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第十六話  死者の恩返し

この辺のエピソードは書き溜めしておいたモノではなく、書き漏れていた部分で、この前後の部分よりも後に書いています。

一応内容は精査しましたが、矛盾点などございましたら指摘して頂けると幸いです。


 アレクによる隠れ里内の調査要請は意外と多かった。

 何せ、隠れ里へと続く門は様々な場所に存在する。

 山の中にも街の中にも、森の中でも公共施設の中にすら。

 金にものを言わせ、そう言った身近な門のある場所は、それぞれの目的は違えど三大組織によって多くは買収されているが、それでも管理されていない場所はある。


 前回の調査に於いて旧暁旅館の人員を加えたアレク斜路支店であるが、戦闘向きのメンバーが増えたにも関わらず、連理に回ってくる調査要請自体も増えてしまっていた。

 何故なら、最近調理を始めたばかりの連理や、接客初心者な上に外見が年若いササを店に出すより、料理に関しては万能性を見せる千夜と、落ち着いて大人な雰囲気を持つ紡の方が店を切り盛りするには向いているのだ。

 勿論、実年齢で年若い連理を只管戦闘に狩り出す、という訳にはいかないが、実利的な面でそう言った傾向が強くなってきた、という面が出てきたことは否めない。

 といっても、当初の話であった様に、拒否権はあるし、そもそも要請と言っても「お願い」レベルではあるので決して「ブラック」という訳ではないのだが……。


 連理はこの日も隠れ里内の調査に繰り出していた。

 そこにいるのは彼と、相棒とも言えるササ、随分とその言動にも慣れてきた上坂朱音に加え、お馴染みの膝丸健斗……ではなく、釣瓶落としである円井夕陽の四名。


彼らは、荒野の様な雰囲気を持つ里の、全く水気の無い谷底を歩いていた。


◇ ◇ ◇


「れんれん、なんか体力ついてきた~?」


 礫砂漠の様な不整地を、適度に休憩を取りながらも歩くこと一時間程だろうか、ふと朱音がそんなことを言い出した。と言ってもずっと沈黙していた訳では無い。

 彼女は ――というか彼女の作るキャラクターは―― 基本お喋りだ。十分以上沈黙していることなど殆どない。

 もっともそのせいか、話題は彼方此方に飛んでいく傾向にある。


「ん……? ん~、そう、かも?」


 今ひとつ自覚は無かったが、言われてみるとそんな気もする連理だ。

 歩きとは言え、不整地、休みを取るとはいえ時折戦闘を挟みつつの一時間。なのに呼吸の乱れは少ない。

 元、と言っていいのかは兎も角、今の様な生活になる以前であれば、スポーツ等に拘りはなく、勿論特に体を鍛えるなどはせず帰宅部、中肉中背の何処にでもいる様な学生であったのだ。


「慣れてきたのか鍛えられた……のかなぁ?」


 などと言ってはみても、自分でも納得出来ずに、疑問系。

 この生活を始め、精々二ヶ月なのだ。 多少の筋肉はついても持久力が急激に上がるとは思えない。


「やはりおぬし、何等かの血脈ではないのか?」


 その話に乗るのは以前も気にしていた夕陽。

 強い光に照り返されるその頭皮は夕陽と言うより朝陽っぽくはある。


「そ言えばキョコさんには会ったの~?」


 夕陽の言葉で思い出したのだろう、以前の提言を口にする。


「いや、まだだな」


「マヤさんに言っとけばすぐなのに~」


「それはまあ、何ていうか、急ぎの用事でもないのにわざわざアポ取って、っていうのが、何か気が引けるというか……」


 滅多に会えない上司のひとりで、支部どころかアレク全体で見ても最強と揶揄される大妖怪。緊急時というなら兎も角、ちょっと確認を~、何て用事でアポを取るのはやはり気が引ける。

 こう薦められても、どうしても遠慮してしまう。


「そんなものなの~?」


 素の性格はどうなのか解らないが、少なくとも「この朱音」は遠慮を知らない。物怖じはしないし、好奇心も旺盛だ。

 ある意味では羨ましい性格で、それを演じているというのだから凄いという他はあるまい。それを日常生活で使い分けているのだから一流の女優も真っ青である。


「そんなもんじゃ……?」


 返事をしようとした連理は言葉を止め、足を止め、少し首を傾げた。


「……今、なんか、聞こえたか?」


「なんかって……なんじゃ?」


 殆ど独白の様な言葉に応えたのはササ。大きな耳をピクピクさせているが、何かに気づいた様子はない。

 彼女の聴覚や嗅覚といった感覚器官は、元々野生の獣であったお陰かかなり優秀だ。本来人間とは比べるべくもない程優れた能力を持つそれらが感じ取れない以上、連理の気のせいだと考えるのが普通である。


「…………わたしも判んない、かな~……?」


 朱音の声が耳元を通り過ぎる。

 そんな女性陣ふたりの言葉があるにも拘わらず、連理は自身の感覚を否定できずにいた。只増していく、焦燥感に似た何か。

 その一方でそれに気づけないふたりも、安心しきっている訳ではない。

 里であろうとなかろうと、そう言った「気づき」に気を割けるかどうかが重要な案件はいくらでもある。


「それ程気になるのであれば儂が辺りを見てこよう」


 崖の上に視線を向けそういった夕陽の姿が掻き消える。

 彼の持つ瞬間転移能力は自分だけしか跳躍できないものの、視界内であればほぼ制限無く使用出来るという強力なものだ。

 単純に「空」の様な、距離感の掴めない位置へ転移するのは難しく、その上一日に三回も使えば長距離転移が出来なくなる程疲れてしまうらしいが。


「……ん?」


 夕陽が偵察に姿を消して何秒もしないうちに、今度はササが辺りを見渡し始めた。

 次の瞬間、中空へ巨大な顔が現われ落下する。

 上る時は転移や跳躍でいいのに、下る時には一息に、元の姿で落下せずにはいられない、それは釣瓶落としの(さが)であろう。


 ――ドォォォォォーーーーン!!――


 はた迷惑な程の轟音と衝撃が谷底に響き渡る。

 皆が困惑する中、妖怪のままの姿で夕陽が口を開いた。


「不味い! 大海嘯(だいかいしょう)じゃ!!」


 悲鳴にも近い叫び。

 

 ――大海嘯。


 本来海嘯とは河口へ入る潮波が河川を逆流する現象だ。潮津波、潮汐段波等とも呼ばれ、通常の津波もそう呼ばれることがある。


 隠れ里に於ける大海嘯とはシャドウの大発生兼大暴走を指す言葉だ。

 シャドウが短時間に大量に消えた場合、それを補完するかの様に恐ろしい程の勢いで彼らが出現する。

 それを目視した者はいないとされているが、反作用の様に補完される彼らは、短時間に、集中的に出現する為、通常のシャドウよりも攻撃的で暴走しやすくなるという。


 だが何より恐ろしいのは、それが半ば人為的に発生させられるという事実だ。


 スレイヤーは復讐の為、愉悦の為、理想の為に、時にアレクや孝正会の人間を巻き込まんと大海嘯を起こす。 


 よしんば発生されられたとて、何処で大海嘯が起こるかは解らないというのに。自滅してもまるで構わないというその姿はテロリストの様だ。


 勿論、今起こったその現象がそれに起因するとは限らない。


 アレクは、というか鏡子は基本的に近場か危険性のあるシャドウを間引く程度しかせず、以前の上坂兄妹の様に自身の強化の為に隠れ里へ入り込む者はまれだ。

 そもそも《悪魔喰い》能力を持つテルムは数が少ない。それも《黄昏(クレプスクルム)》の様に、直接喰らえるものなど極々一握りだ。

 またミュータント「悪魔喰らい(デモノイーター)」が捕食のために入り込むこともあり得そうに思えるが、多くのファンタズマは悪魔喰らいに積極的ではなく、そもそもにして危険を伴う行為であるため、大海嘯を引き起こすほどシャドウを減らす事は無い。

 シャドウやファンタズマとの契約を欲して入る者もいるが、そういう者はむしろ社内でバディを組む。勿論相性のいい相手を探して、というのもあるがそうそうその為に継続して入ることなど無い。


 一方で孝正会は戦力増強の為にシャドウを積極的に狩っていく傾向にあり、場合によっては大海嘯(それ)を引き起こしうる。


 だが、どちらが原因であろうと、それは大事なことでは無い。少なくとも今追求すべき事ではない。


 今問題なのは、この左右を崖に挟まれた、乾いた川底の様な地形で、大海嘯と称される程大量のシャドウが、それ程の時を於かずに、文字通り津波の様に押し寄せてくるという事実だ。


「……一応確認するが、此処に来るかの?」


「恐らく、じゃが。全てがこの谷底に発生しとる訳ではないが、上から下に落ちる奴はあっても逆はほぼおらん。

 落ちた現し身の全てが無事では無いないだろうが、普通に動ける奴はそれなりにおる様子じゃった。 その上この地形じゃ」


 一本の溝に水を流せば下流へ流れるのが道理。

 辺りの高低差はパッと見て解る程大きくは無く、溝が一本であるのなら単純に考えても半数が一方へ、半数がもう一方へ押し寄せる事になるのも道理であった。


「例えばこの崖を崩して封鎖、なんて事は出来ないよな?」


「「無理じゃ」」


 連理の問いにマギふたりから同じ答えが返る。


「前にも言ったがわらわの使う術は幻術と炎術が主じゃからな。

 少なくともわらわの炎はゲームの様にどかんと爆発なんかはせんし、こういった岩や岩壁を破壊するには向かん」


 また幻術で隠れ潜んだとしても、この谷底中にひしめくシャドウが到達してしまえば、発見の有無に拘わらず押し潰される。


「儂は時間があれば出来そうじゃが……今は難しいな」


 夕陽は重力操作で自らを加重し、それで体当たりをするのが一番効果的な打撃になる。

 それで岩を壊すことは可能だが、如何せん範囲が狭く、今回の様な場合は効率は悪い。そこから派生した加重系の妖術も使えるがそちらはもっと威力が低い。

 重力、と言われれば逃げるのにも使えそうだが、彼は減らす方向での重力操作を苦手としており、ほんの少し重さを軽くする程度のことしか出来なかった。


「そういう訳じゃからさっさと逃げるぞ。少し戻れば低くなっておる場所があった筈じゃ。そこなら登坂出来るかもしれん」


 皆を促し踵を返そうとした夕陽は、ぼーっと佇む朱音に気づいた。


 立ち尽くす彼女はじっと先程までの進行方向を ――今は背を向けるべき方向を、ただ見つめている。



「朱音?」


 呼びかけの声に反応は無い。

 夕陽が覗き込む様にその顔を見ると、口元は何やら呟く様に動いているのが判った。

 何を言っているのかは判別出来なかったが、それでもその様子がとても普通とは言えないのは理解出来る。焦点の合っていないように見えるその双眸は、まだまだ人生経験の浅い連理ですら理解できる程度にヤバい。


「――おい、上坂!?」「ちょお、朱音!?」


 その様子に気づいた連理が強く呼びかけ、ササは彼女の手を引いた。が、彼女はその手を握ってはいられなかった。



 中空を見つめる瞳。


 そこにちからはなく、


 そのくせ見開かれたそれは何処か狂気を感じさせ、


 半月を描く様に開いた口は、酷く不気味な笑みを見せた。


「……とーる……」


 彼女の、兄の名を呼ぶ声が聞こえた、次の瞬間。

 朱音は十三本の短剣 ――テルム《(デフェクトゥス)》を展開させ、走り出した。


「――こ……! くそっ!!」


 呼びかけようとするがその言葉はすぐに止まる。


 あんな狂った瞳をしたイキモノが声を掛けただけで止まってたまるか!


 内心でそう叫びつつも、自身も駆け出し、若干後方にいた妖怪達に叫ぶ。


「オレは上坂を止める! さっさと避難しろっ!」


 ササはそんな相棒を見て苦笑しつつも追いかけていく。

 年長者たる夕陽はと言うと、その状況を混乱しながら見て、結局追いかけ始めた。



 自分の使える長距離転移は精々後一回。

 意外と健脚な朱音と、それを遙かに上回る速度の連理、野生の速さのササ。一方で聞こえ始めた地響き。

 連理は朱音に追い付くだろうが、すぐに狂気に染まった彼女を止められるか、不明。そこへササが加わわれば、引き摺ってでも逃げに徹することは出来るだろうが、それで逃げきれる訳もなく。

 勿論、夕陽だけであれば逃げ切れる可能性は高い、が。


「この愚か者共が!」


 怒りの形相で追いかけ、走る。

 脳裏に浮かぶのはつい先日見捨ててしまった仲間達。


 絶望的な戦いが始まろうとしていた。


◇ ◇ ◇


 黒く、


 暗く、


 昏く。


 周囲はシャドウ達に埋め尽くされていた。

 統率されることはなく、目的地がある訳でなく、

 ただ空いた空間があればそこにその身を躍らせ、

 壊せる物があれば壊し、殺せる者が居れば殺す。


 衝動が満たされれば、良い。 そんなモノがいる。


 喰えればなお良い。 そんなモノもいる。


 実のところ、そうと考え認識する程の知性を持たない彼らだが、そんな本能の赴くまま、進む。

 頭となる様な存在が居ないにも拘わらず、そんな短絡な目標を御旗に彼らは「群れ」となり、蹂躙するのだ。


 弱った獲物に群がる蟲の様に。


◇ ◇ ◇


 剣閃が走った。


 連理は朱音に追い付き、ササや夕陽と合流したものの結局、朱音を止めることが出来ずシャドウ達と接敵する事となった。

 さながらその様子は大海嘯の言葉通り津波の如く。

 炎が宙を舞った。

 肉塊が何体かのシャドウを押し潰した。

 だがその程度では焼け石に水だ。

 まるで減った気がしない、周囲。


 そんな三人が必死に戦う中、朱音はひとり哄笑しながらシャドウの群れを嬉しそうに屠っている。そこには学校での優等生な彼女も、アレクでの陽気な彼女も、何度か見た素の彼女も、いない。

 自身の周りに、後光の様に展開する十三本の短剣を巧みに操り、シャドウを消していく。時には炎で、時には氷弾で、短剣自体の投射も交えながら周囲を雷で灼き尽くす。

 そのくせ自身の疲労や負傷にはまるで頓着する様子は無く、長く戦っていられないであろう事は明白だった。

 それでも嬉しそうに、楽しそうに、嗤う。


 その姿は悪鬼の様であり、戦女神の様であり、自殺志願者の様でもあった。


◇ ◇ ◇


 連理は明らかに強くなっていた。

 そして冷静に状況を把握し《黄昏》を振るっていた。

 《黄昏》が時折二重にぶれ、周囲のシャドウを切り裂くが特に不思議とも思わず、その刃を繰り出していた。

 しかしこのままではダメだという思考が脳裏を掠めていくのも事実だった。

 どうやってもやがて物量に押し潰されるのは自明の理であった。


 ササは戸惑っていた。

 連理は気に入ってるし好んでいる。朱音とて無碍にしたくない程度には気に入っているとは思っていた。

 だが、同じ死線を迎えるほどの、ここまでの情を持っていたのかと、自身でも奇矯ではないかと思う気持ちを抱えて炎を周囲へ放った。

 何故か未だに回復しきっていない己の炎術に怒りすら覚えながら。


 夕陽は想像していた。

 死んでしまった友の気持ちを考えていた。

 耶彦と岳は殿(しんがり)だった。今の自分とその状況は似ているのだろうか? 気持ちは似ているのだろうか?

 この場にいる三人は未だ友と呼べるような関係ではない。

 命を賭けるに値するかは解らない。

 其れでも己は此処に居る。彼らと共に刃を交える。

 それは只の代償行為なのかも知れない。

 それでも彼は戦うのだ。




 絶望にはまだ早い。

 だがその言葉が何度も脳裏に浮かんでくる、そんな時。


 雹が、降り始めた。


◇ ◇ ◇


「これも……縁なのかしら」


 崖の上からシャドウを戦う者達の姿を見て、少女は何時か口にした言葉をもう一度そっと呟いた。

 スレイヤーと思しき連中を追い、その途中で見つけた不気味な群れの中に知った顔を発見したのは全くの偶然だった。

 少女 ――榊香(さかき かおり)は自分が追うべき者達と、多少の縁を持った者達を天秤に掛けようとして、それを止める。


「ママ、助けてあげて」


 香は隣りにいる「ママ」というには随分と年若い女性に声を掛けた。


 少女の黒髪と同じ程度に長い銀の髪と紅の瞳をした「ママ」は、髪の色こそまるで違うものの香と血縁関係を窺わせる程度には似ており、またその瞳の色は遺伝的要因を覗かせた。

 見方によって十代にも見えそうな母は少し悲しげな表情を浮かべる。


「あなたが、助けてあげればいいじゃない」


 その言葉は拒絶ではない。

 娘がそう言った理由が判ってしまう故の提案だ。

 断られると思っている。断られるのは解っている。

 でも言わずにはいられない、願いとも言える、祈りにも取れる言葉。


「あたしはあいつらを殺さなきゃ」


 そんなことを言う娘を前に、泣きそうになる。だがそれでも彼らを助けるという選択肢を消さなかった我が子が誇らしい。


「解ったわ。でもお父さんは連れて行きなさい」


 復讐に捕らわれた娘と、自由意思はあれどそんな彼女に根本的には逆らえない自分達。出来るのは成るべく良い方向へ向かう様に提案するだけだ。


「……うん、それじゃお願い。それと、後でおじゃまするって伝えて」


 香は少し考えてそう返答すると、風を纏いその場を去った。長々と話していてはスレイヤーに逃げられる。



 その場に残った母は懐から小さな石を取り出すと、朗々と声を上げ呪文を「謳い」始めた。

 謳いながらその身を舞わせるその姿は魔法使いというより巫女であり、行っているのも正しく神事の様であった。


「ルーンよ、おお、ルーンよ


大いなるちから、偉大なる大神のちからの片鱗たるルーンよ


我に其のちからを貸し与え給え


大神の血と器と契約の(もと)、我が願いを聞き届け給え


天より届く、大地を打つ力を与え給え


願わくば、我らに祝福を、我が敵に災禍を与えん


ああ、ルーンよ、其のちからを我が前に示し給え



 ――ハガル」


 指先まで計算され尽くした正確な舞いを伴う事で効果を発揮する呪文 ――ルーン魔術。

 本来は戦で使う様な儀式魔術だが、彼女は符術で創るルーンストーンを用いることで儀式部分をある程度簡略化させたのだ。


 ハガルの意味するところは「雹」。

 たかだか雹と言ってしまえばそれまでだが、自然に発生するものであっても公式記録では30㎝近いものすら存在する、恐るべき凶器である。

 多くは1㎝以下とは言え、遙か上空から重力で加速し落下するそれは場合によって作物だけでなく、車、建造物、人間に被害をもたらす災厄たり得るものだ。


 大きめの雹が大地を、シャドウ達を打ち据える中、彼女は動作を再開させている。


「――聞き届け給え


突き刺し、縛る境界の棘を与え給え


ああ、ルーンよ、其のちからを我が前に示し給え


 ――スリサズ」


 呪文の完成はハガルの発した雹へ影響した。

 降り続けるゴルフボール状の雹は氷柱の様な形状へ姿を変え、シャドウ達に降り注いだのだ。


◇ ◇ ◇


 雹が、氷柱が無数のシャドウ達を打ち据え、突き刺さり、打ち砕いていく。

 連理達に被害をもたらすことなく降り注ぐそれは、明らかに人為的に、魔術的に発生させられたものであった。


 打ち砕かれる現し身達。

 生まれたばかりの彼らはここへ留まるちからが弱いのだろう。まるで《黄昏》に斬られた時の様に儚く消えていく。

 彼らの姿が少なくなるにつれ、朱音の声も小さくなっていき、消えた。

 その時点で正気に戻ったのか、彼女の戦い方も普段の危なげないものになっている。


 雹が大半のシャドウを倒していき、圧倒的だった質量差がなくなってしまえば、後は掃討戦にも等しい後片付けが残るだけだ。疲労はしていたもののそれでどうにかなる者達ではない。

 いざ戦いとなれば冷静冷酷に戦い、一振一殺していく連理。

 未だ回復しきっていないとは言え、仙狐という強大な種であるササ。

 十三種類限定とは言え魔物の力を溜め込み、臨機応変に使いこなす朱音。

 そもそもにして其所いらの魔物では傷ひとつつけることの出来ない夕陽。


 やがてシャドウの姿がなくなった時、その場には戦い疲れた三人と、ひとりの闖入者と、土下座する朱音だけが残っていた。



「大変ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした」


 自分が暴走した自覚があるのか、安全が確保された瞬間、彼女は地面に頭を擦りつけるかの様に見事な土下座を決めていた。

 いつもの彼女らしい声色に、安心安堵するものの内心「このやろー」と思わなくもないが、朱音の兄・透の事情は彼女自身からも、マヤからも聞いていた。

 状況的に大海嘯の発生が引き金になった事は間違いなく、下手をすると今後も同様の事象が発生するやも知れないが、今はまず、傍らに立つ見知らぬ少女への対応が先だった。


「ええい、何時までもそんな姿を晒しておったら外聞が悪いわ! さっさと立つのじゃ!」


 と、いうササに朱音を任せ、ふたりは謎の少女と対峙する。

 そのふたりの背景では、何とか土下座姿勢を止めさせようとするササと、頑なに平伏(ひれふ)す朱音のバトルが繰り広げられているが、当面は無視である。


「………………あの……そちらはよろしいので?」


 しかし少女は無視できなかった様だ。自己紹介もせずに気にかけてくる。気持ちは解らなくもない。

 今なおササが「朱音ー」と肩を引き、腰を持ちと、立たせようとしているのだ。

 その光景はホームドラマか新喜劇か、どちらにしろ完全に無視するのは難しいのだろう。


「……ええ、お気になさらず」


 この様な対人窓口のような分野は朱音の方が向いているのだが、この有様である彼女を表に立たせるのはダメだろう。そして年長者とは言え新参である夕陽に任せっきりになってもいかんだろうと、連理が口火を切った。

 ある程度話せる場面だけでも話しておけば、今後も角も立たないだろうという打算もある。


「そ、そうですか……」


 流石に戸惑っている様子の少女だがすぐに気を取り直し、


「ともあれ、ご無事で何よりです」


 と、笑みを浮かべた。

 若干引き攣った感じのそれは状況的に仕方のないことだろう。少し青白い肌色をしているのは大魔術を使用し消耗したからだろうか?

 そんな疑問に思う連理を前に、


「先日は娘を助けて頂きありがとうございました。

 榊香の母、榊ロジーナと申します」


 と、少女が頭を下げた。


「……………………母?」


 絶句した。


 ササとのやり取りをしながらも聞こえていたのであろう、朱音はそれを聞き、発言者を見た状態で固まった。


という訳でお母さん登場。

そんなお母さん、実はマヤより年上です。夕陽と同じくらいですね。

北欧系のセイズでウィッチドクタータイプですが、ここ数年は香につきあって戦闘系の秘蹟を取得しています。

魔女ベファナの血族であるという隠し設定もあったり。

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― 新着の感想 ―
シャドウ大海嘯‼️ (・∀・) 怒涛の展開と戦闘でしたけれど、それぞれ思うところがありつつも良く踏ん張った。 そして朱音のドゲザ‼️ トラウマを刺激したのかな? (´・ω・`) お母さん登場で、一…
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