第二十六話 To be,or not to be
短めです。
新キャラ、ではありませんよ?
空しさだけが胸中へ残っていた。
自身の思いの大部分を占めていた感情は、あの瞬間の高揚感と引き替えに、蝋燭の火のように消えてしまった。
すっと、跡形もなく。
ぽっかりと空洞になったそこは、まるでただの虚のようだと思う。
空しいとはこういう事なのか。
あの激情がただ消えてしまうなんて、とても信じられるものではなかった。
虚しいとはこんな事なのか。
空々しく虚ろで、自身の感情がまるで感じられない。いや、常日頃から心の内にあった強いそれが消えたからこそ、本来の感情が感じられなくなってしまったのか。
だがそう思ったとて、今心中にあるのは正しく空虚。
クラスメイトが声を掛けてくる。
「どうかしたのか?」「何かあったのか?」「最近変だぞ?」
と、多分心配そうに声を掛けてくる。
どこか当たり障りのないような、酷く空々しく聞こえてくるそれらは、自身の心の有り様だと解ってはいるものの、ただ胸をすり抜けていく。
そんな声に、事務的に「何でもねーって」とだけ答え、放課後の教室を後にする。教室を出てから今更ながらに「もう放課後だったのか」などと思う自分は言われたとおりどこか変なんだろう。
形ばかりの級友達も意外と見ているものだと、変な方向に感心する。
(今日はどうするか……。 里で狩るか?)
もう殺すべき仇はいない。
もう殺したから、仇はいない。
狩っていてもこの空しさを感じずにいられる訳じゃない。ただの惰性。暇つぶし。八つ当たり。進行方向でもない道の端に見える毛虫を踏みつけるような、子供じみた残酷。
ああ、周囲に見える誰かの使い魔が鬱陶しい。周りの目がなければ狩り尽くしてやるのに。
ふと視界の先に見慣れぬ色彩の少女が映る。
(…………アクマ)
ニンゲンのカタチをしたアクマなんて珍しくもない。
上手く化けている様だが、何となくそれを看破する。あえて理由をつけるなら辺りのシャドウを躱して歩いているからなのだが、ほとんど直感のようなものだ。
(狩るか……)
だが、まだ校内。というか相手は鼻をひくつかせながら中へ中へと侵入してきている。
(動物系、か?)
誰かの使い魔だと排除しても後処理が面倒だが、さてどうするか。
何気なくすれ違い、そっと後をつける。
こんな時にテルム《影法師》は便利だ。影の様に自身の存在感を平淡に出来る。他者の目から発見されづらくなるのだ。周囲に誰かがいればいるだけその効果は強いが、相手はまるで周囲に注意を払っていないようだし、テルムを使う程ではなかったか?
アクマは通い慣れたコースを歩く。自身が毎日のように歩く廊下を進む。そのままヤツが入ったのは自分が入るのとはひとつ違う2ーAの教室。
賑やかになる室内。恐怖や闘争ではない、明るい喧噪。
アクマ、じゃない? というか荒れ木三度Lossなんて巫山戯た名前の連中や日崑孝正会とかいう宗教被れのいうところのファンタズマって種類なのか? とは言え所詮アクマはアクマなのに暢気なこった。
大した時間も掛けずにヤツと出てきたのは……逆木か? まるで仲の良い兄妹か恋人みたいにイチャイチャしながら出てきたぞ、おい……。
……つーか、おれは何を見せつけられてるんだろうな。 ベタベタイチャイチャとしてる他人を見るってのは、なんつーか、別の意味で空しくなってきたわ。
腕組んで頭撫でてさ……、くそっ! 爆発しろ!
まったく、そいつはアクマだぞ? 気を許すような相手じゃないんだぞ。
魅入られてるのか? 夢魔タイプ? ではないか、動物っぽかったし。いや、魅了されてる感じはしないか。ていうかなんだよ、イチャイチャイチャイチャ……! おれは何で他人の乳繰り合いを覗いてるんだ! ……って、くそっ、上坂まで来やがった!? ん? ちっこいのがつかず離れずついてってる……ってこの辺のシャドウどもはアイツの使い魔か! なんでこんなに大量に!?
上坂は優等生然とした姿勢そのままに感覚も鋭い。
おれがスレイヤーである事には気づかれてないと思うが、ここで危険を冒してまでアクマ一匹仕留める必要もないか……。
手心、じゃない。 今必要じゃないだけだ。
◇ ◇ ◇
それ以降もこのアクマを見る事はあった。
いや、これ以降見る機会が増えたというべきか。
何せ寮内に出現するようになったんだからな。
何やってんだ、逆木のヤツ!? アクマとは言え男子寮に女子を連れ込むなよ!?
もっと真面目なヤツかと思ってたんだがな! いやまあ、合同授業くらいしか一緒にならないから詳しくは知らないけどさあ。
調子が狂う、全くもって調子が狂うわ、くそっ!
ああもう、殺そう、さっさと殺そう!
そう思ってテルムから《影》を引き出す。疲れるからあんまり使いたくはないんだけどな。偵察にはうってつけ、影で作った分け身だ。
逆木のいない、それでいて油断している時を見計らって、殺す。
と、いざ侵入してみたら!
コイツ、ゲームしてやがる!!?
中古ショップで見掛けた気がするような、やたらとレトロな家庭用ゲーム機でピコピコやってるぅ!?
見計らうどころか隙だらけじゃねーか!
コイツホントにアクマなのか!?
ドアの隙間から入り込んだ《影》に気づく事なくゲームを楽しんでる。その様子はおれ達と何ら変わることのない、ただの学生のようで……って、そんなことはどうでもいいんだ!
「見つけたのじゃ!」
その声に思わず身を固くする。
(馬鹿な! 見つかった!?)
《影法師》で創る《影》は判っていても視認することすら難しい「面」の存在だ。《影》とは称しているものの光の作り出す影とは違う、もっと淡く認識しにくいものだ。紙の上に置いた紙、アスファルト上の小石。その程度の存在感しかない《影》。
だがアクマはこちらを見る事もなく、テレビ、というかゲームの画面を見ている。
(なん、だ? なぜこちらを見ない?)
「くっくっく、漸く見つけたのじゃ、『まっぷたつのけん』!」
(ゲームかよ!!?)
くそっ、《影》じゃなけりゃ声が出てたぞ! つーか本体の方は声が出てた!? くそっくそっ、思いっ切り人目を引いたぞ、この! そうだよな、ひとりで歩ってて突然突っ込み入れたら人目も引くよなぁ!
ああ、もう調子狂うなあ!
――カチャ、ガチャ
「ササ? 鍵閉めとけよ。 開いてたぞ」
逆木、帰ってきやがったよ。
「おお、そうじゃったか? すまんの。 ちと失念しておった様じゃ」
「気をつけろよ? ああ、それと支店長から来てくれって連絡が入ったから、ゲームは一時中断だ」
「む……折角良い調子じゃったのに。 残念じゃ」
「何かいいモノでも見つかったんか?」
「うむ! それがじゃな……」「……て、それ今は店売りしてんじゃん……」
ふたりで喋りながら出てったぞ……? お前ら隠れる気ないだろ、実は。 見つかったらどうすんだよ!?
って、おれが心配してどうする!?
(……帰るか……)
◇ ◇ ◇
それからもこのアクマを何度か見掛け、また何度か狙ったがどうにもタイミングが合わずにいた。ストーカーではない! 全然違う!
そして、認めよう。いや、ストーカーなのは認めないが!
このアクマはおれが思った以上にずっと「女の子」だった。おれは間違いなく手心を加え、コイツを見逃すようになっていた。何かと理由をつけ見逃していた。
そう、認識した。認識してしまった。
別に惚れた腫れたという話ではない。
――罪悪感。
今までおれが殺してきたのは自意識のないシャドウや悪意に凝り固まったアクマだけじゃない。
ファンタズマ。
そう呼ばれる者を、それもただ逃げ惑うような者も、ひたすら殺している。
復讐の名を借り、仇以外も殺し、復讐を終えた後も、見掛けては殺した。
あのファンタズマを少女として認めたが故に、俺は罪悪感に押し潰されそうになっていた。
おれは復讐者だった。
少なくともそう思っていた。
だけど、思っていただけで復讐者なんてものではなく、言葉通りの殺戮者だったんじゃないのか?
ただシャドウを殲滅した。
――そこに復讐は関係があったのか?
逃げるファンタズマを追い詰め殺した。
――それは復讐に繋がる行為だったのか?
命乞いをするアクマを殺した。
――あいつは本当にアクマだったんだろうか?
おれは、
ただのヒト殺しじゃないのか?
復讐、それ自体は否定しないし出来ない。あれは必要なことで達しなければならないおれの使命だった。
今、罪悪感を感じ、その為胃がきりきり痛んでいたとしても、だ。
復讐は、自身を支えるという意味でもなくてはならないモノだった。
だが、それを達成した後はどうだ?
身に降りかかる火の粉は払うべきだろう。自分のような人間を出さないという名目は作れただろう。
それでも、自分はただの殺戮者に過ぎないんじゃないのか?
怒る鴉天狗の双眸が恐ろしい。
それが自身を見ていなくとも、自分がその対象である事が怖ろしい。
怒る鴉天狗の形相が鈍ましい。
復讐に逸る自分もあの様な顔付きで彼らを殺していたのだと思うと、やるせない。
怒っていた鴉天狗の覚悟が羨ましい。
おれは、復讐という道を選んでからはずっと、誰とも一緒にいられなかったよ…………。
ああ、おれは、
どうしたいんだろう? どうしたらいいんだろう?
意識を失う、この時に、
束の間の安息を望むのは、間違っているのだろうか?
ここに来て漸くキャラが固まってきたので、ちょっと前に出たシーンとぶれてるかも?
一応読み直しながら書いてたんですが、変じゃね?と思ったら突っ込んでください;;




