばれる様になって、もう二年になる。
結婚の約束をした恋人をアクマに殺され、スレイヤーに入ったのが八年前。その復讐を終えてから、二年が経ったと言う事だ。
今ではスレイヤー ――もとい、ヤクトルビルディングの子会社のひとつを任されつつ、たまに若手を鍛えるために本社へ出向する、そんな生活をしている。
復讐を終えたからと言って、それ以降の生活に張りが出る訳では無い。そもそも何が変わる訳でもない。逆に生きる張り合いはなくなってしまうかも知れないが、それでも彼らを鍛え続けるのは、無為に死んで欲しくないからだ。
ヤツらは強い。
いや、単純に強い弱いで言うなら弱い個体の方が圧倒的に多い。だがシャドウと呼ばれる種類は大した知恵もなく、場合によっては自らも頓着しない様子でただ突っ込んでくる為その犠牲になってしまう者は絶えない。
俺が彼らを鍛えることで彼らが生き延びていけるのであれば、それはきっと良いことなんだろう。
俺自身はあれからアクマを狩ることもなくなってしまったが。
それでも《生》と呼ばれるテルムは変わらず俺の手の中にある。
俺はひとり本社ビルを歩いていた。
弟子とも言える三人とは地下修練場で別れ、軽く食事を終わらせた所だ。
五時間程の鍛錬はそれなりにキツいはずだが、彼らはまだ続けている様子だった。敷地内だけで使える、三人のバイタル値を表示させるグラフは激しい運動を続けている時のモノを示している。
「休めと言ったんだがな……」
独り言が多くなったのは年のせいか一人暮らし故か。
休む時には休む様にと諭してはいるが、動いていたい気持ちも解らんではない。復讐に逸る気持ちは簡単に抑えのつくものではないのだ。
そこは誰よりも、と自惚れるつもりはないが、自分もそれなり以上には知っている。
まあ、多少体を壊そうとここにいるタリスマン達がある程度はどうにかしてくれるだろう。若いんだし。
「……帰るか」
何か用事がある訳でもないが、この年になってまたあいつ等の鍛錬に付き合うのは辛い。矛盾してるという勿れ、あいつ等に死んで欲しいとは思わないが、俺だってキツいモノはキツいのだ。もう四十に手の届くオッサンである。持久力は落ち始めているのだ。
食事を乗せていたトレーを片付け、食堂出入り口で三十路くらいに見えるそれなりの美女とすれ違う。
(げっ!?)
内心の動揺は隠せていただろうか? 目を伏せ軽く会釈をした状態だったが……?
だが、何にしてもお近づきになりたいタイプではない。逃げる様にその場を去り、そっと息をつく。
『狂乱聖女』
そんな呼ばれ方をする文字通りの復讐鬼。
家族を鬼に食い殺され、その復讐のために鬼を喰らう様になった鬼女だ。普段はいかにも理知的で、一見するとクールビューティー。
だがあいつは鬼を見ると豹変する。
それが日本の鬼であろうが人喰い鬼であろうが天邪鬼であろうが、朱の盆の様な鬼なのかな? みたいなヤツであろうが、素手で襲いかかり、その鬼の様になった爪で肌も肉も引き裂き、薄い唇に隠れた牙で腹に、首筋に噛みつき、殺し、喰らうのだ。
デモノイーターであるアイツはそれでより一層狂気に苛まれ、益々凶悪に、凶暴に、凶猛になっていく。
正直、平時であっても一緒に居たいとは思わない。
そんなことはないと頭で思っていても、何時襲われるか分からないと本能が恐怖する。
生きながら、内臓を引きずり出され、それを喰われたオーガには流石に同情した。ヤツらも同じ様なことをしているんだろうが、それでも同情を禁じ得ない。
そう思うくらいには凄惨な光景だったのだ。 もう二度と見たくはない。
敢えて言わせて貰えば ――本人には間違っても言えないが―― 再会もしたくなかった。会ってしまえばイヤでもその光景を思い出すからだ。
軽く頭を振り、思い出しかけた光景を脳裏から追い出すと、今度は視線の先にチンピラと神父が一緒に歩いているのを発見してしまった。
(また、会いたくもないヤツと……)
ここはヤクトルビルディングの「スレイヤー専用」区域であるから、こう言った連中と会ってしまうのはある意味仕方がないのだが、質の悪いヤツらばかり出てくるのは気のせいだろうか?
気づかれないうちに ――いや、気づかれていようと構うモノか―― 近場の階段へ進路変更する。
女と見ればアクマだろうがシャドウだろうが襲いかかる変質者。そのくせドSで散々痛めつけてから殺すという常軌を逸した一面も持ち、『狂乱聖女』とは別の意味で近寄りたくはない連中だ。そんな壊れた奴らなのに腕が立つというのが腹立たしい上にタチも悪い。
直接やり合ったことはないが、チンピラ掛居は再生能力特化のミュータントらしいと聞いているし、神父真藤は凄腕の結界使いとの情報もある。
どちらにしろ君子危うきに近寄らず、である。
あんなのと一緒に居てトラブルに巻き込まれでもしたら目にも当てられない。
さっさと帰ろう。ニアミスもごめんこうむる。
と、階段を降りかけた時、下階に見えたのは張り付いた様な笑みを浮かべたまま歩く不気味な女だった。
(仕舞いにはコイツか!? よりによってコイツかよ!? マジ勘弁してくれよ!? 俺が一体何をした!!?)
引き返せば流石にあからさま過ぎる上、そちらには関わりたくない変質者ふたり組。
と言って向かう先には『狂乱聖女』長岡祐子よりも余程厄介な相手、今林 真理亜。
いい加減『扇動者』とでも二つ名の付きそうな、そんな女だ。
煽る、騙す、操るを得意とするコイツはアクマ相手よりは組織相手に特化している様に思えるが、細腕のくせに異常な膂力を持つのはデモノイーター故だろう。
それでもその能力で対組織戦に貢献しているという事か、本社に個室を持っているらしいが、そこに拷問器具を持ち込んでいるという現実離れした噂話もある。
それ以外にもきな臭い噂は絶えない。
一見二十代半ばに見えるが実は五十近いとか、
エリザベート=バートリさながら、日々女アクマを拷問しその血を全身に浴びてるとか、
整形回数が二桁超えたとか、
その叫び声を聞くと気が狂うとか、
人の心を読み取るだとか、
生き血に毒素が混じってるとか、
放火魔だとか、
一般人相手に拷問して殺してしまったことがあるとか、
色んな連中の弱みを握っているとか、
そんな連中を顎で使ってるとか、
夢の中に入り込んでくるとか、
子どもを操って自爆テロをさせるとか、
離婚歴が二桁になったとか、
夫は全員事故死しているとか、
何というか、何が本当で何がウソで何がただの悪口なのか判別付かない程度には絶えないのだ。
だがそんな噂話以上に恐ろしいのはその目だ。
口元も目元も、見事な弧を描く微笑みは常に崩れることがなく、そのくせその能面の様な固まった笑顔の下に隠れる瞳は非道く冷徹に相手を見定めている。
俺の感じた印象は獲物を見る肉食獣、いやそれよりも蜘蛛か食虫植物か。人の微笑みを見て悪寒を感じたのはコイツが初めてだ。
それが、近づいてくる。
気持ちの悪い微笑みで気分の悪い視線を向けて。
会釈だけして通り抜ける、つもりだったのにヤツは速度を緩めた。
「あら? 珍しいところでお目にかかりますわね、川中島さん」
「……弟子に鍛錬させて自身がエレベーターでは格好が付きませんから。 今林さんも運動で階段を?」
まさか話しかけて来られるとは!? 名前を覚えられてるのも意外と言えば意外だが。出来れば忘れていて欲しかった!! 名前だけじゃなく顔も忘れてくれれば良かったのに覚えてんのか!?
こちらの台詞にくすくす笑っている様だが、細目になった目の奥からはそれでも剣呑な光を放つ瞳が見える。 こちらを、見据えてる。
「そうですわね、適度な運動と適度な栄養補給は健康に欠かせませんわ」
意外とまともな答えが返ってきて拍子抜けするが、油断は出来ない。あれだけの噂話が流れてしまう相手だ。全部が真実でなくとも、決して油断してはいけないのだ。
「栄養補給、ですか?」
食事ではなくそう言ったヤツの言葉に、思わず口から疑問が出た。 はい、そうですね、とでも言って別れてしまえば良かったのに後の祭りである。
「ええ、栄養補給ですわ。 もし気になるのであれば、地下にわたくしの部屋がありますから、ご一緒なさいません事?」
「いえ、運動も食事も個々人に合わせたものが最適でしょう。 今林さんの最適がわたしの最適にはならないでしょうし、ましてや女性の個室にお邪魔するのはいかにも無遠慮というもの。 遠慮しておきましょう」
逃げる。 俺は逃げるぞ! 追いかけてくれるなよ!
「そうですわね。 わたくしは随分と怖がられているようですし、今回はそうしておきましょう」
「怖がってなど……」
「わたくし相手に取り繕うのは無意味、ですわ」
心を読む、そんな言葉が過ぎる。だがそんなことが出来るのは一部のマギかアクマくらいだろう。
この女は悪魔的だが、アクマではないしマギでもない筈だ。
「…………」
それでも出来るかも知れないと思ってしまう。
「ですから、そうですわね。 ひとつ、真実をお教えしますわ」
「真実、ですか?」
「ええ、未知は恐怖ですもの。 ですから未知を既知へ変えるのですわ。
無意味に怖がられるのは本意ではございませんのよ?」
今林真理亜は一呼吸置いて言った。
「八割、ですわ」
「……八割?」
「ええ、八割。 貴方の知る噂話の八割は真実ですわ」
「…………」
嘘だろうと、そう言いたい。
あの荒唐無稽な噂話の、一割ならまだ解るが八割? アレの八割が真実だと?
「でも、どれがそうか、何て野暮ったい答え合わせは致しませんわ。 女は秘密が多いものですもの」
くすくすと少女の様に、だが濃い悪意の彩りは非道く老害染みた不純に満ちた笑みで、それでも無垢な表情を向けてくる。
「…………」
「それでは、ごきげんよう」
微笑みを浮かべながら、ヤツは去る。
人を地下に誘いながら上階へ向かって歩いて行く。
俺は歩けない。
胃がムカムカと病み、足は萎えた。心を削り取る様に向かってきた悪意に、もうグロッキー寸前だ。
座り込む。
ヤツが戻ってくる前にこの場を去りたいのに、暫く動けそうにない。
「…………化け物め」
顔面蒼白(←青い)




