閑話 石壁
閑話です。かなり短めですがニマニマして頂けると幸いかと。
アレクから帰還した連理を待っていたのはササの背中だった。
その背は、何と言ったら良いのか、身動ぎもせず、かといってどっしりとしている訳ではなく、寧ろ一息吹けば吹き飛ぶ様な、酷く力無い姿に見えた。
煤けた背中というのはこんな感じなのかと思いつつ連理は彼女に近づく。
彼女の視線の先と思しき方向はいつものゲーム画面が見える。
ササはひとりでいる時、テレビを見るのもゲームをするのも音量は極小だ。
一応防音になっているとは言え、連理のいない時間帯にそんな音が漏れ出したら事であるし、イヤホンくらいなら何とかつけられるがヘッドホンは難しいケモミミである。ならいっそ、と普通は聞こえない様なレベルの音量にしている。
だからドアを開けた程度ではその音量にはまず気づけない。
「ササ?」
「連理よ……」
彼に呼ばれ振り返ったのは泣きそうな顔のササである。
眉は「ハ」の字、瞳は潤み、体は時折小刻みに揺れている。だがその手にはしっかりとコントローラーが握られており、理不尽を受けたゲーマーを体現していると言っても過言ではない、かも知れない。
「おいおい、どうしたんだ――」
何となく状況は読めてきたものの、そんな顔をした彼女を放っておく訳にもいかず、問いかける。
「いしのなか、って何じゃ……?」
納得の一言である。
ウィザードリィをやって、この言葉を知らない者はいまい。
いや、未プレイの者ですら聞いたことのあるフレーズであろう、有名で、無情で、最悪のメッセージである。
キャラクターも、装備も、費やした時間も一瞬でLOSTさせる最凶の罠。
「テレポーター、踏んだのか……」
この無作為転移から逃れる方法は多くない。
行く先が安全で在る事を祈り天に運を任せるか、致命的な画面に移る前にCAMPを開き座標を確認後自前の転移魔法で移動するか、それと同様のタイミングか、もしくは罠に掛かった時点でハード的にリセットボタンを押すか、だ。
このゲームの「おおっと!」は軽く見えるようでいて酷く重い、恐ろしいメッセージなのだから。
「リセット、しなかったのか……?」
自身が教え忘れていたなど思いもせず、連理はそう口にした。
「へっ? リセット?」
「リセット」
言われてササはふさふさの尻尾を揺らしながらハードへ手を伸ばす。
だが、無情にも連理はそう言わざるを得ないのだ。試行錯誤したであろうその画面はとっくにカント寺院に移動してしまっているのだから。
「いや、もう遅いし」
ササの手が止まった。
「…………遅いの、か?」
ゆっくりと、首が連理へ向けられる。 首が、というか顔がぐりんっと回ってた感じが何か怖く見えた。
「……うん、まあ、遅い」
その様子に歯切れ悪く応える。
所謂「リセット技」を教えていなかった、教え損ねていたのだと察したものの後の祭り。
ここで教えないのも悪いので、オートセーブのタイミングとリセットの有効利用を伝授する。
「――何故おぬしはそういう事を早く教えてくれんのじゃ~!?」
襟首を掴みぶんぶんガクガクと揺らしてくるササの顔は半泣きである。
復活の呪文を間違えていたり、セーブデータが飛んでしまった小学生はよくこんな顔をするものだ。 まあ、連理はそう言う友人を見たことはないが。
彼の世代のプレイヤーに本来復活の呪文なんてものは存在しないのだ。
「いや、……ちょっ、もう、結構、やってるから……教え、た……気に、なって、た」
「わらわの育てたヨシムネもミツヒデもマサコもビクニも……消えてもうた~」
これらとゴエモン、クロウを加えた六人パーティである。
ササの育てた三代目のパーティで、プリーストのマサコだけは二代目からの引き継ぎだ。由来になったのは北条政子。
こういう時ササの名付けは歴史上の人物ばかりだ。ちなみにクロウは源九郎義経で、連理はちゃんと名前を聞くまで全然ピンときていなかった。
「ごめ……ごめんって、次はオレも手を貸すから」
「…………うー~」
その程度では今の機嫌は改善されない様だ。
機嫌の悪いワンコの様に唸っている。
「明日、なにかスイーツを献上させて頂きますのでお許し戴けないでしょうか?」
「…………プリンみっつで許さなくも、ないのじゃ」
連理の襟首を掴んだまま、小首を傾げる様な仕種。
「ありがたき……」
お許しの出た連理が感謝の言葉を告げようとした時、不意にドアが開いた。不意を突かれ、連理もササも硬直する。
「おい、逆木、ドアが開いてきてる、ぞ……?」
委員長だ。
彼はそこから見ると抱き合っている様にも、口づけている様にも見えるふたりを見て一瞬硬直するが、連理もササも反応しないうちに気を取り直して続けた。
「って、何かいいところっぽいけど、早めに帰した方がいいんじゃないのか? それと手を出すんなら戸締まりくらいは気をつけろよ? 密告する気はないが見つかったら流石に庇えないぞ。
それじゃ、おやすみ」
そうか、ドアがきちんと閉まっていなかったか、と他人事の様に思いつつ、委員長によって閉じられたドアを連理は視認する。 恐らくドア横の金具部分がきちんと填まっていなかったのだろう。
半ドア状態からなら自然に閉まる事もあるが、逆に開く事もままある事だ。
おかしい事は何もない。
そう、何もない筈だ。
ササと一種に住んでいるという状況で戸締まりを確認していないのが只管危なかっただけである。
「……危ないな」
委員長だから気を遣ってくれたが、そうでなかった場合ちょっとした騒ぎになった可能性もある。下手を打てば停学、家族会議モノだったろう。
「うむ、わらわ、耳隠しておらんかった。おぬしに隠れて見えなかったとは思うんじゃが」
ああ、それもあったか、と思う連理だ。
最近慣れのせいかササが人間でないことを忘れ気味の彼だったりする。
ササだけではなくマヤや鏡子、夕陽に紡らと言った面々に関してもそうだ。それが本当の姿ではないと知っては居るものの、ヒトの姿をして普通にやり取りが出来る彼ら彼女らと、自分達を区別する必要性を感じなくなっているのだ。
「そうなったらコスプレで通すか」
初めてササと合った頃を思い出しつつ、ポンッとその頭に手を置く。
信じようとする要素がなければ案外誤魔化しは利くかも知れないが、触れられればアウトだろうな、とも思う。その柔らかさと温かさはとても生物的だ。
「おぬし、そういう趣味に思われそうじゃな」
「……それもイヤだな~」
ロリコン疑惑にコスプレ好き容疑が加わるとか、お友達が増えそうな案件である。
軽口を叩きながらも、連理は鍵をしっかり掛けるとテレビの前に腰を下ろした。
「とりあえず新キャラ作っちゃうか。名前はどうする?」
「そうじゃな~、今度は……ソウジとイサミと、って自分でやるわい」
「新撰組か? それだとプリーストやメイジっぽいのいなくないか?」
「ん~、別に統一せんでもいいじゃろ、そっちはセイメイとドウマンにしとくのじゃ」
「ドウマン?」
「蘆屋道満、知らんか?」
蘆屋道満は平安時代に活躍した、安倍晴明のライバルとも言われた陰陽師である。晴明程の知名度はなかったのだが、最近はソシャゲ等でちょくちょく顔を出す。
「知らないなあ。シーフは?」
「それはカモでいいじゃろ。盗賊というより強盗っぽい逸話もあるしの。
そうじゃ、今回はプリーストをふたりにしてみようかの」
「あ、そういえば芹沢鴨って神社の家系とかいう話しもなかったっけ?」
そう考えるとゲーム的に似合いそうなのは最終的にロードであろうか。
「……いいんじゃ、奴はシーフで」
「何だそのこだわりは」
結局、ファイターのソウジ、同じくファイターのハジメ、プリーストのイサミ、こちらも同じくプリーストのドウマン、シーフのカモ、メイジのセイメイ というメンバーになった。
果たして、第四パーティはどうなるのか、ササはすっかり慣れ親しんだ第一層へ足を踏み入れるのだった。
ちなみに筆者もテレポーターは「おおっと!」したことがあります。
二回ほどは通路へ、石の中も一度入り込みましたね。
そのせいで当時入手したばかりの「カシナートのつるぎ」や「ますらおのよろい」もお釈迦に。
リセット技を覚えてからは即リセットするようになりましたけど、最下層ではテレポーターに引っかかっても入手アイテムを確認してからリセットをしてました。
だって「ぶき」だったら「しゅりけん」か「ムラマサ」が確定だったし。




