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第二十八話 タタリ未満の復讐鬼

自分で書いておいてなんだけど、これだけ主人公のいないシーンがある小説ってかなり少ないんじゃなかろうか?

そうでもない?


 とある一室。


 室内に隠匿された扉を開けると下方向へ向かう梯子が見つかる。

 梯子を降りていくと踊り場へ、次は螺旋階段が続く。やがて広がるのは地下にある一室。

 不死者たる新たな住人の為に急遽作られたそこは、休息の場であり、彼らが心身を癒やす為の場でもある。一見同類項のふたつだが前者は「安全な場所」であり後者は「儀式の場所」であると言うのであれば納得も出来よう。



 榊 栞(さかき しおり)はそこに閉じこもっていた。



(あたしなにやってんの? 余裕ぶっこいてお姉さんっぽく見せてたのに、ちょこっと触られただけで泣いて逃げ出すとか?

 バカ? バカなの!?)


 どう見ても子どもの仕種であった事はさておき。

 正気に戻った彼女は自らの行為を顧みて、ひたすら悶えていた。


 剥き出しの、それでもしっかりと固められた地面の見えるそこそこ広い地下室。

 ごろごろごろごろと転がっては壁にぶつかり、反対側へ。その回転運動が止まったかと思えば不意に地面へ頭を打ち付ける。

 何処ぞの漫画のような悶え方ではあるが、そんな事を意識する余裕のない栞であった。

 幸いなのは吸血鬼という強靱な肉体はこの程度で擦り傷すら負わない事だろう。というかもしこれが人間であれば、少なくとも額は血塗れであったに違いない。


(あーっ、もーっ、バカバカバカバカあたしのおーろーか――――!)


 転がり転げ、室内を回り回っている栞の視界に何かが見えた。先程まで無かった何かに疑問を覚えた彼女は漸くその動きを止めた。

 それはよく見なくても解るもの ――二本の足。


「……何してるの、お姉ちゃん……?」


 視線を上げるとそこには愛すべき妹 ――榊 香(さかき かおり)の姿があった。若干引いているように見えるのはきっと気のせいに違いない。


「……かおちゃん? いつの間に……?」


 その表情は何処ぞの暗殺拳の使い手か、はたまたスナイパーか、であろうと本人は思っているが、実のところただ驚いただけの少女の顔である。 ただ声だけは意識して低め。


「今来たところ……にしておくね」


 生暖かい目でそっと微笑む香の台詞に栞はがっくりと項垂れた。


「その気づかいはまったくうれしくないわ、かおちゃん……」


「正直に言えば3分くらい前?」


 妙な物音が気になった香は上から覗き込んでいたのだ。

 最初は顔だけで覗き込み、それでは気づかれないでいた為、階段上に姿を見せたがゴロゴロ転がる栞はそれでも気づかずにいた。その後、香が床まで降りたのは気づかれる一分程前である。


 香がその物音(ごろごろ)に気づいたのはふたりが同室である為だ。


 家族それぞれに部屋が割り当てられたものの、夫婦で一部屋、姉妹で一部屋、居間代わり兼収納用その他に一部屋を使っている榊家は、連理に言ったように収納スペース(一部屋)が余っている状態なのだ。

 ちなみに今のところ他にファンタズマの住人はおらず一家の独占状態ではあるので、使おうと思えば使える部屋は一部屋で済まないのだが、それ以上特にどうこうしようとは思わない、慎しまやかな榊家の面々である。


「その素直さが胸に痛いわ、かおちゃん……」


「……結局、どうしたらいいの?」


 膨らみのない胸を押さえそんな事を言う栞に、呆れるように香は返した。

 いわゆるジト目で姉を見るその姿は、外見年齢が逆転している事を除けば極普通の少女たちに見える。

 逆に言えばそこには復讐鬼たる「黄泉御前」の姿が見出せない。殺意と破壊をばらまき、幾多のスレイヤーを手に掛けた魔女の姿はそこにはない。


 だが、それも当然の事なのかも知れない。

 「怒り」は強い感情だ。

 反面持続しにくい感情でもある。その時間は最大で二時間とも言われており、思い返す事で怒りが再発したとしても、年若い少女が七年もの時間を復讐に費やしてきたというのはそれだけで驚異的だ。

 勿論、彼女の感情は怒りだけに支配されている訳ではない。

 自身に迫った死の恐怖や、家族を殺された憎しみ、悲しみ、目にした行為の嫌悪感もあるだろう。

 だが結局どんな強い感情も本来であれば一週間も経たずに薄れてしまうものだ。ましてや彼女の傍にはどんな形であれ家族がいるのだ。

 だからこそ彼女は未だ「タタリ」に成らずにいる。

 寂しさと悲しさで死んだ家族を呼び戻した黄泉御前は、そのお陰で「タタリ」に堕ちずに在る。


「あたしにもわかんない」


 姉の台詞に香は溜息を吐くしかない。


 彼女は自分の「人生経験の足りなさ」を自覚している。

 今まで生きてきた半分を特定の相手としか過ごしていないのだから仕方がないと言えるだろう。事実、自ら足を運んだ荒れ木三度Loss(アレキサンドロス)でも殆ど自発的な会話をしていないのだ。

 そう自覚せざるを得ない。

 それ故、姉の言葉の真意には気づけないし気づかない。

 もっとも、栞自身も人生経験は同じ様なものだ。自らの心の内を理解し切れていない。


「何か変なコトあったの?」


 別段「変な」事に限った話ではないのだが、長年決まった事柄しか行っておらず、そんな意味では平淡な日常を過ごしてきた彼女らにとって、「変事」というのは文字通り「変な出来事」でしかない。


「……変なコトってゆーか……」


 問われて栞は事の起こりを話すが、香は首を傾げるだけだ。

 取り敢えず、連理がやったように姉の頭に手を乗せる。

 無造作に置かれたそれは「ポンポン」というより「ズンッ」という擬音の似合いそうなものではあるが。不意を打たれた栞の首が若干沈む。


「……お姉ちゃん、泣くの?」


「……泣かないし」


 とは言うものの首は少々辛い。

 かつてねじ切られたそこは現状くっついているし、普段また戦闘時の様な激しい運動をしても支障があるわけではないが、一方で完治している訳でもない。

 痛みがあるという事も無いのだが、何となく不安の残る箇所だ。


「泣いたんでしょ?」


「…………そーだけど……」


 聞かれるがままにそう答えたのは自分である。

 主として命令されてしまえば結局答えらざるを得ないので、嘘や誤魔化しをしなくなった彼女だ。そう認識しているだけでそんな命令はされた事はないが。


「パパかママに聞いてみる?」


「……う~~~ん……、うん、そうしよか」



◇ ◇ ◇


「ママ」


 父がいないのを感覚的に理解した香は母を呼びながら居間として使っている部屋へ入った。無論栞も一緒だ。


 呼ばれたロジーナは夕食を作っていた所である。

 生者である香は勿論の事、死者である家族らも食事は出来る。

 しなくとも生者よりずっと長い時間を活動は出来るし、必要なければ殆ど代謝もしないものの、傷を負った時などはそれなりのエネルギーがなければ再生しないし、そもそも人間の感覚を残す彼女らにとって食事はやはり必要なものと認識されていた。


「どうしたの? 晩ご飯にはまだ早いわよ?」


 にこにこしながら応えるロジーナの手は止まらない。てきぱきと調理を熟す様子は言葉通り熟練の腕前である。


 魔女としてこの世に生を受け三百年超。その間ほぼ自炊を続けてきたのは決して伊達ではないのだ。

 隠れ里を拠点とし、スレイヤーを探しては襲撃していた頃の食事と言えば、たまに里の中で見つかる「食堂」や「売店」の鏡面にある食品だ。

 大抵場所は変わらないもののシャドウに荒らされる事もある。

 拠点自体には電気もガスもないため、手料理も出来なくはないが手間が掛かった。


「ご飯じゃなく、お姉ちゃんがなんかヘンだから……相談?」


「かおちゃん、言い方……」


 ヘンと称された栞が凹んでいる。

 事情を知らないロジーナからすると何が「ヘン」なのかは解らないが、真面目な話のようではある。

 首を傾げながらもガスコンロ ――このマンションはIHではなくガスなのだ。いや、魔女(ロジーナ)に合わせて火を使えるようにした可能性もあるのか―― の火を止め、テーブルに着いたロジーナは極自然な様子で座布団を引き正座する。

 それなりの月日を日本で暮らしてきた彼女にとって真面目な話の時に正座をするのは結構普通であった。その認識は大正から昭和初期に掛けて生活してきたお婆ちゃんに近い。


「変、って何かあったの、栞?」


 改めて近くで見ると、変というか妙に埃っぽい感じの栞だ。まさか娘が地下で転がり回っていたと知るはずのないロジーナは怪訝な表情を浮かべる。


「少し汚れてるけど、どうしたの?」


 テーブルにおいてあるウェットティッシュを手に娘の顔を拭きながら問いかける。


「お姉ちゃん、転がり回ってたから」


「……転がり……? 本当に何があったのよ?」


 怪訝な顔は呆気に取られたとでも言えそうなものに変わり、次に心底心配そうな表情へと変化した。 表情筋の回復しきっていないロジーナがここまで表情を見せるのは非常に珍しい事である。逆に言えば本来はもっと大袈裟な ――もしかしたら泣き出しそうなくらいの表情になっていたのかも知れない。


「いや、そんな心配されるような話しじゃなくて……」


「もう! 娘の心配くらいさせなさい!」


 ぎゅーっ! と、栞を抱きしめるロジーナ。

 ちなみにロジーナは年若く見えるものの胸部装甲はそれなりのボリュームを持っている。正面から抱きしめられたら呼吸困難は必至である。

 今の栞は窒息とは無縁の存在だが、正座状態から飛びかかってきたロジーナの胸で押し出しを食らった形になっており、それなりに苦しそうだ。


「……ママ。 それじゃ説明できない、よ?」


「…………そうね。 栞? ちゃんとお話しできる?」


 母は娘を解放すると改めて向き直りそう言った。未就学児にでも話しかけるような口調に今度は栞の表情が訝かしげに歪む。


「なんでそんな言い方なの、おかさん? なんか変なかんちがいしてない?」


 そう言いつつも香に問われた時と同様に答える栞だ。散々思い返した上に二度目の説明とあってその口調には澱みがない。


「……そっ、か……」


 ロジーナはその話を聞いて表情をなくした。


 栞はその躰になった時、殺された事よりも蘇った事に戸惑っているように見えた。だからなのか、殺された過去よりも、これからの為にと、積極的に魔術を修めるようになり、外見は変化の出ない肉体も鍛えるようになった。

 それは前向きではあるが、むしろ状況から見ると前向き過ぎる行動ではなかっただろうか?

 つまりは一種の異常行動。


 改めて考える。


 黒澤耶彦を師と仰いだのは姉妹ともそうだが、思い返すと当初のふたりの距離感は違っていなかったか? 栞は初めのうち、鴉天狗と距離を置いてなかったか?

 自身も教師となり彼女たちに魔法や魔術を教えたが、その時の修行ではそんな距離感はなかった。

 本来栞は香より対人距離(パーソナルスペース)の狭いタイプだ。

 香は物怖じするが、栞はぐいぐい前へ詰めていく為、自然と距離が近くなり過ぎる個性(キヤラクター)

 なのに香より距離を置いていた?

 香が復讐という目標を得て前のめりになったとしても、栞が引く理由にはならない。


 それに、何故気づけなかったのか。

 自身も被害者である、なんて言い訳にならない。

 最近の、アレクとの交流ではその様な面は見られなかった様に思えるが、思い返すと身体的接触はなかったように思う。

 それは年齢的には思春期となり、気恥ずかしさもあったのかも知れないが、本人も気づいていないトラウマの、無意識の発露ではなかったのか?

 解釈できない(解らない)。 判別つかない(判らない)。 分別できない(分からない)


 だが、それで悩んでいると言う事は彼に触れたいという事なのだろうか?

 どうして拒絶したか解らなくて、それを解消したいという事なのだろうか?


「……栞は、どうしたいの?」


「へっ? どう、って?」


「連理君を叩いて逃げちゃった理由を知って謝りたいの? それとも……そうね、もう一度頭にポンポンして欲しいの?」


「………………あやまる? あやまる……あやまる」


 ロジーナの言葉に、しっくりいったのかいかなかったのか、栞は頭を右へ左へと傾げ、その言葉を繰り返す。


「……あーもー! もー、もー! バカバカバカバカあたしのおーろーか――――っ!」


 急に叫んだ栞は一気に立ち上がると即走り出した。


「ちょっと出かけてくるーっ!!」


 ドアを壊すのではないかと思える程勢いよく駆け抜け、廊下を走って行く音が部屋の中まで響く。吸血鬼の身体能力をフルに使ったダッシュは言葉通り人外の速さだ。


「…………ちゃんと靴を履いていったかしら?」


 呆気に取られたロジーナは先程まで、どうやって娘のトラウマを解消させようかと考え、表面上は兎も角、内心必死で思考していた事すら忘れて、ただの主婦に戻ったかのように呟いた。

 ご飯までに戻ってくるのかしら? 部屋の掃除はしているのかしら?

 そんなありきたりな、日常の思考。


「はいていった、けど……お姉ちゃんどうしたの?」


「ん~、そうね……、お母さんもお父さんも、ちょっと気が利かなかったなぁって言う話かしら?」


 苦笑する。

 気づけても解決できたとは限らない、そんな話だ。

 永い時を生きた森の魔女(じぶん)も、特に社交性が高い訳ではないし、外傷以外の傷を癒した事もない。病の時にも薬を出すが、アレも病気の薬と言うより病気に打ち克つよう体調を整える薬に過ぎない。

 所詮はその程度の薬師だ。気づけても一緒に悩むのが関の山であったろう。

 でもそう出来ていたらと思う。

 一緒に悩んであげたかったと思う。

 例えそれがただのエゴに過ぎなかったとしても。


「そう? パパもママも余計なことに気を回しすぎ、と思うけど」


 ロジーナの言葉に応じながら香は立ち上がり、先程母が消したコンロに火を付ける。

 作りかけの肉じゃがから湯気が立ち上った。





 榊ロジーナは現状にある程度の満足感を得ていた。


 荒れ木三度Lossとのパイプが出来た上に好待遇での生活である。

 勿論それにおんぶの抱っこでは気が済まない為、彼女自身は斜路支店へ時折出向している身だ。要はバイトに精を出しているのだが、その様な状況の為か、別に思うところがあるのかは判らないものの、香のスレイヤー探索・襲撃の回数も減っているので安心できた所でもある。

 何かと親の為に動いてくれるのは有り難いものではあるが、それでも娘に仇を取って欲しいとは思わない。流石にその辺りは夫である隆盛との共通見解だ。


 犯され、殺された事は辛いし、憎いし、恨めしい。

 肉体的にも精神的にもとても痛かった、苦しかった。

 仕返ししたいかと言われればしたいと答えるし、恐らく殺してしまっても心は痛まないだろう。


 だが。


 それでもそれは生き残った娘にさせる事ではないのだ。

 まるで狂ったような、そんな振りをして嗤いながらヒトを殺す娘の姿は、酷く痛々しく、それこそ自身の死よりも強烈な苦痛と辛苦を浴びせかける。

 そんな娘が仇を取ってしまった時、果たして正気でいられるのか、その狂気が「振り」ではなく本当に狂ってしまうのではないのか、と不安が何時も付きまとう。

 それだけがひたすらに怖い。

 本物の殺意を持ち、寂しさと悲しさで憎悪を支え、偽の狂気で心を保つ。

 それは何時歪んでもおかしくないし今壊れてしまっても納得の出来る、そんな状況だったのだ。

 それが今はある意味小康状態を保っていると言っていい。



 ――このまま全てが上手くいってくれたなら



 そう思わずにはいられない。 それは決して黙っていて成せるものではないのだろうけど。



 娘の背を見ながら思う。



 娘達の幸せの為に出来る事を。

 それを模索するのが今の夫婦の最重要課題であった。


変だなぁ……。

香をサブヒロインにするはずだったのに、順調に栞がヒロイン街道を進んでいる気がする………。

そもそも最初のプロットでは朱音がヒロインだったのに、解説役のはずだったササがその位置に納まって、朱音は超高速でバックステップしていったんだよなぁ……。

何故こうなったんだ?

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― 新着の感想 ―
「一緒に悩みたかった」は、確かにエゴかも知れませんけど、気持ちは分かりますね〜。 (*´ω`*) 自身が殺されたことよりも、娘が復讐に生きる方が苦痛というのは母の視点。その親心にウルッと来ました。 …
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