第十五話 狂気を秘める乙女心
ちょっと短め…ばっかりです、はい。
その様相に度肝を抜かれたのは、連理でも朱音でもササでも無く、健斗だけであった。
3mはあろうかという巨大な蜘蛛は、その外見とは似つかわしくない凜とした女性の声で話しかけてきたのだが、当然の事ながらササは全く動じず、普通に受け答えをし、朱音は興味深そうに手を伸ばし、連理は特段の脅威も感じずにいた為、これまた無警戒でいたのだが、健斗は近寄ってきた大蜘蛛を見るなり三歩下がると、無敵とも言われるテルムを着たまま、皆の後ろへ移動した。
後日聞いた話では、幼い頃に物置で生れたばかりの蜘蛛の子の大群を見た際、それらがまさに蜘蛛の子を散らす勢いで一斉に散り散りになりつつも、狭い物置という場所柄一息に自身へ迫ってきたという何ともトラウマになりそうな経験をしたというから、仕方が無いと言えばそうなのだろう。
聞くと流石に背筋がゾワッとする様な話だが、かつて多産の象徴でもあったと言うのが頷ける話でもある。
とは言っても、スムーズにそんな話が出来た訳では無い。
アレクの四人のうち三人は、紡に脅威を抱いていなかったものの、警戒態勢の夕陽に完全無警戒とは行かず、「暁」の三人は、状況的に敵ではないと判断できて、かつ、その胸中へ入り込まなければならないにしてもそう簡単に信じ切れる訳では無い。
それでも、朱音と千夜の鶴の一声で手打ちとし、何とか手を結んだのだ。
だが、そこからも紆余曲折があるのはお約束なのだろうか。
一時でも戦力が増えたなら、スレイヤーに逆襲、まではいかないまでも耶彦と岳の安否を知りたいと思うのは、「暁」側からとしては仕方のない事であったろう。
とは言え、そうしたい「暁」の方に足手纏いがおり、また偵察しようにも出来そうなのが朱音の使役するニクシーと式神等だけではどうしようもない。彼等の気持ちも解らないではない為、単純生存力の高い夕陽と健斗が組んで探索に行く案も上がるが、それでは逆に本隊側の守りが薄くなると却下。
結局のところ全員荒れ木三度Loss斜路支店へ帰還の上、アレク組に夕陽を加えた五名での再探索という形で落ち着いたのだ。
◇ ◇ ◇
「……こレは何と言ウか……凄まジイ、ネ」
健斗は、面頬の上からであるが、口元を押さえその惨状を見ていた。
彼と朱音は、損壊の酷い人間の死体を、ある意味見慣れてはいる。
アクマの被害者としても、スレイヤーの被害者としても。単純に死体を、という意味であれば自ら手に掛けた相手としても、だ。
ただ、それでも、気分の悪くなる場面ではある。
ササや夕陽は単純に長い経験の中での慣れがあった。年若く見えるササとて複数の戦争を目にしてきたし、目を覆うような死体を幾度も見る機会があったのだ。
それでも、この場所は滅入る。
赤と茶の色彩は、その隙間隙間に見える犠牲者のせいで酷く不気味なコントラストを見せつけている。
そんな中で、ごく最近まで一般人であった連理だが、何故かその光景に動揺する事はなかった。
クレーターのように抉れた地面の、その周囲に飛び散った、何人分かも知れぬ、人間のバラバラ死体。
あちこちに飛び散った肉片と血飛沫に、幾度かは砂塵が吹き付けていたのだろうが、肉に残る血流が固まってしまう前にそれを洗い流した為、今は辺りに濃い紅を咲かせていた。
それを見て、顔色を変えるでもなく、分析する。
「……ふたり、か?」
「確かに儂らを追って来おったのはふたりであったが、解るのか?」
「ああ、埋もれたか潰れたんでなければ、頭がふたり分しか……。 ……そこにあるのはテルム……?」
「そうじゃな、ならここで狩人が死んだのは間違いないと言う事か」
男とも女とも判別のつかない肉の欠片に紛れて、赤い球体がそのままの輝きを以て転がっている。改めて周囲へ視線を向け、目を凝らすと別の、先のテルムより黄色に近い色のそれも落ちていた。
「なあ、上坂。こういう拾いモンはどうしてるんだ?」
「ん~、持って帰るのは必須、余裕が無ければ推奨って感じだね~。スレイヤーは作ってる節があるけど、ウチは偶然に頼ってるのよ、テルムの入手は」
懐からハンカチを出しながら、朱音。
「暁」のメンバーは皆 ――と言ってもここにいるのは夕陽だけだが―― ファンタズマであるからなのか、彼女の口調は軽いままだ。
「その際、直接触れるのは厳禁だよぉ。持てる持てないはあるけど、アレクの中でもテルムを配分する必要があるし、たま~に、悪影響のある代物もあるみたいだからね~」
言われ、連理はチラリとササへ視線を向けた。
彼に向かってポイッとテルムを無造作に投げ寄こした事のある狐はぷいっと顔を背け、さり気なく距離を取る。
元々テルムの使い方も知らなかった彼女だ。そこに悪意があった訳では無いと思いはする。思いはするが……。
その様子に、溜息をつきつつも彼は朱音に視線を戻し口を開いた。
「アレクはテルムの作り方を知らないのか?」
まだ、お客様感覚なのか、連理は荒れ木三度Lossを「うち」等の呼び方をしない。その辺りはササもそうだ。支部の皆とは打ち解けてきてはいるが、他支部との連絡連携はまだ取れていないし、そもそも本部に行った事すら無い。
ちなみに、本部にいる代表取締役の浅葱澪は二十歳くらいに見える美人との噂である。
今時分調べようと思えば幾らでも調べのつく話である筈なのに、ネットでも週刊誌でもその姿は確認できず、全く表立って出て来ない謎の人物だ。
一方でヤクトルビルディングことスレイヤーの理事、鷹城佐重樹は写真程度なら程々に流出しているようだが。
「少なくともわたしは知らないなあ。上の方はどーなんだろ?」
連理に返答しつつ健斗へ答えを促す。朱音より健斗の方が僅かではあるもののワイズマンとしての活動は長い。
「サあなあ、そう言ウ話は下に流れテ来ないカらな。暁にはそう言う情報ガあったリしマせんか?」
水を向けられた健斗は隣りにいる夕陽へ問いかけた。
話を聞くところ、この妖怪つるべおとしは江戸時代初期から生きる古参の妖怪だという。ササやマヤより年上である。ちなみに今は支部で休む土蜘蛛・塚本紡は彼よりずっとずっと年上だとか。
「すまんが、儂らにそういう話は入ってこんな」
夕陽は少しぼんやりとした様子だったが、それでも普通に答えた。
彼の手にはコンクリートの塊のような、何かが乗っている。恐らくは、仲間だというぬりかべの欠片。
死んだ魔物は影であるなら、不死者として黄泉がえりでもしなければ、程度の差こそあれどゆっくりと消えていってしまう。
一方、魔物本体であれば人の遺体が肉を留める程度は残るらしいが、元々のちからに依って前後するという。例えば強大な龍の屍体ともあれば数百年数千年の永きに亘り原形を留めるとも言われる。
しかしそうでなくとも動物から変化した狐狸化生や器物から生れた付喪神の様な者達はこの様に痕跡を残す者も多い。
「だが、知っておっても知れせぬ様にしておる、という可能性はあるやも知れぬな。
そちら程の組織が只知らぬ、というのは道理に合わぬ」
渋い声と口調で話す夕陽だが、残念ながらその髪はかなーり薄い。一方で髭は濃い。
それでいて丸顔に近い彼は、教科書や歴史書に載っている達磨大師の顔と微妙に似ているのだが、今着ているのはスーツである。
正直、余り似合っていない。
「その方法が危険である場合、もしくは非人道的である場合等は、少なくともそちらでは積極的に行う事は無いのではないかな? そうであれば知っておっても知らぬと言う事もあるじゃろう」
「道理じゃな」
横でササも同意する。
金があろうと無かろうと、テルムは有用だ。
ファンタズマにしろアクマにしろ、ササくらいの肉体であれば、銃器で十分致命傷を与える事も出来るが、例えばここにいる夕陽がつるべおとしとしての本性を現すと、2m以上の大顔になる。その状態の彼は骨は硬く皮膚は厚く、目や舌にすら堅牢さを備えており、元より人間相手に使用する事を前提とした銃器では殆ど傷を負う事もない。
そんな彼でもテルムを持ったハンターが相手なら、決して油断が出来ない。
個々の能力に差はあれ、テルムはそれ程の威力を持っているのだ。
だからこそ金で済む問題であれば捻出するのではないだろうか? 何処の国でも膨大な予算を組む軍事費防衛費の様に。
そう考えると確かに夕陽の言う事は納得出来るものだ。
「そうだとすると、コレにも何らかの犠牲があったと考えられそうだな」
手の平の球体を見ながら連理。
単純に作成上の危険であれば、ある程度の対処が出来ると思う。なら後は倫理面での忌避しか考えられないと思ったのだ。
偶々入手できる事もあり、それでいて倫理面に問題がある作成方法。つまり、誰かしらに何らかの犠牲を強いる事。
「……《クレプスクルム》って、ちょっと変わってるんだよね」
不意に、自身のテルムを見る連理へ、学校でも職場でも使わない口調で朱音が口を挟んだ。先程までの彼女とは違う、前に一度見た、多分素の彼女。
「兄ちゃんが使ってた時から《悪魔喰い》って性質は持っていたけど、逆木君の手にあるそれは前とは別物に見える」
違う口調、睨みつけるような視線。
つい先程までとは別人も確やと言わんばかりの様子に、夕陽は目を見開かんばかりだ。
会話の内容も、繋がっているようで繋がっていないようで。だから余計に、混乱している。
「気づいてる?
《クレプスクルム》は変化してる。逆木君がアクマを斬る度に、喰らう度に」
「……変化?」
言われても実感はない。
だが、一方で変化してても気づけないのではないかと思う自分がいる。
例えば、一年で5㎝身長が伸びても自身でそうだと気づけないように、日々成長する自分の身体に気づけないように。自身と同化したテルムは自身の変化と同じ様に気づけないものなのではないかと。
「その変化は兄ちゃんが死んだせいなのかな? 使い手だった兄ちゃんが死んだせいなのかな?」
何処か、正気でない瞳で、詰め寄る。
目の前しか見ていない、思い詰めた視線。一点を見つめる狂気の瞳。
「落ち着け朱音。死んだハンターは多い。五万といる、何て言わないがそれなりにいる。が、そんな事象は聞いた事がない」
「…………ケンケン、ごまんは数字の五万じゃないよぉ」
健斗のいつもの「お巫山戯」に、朱音は普段の口調で律儀に突っ込みを入れる。苦笑して、連理へ弱々しい笑みを向けた。
「……ごめんね、さかきち。
大丈夫、《クレプスクルム》がたとえ幼女キラーに変化しても、わたしは気にしない……気にしないから」
涙を流しつつもそれを見せないような仕種で、肩を震わせそっぽ向く。当然泣いている訳ではなく、いつもの普段のお巫山戯演技である。
そして幼女は全く関係がない。
「ま、まさかおぬし……」
その様子を見ていた夕陽が驚きの目で連理を見る。戦いている、戦慄している。どちらも意味は同じだ。
「駄目じゃ……、駄目じゃぞ。千夜に手を出しちゃならん」
座敷童・桜塚守千夜の外見はササよりさらに幼く見える。ぱっと見の外見年齢は二桁になるかならないかと言ったところ。
「何故にまたもやロリコン疑惑!?
つーか、何でアンタにまで言われんだよっ!?」
この疑惑、最早何度目であろう?
出逢いの度に湧き上がる疑惑に人為的なものを感じずにはいられない。 ……まあ、半数は、朱音が投げつけてくるお巫山戯発言が発端で、それについては間違いなく人為的なものだ。
ちなみにこの会話の間、一行は場所を移動してなどいない。
周囲は変わらず茶色と赤に彩られたクレーターで、人の肉片が散乱している。そんな日常的な話をするには全くもって相応しいとは言えない。
またあえて記述するのであれば、一応連理の認識している疑惑は、一度目がササとの出逢い。彼女からの欲情しているか? 発言。
二度目はササが教室に来た時の汀悠樹からロリコン呼ばわりされ。
同日、三度目は朱音とマヤとの対面。隠れ里内の出来事を説明する際に。
ついには四度目、サカキカオリと名乗った少女をアレク支部へ運び入れた時。
そして今、謎の幼女キラーからなるロリコン疑惑であった。
ササと出逢ってからの度重なる疑惑に、「呪いでも掛けられたか?」と思ってしまう連理である。
ついでに言うなら、ササとの生活に於いて、彼女から単純にそう言った発言が出た回数であれば両手ではとても足りない。
「その様な事になれば……恐ろしい……あの恐ろしくも鈍ましい鬼が、来る……!」
「聞いてくれ! 頼むから!」
「因みに実際に来るのは鬼などではなく蜘蛛じゃ。
はっきりと言ってしまえば紡じゃな。
千夜に手を出そうものなら間違いなく、猛り狂う鬼の如く襲いかかって来よるぞ」
戦き震える姿は何処へ行ったのか、ニヤリと笑みを浮かべる夕陽。
「ああそうかよ、コンチクショー」
まさか本気で言っているとは思っていないが、真正面からからかわれるのもまた腹の立つものだ。夕陽の胸を小突く。
「ぐふっ」
軽く打った筈のそれは意外といい場所に入ったのか、彼の肺の空気が予想外に吐き出された。
そのまま蹲ってしまったこの妖怪は、聞くところによると肉体強度に関して、鬼と称された紡以上と言うが……。
「……えっ? ちょっと……?」
この状況に狼狽えてしまうのは当然連理だ。小突いただけの彼にそうまでなる理由は思い至らない。
「あっ……」
一方で小さく声を上げるのは朱音。
夕陽の蹲った辺りはそれなりに「紅い」地面だった為、思わず声を出したが、もう後の祭りであろう。 そしてその状況を鑑みるに、ただお巫山戯で蹲る振りをしている、というのは考えづらい。
「す、すいません、変なとこに入っちゃいました!?」
連理に問われ、夕陽は何とか、といった感じで顔を上げた。
血塗れの地面に蹲ったせいであちこちに血と砂がこびり付いている。頭から顔から血を流している様な今の見た目は随分と重傷者のようにも見えてしまう事請け合いだ。
「……おぬし妖怪か何か……、いや、今は魔物と言うのが一般的であったな。魔物の血でも引いておるのか?」
息も絶え絶え、といった感じの酷く億劫そうな、話すのもやっとと言わんばかりの様子で突飛もない事を口にしたのは血に塗れた顔となってしまった夕陽である。勿論自分の血ではなく地面を染める血がこびり付いたものだが、状況的に自身の血に見える。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………?」
「……………………??」
「……………………」
「……………………はい!? って、何でそうなる!?」
長い沈黙の末、それでも言葉を発したのは言われた本人である連理だった。
「自覚しておらんのか? おぬしのちからは普通では無いぞ」
「いや、それはないじゃろう。連理からそんな匂いはせんぞ」
真っ先に否定するのはササだ。確かに、彼女は以前匂いで解る様な事を言っていたと、連理は思い出す。
「じゃが、このちからはヒトのものとは思えん。ヒトの姿を纏っておるとは言え、素手で儂の肉を貫き衝撃を徹すなぞ、其所いらの妖怪でも叶わんのだぞ?」
一方で、彼に冗談を言っているような様子はない。血と砂で汚れた顔がそれを物語ってる。
と言って納得出来ないのは連理も一緒だ。
彼の運動能力は並みだ。
最近は何かと動く事が多いせいか、多少性能は上がっているかもしれないが、逆に言えばその程度だ。
先日も体育の授業でバスケットボールがあったが、特にこれと言った活躍のない試合のまま終わりを迎えていた……筈だ。
「そう言われても、こちとら極々普通の一般の生まれな訳なんだが……」
今まで使っていた敬語は何処へやら、タメ口でのやり取り。
「それは兎も角、ツルツルさんは顔を拭いてくださいな~」
先程まで場の空気を支配していた朱音がタオルを放りつつ爆弾投下。
いつもの彼女的にはつるべおとしの「つる」なのかも知れないが、当然髪の毛が薄い事に掛かっている事に気づいている筈だ。気づいた上でそう言ってのけるのが上坂朱音というキャラクターなのだ。
ちなみに自己紹介時には「じゃあ、マルイさんで~」と言った彼女である。
夕陽、再び崩れ落ちた。髪に関しては妖怪と言えど気になってしまう中年親父である。
「気になるんならキョコさんに鑑てもらえばいーんじゃないかな?」
跪いたままの夕陽をまるっと無視して、朱音は軽く連理へ提案する。
彼女の言うキョコさんは妖怪雲外鏡の徳倉鏡子の事だ。支部どころかアレク全体を見ても最強と揶揄される「少女」。
「オレ、あの人と殆ど接点ないんだよな……。 現状、会う事すら稀なレベル」
アレクに入った当時はメンバー紹介と言う事で会ったが、それ以降は廊下で一度二度顔を合わせた位だろうか? 単純にシフトが合わないのもあるが、彼女は何かと忙しくしており、殆ど支部にいないように思えるのだ。
「あ~、キョコさんあちこちに足運んでるから~。あんまりいないように見えても一応毎日顔は出してるみたいだし、マヤさんに言っとけばいいんだよー。
何ならわたしから言っておこか?」
「いや、それはオレから言うのが筋ってモンだろ。 帰ったら頼んでみるわ」
答えながら、視線を下げるとそこにはまだ夕陽の照り返す頭が見える。
彼の回復にはまだ時間が掛かりそうだ。
紡(大蜘蛛)の多産の象徴云々は、昔何らかの本で見た記述の筈なんですが、改めて調べようとしたらちゃんと確証できる文献は発見できなかったんですよね…。記憶違いかな…?
その時は「ああ、そんな設定なんだな」くらいで捉えて頂けると幸いです、はい。




