第一話 始まりの夜
短めです。
第一話とありますが、内容的にはこっちの方がプロローグっぽい、かも?
行間修正しました。
キュッ、と、リノリウムの廊下とスニーカーが擦れ高い音を立てた。
そのスニーカーを履いた人物は自分の立てた音に一瞬身を固くし、辺りを見渡す。
――九月。
晩夏もとうに過ぎた筈なのに、気温はそこそこ高く、じっとりとした空気が充ち満ちている。現代日本の九月では白露なんて言葉は似つかわしくないのかもしれない。この纏わり付く様な空気に、少なくとも、澄んだ「しらつゆ」のイメージはない。
「……」
耳を澄ませ、周囲の気配を探る。
とは言っても、実際に気配なんて探れる訳もなく、やっているのは息を潜め聞き耳を立てるだけだが。
少なくとも誰かが気づいた様子はなく、彼は慎重に歩を進め始めた。
時刻はすでに丑三つ時。
宿直というものを採用していないここ ――私立琴倉橋高等学校においてこの時間に人がいるというのは本来ありえない事ではある。
つまりここにいる彼は侵入者という事だ。
とは言ってもこの学校、要所の玄関と職員室等の教員用スペースにしかセキュリティのないザルな警備体制ではあるが。
それでも防犯上何カ所か要所要所には光源があり、不心得者の姿を浮き彫りにしてやろうと待ち構えている。またそれらは校内に人がいる事を臭わせ、心理的なセキュリティとなっているのだ。
彼 ――逆木連理もまたそんなセキュリティに引っかかりつつある、いち生徒だ。
誰かに見つかりはしないかと、緊張しながらゆっくり歩む。
まったく、つまらない事をした、と悔やみながら……。
そう、極つまらない事がこの不法侵入の原因なのだ。
◇ ◇ ◇
――連理は平凡な少年だ。
父はサラリーマン、母はパート。妹は中学生で弟は小学生。最近は少なくなったという複合家族で祖父母も一緒に暮らしている。
今は寮生活だが、何とも平凡だ。
体型は中肉中背というには多少筋肉質だがそれだけで、成績も中の上といったところ。
顔もまあ十人並みか。
運動は嫌いでもないが、好むものもない為鍛える様な事はせず、そこそこに動ける程度。体型の割には平凡だ。
それ故、という訳でも無いが、部活は入らずに帰宅部。
クラスでの立ち位置も、目立つでもなく沈むでもなく、とことん平凡。
趣味、というか暇つぶしが親から譲り受けたレトロゲームという、若干変わったところもあるにはあるが、それだってそう枠から外れたものでもない。
そんな彼が夜の学校にいる理由。
それは至極単純 ――忘れ物であった。
何時もの様に帰寮し、何時もの様に食堂で夕食を取る。
定時に大浴場での入浴も済ませ、何となく横になったのが不味かったのか、気づけば夜半も疾うに過ぎ、真夜中もいいところ。
そこで再び床に着いたなら普段の生活とそう違いはなかろうが、思い出したのは課題という存在だ。
さっさと済ませてしまおうと思ったら記入すべきプリントがなかった。
朝早くに教室でやればいいと、アラームを設定しようと思ったら、何とスマホも見つからない。
そして、掛け時計で確認した現在時刻とこのまま寝てしまった場合、アラームなしでの予想起床時間、寮と校舎の立地等を鑑み、彼は侵入者となったのだ。
間の抜けた話ではあるし、短絡でもある。
今改めて考えれば寝起きでの呆けた思考だったのかも知れないが、侵入を果たしたこの状況では後の祭りだ。ここまで来て引き返すなんてその方が呆けている。
結局、連理は侵入者として足を進める事にした。
見える限りのセキュリティを避け、足音を殺し、息を潜め、なるべく影の中を歩く。
耳を澄ませ、辺りを見遣り、階段を登る事二階分。その最奥が彼の教室である。
ゆっくりと施錠されていない扉を開ける。音を立てない様に、だ。
そっと、教室の中へ足を踏み入れる。
夜とは言え妙に暗く感じる教室に、それ以外にも何処か妙だと思える様な…、そんな違和感を感じながら。
この時、扉を開けずに帰っていたのなら、彼は今までと同じ様に平凡な日常を過ごせていただろう。
開けていても、その扉を潜らなければそのまま日常へ戻ることは出来たろう。
――だが、何も知らない彼はこの時間にこの扉を抜けてしまった。
幸か、不幸か、偶然か、必然か、それとも運命か、何らかの作為だったのか……。
作者の作為です。
まあ、彼はその特徴に「直情」と「巻き込まれ体質」を設定しているので、キャラ設定通りなんですけど。




