第十七話 殺戮者殺しの殺戮者
ちょっとエロとグロな部分がありますがご容赦ください。
「はい、母です」
二十代か、下手をすると十代にも見える「少女」は再度その言葉を繰り返して微笑みを見せる。そんなやり取りになれているのだろう、特に気を悪くした様子は無い。
サカキカオリは覚えている。
外見でいえばササとそう変わらない年頃の女の子に見えた。
で、あるなら、余程の童顔か、そうでなければ中学生前後でカオリを産んだか、もしくは………。
そうだ。 あの時誰かが言っていた筈だ。
あの少女は魔物の血を引く合いの子だと。
「ファンタズマ……なんですか?」
「ええ、貴方……と貴女はわたしの様な者は付き合いが少ないようですね」
ロジーナと名乗った少女は連理と朱音に視線を向けそう言った。
事実、ササも夕陽も彼女が「母」である事に特に疑問を覚えてはいない様に見える。
彼女らにとって外見の年齢と子の有無はリンクするものではないのだ。
外見が子どものまま変わらない一部の小人や妖精達も、逆に山姥やブラックアニスの様な老婆にしか見えない者も、等しく子を授かる。
単純に外見年齢と実年齢のギャップでいえば鏡子に勝る者はそういないだろう。
だが連理のみならず朱音も、子どものいるファンタズマとの付き合いがない為、人間の常識で考えてしまった部分があったのだ。
「……それでおぬし、母というのは……」
一方で、ササは何処か悲痛な顔をしながらそう問いかけかけた。
彼女が母である事に疑問はないが、この場である真実に唯一気づいた彼女は何と言っていいか言葉を詰まらす。
「そんな昔話も日本にはありますでしょう?」
「…………そうじゃ、な」
「それでファンタズマかどうか、なんですが……まあ、一応わたしはそのつもりではありますけど、一般的にはアクマの扱いになってますね」
ロジーナは変わらぬ笑みのまま言葉を続ける。
「それでは改めまして。
死者の魔法使いたる屍鬼リッチ、榊ロジーナと申します。生前はセイズ――北欧系の魔女でしたが」
青白い顔色をした彼女はそう言って引き攣った笑みを浮かべた。 彼女は物理的に引き攣った笑顔しか浮かべられなかったのだ。
そんな彼女を見てまず動いたのは意外にも連理だった。
アクマだから、と敵対する訳ではない。
ただ以前に得た知識がその行動を取らせてしまった。
「それはご愁傷様です……?」
頭を下げ言ったはいいが、自分でも何か変だと思ったのか、疑問形。
「…………ぷっ……」
少し沈黙したロジーナは閉じていた口から思わず息を漏らした。
「おぬし……、それは遺族に掛ける言葉じゃぞ?」
夕陽にそう告げられ連理はいかにも「やっちまった」という表情を浮かべる。判りやすいその表情はある意味顔芸と言っても過言ではない。
「ふふ……構いませんよ、わたしも遺族には違いないかと思いますし」
少し緩んだ空気の中、ロジーナから救助の経緯を聞き、一行は頭を下げた。
朱音はまたも土下座しようとした為、ササが腕を組む様にして邪魔をしている。
忙しそうなササに説明を任せる訳にはいかず、連理は諸処の事情を夕陽にも話した為、蚊帳の外だった彼も納得の顔だ。
また当時、香の傍に彼女がいなかったのは肉体の破損が酷く修復中だった、との事。
なるほど、それなら香本人も傷を負っていたのは納得である。
「ところで榊殿よ。尋ねたい……否、確認したいことがあるのだが、良いか?」
一通り話が終わった頃に口を開いたのは夕陽だ。
彼はこの対話の中で、当初の事情を聞いたにも拘わらず、殆ど傍観者となっていた。
勿論当時の当事者ではないのだから話題は減るが、今回の件では立派な当事者である。それでも彼は傍観者に徹していた。
「はい、わたしに答えられることでしたら」
「おぬしは黒澤耶彦という男を……、いや、そうではないな。
榊香というおぬしの娘は、黒澤耶彦の弟子の『黄泉御前』だな?」
己の言った確認という言葉とは裏腹に、彼はほぼ断言した形でそう言った。
言われたロジーナはその表情を歪ませる。
恐らく彼女は表情を「表せない」。死者であるが故か、それ以外の要因かはさておき、きちんとした表情を作れないのだ。
だから彼女の笑みはどこか引き攣った様な感じになる。
「その呼び方は好きではありませんね。あの子をそうしたのはあの襲撃者どもなのですから」
そこにあるのは滲み出る様な嫌悪感だ。そこに混じり込む憎悪だ。それでいて我が子を愁い憂える悲しみの愛情でもある。
それでいて言葉の端々に隠せない殺意。
混ぜこぜになった強い感情はその場へ邪気や瘴気すら発生させた。
――周囲の空気が、重くなる。
「む、それについては謝罪しよう」
「いえ、わたしも感情的になりました」
「それも仕方あるまい。おぬしは彼奴らに、殺されたのじゃな?」
それもまた問いかけにならない確認の言葉。
黄泉御前の噂。
今の話。
以前、耶彦から聞いた弟子の話。
考えるまでもない、そんな結論だ。
「はい」
答えは酷く感情を欠いたものだった。
「わたし達は殺されました。 香を……あの子だけを残して」
◆ ◆ ◆
奴等はその日、隠れ里ですらない普通の街に暮らす榊家を襲撃した。
吹き飛ばされた玄関扉の向こうに見えるのは、二十歳そこそこだろう男がふたり。
その突然の襲撃に、教職であった夫は果敢にも向かい合った。当然だろう、中には妻と幼い娘がふたりいるのだ。
だが、ファンタズマの妻を持ちワイズマンとなったものの、彼は只の人間だった。
あっという間に両手両足を潰され、それからの悲劇を全てその目に焼き付けさせられることになる。
ロジーナはこの襲撃がスレイヤーのものだと悟り、自身の持つ特殊な魔法で娘ふたりを隠した。
【覗き見の小穴】と名付けられた、術者の望むものを隠す童話的「なぞらえ」の魔法である。
――ジンクス、二度あることは三度ある、歴史は繰り返す、ルーティン、王道、等繰り返す動作が同じ結果をもたらすという意味合いの言葉は多い。それらは本来であれば効果の薄い「お呪い」であり、直接魔術へ組み入れることは困難であったが、広い共通認識を持った「なぞらえ」に限っては大きなデメリットと共に組み入れることで、それを可能としたのだ。
ロジーナの使ったのは、童話民話の主人公が偶々悪事を覗いてしまう、そんな場面を肖った魔法だが、この魔法の本質は強力な隠蔽作用にある。
気配遮断、認識阻害だけでなく、認識亡失という、親しい知り合いでも無ければその存在すら忘れてしまう効果があるのだ。
一方で物音を遮断できず、術者を含む隠匿されたものが音を発すると隠蔽が解けてしまうという欠陥と、その名の通り「見続けること」が義務化された魔術でもあった。
それでも彼女は娘ふたりに沈黙を命じ、襲撃者へ対峙した。
その時の相手の顔は忘れられるものではない。
喜色に富んだ、表情。
間違いなかった。
この襲撃者の目的は、少なくとも目的のひとつは彼女自身だった。
ファンタズマで魔女ではあったものの、現在と違い呪術医寄りであった彼女に、襲撃にも殺しにも慣れたふたりを相手取ることなど出来る筈もない。
少女の様な外見であった彼女は、それ以上の抵抗ができない様に腕を、足をへし折られ、犯された。
悲鳴を上げる。
だがそれは何処にも届かない。
そもそもそれより以前から夫が大声を張り上げているのだ。
誰も来ない。 助けは来ない。
周囲に張られた結界が、声の伝播を防いでいる。
犯される。
膣を、
肛門を、
口を。
何度も何度も。
「浄化だ」
と神父が口にする。
自身を正当化する為か、本気でそう思っているのか、その表情からは窺い知れない。
逆十字が揺れる。振り子のように揺れるそれが、妙に視界に残る。
「うるさいな」
と金髪男が笑顔を浮かべて叫んでいた夫の舌を潰す。親指と人差し指だけで潰し引き抜かれた舌はゴミの様に捨てられた。
香と栞は隠れていた。
その情景を声を殺して見つめていた。
奴等はそんな行為に飽きてきたのかつまらなくなったのか、動かなくなったロジーナの目を焼き抉り、耳を、鼻を、顔の肉を削いだ。
その様子を見、喜悦の表情を浮かべながら四肢を断裁し、仕舞いには肛門へ在り合わせで作った杭を打ち込み、腹まで貫いた。
その時に発した幼い娘の短い悲鳴。
どちらの娘が発したものなのか死の淵にあったロジーナも、血の涙を流し声にならない声を上げる夫も判らなかったが、それは襲撃者達に気づかれた。
そこから駆け出したのは姉 ――栞。
明らかに囮となる者の動きだった。
当時漸く十になったばかりの娘はあっさりと襲撃者の手に落ち、その母と同じ様に嬲られた後、首をもぎ取られた。樹になる林檎でも取るかの様に。
彼女の父はそれを見届けさせられた後、喉を掻き切られたのだ。血の涙を流し真っ赤な泡を噴き、悲しみと憎悪と自らの無力感に苛まれながら。
香は見つからなかった。
彼女だけは命を長らえた。
その後、どうなったのか、当然、死んでいたロジーナは詳しく知らない。
気づくと夫の隆盛、長女の栞と共に、ひとり生き残った香の傍にいた。
死者として。
香の従者として、在った。
「ちからをつけるの。
そしてあいつらを、殺すわ。 必ず」
昏い声でそう宣言する愛娘の姿に、流れる筈のない涙が流れるようだった。
◆ ◆ ◆
全てを話した訳ではない。
気分の悪くなるだけの話だ。それに本題でもない。
「黒澤さんには隠れ里で、当面の生活を支えて頂きました」
暁に頼るという方法は取りづらかっただろう。
ファミリアにしろメディウムにしろ魔物使いは使い魔や従者となった者を何等かの形で封印することが出来る。
それは対象が現し身であれば容易く、本体であれば難しい。
当時の香は従者となった家族を封印する事が出来なかった。能力的にも、恐らく気持ちの上でも常に傍にいることを望んでいた。
旅館に隠れ住む ――正確にはその隠れ里だが―― 彼らに、香ひとりのみならず屍体をみっつも居候させる訳にもいかなかったのだ。
「そうか……」
暁の者達にとって榊家の者は、会ったことのない親戚の様な者だ。近しい者から話しこそ聞くが、態々会いに行くことのない相手。
実態はそんな理由ではなく、夕陽の場合であれば、傷心してるであろう少女らに耶彦は兎も角自分が近づいてもいいのか疑問に思ったからだが。
「その耶彦のことなのだが……」
言葉に詰まる。
今の話を聞きなお、知人の死を伝えなくてはならないのか、と。
話さなければ幾ら何でも不義理に過ぎるが、話せば香はより一層憎しみに捕らわれるのではないかという想いもあった。
「はい、黒澤さんであれば、今日は栞が看てくれています」
「………………………………なぬ?」
夕陽は一体何を言われたのか解らず、それだけを口にした。
耶彦を、看ている?
……キョウ??
今日!?
解りやすく混乱し百面相を繰り広げる夕陽をさておき、朱音が前に出る。
「あの~、黒澤さんって、鴉天狗の黒澤さんですよね? 先日亡くなったと聞いていたんですが~?」
スレイヤーとの戦闘現場となった場所では、砂の中に彼のものと思しき黒翼も確認されていた。確かに死を示す、判りやすい彼自身の頭部などが見つかった訳ではないが、状況的に生存しているというのは有り得るものではなかった。
「あら?
大怪我はしてますし、元気とは言い難いですけど、わたし達と違って一応生きてますよ?」
「………………生きて……る……?」
耶彦が生きてる?
飲み込めない言葉を何度も反芻し、夕陽は倒れる様に座り込んだ。
「こ……腰が抜けたわい。
彼奴め、生きとるなら生きとると……」
そう言って、それが難しいことを思い出す。
突然の逃避行は連絡手段も連絡先も失わせていた。
普段はその辺りに気を利かせる千夜が真っ先に倒れ、普段からスマホを弄る様な我之助、音乃が戦死。 夕陽はスマホなどは何とか通話できる程度のもので日常的に持ち歩かず、紡は所持すら完全拒否していた。
「ところで榊、さん」
少し、自身と同じ呼び方をする名を呼びづらそうにしながら連理が声を掛ける。
「ロジーナと呼んで下さい。わたしの希望としては荒れ木三度Lossとは家族で付き合っていきたいと思ってますから」
「ええ、と、ではロジーナさんで。
それでロジーナさん、先程の、一応生きてる、ってどういう事なんですか?」
というわけで黄泉御前生誕となります。
ちなみにこう言った二つ名はスレイヤーでつけられており、情報提供または引き渡しの要請とともに他の組織へ流れてくるものです。
香はそう呼ばれるようになって日は浅いものの、積極的にスレイヤーを狩っていくので、以前名前だけ出た『祟り鬼』と共にテロリスト扱いですね。
一応、二つ名・称号ルールも作っていて、『黄泉御前』の場合、死霊系魔術に大きくプラス補正があるものの治癒系統へはマイナス補正があるというものです。
そのせいで香はMPを3~4使ってもLPを1しか回復出来ないくらい治癒回復が苦手なキャラになってます。




