第二十話 傍らに在る悪意 ~The Confusion of the Sinner
本当ならシーンごとに分割した方がいいんでしょうが、それではあまりに短いのでまとめてあります。
内容はタイトル共通なので違和感はないかなあ、と。
2025.11.19タイトルちょっと変えました
「度し難いぞ、人間。
駆逐と言ったか? それが理想か?
殺戮者を名乗り理想を掲げるか!!??」
そんな鴉天狗の言葉に、「彼」の思考は止まった。
前から思ってはいたのだ。
あの日、復讐を終えてから、彼女の存在を知って、思っていたのだ。 迷っていたのだ。 悩み続けていたのだ。
自身は復讐者ではなく、言葉通りのただの殺戮者ではないかと。少なくとも復讐を終えたあの日からも殺し続けたのは間違いだったのでは、と。
「夫の前で妻を犯し殺す事にどんな理由がある? 親の前で娘を犯し殺す事にどんな理想を掲げる? 子どもの前で親を解体し、その子どもの首をねじ切るなど。そこにどんな理屈があるというのだ?」
鴉天狗はその身から大量の血を流しつつ、おぞましいとしか言いようのない形相で対峙する殺戮者を睨み付けていた。
自身を死に至らしめる、強さだけで言えば格上のふたりに対して、まるで臆することもなく。
その光景を遠目で見ているだけの自分なのに、心臓が鷲掴みにされる様な感覚を覚える。
その形相や胸中にある想念はかつて自身が抱いていたものと同じであろう、怒り、怨み、憎しみ……それらが混ざり歪み染まった奇怪な念だ。
彼のそれはスレイヤーに対するそれだろう。胸の中で沸々と燃える憎悪の炎だ。
この「狩り」に参加はしていなくとも、鴉天狗が彼の存在に気づいていなくとも、彼は間違いなくスレイヤーで、その怒りの対象であった。
その事実に、彼は、顔を歪ませる。
脳裏に浮かぶ懐かしい存在が、そっと悲しげに顔を伏せたのは彼自身の想いのせいか。
「駆逐か? 貴様らは笑いながらもそうする事を駆逐というのか?
殺戮の中に享楽を得て、それを理想とするのか?」
震える足がその身を退かせる。
そこで知らないと言っている高原奈羅伽の様に、知らぬ存ぜぬを通す事が出来ない訳ではないが、そんなの嘘だと言えぬ訳でもないが。
だが、それは嘘ではないのだ。
確かに自身は知っているのだ。
スレイヤー内部でも呆れられ嫌われているという「狂った」メンバー。自身の所属する組織にそんな怪しげな者がいるはずがないと、一時は聞き流していた話を。
浄化するなどと嘯き、女性型の魔物を犯して殺しているという者達がいると。それが本当だと知ったのはそう昔の話ではないが。
魔物だから、人間じゃないからと。
そう言いながら犯す。 傷つける。 殺す。
女性体であればアクマであろうと同様の行為を繰り返し、それでいて決して微塵も油断はしない。一方で男性体は必要以上に傷つけ殺す。
尤も、結局同じ様な理由付けで殺している以上、自分達も同じ穴の狢に過ぎないと内心理解してはいたけれど。
復讐を終え、それでも殺戮を繰り返す自分達に、それを批難する意味も権利も在りはしないのだけれど。
彼はその場に背を向け、駆け出した。
あの鴉天狗の言葉は、只管に彼の心を抉っていった。考えないようにしていた一切を抉り出していった。
だから、逃げるしか道はなかった。
逃げる事しか、出来なかった。
行く先も考えずに夢中になって走る中、背後からの突然の爆風に煽られ、彼は気を失った。
いつもであれば意識を保つ事など容易いレベルの衝撃でも、耐える気力なんてそこには欠片も残っていなかったのだ。
◇ ◇ ◇
綺麗に掃除された廊下を二人組の男が歩いていた。
片方は如何にもチンピラ風の男だ。
耳には一体どれだけの穴が開いているのか、数えるのが億劫なレベルのピアスを付け、それは鼻と唇にも2個ずつぶら下がっている。 首筋に見えるのは入れ墨、両手の指にはナックルかと言わんばかりの指輪指輪指輪、手首足首にもじゃらじゃらと無数の金属の輪で飾り付け、隠密行動なんて知らないね、と言わんばかりに只管己の存在を主張している。
端的に言ってもバカにしか見えない。
一方で、そんな男の連れはというと、何と神父であった。
如何にもな神父服を着て、手には聖書、首に掛かるのはロザリオ。品の良い眼鏡をかけ、髪は見事に七三分け。斑な金髪を逆立てたような連れとは真逆と言っていいスタイルである。
それが説法でもしているというならまだ話は通じるのだろう。
だが、彼等の間に交わされる言葉にはそんな殊勝なものはないのだ。
「まっさか、逃げられるとは思わなかったぜ。 くっそ、もったいねー」
長く、それでいて派手に彩られた爪で頭を掻きながらチンピラ風の男が嘆いた。
彼は掛居 東誠。スレイヤーに所属するワイズマンだ。
テルムとの相性が悪くハンターとはなれなかったが、魔力を拳に乗せ戦うバルバルスであり、戦乙女の槍と呼ばれるミュータントでもある。
「アレは海に特化した種類だった様ですね。 まったく、折角の浄化の機会を逃すとは愚かな魔物です」
一方の神父は真藤 紅。普段から掛居と組むワイズマン。
こちらもテルムを持ってはいないが、組織内では凄腕と評価されるひとりである。
何せ、彼が投入されるとスレイヤーの被害が七割減少すると言われるほどの結界使いなのだ。七年前のとある襲撃の際には敵の魔女を完封したと言う逸話を持つ。
「我々だけでは逃げに徹した魔物を捕らえるのは難しいと言う事です。
やはり狩りには坂田さんや木本さんの様な、飛び道具が有効ですね」
真藤はくいっと眼鏡の位置を直し、言われた掛居は顔を顰める。
「そいつはまあ、わかってるさ。
しっかしよぉ、坂田のオッサンはともかく、木本ババアはすーぐ殺しにかかんじゃねーか。楽しむヒマがねーよ」
偶に組むふたりの行動を愚痴る。
ふたりは銃をメインに使うワイズマンで、本来スレイヤーの狙うべき魔物に対してという意味では牽制にしかならない場合の多い戦力だ。だが、彼等のターゲットになる様な魔物の多くは銃で無力化、少なくとも逃走の邪魔くらいは出来る。
ターゲット ――人間サイズのファンタズマで女。ちからが弱ければアクマでもシャドウでもターゲットになり得るが、要は人権を持たず何をしても罰せられない相手。少なくとも彼等はそう思っている女達。
だが、そのターゲット像は実のところスレイヤー内部でそう認識されているだけに過ぎない。
彼らにしてみたらアレクや考正会、他組織の人間も十分に獲物であるのだ。
どうせ隠れ里でバラしてしまえば何の証拠も残らないのだから。
「あの方は殺したいだけのヒトですから、朝のニュースに出て貰わない様に、あちらで発散して頂いた方が良いでしょう」
荒れ木三度Lossや暁のメンバーがいたら怒髪天な台詞を吐きながら、彼は本心からの言葉を口にする。
「わたしの手で浄化させてあげられないのは残念でなりませんが、それも神の思し召しでしょう」
そんな真藤の言葉に掛居は内心舌を出す。
(な~にが浄化だか)
その外見の様に聖職者振り、知ったような事を言っていてもやってることは彼と同じ、ただ犯すだけだ。女は犯してから殺し、男は痛めつけてから殺す。
当然それはただ欲望の捌け口に過ぎない。彼の「お眼鏡」に叶う人間の比率はそう多くはないが、それを相手に浄化だ何だと言っている時点で粛正派や浄化派の連中と一線を画しているのは明らかだ。
だがそれを口にはしない。
真藤は、心の底からそれが正しいと思い込んでいる狂人なのだと、掛居は知っているからだ。その上ちからは強く、思惑は兎も角やる事は彼と変わりがない。つまりは都合がいい最良のパートナー。
ただ、狂人とは言え何処か良心の呵責でも覚えるものなのだろうか? 彼の胸に光るロザリオは逆十字。
坂田も木本も、その意味では同類だ。
かつては復讐の為に只管努力を重ねたストレングス ――坂田智。復讐を終えた後は殺戮の悦びに目覚め、自ら拳を振う事もなくなり、ただ銃で痛めつけるようになった。
木本一美はもっと単純だ。復讐の名を借り、最初から傷つけ殺す事を目的としてスレイヤー入りした、人間社会で生きていくならそのうち殺人くらいは平気で行っていただろう社会不適合者。
そんなふたりのせいで強姦が屍姦になった事も一度や二度ではないが、何かと都合が良く、付き合いがいいのも事実だ。
ここ、スレイヤーに属する者の半数は復讐者だ。元復讐者なら兎も角、彼等とはとてもじゃないが気が合うとは言えない。
といって、残りの大半を占める殺戮者とも気は合わないのだ。
犯し痛めつける掛居と、犯し殺す真藤。
痛めつけたいだけの坂田と、痛めつけて殺す木本。
この微妙に噛み合った四人だからこそ、ある程度でも組んでいられる。だから掛居も殺す手伝いをするし、真藤も進んで女達を痛めつける。
もっとも、坂田と木本のふたりはそれでも他の殺戮者と組む事もあるようだが……。
掛居等のように、魔物に対してなら何をしてもいい、と思う者が他にいない訳ではない。だからこそ殺し駆除していくのだが、それでも彼等とは合わないのだ。
「次に見かけたのなら、逃しません」
鋭い眼光。
だがその輝きの奥に潜むのは、酷く歪んだ上に肥大化した欲望だ。
(大した気狂いっぷりだこと)
自身の事を棚に上げ、内心で嘲笑いながら、掛居は真藤の背を叩く。オフェンスである自分とは最良のパートナーであり、決して更正を目的とはしない最悪の神父。
当然、掛居本人が更正を望む訳ではないが、真藤は他の人間相手でもそういった真似は決してしない破戒僧であり、そんな彼が何故神父をしているのか、心底不思議に思うのだ。だからといってそれを問う気は全くないが。
「おうよ、とっ捕まえて楽しもうや」
そう言ってチンピラの如き風貌の男は凶悪な笑みを浮かべた。
「楽しむ訳ではありませんよ。 あれは必要な事、浄化なのですから」
眼鏡の位置を直しながら、真藤は心底真面目な顔でそう言った。
にやにやと、下卑た笑みを浮かべながら、そのいい訳がましい言葉を聞き流し、掛居はその未来を夢想する。
逃したばかりの、美しいと言っていい容姿の魔物を、只管に蹂躙する未来を。
◇ ◇ ◇
連理が荒れ木三度Lossへ入って、二ヶ月が過ぎた。
バイトは順調。
裏バイトとでも言うべきか、ワイズマンとしての活動も概ね順調。
仮面優等生な上坂朱音や一応大学生の膝丸健斗と親しくなった事で勉学も順調。
ササとの関係も何のかんのの言ってもまあ順調と、何やら順風満帆な逆木連理である。
尤も、ワイズマンとして活動していくとなると、彼の場合どうしても「悪魔喰らい」する回数が多くなる。以前指摘された時はそんな認識もなかったのだが、最近は体力・筋力面が目に見えて強化されつつあり、体育での手加減が必要なのがもっぱらの悩みの種だ。
ただ、日常での悩みはそれ位であっても、非日常の悩みは中々に解決しづらいものであった。
ひとつはササに掛けられた呪詛だ。
あの呪詛自体は《黄昏》が喰い尽くしたものの、ササ自身には「呪詛に掛かりやすく、その効果が強く出やすい」という古傷を残しているらしい。
掛ける呪詛は同じテルムに限定されているようだが、気持ちのいいものではない。
もうひとつはスレイヤーだ。
鷹城佐重樹との邂逅以降、彼等と対峙する事が幾度かあった。
だが、連理はまだ彼等を斬った事がない。
殺す殺さないの悩みではなく、斬る事を忌避してしまっていた。
悪魔殺しの性質なのかも知れないが、アクマと対峙する時は冷静に冷徹に切り捨てているのだが。
その話をすると、朱音は「解るけど」と前置きしつつ自らの殺人を告白した。
「殺しに来る人間より、そばにいる隣人が大切だからね~」
と、困ったように彼女は微笑む。その笑みに人を殺したことに対する苦悩はない様に見えた。
それが何の悩みもないのか、悩む時期を過ぎ既に達観してしまっているのか、最初から何も感じていないのか、彼には判別出来なかったが。
幾度か連理の前で彼等を殺したこともある健斗は、「社会が護ってくれない存在を護るにはどうするかって話だ」と真面目な顔で言った。
「存在を明かし社会に護ってもらいたいところだが、それは下手を打つと魔女狩りに発展しかねない手だ。人間同士の殺し合いに発展しかねないからか、スレイヤーもそっち方向の活動はしていないしな。
なら社会に反して護るしかないんじゃないか?」
彼はいつものおちゃらけた様子は見せずに続けた。
「スレイヤーだから傷つけても殺してもいい、なんて言わないがね。
だが、法の外の存在を法の外で殺してる人間に法を説いても意味はないんだ。話し合いが全くの無駄とは言わないが、結局奴等が殺しに来て、そして逃げ切れない以上は殺すか、圧倒的な力でねじ伏せるしかないんじゃないか?」
真面目な顔でそう言いつつ、
「俺は結局殺すしか出来なかったし、多分これからもそうだろうけどな」
そう締めくくった。
まだ中学生の高円寺望は少年ながら少女のように見える顔を歪め、小馬鹿にしたように、「アンタ馬鹿か?」
とそっぽを向いた。
そっぽを向いたまま、結局その日はそれ以上一言も口を利いてくれなかった。
内容的に相談するのは人間に限定したい、そうすると支部にはこれ以上話をする相手のいない連理である。
そんな訳で彼は、公園のベンチでリストラ後のオッサンのようにボーッとしていた。
彼の相談は前述したように相手が人間に限られる。
その為のシフト調整をしてもらい、それを終えるのと入れ替わりでササのシフトが入っていた為、今はひとりだ。
今日は日曜日。連理はそれ用の半日勤務でシフトを、ササは時間調整の為と称して平日の時短シフトを入れていたので、もうすぐ仕事を終えるだろうが。
「………………」
ボーッとする。少なくとも外からはそう見える。
考えを巡らせたところで結局は割り切るしかないのかも知れない。
斬る事を忌避していると言っても実際のところ、鷹城佐重樹には刃を向けているし、防御の為とは言え、その身に刃を当てている。まあ傷ひとつつけられなかった訳だが。
「…………」
離れた場所にシーソーで遊ぶ子どもが見える。
考えようが考えまいが結局はどちらに重きを置くか、なのだろう。釣り合ったままで結論づけられなければ、手が遅れ、足が縺れ、何も得られなくなるに違いない。だから自分の「大切」を胸の内に仕舞う。
「……」
無為な時間か有為な時間だったか、思考だけを指向させ、覚悟も決まらぬまま立ち上がる。
遊具から離れ、帰路につく子どもと、一緒に遊んでいたのだろうか、妙齢の女性がひとり、見えた。
自分と同じくらいか、と思いもするが、妙に落ち着いているような雰囲気と、子ども達とにこやかに別れを告げつつ再会を約束する様子は、何処か同世代にはないゆったりとした安定感が窺える。
彼女は子ども達が帰路についたのを見届けるとゆっくりと連理の方向 ――この公園のもうひとつの出入り口へと歩を進めた。
遠目で見るよりも幾分若く見える彼女は、子どもの去った方へ向けたままだった視線をこちらへ向ける。
――焦燥感。
自身の方へ向かって来る成人前後と思しき女性。
睨まれた訳ではなく、そもそも目が合った訳でもない、ただ歩いてくるだけなのに、連理は心乱され立ち尽くした。
その様子に気づいたのか、彼女は小首を傾げ、心当たりがないことを確認しつつも彼の横を通り過ぎようとする。
(――ジュソノモトダ)
「スレイヤー」
何時か聞いた声と、思わず出した自身の声が重なった。
「――!?」
彼女はその声に反応し身構え、連理は構えこそ取らないが正中線をずらして、立つ。
これが連理にとって、二人目の、まともに会話の成立するスレイヤーとの邂逅だった。
「彼」が香に気づかれなかったのには一応理由があります。
前に後書きでちょろっと書いたから気づいた人は気づいてるかもしれませんね。




