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第二十一話 呪われし傷跡

ちょっとぐだぐだになってしまった気も……。

その上短め。

前話とまとめた方がよかったかなあ?


 黄昏時の公園で睨み合う男女を見て、第三者は痴話喧嘩と思うのだろうか。


 周囲に多少はいた人々は遠巻きに興味の視線を向けていたが、そもそも公園に子供を遊ばせに来ていた人間である。夕暮れ時の子連れに時間的な余裕などそうありはしないのだ。

 状況に進展がないと見るやそれ以上の関心を持たずにやがて去って行った。


 尤も、人々の視線がなくなったとて、即戦いに移るはずもない。移れるはずもない。

 ここは隠れ里ではないのだ。

 下手なことをしてしまえば傷害・殺人でお縄である。

 ちなみに、思わず声を出してしまった連理は内心汗だらだらだ。

 隠れ里で会っていれば問答無用で戦闘になり、そのまま勢いで戦えるかも知れないが、こちら側で敵対存在と判明したところで面倒なことだらけ、何の利もない。

 戦い勝てば犯罪者、負ければ被害者、場合により死亡。下手な逃げ方をしようものなら住居を知られて、何時襲われるかも知れないドキドキの恐怖生活が始まりかねない。

 そもそも斬れるか戦えるかを悩み、何となく指針が見えただけの状況だ。被害者になる可能性が高いと言わざるを得まい。

 だが、ここで解決しておきたい懸念があるのも事実。

 連理は彼女の手に視線を向けた。

 薄い、レース状の手袋を嵌めるのは、テルムを隠す為だろうか?


「……何か、言ったらどうなんだい、後輩クン」


 先程の子ども達に見せていた雰囲気とは合わない、少年のような口調で彼女は言った。

 ただ、若干茶系色に染められ肩まで伸ばしたボブカットは、そんな口調とは違和感を感じる程度に女らしい。


「スレイヤーに後輩呼ばわりされる謂われはないぞ?」


 問われ彼女は構えを緩め、足下を指さす。


「琴倉橋の指定革靴。 キミがどこに所属しているかは知らないけど、学校の先輩という括りに間違いはないと思うけど?」


 なるほど、と納得する。

 琴倉橋高校は結構指定されている衣料品が多く、革靴もその内のひとつだ。校外での着用義務こそないが、靴は小さな校章が付いているくらいなので、普段使いもしやすく、連理のみならずそこそこの生徒達が校外でも履いている。


「もっとも、わたしはもう卒業しているけどね。

 それで、ここで殺し合いをする訳でもないでしょう? 何か用事?」


 思った以上に理知的な彼女に、連理は面食らっていた。何せ彼の会ったスレイヤーは鷹城佐重樹を除くと全てヒャッハー系とも言うべき奴等で、「三下」「チンピラ」「鎧袖一触」の三拍子を兼ね備えたどうしようもない連中だったのだ。

 まあそれは彼等の相手をした膝丸健斗が圧倒的だった面もあるのだが。

 そんな連理の持つスレイヤー像の中で例外的な鷹城佐重樹も、「初心者」にすら隠しきれない狂気を持ち、かつアレクメンバー内の談話のせいで、変態的な存在と刷り込まれていた為、スレイヤーに話の通じるヤツはいない、という思い込みがあったのも事実だ。


「……スレイヤーにも話の出来るヤツがいるんだな……」


 思わず口に出てしまう程度には意外ではある。

 言われた相手も、その内容には頭を抱えざるを得ない。何せ普段から思っていることでもある。


「そう思いたくなるのも理解は出来るけどね、一応会社なんだから対話の出来る人間くらいいるわ」


 そう言われて「ああ、会社なんだっけ」と思い出す連理だ。

 アクマもファンタズマも区別なく虐殺していく組織が、実は普通に実体のある会社です、なんて解っていてもしっくりは来ない。寧ろ違和感が増していく。

 一方で彼女は対外的には知られていない筈の「スレイヤー=会社」の図式を思わず口にしてしまった為、「あっ」と、口を抑えた。


「……会社……」


 増していく違和感に翻弄されつつ気を取り直す。

 あのヒャッハーや殺戮者達が会社員だという違和感は拭えそうにないが、まあ気は取り直した。


「アンタのテルム……」


「目上には敬語使いなさいよ、後輩クン」


 途中で言葉を止められ、数回口をパクパクする連理だが、がんばって気を取り直す。予想外のことが多すぎて、取り直してばかりの気が摩耗するばかりだ。


「……敵を相手に敬語、か?」


「親しき仲にも礼儀あり、って言うんだから、親しくない敵ならなおさら必要なんじゃないの?」


 さも当然のように言われ、連理は言葉を詰まらせる。そのまま納得しかけるものの、只の言葉遊びだと、すぐに思い直した。


「ってそりゃ戒めの言葉だろよ」


「あら、気づいたの? でも社会に出るとそう言う場面は多いし、イヤな相手でも敬語は使える方がいいんじゃない?」


 何故か忠告される。

 連理は一応その言葉を反芻し、頭を掻いた。全てに対し実行する気にはなれないが、溜息と共に言葉を紡ぐ。


「……あなたのテルムは呪詛に関するもので間違いはありませんか?」


 問われ、彼女は目を見開いた。

 初対面の筈の相手。

 殺戮者(スレイヤー)だ何だと言ったところでひとりの人間である以上、素性が知れることは有り得る。 だが、テルムの情報はスレイヤーという組織そのものを経由するなら兎も角、それをできるはずもない為、他組織へ簡単に漏れるものではない。

 何せ、このスレイヤーという組織は少なくとも日本に於いてはある意味孤立している。

 荒れ木三度Lossにしろ日崑孝正会にしろ、ファンタズマを取り込みアクマと排斥するというスタンスに差はなく、他の小組織であっても大抵はファンタズマと協力関係にある。彼等を隣人としてみるか配下として見るかは違えど、身内という枠に入っていることは違いなく、そこにスレイヤーとは相容れない溝があるのだ。

 だからこそスレイヤーの情報は他へ流れづらい。

 ましてやテルムと使用者の判別出来る情報が流出するとは思えない。


「…………何故、そう思うのかな?」


 逆に問われ、連理は一瞬言葉に詰まる。

 理由らしい理由などほぼ無い状態なのだ。

 敢えて言うなら感覚的なもので如何にも説明しづらい。と言って話さなければどうしたってそれ以上の話にはならないし、答えも返ってくるまい事は安易に想像できた。

 もっとも、彼女の言葉は半ば以上連理の問いを肯定しているが。


「あなたから、呪詛の気配がするので」


 まず当たり障りのない答え。

 嘘ではない。

 感じ取っているのは恐らく《黄昏(クレプスクルム)》だろうが。


「…………これは、困ったね」


 肩に掛かる程度まで伸ばした髪をかき上げ、殺戮者は苦笑する。


「互いに顔を合わせてしまった上に、わたしはキミを、キミはわたしと気配というものを知ってしまった。 キミのそれがどの程度まで察知できるのかは知らないけど、わたしは今ここでキミが何と言おうと常に警戒せざるを得ない状況に陥ってしまった訳ね」


 連理の言う事は信じないと言外に語りつつ、彼女は続ける。


「と言ってもここで殺し合いなんて論外。

 一見良さそうなのはただ別れることだけど本当にそうなるのか、やはり信用できない。まあ、ここに関してはお互い、かな?」


 解説をしていく彼女の言に納得する様子を見せつつ、己の失態に内心では平伏(ひれふ)さんばかりの心境だ。

 情けなくも彼女の解説に、解決の糸口が見つかることを只管期待する。

 期待とは、自身に出来ない事柄を、他者への望みを掛けることだという。そんな事を最近誰かに言われた気もするが、一体誰だったか。思い出せないそれは兎も角、言っているのは正しくその通りで、連理もこの時ばかりは望みを掛けていた。普段は頑張らなくてもいいから、今だけは頑張ってくれ、スレイヤー、と。


「スレイヤーは孝正会とも荒れ木三度Lossとも敵対しているのに、こういう前例はなかったんですか?」


 先の孝正会の名を出す事でのフェイント。牽制になっているのか、今のところ、解らないが、アレクにしても略称を使わず他人行儀に。


「そもそも相手組織と顔見知りになる事がまず無いでしょう? 向こうで会って敵組織と知れば即殺し合いだもの。 逆にこちらでそうと知れること何て普通は有り得ないわ」


 一方的な戦局のまま、ほうほうの体で逃げ出す形になった鷹城佐重樹との邂逅を思い出す。

 彼がスレイヤーのお偉いさんである事を支部長 ――対外的には支店長だが―― のマヤは知らなかった。

 こちらでは一般人を装い、向こうで会ったら皆殺し。そうなれば知り得るはずもなし、と言う事だ。


「撤退戦で痛み分けっていう形なら……」


「こっちでそれをしたら痛み分けになる前に通報されるわね。 言ったでしょ? 論外よ論外」


 段々口調が軽くなっている気がするのは気のせいだろうか? いや、これが素なのか?


「それにそんな体を成す、って言うなら話が最初に戻るわ」


 話が止まる。

 お互い長考に入ってしまうが、そうそう良い解決策など出てくるはずもない。


「それでも、このままお見合いしている訳にも――」


 不審を抱いたままでもこのまま別れるしかない、そう切り出そうとした時だった。


「連理ーっ! 待っておったのかー?」


 唐突に、聞き慣れた明るい声が耳に届く。


「サ――、来るな!」


 ササの声を聞き、連理は瞬時に動いた。

 呪詛を使う殺戮者を前に、彼女の名を呼ぶことを避け、視線を遮る為にその身を盾とする。

 《クレプスクルム》こそ抜いていないが、目の前の女の一挙手一投足を見逃さぬと、緩んでいた視線に殺意すら込めて、まさに臨戦態勢。

 テルムによる呪詛が、単純に斬ることで発生するのか、別の方法でも呪えるのかがはっきりしない以上、ササの前で余計な動作をさせる訳にはいかなかった。

 一見理性的であっても「魔物」を前にした殺戮者がどうなるか、解ったものではない。

 その思考が「色眼鏡」に過ぎないと解っていても、警戒せざるを得ないのは、伝聞の多さと、目の当たりにした事のある鷹城佐重樹の狂気のせいか。


「何じゃ!?」


 連理の唐突とも思える敵対行動にササは混乱し、殺戮者は納得の表情を見せる。


「……スレイヤーの渡来 絢(わたらい あや)よ、お馬鹿な後輩クン」


 ササの疑問に答える形で溜息をつきつつも口を開いたのはスレイヤー。 その表情にあるのは呆れだ。

 視線は一度ササへ向けられたものの、すぐ連理へ戻る。

 一方でササはスレイヤーを名乗りつつも殺意を見せない彼女にどう対応していいのか判らず戸惑っていた。


「そのコが来てもキミが過剰に動かなければわたしは気づけなかった」


 それはそうだろう。

 ササは日常生活に於いて、すでに現代人と遜色のない生活を送っている。

 耳も尻尾も隠し、それを隠蔽する幻術すらも隠蔽している為、外見から彼女を妖怪と判別するのは至極困難だ。

 確かに見た目こそ日本人らしからぬ色彩だが、その程度の人間は現代の日本なら何処にでもいるし、逆に、それだけで襲ってくる様であればスレイヤーという組織はとっくの昔にその全貌を明らかにしていることだろう。


「……そうかも知れないが気づかれない前提での、甘く見積もった行動なんて出来るか。 ましてやどうやって呪詛を掛けるかも知れないのに」


 そう、連理の行動も浅はかとは言い難い。

 それだけの狂気を見て、実際に死ぬ程の目に遭ったのだ。

 普通、警戒はするだろう。

 護るべき者がいるなら尚更。


「ああ、それもそうね。 お馬鹿は取り消すわ」


 彼女はそう言いつつ、何処か一息吐いた様な、有り体に言えばほっとした様な微笑みを浮かべ、言葉を綴る。


「お詫びに教えてあげる。

 テルム《イムブレカティオ》の発動条件は切りつけて、対象に血を流させること。 残念ながら非接触で呪詛を掛けることは出来ないわ」


 一瞬だけ、テルムを手にする絢。

 それは普通に使われる定規よりやや長い程度 ――刃渡り40~50㎝程の小剣だ。両刃の煌めきは、その能力を知っているせいか、酷くくすんだものに見えた。


「……随分と、気前がいいな」


「わたしの目的は復讐よ。 上司といる時はそれに従うけど、余計な殺しをする気は無いの。

 一応の謝意という事にしておきなさい」


 謝意 ――主に感謝の意として使われるが、詫びの意味もある。だがちょっと悪く言っただけの詫びには大きすぎる様な、謝意。


「どういう……意味だ?」


 ならばそこには別の理由があるのか。

 問う言葉に復讐者は何処か曖昧な、苦笑とも自嘲とも取れる笑みを零す。

 いや、斬りつけることが呪詛を与える発動条件なら、彼女はササと敵対したことがあるのか?

 ササは気づいてないようだし、絢も気づかなかったと言っているが、ササへの攻撃は背中へのモノだ。 状況によって顔を合わせていない可能性は十分にある。


「答え合わせまでする気は無いの。

 ただ、そうね……。 今回はわたしが逃げ帰った形にしてあげるわ」


 くるりと背を向け、歩き出す。

 先頬までの対話は何処に行ったのか、自らの名をも告げ、ただ立ち去る。


「……アレクの逆木連理だ」


 ササが来た事で、荒れ木三度Loss所属である事は察しているだろうが。


「もう忘れたわ、お馬鹿な後輩クン」


 そう言い残し、絢は背を向けたまま肩を竦めた。



 ちなみに、絢は少し歩いた後、また振り返るとこちらへ歩き始めた。

 訝しむふたりの横を、少し頬を赤く染め無言で歩む。


 彼女の背が見えなくなった後、漸く連理は気づくのだ。


 ああ、元々彼女の進行方向はこちらだったな、と。


渡来 絢 

●ヘレティック・・・ハンター

●ミュータント・・・クリエイション(人為的にテルムと適合されるスレイヤー専用ミュータント)

●クラス・・・実験体

●テルム能力【呪われし傷跡】・・・全体的に弱体化させる「拘束されし四肢」、出血の止まらない「流れゆく命」、常に不幸に見舞われる様になる「不運の連鎖」、耳元で何かを囁かれ続ける「後ろからの声」、切られた場所が徐々に壊死する「黒き刃」、病気や毒に対する抵抗が限りなく低くなる「死への道筋」、今まで負った傷が徐々に開いていく「在りし日の痕」など。 呪詛の付着率は低め。

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― 新着の感想 ―
スレイヤーと遭遇したら基本的には警戒するでしょうし、連理の動きはササの安全を考えたら最善でしょう。 ササの頭の中がお花畑かゲーム脳なだけかと。 (´ε`)
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