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第二十五話 再会の少女

漸く合流できた。

ふう………。


 荒れ木三度Loss(アレキサンドロス)は今日も賑わいを見せていた。


 夕方の五時を過ぎると夕食に、ちょっとしたお祝いに、再会した旧友と、と寿司や今時のバラエティに富んだ食事を求めて店内は急に混み始める。

 六時になる前に大抵は満席になりその状況は七時から八時くらいまで続くのが日常だ。

 アレク斜路支店ではラストオーダーは九時。九時三十分には閉店となる。

 荒れ木三度Lossは地域によって閉店時間は九時から十一時と統一されておらず、そのあたりはチェーン店として珍しいと言える形態だ。

 と言っても高校生バイトであれば基本的に十時以降は働かせられない為、閉店一時間前には就業を終えるようにしているが。

 ちなみに中学生の高円寺望(こうえんじのぞむ)は組織には所属してはいてもバイトシフトは当然ながら入っていない。ただそれだとアレクに来る名目がなくなる為、「支店長の個人的な知り合いで時々顔を出す」という立場を手にしていたりする。まあ、一般人(ピュア)向けのパフォーマンスだ。


 それはさておき、連理も立派な高校生であるし一応ササも同様の(てい)を取っている為、終業時刻は八時半となる。

 勤務時間が短く、本来であれば休憩時間もないのだが、軽く賄いを頂き、帰ることが出来る、なんとも都合の言い職場であった。

 もっともそれはアレク本来の業務の危険さから来る「離職率」を考えれば、あってしかるべきサービスでしかないのかも知れない。


「それではお先に失礼します」


 本日の、安全な仕事を終え、食事を取り、帰る。

 ただの学生であるが故の優遇措置。賄いを取るのであれば普通終業までいるのが前提だろう。

 だが今は甘んじて享受するのみ。この時間に帰寮しても食事はないのだ。


「気をつけて帰りなさい」


 返ってくるのはマヤの声だけだ。

 遅い休憩の彼女と賄いを取る時間が被った連理、食器の片付けもそんな上司の好意に甘え、帰路へ。


 着く前の、職員通用口の扉を開けた連理は、硬直した。



「こんばんは」


 そう挨拶してきたのは以前拾ってすぐに去って行った少女 ――榊 香(さかき かおり)だった。




「……あ……ああ、こんばんは……?」


 顔を合わせた時には誰か思い出せず、思い出したら思い出したで、彼女はどうして此処にいるのだろうか? と疑問に捕らわれ、辛うじて挨拶を返したのはたっぷり十も数えてからだった。


「? あたしが来るのって、そんなにおどろく事?

 前にママ ――お母さんにおじゃまするって伝えてくれるようにお願いしたんだけど?」


 そう言う少女は以前のような野暮ったいローブではなく、何処から入手したのかコスプレ衣装にも見えそうな、黒のゴスロリ風ドレスを着ている。恐らくは何処ぞの隠れ里で入手した一品であろうか、こちら側に来るに当たって何故そのチョイスなのかは疑問だ。

 目立つだろうと思ったが、寧ろ夜なら目立たないように、なのだろうか?


「あ、いや、その、すまん。 聞いたのは間違いないが忘れてた」


「………………」


「ん、ああ、上司には話してあるぞ。 忘れたってのは今ド忘れてしてたって事だ。

 あれから……一週間以上は経ってるんだし、そこは勘弁してくれ。

 中に入るか……って、今日はピュアがいたな」


 言い訳しつつ、現状を思い出し少し悩む。

 アレクとしては『黄泉御前』を保護したいと言っていた筈だ。それに彼女の母ロジーナの個人的な希望としてアレクと付き合っていきたいと。

 であれば、また今度、と帰すのはダメではなかろうか?

 アポを取る?

 だが、彼女はお邪魔すると言って一週間以上経過してやって来た。遅れる理由は多々在るだろうが、アポを取ったから大丈夫、とはならない気はする。


「…………今、時間は大丈夫なのか? 少し待って貰えれば店内がワイズマンだけになるんだが?」


「……うん、特に予定は………………」


 香は少し頭を傾げるような仕種を見せた。


「なくもないけど、大丈夫。 1時間くらいしたらまた来る」


「ちょい待ち」


 背を向ける香に思わず声をかける。


「飯食ってればそれくらいの時間はすぐだ」


 お客様入り口へ向かうよう促す。

 彼女を引き止める、という意味合い以上に思い出すのは彼女の軽すぎる体重だ。

 当時も多少の《悪魔食い》はなされていた為、出会った当時ササを抱えた時よりも筋力は増加していたかも知れない。

 だがそれでも彼女は軽く感じたのだ。

 それが異常と感じてしまう程度には。


「そんなお金はない」


「それくらいは出させてくれ。 ロジーナさん ――お母さんには助けられた。 こんなのでは礼にならないくらいなんだ」


 ラストオーダーは過ぎているが今日握っているひとりは健斗である。それくらいの融通は利かせて貰えるだろう。


「…………うん、じゃあおごられる」


 意外とあっさりと、素直に応じたその姿は噂に聞く『黄泉御前』と同一人物とは思えない程度に違和感があった。

 だがかつて出逢いの際には恐るべき殺気を放ったのも間違いなくこの少女なのだ。


 ――復讐、か。


 自分とは縁のない言葉に連理は薄ら寒いものを感じながらも、連理は初めて言葉を交わした少女を職場へ導いたのだ。


◇ ◇ ◇


 荒れ木三度Loss庶路支店店内。

 時間的に空席が目立つ、というか空席の方がずっと多くなってきた店内で連理は健斗の近場の席を確保すると香を手招いた。

 当然健斗は訝かしげな顔を向けてくるが、香に対しては笑顔で挨拶をする。


「もうラストオーダーは過ぎてますので、在り物になりますが宜しいでしょうか?」


 仕事中は普通に話してくる健斗だ。何時もの彼を知る身としては違和感が半端じゃない。

 黙ったまま頷く香だが、健斗はそれに関しては気にする風でもなく言葉を続けた。


「食べられない物はございますか?」


 その問いに声をかけられた香は顔を横に振り、連理はさっとメモ書きした注文票を渡した。書いてあるのは「F案件」。


 Fはファンタズマの頭文字だ。ファンタズマを連れてきたことの符丁である。

 その他にもアクマに襲われた「A」、スレイヤー絡みの「S」、正体不明の「X」、それらに組み合わせて使う危険度高しの「D」、緊急事態の「Z」などだ。

 この様な場合のアクマ案件は、よくあるフィクションだとDEMONのDを取ったD案件となるのであろうが、アクマの呼び名は海外でもアクマで通っているのでAだったりする。

 ファンタズマもそうだ。本来のスペルであればFではなくPが正当だが、ここで使われるのはF。


 健斗はそれを確認するとピュアの職人に見えないように仕舞い込み、レーンへ手元にあった皿を乗せていった。その後、一言二言その同僚へ声をかけてから席を外す。

 連理はそれを見て長椅子に腰掛ける。

 これでマヤまで話が通るだろう。

 ここまでしてから、香を三分程度待たせて自身が走った方が余程話は早く進んだ様な気がしてきたが、まあいいと思い直す。

 どの道、香に食わせたい気持ちがあった事だし少なくとも間違いではない筈だ。

 自身を納得させて顔を上げる。


「?………」


 ふと感じる違和感。

 だがそれは一瞬で解消された。


「………っ!」


 少女がふたりいた。


 ふたりの少女が、ゆっくりじっくり味わうように寿司を食べていた。

 驚いて漏れそうになった声を押し殺し、それでも硬直した体は椅子を押し鈍い音を響かせる。幸い衆目を集めたのは一瞬であった為、彼は同僚へ頭を下げつつ目の前の二人へ眼差しを向けた。

 見た感じは中学生か、華奢な為小学生高学年くらいにも見える榊香と、それよりも更に下に見える少女。

 見た目だけで言うなら旧「暁」メンバーである桜塚守千夜(さくらづかもり ちや)と同じくらいだろうか? いや、もっと下か。そんな少女が夏の小学生のようなTシャツ+スカートという装いで寿司を頬張っている。

 ちなみに今は十一月。初旬ではあるし、肌寒いという程では無いが、高い気温とは言えない。


「……誰?」


 邪魔をする気はないが訊かざるを得ない事柄か。予想はつくが確認は必要なのだ。

 どことなく隣りの少女やその母親と似た風貌を持つ少女は、連理の声に視線を向けるものの名残惜しそうに咀嚼し続ける為、彼は食事を続けるよう促す。

 自身は賄いを食べたばかりであり、そう食欲がある訳でもないが彼女らの食事をただ見ているというのも気が引けた。ゆっくり茶を啜りながら、持て余す暇を消化する。

 やがて戻ってきた健斗に促され、ほぼ客のいなくなった店内からピュアの店員が姿を消し、ほどなくして残っていた客も帰路へ着く。

 残ったのはワイズマンとファンタズマのみだ。そこへ現われたのはマヤ守崎と徳倉鏡子。

 食事を終え一息吐く少女たちの元へ。


「お久しぶりですね」


「あの時は世話になった、わ」


 挨拶を交わすふたりを見ながら、連理はササへの連絡手段を確保していなかったことに今更気づき、ひとり頭を悩ませていた。




榊栞(さかき しおり)。 住所不定無職の17才……と言っていいのかな?」


 マヤと健斗が自己紹介をした後、真っ先に口を開いたのはここで一番年下に見える少女だった。

 グレーの髪を肩に掛かる程度に伸ばした彼女は、その髪色だけ見てもロジーナの血縁である事が理解出来なくもない。母よりも濃いその色は日本人とのハーフで在れば納得出来る範囲だろう。もっともその瞳の色は隣の香やロジーナと違い、黒だ。


「タメ!?」


 ファンタズマの外見年齢に未だ慣れない連理が思わず声を出す。

 この場にいるアレクのメンバーはマヤと健斗と鏡子だ。人間であり未だ新人と言える連理がこういった場面で驚いてしまうのは仕方ない事ではある。


「おう、花の17才よ。 10(とお)で死んでるけどな」


 と、何故か江戸っ子口調なのにしなを作る栞だが、言葉通り十歳の肉体である。

 当然「綺麗」「色っぽい」ではなく「可愛い」「微笑ましい」仕種になってしまう。

 だが話す内容が内容だけにどう反応したらいいか判らなくなる連理だ。誤魔化すように苦笑い。


「前の時は自己紹介もしてなかったな。 逆木連理だ」


 水を向けられた連理が香を見て、今更な自己紹介をする。 そこにマヤと鏡子から突っ込みが入ってしまうのは仕方がない事だろう。「ご飯食べてる最中にそれくらいできたでしょ!?」と言う台詞は当然だ。

 ただ言い訳をするなら彼女らは三十分程の間、ほぼずっと食べていた。

 食べる速度が随分と遅くはあったが、その様子に話しかける機会を失っていたのだ。気持ちとしては仔猫にミルクを上げるものに近い。


「そかそか、君がかぁ~。 おかさんから聞いたよ。 ウチのかおちゃんを助けてくれたんだって?」


 ちなみにロジーナがその辺りの事情を知ったのは、耶彦の件で話をした時だ。香自身はアレクに助けられた一連の話を家族にはしていたが、そもそもアレク側の名はササしか伝えられておらず、曖昧なままであった。


「助けたって程じゃない。

 オレはササ ――相棒が見つけたからここまで運んだだけだ。 怪我を治したのも支部長だしな」


 等と自己紹介や雑談を経て一同が落ち着いた頃に鏡子が口火を切る。


「ところで、本日はどの様なご用件でしたの?

 お邪魔するとは伺っておりましたけど、荒れ木三度Lossへ所属する決意がつきましたか?」


 実は鏡子、香とは顔見知りであった。

 隠れ里での活動を主とし、スレイヤーを積極的に狩り続ける彼女へ、鏡子は見掛ける度にアレクへ誘っていたらしい。

 保護したいというスタンスはそこがスタートだったようだ。


「違う」


 当然全て撥ね除けてきた香だ。今更大した切っ掛けもなくその為に訪れるとは考えづらかった。鏡子はその言葉を受け、少し哀しげな顔をしただけだ。


 組織に属さない理由として、以前彼女に告げられたのが「復讐の邪魔になる」からなのだ。言い方を変えるなら「好き勝手に殺せないから」。

 それは勿論殺す事が好きでそうしているからではないが、少なくとも仇を討つまで殺戮を続ける意思表示でもある。

 そしてそれはファンタズマ的に言うなら利のある事なのが悩みの種だ。

 香に「結果的に」助けられた者はそれなりにいる。

 人間の立場からするとそれは実のところ善悪良否といえる。

 まず、スレイヤーの活動は単純に悪ではない。彼らのそもそもの理念はアクマに対する復讐であり、被害の防止でもあったのだ。

 であるから、彼らの中にいる復讐者達は積極的に魔物を狩るのだ。

 その姿はこの場にいる榊香らとそう変わるものでは無いが、それはある意味被害の未然防止になっていることも確かなのだ。

 一方で殺戮者達は殺したいが為の殺しを行う、行いたいが為に弱者を狙う。自分勝手に、気ままに殺したい彼らは弱い者しか相手にしないのだが。


「師……黒澤耶彦の事で話があるの」


 旅館「暁」に集うファンタズマのコロニーが崩壊する際、殿を努めた鴉天狗。

 共にいたぬりかべは完全死が確認されていた事に加え、彼のものと思われる翼が砂に埋もれて発見された為、死んだと思われていた男。


「そういう話なら暁の方々を呼んだ方が良さそ……という話ではないのですね?」


 一旦腰を上げかけたマヤだが、香の話がそう単純なものではないと感じ、また腰を落ち着けた。


 思い返すと、彼女の受けた報告は「大海嘯の発生」「榊ロジーナに助けられた」「黒澤耶彦は一応生きている」「半ば死者の様な状態にあり療養を兼ねて榊家の保護下で隠れ里にいる」「ロジーナの本意としてはアレクに属してもいい」というものだ。

 香の母であるロジーナの心情は確認できたとは言え、彼女本人の意思ではたった今否定されており、ならば彼女の言う「話」に何等かの問題が生じたのであろう事は想像が出来た。


「お母さんに聞いたと思うけど」


 と、前置きした香はロジーナの語った状況説明を彼女目線で淡々と話し、その上で栞が現状を語った。 彼の看病は主に彼女か父親が行っていたらしい。


「今のひこさんは人間の姿を取ることが出来ないのね。

 死にかけた、というか一度死んじゃったせいか、かおちゃんの術式が死霊術にかたよってたせいか、あたしの血がまずかったのか、原因はわかんないんだけど」


 ばつが悪そうに栞は頬を掻く。


「血?」


「あ、おかさんそこまでは言ってなかったのか。 あたしねぇ、アンデッドになったら吸血鬼っぽくてさ」


 そう言って栞はぐいっと自分の唇を持ち上げてみせる。見えるのは人では有り得ない長い牙。


「かおちゃんのけんぞく? とか使い魔? それとも従者? かどう言うかは分かんないけど、まあそうなったおかげかそんなに吸血欲求は強くないんだけどね」


 それでも偶に摂取した方が調子はいいらしい。提供者は香だ。


「まあ、とにかく、そんな理由で隠れ里から出にくい状況なワケ。 ひこさん、化けてなかったら怪しすぎるしね」


 耶彦の素顔はカラスである。所謂鴉天狗はイラスト化される場合、人の顔にカラスの嘴をつけたような造形になる事が多いが、彼の頭部はもろにカラスだ。中に人間の頭があるようには見えない。出来のいいコスプレ、と見るには無理がある。

 勿論それでも顔を隠す方法はあるが、職質でも受けたら面倒なことになるだろう。

 ちなみに幻術は自分に掛ける場合と他人に掛ける場合では勝手が違うらしい。

 所謂「レジスト」、抵抗されてしまう場合やちょっとした拍子で受け入れたはずの魔術が掻き消えてしまう場合などがあり使いづらいのだ。

 何より、苦労してこちらへ来たとしても拠点に閉じこもったままにする訳にもいくまい。

 当面隠れ里を拠点とする方が彼にしてもいいという判断もあった。


「で、こっちには出てこれない、でも生きているのは伝えたいけどどこに連絡したらいいか分からない、ってひこさんがウジウジウダウダ言ってたのよ。 あたしらだってちょっと見た目には怪しいし、連絡先も逃亡先も分かんないのに素人にどうせいっちゅうのよね? それでもかおちゃんがココと接触があったっていうからそのうち、って思ってたんだけど、勧誘断ってる手前行きづらかったのよ。 といってあんまりひこさん待たせると自分で探しに行きかねないし、ホント、がまんの効かない大人ってのはもう、ホントにもう! もう、もうよ!

 それ以外にもね……」


 見た目小学生の少女にボロクソ言われる鴉天狗・黒澤耶彦。

 暁のメンバーからすると皆を護る為に死兵と成り殿を努めた英雄的立場のファンタズマなのだが。

 余りの言われように流石に同情の念を禁じ得ない。

 療養中だと言うし、ゴロゴロしているだけでは時間の流れが遅く感じたのだろう。そう思うと同情の余地はあり過ぎるのだ。


「でまあ、そんな時にたまたまかおちゃんたちが見つけて、おかさんが接触したのね」


「あの時、ロジーナさんしかいなかったと思ったけど……?」


「ああ、かおちゃん、スレイヤーを追ってたんでしょ? そん時のはふたりだっけ?」


 栞が水を向ける。

 追っていたというスレイヤー。ならばあの時の大海嘯の引き金になったのはそいつらなのだろうか? そう思うと腹に据えかねない気持ちも生まれるが、そのお陰で彼女らと接触できたのも事実である。

 あの大海嘯がなければ、いずれ接触の機会があったとしても幾分遅くなってはいただろうから。


「3人。 あたしがふたり、パパがひとり殺した」


 そう言ってのけるのは本来であれば中学校に通うような少女だ。なのにそこに迷いは感じられない。

 その事実に連理は先程以上にどんな顔をしたら良いか解らなくなり、無表情になった。


「逆木君、……だと呼びづらいかな? れん君でいっか。

 れん君。 君はけーべつする? 両手で足りないくらいヒトを殺してきたあたしらを、さ」


 そんな様子の連理に栞は軽く問いかける。

 だがその表情は自嘲的に自虐的に笑みを浮かべていた。

 連理はその問いの答えを探るべく、考える。

 彼女の望む答えなど知らないし、その質問の裏の有無など考えない。

 ただ自分の答えを探る。

 顎に手をやり、中空を見つめ、下を見て、また宙へ視線が上がる。


「――軽蔑……は、してないな、うん。 軽蔑はしてない」


 第一に自身も彼らに対し思うところがある。知人の為に命を掛けたとも言えるあの渡来絢は兎も角それ以外のスレイヤーは人間であろうとも気にせずこちらを殺しに来ている。そこに同情の余地はない、とは言わないが、じゃあ助けてやろうと思える程聖人君子ではない。

 第二にスレイヤーを殺害した者ならこちらにもいる。

 連理自身は未だ彼らを手に掛けた事はないが、その覚悟は出来た、筈だ。ならば彼女らに蔑み貶める事など出来る筈もない。


「へ~。 それじゃ、そんなことに時間を使うのは止めろ、みたいな事も言わない?」


「まあなあ……。 そもそも殺されかけ……た事はあるけど、復讐なんて考えることもない平凡でそれなりに幸せと言える人生歩いてるんだ。

 そんなヤツにゃ被害に遭った人の気持ちを推し量ることも出来んだろうし、逆に本当に推し量れるんなら復讐を推奨するんじゃないか?

 第一、止める権利なんてどこにあるっての。 少なくともオレにそんな権利はねぇ」


 彼女たち一家はスレイヤーによって惨殺されている。

 物事に多面性はあれど、ロジーナ視点で聞いた限りでは惨殺の理由は彼ら自身の「愉悦」の為であり、弁護のしようもない。

 もし、彼女らに殺されるだけの理由があったとしても、それを行った彼らにはその時点で殺されるだけの理由が出来てしまっている。復讐を止める道理はないのだ。

 ましてやそれを目の前で見続けていた香の気持ちは正しく想像を絶するものだろう。

 連理にも家族はいるし、それがもし……と、考えることは出来るだろうが、香の気持ちはきっと解らないだろう。

 だからこそ止められない。

 危険だと、そう諭すことすら彼女にとっては侮辱なのではないかと思う。


「逆木くん、ちゃんと考えてるのね。 いやいや、大したものよ」


 そう言い出したのはマヤだ。拍手でもするかのように手を重ね合わせている。


「なんですか、それ?」


 話してる最中はマヤも健斗も鏡子も眼中になかった連理である。真面目な会話を、聞かせようと思っていなかったヒトに聞かれるのは、ちょっと照れる。


「幸せってなのに幸せってちゃんと言えるヒトは少ないのよ。 幸せに慣れちゃって、幸せが普通だったり不幸だったり思っちゃうのね」


 お姉さん目線 ――実年齢的にはお婆ちゃん所ではないが―― で言われ、連理は思わず目を逸らす。 が、そのままだと話も逸れていきそうだったので、我慢して視線を戻した。


「と、とりあえず、こっちは暁のヒト達にその事を伝えて、場合によっては取り次いで貰えるって考えてもいいのか?」


「まー、そだね」


「なら支部長に連絡先でも……」


 と言ってふと思い出す。

 先程ちらりと思ったことだ。

 ササとは連絡先の確保をしていない。

 そもそも半日と会わない事がないので必要性がなかったのだ。今日の場合の様に急に遅くなる事はなかったのだし。

 しかしそれとは別に身分証がないという現実的な問題もあった。プリペイド携帯という方法もあるが昨今の詐欺やら犯罪やらのせいでその辺りの規制が始まるという話もある。個々の店舗でそう言ったモノを要求され、全く出せる証明書がないとなると場合によっては余計な目をつけられることになりかねない。

 そしてそれは眼前の少女たちも同じではないだろうか?


「もしかすると、連絡先は、ないか?」


「ある訳ないっしょ? あたしは死んでるし、かおちゃんだって社会的には死人よ?」


 年が近いせいか、彼が連れてきたからか、何故か連理が主体で話を進めていたが、流石に上司へ視線を向ける。


「はい、どうぞ。 お使い下さいな」


 向けた途端にすっと鏡子からスマホが差し出された。通常のマニュアルと簡易マニュアルらしい冊子、ソーラーチャージャーも一緒にある。


「……準備がいいっすね……」


連絡先が無い(そういう)方もいらっしゃいますから物品庫に常備してますわよ? 会社名義で機能は制限されてますけど、通話とメール、メッセンジャーアプリは使えるようになってますわ。

 既に電話帳には此処とマヤさんとわたくしの番号が登録されてます。 連理さんのは今登録してしまった方がいいでしょうね。 健斗さんのは」


「俺のはいらないでしょ? 禄に話してない男の番号があっても困りますよ」


 上司ふたりが揃っているせいか、敬語と言うには微妙だが普段のアクセントを封印し健斗は応じた。

 朱音にはボロクソ言われる彼だが紳士なところもあるのだ。

 例えば今も少女たちから一定の距離を取っているし、必要以上に前には出ないでいる。ロジーナから聞いただけでも彼女たちが異性に抵抗を持っている可能性がある。今平気で話しているように見えても有り得るそれを考えての事だ。


「どうする? 登録しとくか?」


 ――ペラ……ペラ


「……………………」


 ペラ……ペラ……


「………………」


 連理の問われても姉妹は貰ったマニュアルから目を離さないでペラペラとページを捲っている。


「…………おーい?」


 ペラ……ペラ……


「………………」


 パラパラパラパラパラパラ


「……………………」


 ――パタン


「読めない字、多い……」


 香は七歳、栞は十歳で学校へ行かなくなっている。

 目の前の惨劇を見続け、その復讐を誓える程には早熟であったとしても、文章に触れる機会や時間そのものが圧倒的に足りていないのだ。

 見ていたのは必要最低限の事だけを書き記した、図解多めのお手製マニュアルの様だが、振り仮名はなく、小学校を卒業すらしていない彼女らにそれを読んで理解するのは難しいのだろう事は想像するに難くない。


「教えるよ、っともう結構な時間だな」


 時刻は疾うに十一時に差し掛かろうとしている。終業時刻が九時半なのだから当然と言えば当然と言えよう。

 都内で塾通いをしている子どもなどはまだ活動時刻かも知れないが、地方都市であるこの辺りでいうなら、もう中学生の歩くような時間帯では無い。

 連理にしてもこの様な時間であれば寮内に戻るのにスニークミッションが発動する。まあ、見つかってもちょっと注意される程度だが。


「……大丈夫。 ぱ……お父さんかお母さんに聞く。 わからなければまた来る、わ」


「なら、いっか」


 ロジーナはどうか知らないが、彼女の父は教職だとは聞いている。

 なら読んで理解するのもそれを伝えるのもお手の物だろう。

 だがそうなると彼女たちの知識レベルが気になるところだが、そもそも学習に費やす時間をも修行に特訓にと割かなければ、スレイヤーにテロリスト扱いされる程の実力は付かなかったのかも知れない。


「そう言えば支部長。 ササの分のスマホも借りていいですか?」


 思い立ったが吉日とばかりに先だって悩んでいた事の解決策に飛びつく。隠れ住むササへそうそう連絡する訳にもいくまいが、緊急時のそれは欲しい。


「えっ? もう渡したわよ」


「へっ? そうなんですか? 

 聞いてねぇ……って、使ってるのも持ち歩いてるのも見たことないですけど?」


 当然の事ながら充電しているのも見た事はない。

 「デート」の時もバイトの時も鍵と財布くらいしか持ち歩いていない筈だ。ちなみに鍵は予備鍵で財布は蝦蟇口である。

 アレク経由で作られた口座 ――名義は稲荷ささらだ―― のキャッシュカードもあるが基本机の中に仕舞い込まれ、月に一度か精々二度程度しか日の目を見ない。


「そうなの? ……電源入ってない、というか充電切れてるのかしら?」


 マヤは連理と話しながらササに電話を掛け、即諦めた。不通の自動音声を幾ら聞いたところで無意味である。


「受け取って、後で逆木君に訊こうと思ってそのまま、って感じかな?」


「オゥ……」


 思わずエセ外国人の様に嘆息する連理だ。

 自身が連絡手段を確保していなかった、しようとしていなかった事もそうだが、ササのド忘れに関しても目を覆うしか出来ない。


「ちなみに何時(いつ)くらいの話なんでしょ?」


「結構前よ? バイト初めてすぐの頃ね。 確か休憩時間に渡したから逆木君はいなかったかも?」


「マイガッ!?」


 エセ外国人継続中。

 それはきっと仕舞い込んでいるのだろう。

 宝物のように仕舞い込んでしまっているのだろう。

 ササは衣類を手洗いしているから洗濯しての破損、というのは考えづらい。それだけは希望である。


「逆木君ってもっと真面目なタイプかと思ったけど、以外とコミカルな事もするのね」


「自分で言うのも何ですけど、オレは真面目な方ですよ? ササとか上坂のが移ったんですよ、きっと」


「でも朱音の方が成績いいのよね?」


「っ!?」


 衝撃の言葉に思わず(うずくま)りかけるが、その行為こそがそう言われる発端であると気づき、踏み留まる。


「と、取り敢えず話も終わった事だし帰りますね」


 気を取り直し出入り口へ。

 ササには遅くなる事を言っていないし、スマホの件もある。決して逃げる訳ではないのだ。


「そっちはどうするんだ?」


 香とも栞とも取れる視線で声を掛ける。彼女らは並んでいる為あからさまにどちら側へ、とは見えない角度。


「帰る、わ」


「そうね、帰ったらお勉強だわ」


「夜更かしはすんなよ?」


「そう言われてもあたしは夜のが本番なんだけどね」


「あ~、榊姉はそうなるんか」


 何となく、連れ立つ雰囲気であった為か、上司らに挨拶をしつつ三人で歩く。


「そうそう、みんなサカキじゃなんだし、あたしの呼び方は栞様でいいわよ? 何だったら栞姫様でも栞お嬢様でもいいわ」


「………………へっ」


「ちょっとー、鼻で笑うトコじゃないわよ!」





 三人が去り、三人残った室内。

 鏡子は既に閉じた扉を見ながら微笑んでいた。


「随分と距離が縮んだ様で何よりですわ」


「逆木君、ホントに幼女が好きって訳じゃないのよね……?」


 少し眠たげにそう言うのはマヤだ。

 意識してどうこうなるものではないはずだが、連理がアレク入りして以来、関係者の外見年齢の平均がぐっと下がった気のする支部長である。

 ササと香は辛うじて中学生くらい、栞と千夜はどう見ても小学生にしか見えず、直接会ってはいないもののロジーナも随分若く見えると聞いている。まあ、外見の平均年齢を下げる要因のひとりは傍にいる雲外鏡もなのだが。


「いや、あれはそう言うのじゃなくて兄貴目線じゃないですか? 妹がいるって言ってましたよね?」


 自分も帰り支度をしつつ、健斗はマヤに応じた。

 彼がササとたまにいい感じになるのは気づいているが、趣味ありき(ロリコン)には見えない。もっとも、ササの幼い外見のせいでそう思われるのは仕方ないだろうな、とは思う。

 オタク業界でありそうな台詞を引用するなら「ロリだから好きになったんじゃない! 好きになった相手がロリだっただけだ!」といった感じだろうか? もっとも、こう文字にすると逆に救いがないようにも思えるが。


「香さんは兎も角、栞さんなら合意の上であれば問題ないかと思いますが」


 外見上どう見てもヤバいのは栞の方だが、話した感じ精神的には実年齢程度に成熟しており、また肉体的にも半魔である香より吸血鬼と成った彼女の方がずっと頑丈である筈なのだ。なら問題はない。少なくともファンタズマとしては。


「対外的にはそっちの方が危ないんですけどね……」


 人間社会的にヤバげに見えるのはどう考えても連理+栞のカップルである。小学校中、高学年の外見というのは流石に危険だ。普通に考えれば仲のいい兄妹にしか見えないだろうが。

 もっとも、唾棄すべきはそんな彼女が犯され殺されたという事実であり、そうした者達が未だのうのうと生きているであろう現実にある。


「あいつが、そんなあっちこっちに手を出すとは思えませんけどね」


 鞄を背負い、健斗は呟くように言う。そう言いつつも日本人の倫理観でそこを縛る必要もないのかな、何て思う。

 何時か彼に「ファンタズマは法の外の存在だ」と自身は言ったのだ。なら法に捕らわれる必要はないだろう。少なくとも自分が法を以て説くのは無しだ。そもそも彼女らは法的に一緒になるのは出来ない者たちでもある。


「それでは俺も帰ります」


 と、挨拶を交わし扉を開く。


「そう言えば彼女たちの仇ってまだ生きてるんですかね? 実は里の方で息絶えてる何て事は?」


 健斗の何気ない問いに返答はない。問うた彼もふたりがそれを知っているとは思っていない。

 その問いに関しては互いに無言のまま、最後にもう一度挨拶だけを交わし扉は閉じられる。

 閉められた境界を見つめたままの鏡子は、やがてそっと呟くように言った。




「生きてますわ」




 すでに眠りに落ちたマヤを簡易ベッドに横たえ、謡うように続ける。


「そう遠くないうちに彼女たちは仇敵に会う事に成るでしょう」






「試練の時、ですわ」


ちなみに榊家の面々は全員種族が違っています。

父・榊 隆盛:人間/リビングデッド

母・榊 ロジーナ:魔女/リッチ

長女・榊 栞:人間/吸血鬼

次女・榊 香:魔女

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― 新着の感想 ―
高校生で寿司を奢るのは中々凄い。 で、いつの間にか二人になっているのは、奢る金額が倍になるかと思えて、高校生の心臓と財布にはドキリのシーンかと思いましたよw (´ε`) 吸血衝動は抑えられるものなの…
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