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第十四話 居場所をなくした者たち

 新キャラ登場です。

 短期間に増やしすぎなのは理解しているんですが、ちゃんとプロットを切っておかなかったせいで話の流れが滞って参りました。

 ここで出しておかないと! という感じです、はい。


 9月6日、

 会話中に出て来るキャラを増やしました。

 行方不明キャラの心配をしてなかったよ、みんな。

 11月12日、

 耶彦の台詞を修正しました。キャラの呼び方だけですが。


 とある地方都市に(あかつき)という旅館がある。


 いや、あったと言うべきか。

 今では有名な上場企業から悪質な地上げとも取れる買収を受け、歴史ある旅館は姿を消し、新たにホテルとして生まれ変わったのだ。

 当時の経営者であった老夫婦は施設に居を移し、ネットでは「今時分では珍しい程のヒドイ地上げを見た」「結果的に良かったんじゃね?」「働かなくなってすぐにボケそうw」などと一時だけは話題になったが、すぐに立ち消えた。


 しかし、その上場企業 ――ヤクトルビルディングが裏でスレイヤーというもう一つの顔を持っている事、暁を潰したのはそこに住まう魔物達を狩り出すのが目的であった事を知る者はごく僅か―― ワイズマンと呼ばれる者達だけであった。

 彼等の何人かは一方的に狩られ、何人かは相手を道連れにし、そして何人かは何とか逃げ延び、その身を隠していたのだ。


◇ ◇ ◇


「千夜、しっかりせぃ」


 着物姿の、見た目は二十代半ばに見える女性が、同じく着物を着た少女を叱咤している。

 長い黒髪に紺を基調とした和装という出で立ちは今の日本ではちょっと珍しい類だろう。

 頭頂部は遊女のように整えられているが後ろ髪は長く伸ばされ、着物の柄はガラスのひび割れたような模様で、何処とはなしに不気味さを感じさせる。


 少女の方はと言えば、髪は同じく黒で背に掛かる程度の長さ。 着物の柄は花や鞠を散りばめた明るいものだ。

 もっともその顔色は悪い。 その上、意識はなく、酷く息が荒い。


「無理を言いなさんな、(つむぎ)。家が壊された座敷童がまだ存在できてるだけマシってもんじゃ。 下手すりゃその衝撃だけで消滅しとんじゃぞ」


 傍にいた黒スーツの男が言う。

 スーツは普通に量販店で売っていそうな代物だが、その手には錫杖が握られていた。それを構え、周囲に目を向けている。


「解っておる! だが、今動かねば殺されるだけじゃ!」


「……そう、じゃな。

 じゃが、このままではどの道、千夜は持たん」


「なら如何しろと言うんじゃ!?

 真逆、見捨てるというのではあるまいな!?」


 声を荒らげる彼女に、男は静かな目を向けた。


「紡、ぬしなら千夜と命を繋いでおけるのではないか? この先ずっとではなくとも、せめて千夜が次の拠り所を見つけるまで」


 男の提案に彼女は思考する。


「……出来る、が、それでは儂が戦えなくなる! 儂だって千夜は助けたいが、そうやって、一体暁の者が何人生き残れると言うんじゃ!?」


 激昂する彼女に、男は視線を向けたまま思案する。

 逃避行の中、己が戦う事を主張するのはある意味矛盾していると言える。

 瞬く間に終わってしまった地上げと、それに伴う座敷童・千夜の衰弱。慌てふためきつつ、寄る辺を探すことの提案を受けるも、決定する前の襲撃。

 かつて大魔縁と名を馳せた筈の自身が、闘争の場を誤り逃げに徹したが為の手痛い失敗。


「虎太郎は逃げ延びたじゃろうし、(ひかる)も問題あるまい。銀子を追っていける狩人は少ないじゃろうから、まあ大丈夫じゃろう」


 そう言う彼の横には先程から無言の中年と、壁が「いる」。


「確か、(なつめ)夜子(よるこ)と出掛けておった筈じゃし、蔵王(ざおう)をどうにか出来る奴はそう居らんじゃろう」


「……(きぬ)と、(むすび)は……如何した? それに(ゆず)は?」


 此処におらず、彼 ――耶彦(やひこ)の口から出なかった仲間の名前を紡ぐ。

 いや、それは正確では無い。 此処におらず、彼から名前が出ず、自身が見なかった者の名、がより正確だ。

 突然の襲撃に、コロポックルのふたりが血祭りに上げられた。

 喧嘩っ早い猩猩(しようじよう)我ノ助(がのすけ)と、彼に心酔する刑部狸(おさかべだぬき)音乃(おとの)が、敵襲と認識するや否や襲撃者達に襲いかかり瞬く間に三人の命を刈り取ったのだが、次の瞬間真っ二つにされてしまったのを彼女は見ていたのだ。


「絹は、燃やされるのが見えた……」


 魔物だ妖怪だと言われる存在であっても、生き物は生き物だ。焼かれれば火傷を負うのは道理。

 ましてや絹は一反木綿だ。火は大敵である。


「結は首を斬られとった……」


 まれにそれでは死なない存在もいるが、それでも大抵は首を落とされれば死んでしまう。

 結はろくろ首。さぞかしその首は狙い易かった事だろう。


「柚は見て居らん……。 無事だといいが……」


「ぎぃ……!」


 紡と呼ばれた彼女の牙が鳴る。

 怒りに眼前が紅く染まったように感じた。ここまで暴走しそうな感情が己の中にあったのかと、そう思わずにはおれない。


「逃げい。もう、そこまで来とる」


 耶彦はそう言って、今まで駆けてきた方とは真逆を向いた。その横に「壁」が並ぶ。


「ふたりの護衛は夕陽に任せる」


「あいよ。 ……死ぬなよ、耶彦」


 それまで黙っていた男が口を開く。

 円井(つぶらい)夕陽は妖怪つるべおとし。自身のみではあるが転移能力を持ち、且つタフだ。

 人間に変身した状態でないと走れないという欠点もあるが。


「くそっ!」


 男達の覚悟を見て、紡は無数の糸を伸ばし千夜を背に乗せた。この場で最も戦いに長けた自分が、護られる対象となるのが、辛く、悔しい。

 人間に化けていたちからを解き、それ以上のちからを千夜へ注ぎ出し ――そこへ現われたのは3m程の巨大な蜘蛛。


「任せたぞ! 耶彦! (がく)

 死んだら喰い殺すからな!」


 駆け出す大蜘蛛。

 夕陽は人間の姿のまま走り出し、そこへ残ったのは黒スーツと壁だけだ。


「精々喰われん様にせんとな」


 呟き、黒スーツも人に化けていたちからを解いた。現われたのは黒い翼と黒い嘴を持った修験者 ――鴉天狗。


「むぅ……」


 壁 ――ぬりかべの岳も同意する。


 敵は近い。

 見える程近くはないが、接近する速度はかなり速い部類だろう。

 大蜘蛛状態の紡も足は速いが、千夜にちからを注ぎつつ、なおかつその千夜を乗せたまま走るのではやがて追い付かれてしまうだろう事は、理解出来た。

 彼女らを助けたいなら、誰かが足止めをするしかないのだ。

 あの、殺戮者達を。


「時間だ。兎に角時間を稼ぐぞ、岳」


 右手には錫杖、左手には羽うちわを持ち、構える。


「ぬぅ……」


 岳はその身を巨大化させる。巨体こそが彼の本領。何者も通さぬ不動の壁。

 彼は紡達が逃げた方向とは若干ずれた方角を守るように身体を傾け、移動する。自身が破壊されたとしても、追跡者が彼女たちを追っていけないように、ほんの僅かに過ぎなくとも、その方向を誤認するように、だ。

 耶彦も彼の意図に気づき、立ち位置を変えていく。

 むざむざ殺される気はないがスレイヤーの狩人は凶悪な者が多い。今回の襲撃の際に地上げだホテル建設だと回りくどい手を使われた意図は読めないが、既に犠牲者が出ている以上、死は覚悟しておく。


 時を待たずして、鴉の視力が、この薄霧の掛かった様な場所を貫き、敵を視認した。


「おん あろまや てんぐすまんき そわか

 おん ひらひらけん」


 大天狗達の呪力を借り受ける天狗真言。

 それを唱え、構えていた羽うちわを振り下ろす……、前に何かが耶彦の右腕を貫いた。

 そのまま地面に突き刺さる一本の矢。 いかなる力なのか、それは即座に小石に「戻る」。


(舐めるな!)


「ひらけんのう そわか!」


 痛みに頓着せず、耶彦は羽うちわを振り下ろした。

 巻き起こる突風、天狗風。

 この隠れ里は荒野のような場所になっている。その為、風は砂嵐と化し視界と進行を遮る壁となった。


 天狗は風の神性である。最上位たる鞍馬天狗や大天狗でなくともその呪力を借り受けたそのちからは計り知れない。

 だが、その彼の起こした風を貫いて、何かが来る。


「ぬぅ!」


 岳がすかさずその身を盾に耶彦を庇う。その何か ――矢が彼の身体に刺さる、が貫く事はない。


「――(あめ)ぇ!!」


 太い、だがそれでも女と判る声が間近で聞こえたかと思うと、轟音と共に岳の身体に大穴が開いた。


「ぬが――!?」


「岳!?」


 開いた穴から見えるのは、筋骨隆々とした女の姿。その手には巨大な斧が握られており、それがぬりかべの身体を打ち抜いただろう事は容易に想像が出来た。

 だが何時の間にここまで接近を許したのか、疑問はあるが風の礫を放ちつつ耶彦はその身を宙へ躍らせる。

 風と言っても石くらいは簡単に砕ける不可視の弾丸だ。牽制には十分すぎる威力のそれを、岳の開いた穴に正確に叩き込み、距離を取る。

 岳には悪いがここで手を抜く訳にはいかないのだ。


「潰れ――」


 上空から周囲の大気を集め、真下へ放つ、その瞬間、先程見えた巨大な斧が耶彦の側面を通過した。

 途端に振り下ろそうとした腕は言う事を利かなくなり、急に飛んでいられなくなる。


(――何があったんじゃ?!)


 そう思う間もなく、地面に叩き付けられる。


「ははは、当たった当たった」


 頭上から女の声。

 すぐに立ち上がろうとしたが、意思に反して身体が傾き、倒れる。


「がっ!?」


 そこへ襲いかかるのは激しい痛み。

 痛みは、単純に落ちたそれではない。

 左腕と左翼が断ち切られた痛み、そしてそこが地面に衝突した痛みだ。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁああぁぁっ!!」


「オレの勝ーち、いぇい。でも、ホントは首に行きたいところだったんだよなあ、手元が狂ったぜ」


「手元ではなく足下だ。そこの壁が動いて狙いがずれてた」


 治まりつつある砂塵の中から男がひとり。二十代半ばだろうか、緊張感のない表情で、その手には弓。


「いい仲間だね」


「貴様ら……、殺戮者に、言われる事ではない」


 息を切らしながら言う耶彦。

 これでもう、会話でしか足止めは出来ない。 ……今は。


「まあ、そうかもね。

 でも俺はうちの莫迦どもと違って人間は殺してないんだから、少しは評価して欲しいかなあ」


 関係者は皆殺しってのが多い、と男はついでのように言った。


「なら、何故お前達は、殺すのじゃ?

 我らを、人までを」


「この世界は人間のモンさ。

 侵略者たる魔物を駆逐し、人間の世界に戻す。 解りやすい理想だろ?」


「そういうお題目ではあるかな」


 女はそれを当然のように、男は一応の賛同を口にする。


 愚にもつかない「理想」だが、彼等の中で意外と支持層は多い。

 スレイヤーはアクマに対する復讐者達の集まりが母体であった。だが、今では復讐の中で殺戮の悦びに目覚めた者、それに感化され最初から殺戮目的で入った者が大半を占める。

 そんな中で殺戮者にならず、なりきれずに復讐を終えた者達が己を冷静に見つめ直した時、彼等はその手が血塗られ、結局のところアクマと同様であった事に気づくのだ。

 その事実に耐えられない者は、その時彼等は己の平穏の為に「理想」を掲げる。

 自分たちは、間違っていない。 正しいのだと。


「……カカカ、カカカカカカカカカ」


 笑う。

 笑ってしまう。

 笑うしかないではないか。その脆弱な精神性の為に自身が、自分達が追い詰められ殺され続けているなど。


「な、何だよ」


「カカカカカカカカカカカカカカカカカカッ!」


「……狂った?」


「――度し難い」


 笑いは一瞬で怒りへ変わった。

 急激に重くなった空気に、ふたりは戸惑いを見せる。


「度し難いぞ、人間。

 駆逐と言ったか? それが理想か?

 自ら殺戮者(スレイヤー)を名乗り掲げる理想がそれかっ!!??」


 ゆらりと立ち上がる。骨すら断ち切られ、辛うじてぶら下がる左腕を気にも止めずに。

 足止めを優先するなら会話を引き延ばすべきなのに。


「夫の前で妻を犯し殺す事にどんな理由がある? 親の前で娘を犯し殺す事にどんな理想を掲げる? 子どもの前で親を解体し、その子どもの首をねじ切るなど。そこにどんな理屈があるというのだ?」


 耶彦は傷から大量の血を流しつつ、幽鬼のような目でふたりを見る。

 先程のような怒声ではない。

 怒りなどすでに通り越した。だがそれを表現する言葉は怒り以外にあり得ない。


「駆逐か? 貴様らは笑いながらもそうする事を駆逐というのか?

 殺戮の中に享楽を得て、それを理想とするのか?」


「し、知らないぞ、オレは……」


「…………戦争で略奪があるのは珍しくはないんじゃないかな」


「貴様らは普通に暮らしている家に押し込み、一方的にそうする事を戦争と言うのか?」


「………………」


 女は戸惑い、男は押し黙った。

 そのふたりを見て、彼は大きく息を吸う。


「カーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーァァァァァァァッ!!!」


 耶彦は唐突に、大声で鳴き、そして倒れた。大の字にはならんな、とつまらない事を考えながら。


「何をした、カラス?」


不意の鴉天狗の行動に、男は殺意を視線に乗せ、詰め寄ってきた。


「……我が弟子に教えてやったのよ、ここにスレイヤーがおる、と」


「このタイミングで、か?」


 呼べるなら接敵する前に呼んでおけばいい筈。なのに自身の死が免れない状況になって救助を呼ぶ理由が解らなかった。


「……今、話してやったろう。両親と姉を目の前で惨殺された復讐者よ。

 それを押し止めようとした師が助けの為に呼んだのでは格好がつくまい。今でも復讐に焦がれる気持ちというのは理解しがたくもあるが……」


 一旦言葉を切る。

 いや、想像は出来るのかも知れない。例えば千夜が、紡が、と想像するまでもなく、すでに死者がいる。我ノ助も音乃も、絹も結も殺されている。

 今ひとつ実感が湧かないのは、彼の立場が逃走者であり、殿(しんがり)であり、すでに死兵であるからだろう。怒りはあるが、復讐者という道を選びようがない。

 だが、生き延びれば自分も選ぶのかも知れない。そんな復讐の道を。


「その様な、言い訳がましい理想を掲げる者だ。 弟子の心情も顧みずとも放っては於けまい?」


 死相の浮かぶ顔でにやりと笑う。カラスの顔でもそうと解るシニカルな笑み。


「返り討ちにされるとかは考えないわけ? オレらは強いぜ」


「カカカッ、そう言えば貴様らは我が弟子に品のない呼び名を付けておったな」


 これも、時間稼ぎだ。

 直接答えずに、遠回しに会話する。

 彼女が来るまで、なるべく此処へ留めさせる。今し方、ふたりには簡単に認識出来ないような形で目印は付けたが。

 お陰でその身体にはほんの一欠片しかちからが残っていない。


「呼び名? スレイヤー(うち)で?」


 スレイヤーで二つ名を付けられた魔物はそう多くない。

 どれ程強くても、呼び名なんて付ける前に大抵は「駆除」されるからだ。地域柄等の理由からどうしても野放しになっている者や大組織に属している者は別だが、野良の魔物なぞ、真っ先に駆除対象だ。


「黄泉御前と、そう付けたのだろう? 全く、品のない」


 ふたりの表情から余裕が消える。


 いい気味だ、と思うが、そこまで怖れられる程となった年若い娘に憐れみを感じずにはいられない。

 スレイヤーどもが余計な事をしなければ、温かな家庭で幸せに生きていけたものを、と。


「可哀想な娘よ。貴様らに惨殺された家族を『引き連れて』復讐に只管時を費やす」


 幼かった少女は死んだ家族と離れたくはなかった。殺された彼等も恐らく強く未練を持っていた。

 父も母も姉も、屍鬼として黄泉がえり、少女と契約する魔物となった。

 一時期耶彦の元で保護された少女は、母の血族としてか、魔女と成り、復讐を始める。

 今ではどれ程の軍団を持っているのだろうか?

 少女の手に掛かったスレイヤーは問答無用に彼女の軍団の一部となり、スレイヤーに殺された魔物はその自由意思により殆どが参戦している筈だ。


「貴様らはそんな少女を創ってしまったのだ。貴様らも死してその刃、かつての仲間に向けるがいい」


 遠くから声が聞こえる。


 ――あは……はは……はは……


 聞き覚えのある少女の声。

 それに気づいたのか、慌て出すふたり。

 ならば、自分の役目はそれを逃がさない事だろう。

 最後の力を振り絞り立ち上がると、女の髪を握りしめつつ男を押し倒す。


「いっ、てめぇ!」


「離、せ……!」


 押さえつけるだけの力はすでに残っていない。倒された拍子にとうとう左腕は千切れ飛んだが、今更か。

 すぐに引き離されるものの、それでも、十分だった。


「――スレイヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 狂気を孕んだ瞳で、狂った笑顔で、そのくせ泣きそうな声を上げて、少女が黒い風を纏い飛んでくる。


 もう逃げる事は出来ない。

 本気のこれは、彼女中心に半径50m程にも効果の及ぶ広範囲殲滅用の、一種災害とも言える程の大魔術だ。

 風を中心とした魔術でありながら、お試しで喰らった時ですら、風の神性たる彼を以てしても何とか耐える事しか出来なかった複合魔術。

 【墜ちる風星(かざぼし)】と自身(やひこ)が名付けたそれで止めを刺される形になりそうで、何処か感慨深い。


 ――まあ、それでも良いわ。


 それならそれで彼女の軍団へ仲間入りしたらいい。そこに自身の自我がどの程度残るかは知らないが、それも一興というもの。

 いつか、復讐を遂げるか、その道を捨てるか、いずれにせよ戦わなくなった彼女には幸せになって貰いたいものだと、今更そう思う。

 その時は、それこそ暁のような場所で、千夜や夕陽や紡らと一緒に笑って暮らしてくれたらと、願わずにはいられない。


――香よ。


 その名は口に出ただろうか? 彼女に声を掛けられただろうか?

 それすら解らず、永い時を経て在り続けた鴉天狗 ――黒澤耶彦の意思は無明の闇へと消えたのだ。


◇ ◇ ◇


 その轟音は里中に響いたと言っても過言ではなかった。

 この荒野染みた隠れ里は岩山や点在する森など、そこそこの障害物こそあれど音を遮る様な、面積の広い物体は殆ど存在していない。逆に言えば音の反響しうる物も無いのだが、その音はかなりの距離を開けたはずの紡らの場所まで、若干の衝撃を含みながらも届いていた。

 その前に、耶彦の声も届いていた為、三人の内心には不安しかない。

 そう、三人だ。

 紡と命を繋いだ千夜も意識を取り戻し、共に不安げな表情を浮かべている。


「……今のは、耶彦のものではないな」


「ええ、彼のものではないでしょう。 でも、スレイヤーのものとも思えません」


 少し、関西系の訛りが残った標準語で、それでもはっきりと千夜は答えた。

 意識ははっきりしている。身体に気怠さは残るが、先程までの状態より余程まともだ。


「そうじゃな。奴等に此れだけの事を出来る者が居るかどうかは知れんが、少なくとも追跡者の中にそんな者が居れば此処まで逃げられんじゃろう」


 反対に紡の身体状況はかなり悪い。

 基礎的な身体能力の差からか、それを表に出す程ではないが。

 また、予想していた事ではあるが、ちからの譲渡にかなり気を割く必要があり、戦闘状態に入ろうものなら即座に千夜への供給が途絶えかねない。


「……アクマの襲撃か、奴等の増援か、それとも此方の味方に成り得る存在か」


 ふたりの会話を聞いていた夕陽が顎に手をやり、呟く。可能性として一番高そうなのはシャドウ等の襲撃だが、これ程の事象を起こせるシャドウ等が暁の隠れ里に潜んでいたとは少々考えづらくもある。

 里と里の繋がりは彼等のような古参の妖怪をしてもはっきりと見いだせるものではない為、他から来たシャドウ、アクマである事も無い訳では無いのだが。

 勿論それがスレイヤーや荒れ木三度Loss(アレキサンドロス)、日崑孝正会、または全く別の組織の者であっても可笑しくはない。

 と言っても、荒れ木三度Lossであればいきなり敵対はしないだろう。

 アレクは基本的にファンタズマに対しては保護のスタンスで動いている。

 孝正会は、実はファンタズマにとって難しいところだ。 あそこはファンタズマやアクマを問わず、まずは屈服させてから話しかけてくるメンバーが多いらしい。

 殺しに来ないだけまだマシだが、現し身(シャドウ)でない者からすれば溜まったもんじゃない。


「どちらにせよ、楽観は出来ないでしょう。

 紡さん。辛いでしょうけど」


「皆まで言わんでもいい。

 元とは言え神性を携えておった身じゃ。 どうにでもなる」


 止めていた脚を動かす。痛みがある訳でもないのに、動かしづらく、力を入れられない。それでも進む事は出来る。

 かつての居場所を背に、前へ前へ。


「とは言え、逃げるしか無いというのは歯痒いものじゃな」


「わてのせいですね……、すみません」


「礼なら後でたっぷり聞くが、謝罪はいらん。

 気になるのであれば、後の献立でも考えておけば良かろう。儂はもう腹が減ったわ」


「ひゃっ?」


 大蜘蛛はそう言って、浮かない顔をしたままの千夜を再び背に乗せる。

 今の状況であれば彼女が走っても、紡の背に乗っても速度にそう大きな差は無い。だからこそ千夜は彼女の背を降り、走っていたのだが。


「大人しく背負われておけ、千夜よ。

 紡は人肌が恋しいのだろう」


 何か言いたげな彼女を夕陽が牽制する。


「なぬ!?」


「そ、それなら夕陽さんだってええじゃありませんか」


「万が一儂の頭が今の紡に擦れてみろ。 ただでさえ薄い髪が削れてしまうわい」


 夕陽の今の外見は中年親父だ。

 髪はかなり薄くなってきている。妖怪の姿でも彼の髪は薄く、人間変身という能力の限界を感じずにはいられない。

 一方で大蜘蛛状態の紡の全身は剛毛に覆われており、柔肌に擦れるとそれなりに痛くはある。

 まあ、千夜を乗せる時は糸でクッションを作っているが、恐らく、というか間違いなく夕陽が乗るとなればそうする事は無いだろう。つまり、毛根への激しいダメージが予測された。それが刺激になって、等という戯れ言を聞いた事もあるが、全く信用ならない事は実証済みである。


「――漫才はそこまでにしておいた方がいい様じゃぞ」


 不意に、大蜘蛛の走る速度が緩んだ。

 それに遅れて夕陽の口が固く閉じ、ふたりを守るように前へ出る。

 千夜はふたりの気づいた何かを感じる事は出来なかったが、その様子から身を引き締める。


「……誰か、こちらへ来ておる」


 小声で囁くように忠告する。

 前方、恐らく五町(500m程)もない。

 例えば耶彦であれば、あっという間に接敵する距離だ。油断したという他ない。

 荒野染みたところから、昔はよく見た里山のような光景に移りつつあったこの隠れ里に郷愁のようなものを感じてしまったのかもしれないが、後の祭りだ。


「儂が距離を詰めるか?」


 夕陽の能力なら一気に距離を詰め、尚且つ押し潰す事も出来る。ただ彼が突出してしまう為、危険は大きい。


「居るのが荒れ木三度Lossの者なら話がややこしくなるぞ」


 その問題もある。

 だがいるのがスレイヤーなら先手を取って潰しておきたいのも事実。

 そして、こちらが気づいているように向こうもこちらに気づいているだろう事は安易に想像できた。 更に言えば、隠れるような場所など周囲にはない。

 第一、相手が荒れ木三度Lossなら寧ろ繋ぎを取りたい相手でもある。


「……まず、普通に接触を。

 荒れ木三度Lossや日崑孝正会なら妖怪 ――ファンタズマが居ても可笑しくありません。居るかどうか、少なくともそれが確認できるか、向こうが敵対するまで、こちらの敵対行為は御法度です」


 こういう物事の判断はいつも千夜だ。

 間違いない判断が出来る、と言うより他メンバーの判断が大抵感情任せ、その場限りの思考であった為、自然と千夜が仕切る様になっていた。

 夕陽は頷き、紡は同意を示すように大顎を鳴らした。

 幾分速度を緩めて前進する。

 向こうも同様の判断なのだろうか? 互いに正体の知れない二組の歩み寄りは、酷く遅い。


「――ふぅ」


 そんな中、紡は力を抜くように、深く息をついた。


「一応、賭けには勝ったようじゃな」


 彼女の複眼には夕陽よりも千夜よりも先に、相手の姿が映っていた。


 三人の人間と、人の姿をしているが、多分狐が一匹。


 彼女の目にはそれが現し身でない事まで解った。ならスレイヤーでも孝正会でもない。

 これで少しは安心が出来そうだと、ほっと息を吐いたのだ。


 ちなみにこういった光景は世界的に見ると珍しい事ではない、という設定です。

 日本だと「魔物死すべし」なスタンスはスレイヤー一強ですが、ヨーロッパ圏ではエクソシスト集団が「悪魔許すまじ」というスタンスで活動していたりしますので。

 宗教観によってその辺りは違ってくるので、国によってはファンタズマどころかアクマも崇める対象になっていたり、ですね。


以下、「暁」 メンバー

桜塚森 千夜 ・・・ 座敷童

塚本 紡 ・・・ 土地神/大蜘蛛

円井 夕陽 ・・・ つるべ落とし

黒澤 耶彦 ・・・ 鴉天狗

岳 ・・・ ぬりかべ

堺 我ノ助 ・・・ 猩猩

紅林 音乃 ・・・ 刑部狸

茅ヶ崎 結 ・・・ ろくろ首

絹 ・・・ 一反木綿

虎太郎 ・・・ さがり

木之本 輝 ・・・ 木霊

シルヴァーナ・ローニー ・・・ セルキー

柚 ・・・ 小袖の手

角鹿 蔵王 ・・・ 鬼

紫藤 棗 ・・・ 毛羽毛現

武嶋 夜子 ・・・ 鵺

ニウエオ、モユク ・・・ コロポックル

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めちゃキャラが増えて、まだ覚えきれてないので、感想で間違ったこと言うかも知れませんけどご容赦を……。 一反木綿と言われると、ゲ◯ゲの鬼太郎くらいしか連想できず、それ以後の脳内イメージ映像が水木風にな…
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