第十三話 上坂透と上坂朱音
短めの過去シーンです。
透と朱音は上坂家で双子として産まれた。
双子ではあったが二卵性なせいか、寧ろ普通に兄妹であったよりも顔は似ていないかもしれない、そんなふたりであった。
その差は外見以上に中身に現れており、生真面目で寡黙ではないものの物静かな兄の透と、明るくお喋りで猪突猛進な妹の朱音。
近隣の住民からはよく似ていない双子だと言われていた。
そんなふたりであったからか、喧嘩こそする事はあれど、仲が良すぎると親に言われる程度にはベッタリで、出掛けるのも一緒、買い物も一緒、遊びに行くのも一緒、そして隠れ里に紛れ込んだのも一緒だった。
中学三年の秋である。
勉学に関して優秀な透とそれなりの朱音は受験シーズンであっても気張ることなく平常で、シルバーウィークに部屋に籠もる様なことはなく、街へ繰り出していた。
そこで、何の因果か奇妙な事件 ――今であれば解るアクマ絡みの事件だ―― に巻き込まれ、紛れ込んだのは隠れ里。
ただ、ふたりにとって幸いだったのは、その以前から起き始めていたアクマ事件と言うことで当時この街に進出してきたばかりの荒れ木三度Lossには、本社から業務と戦闘の両方に長けたエージェントが派遣されていた事だろう。
本社勤めの妖精エルフ、ラヴィエナ=ネージュは両手の武器を以て、双子に襲いかかったアクマ達を一蹴したのである。
ふたりは、ワイズマンと成ったのだ。
《黄昏》と《蝕》という何処か似た性質を持つテルムにハンターの素質を見出されたふたりはアクマと戦うことを選び、高校入学と同時に荒れ木三度Lossでのバイトもスタートさせた。
その時点で既にアレク入りしていた膝丸健斗とはすぐに打ち解け、一般人のバイトも人数が揃った為、臨時要員扱いだったラヴィエナは本社へ戻った。
始まるのは、危険こそあったが、順風満帆と言えるだろう生活。
だが、順風は何時までも続く風ではなく、常に満帆である帆など決して存在はしないのだという事に気づいてはいなかったのだ。
◇ ◇ ◇
ふたりはその日もまた、比較的安全とされるアレク斜路支店から隠れ里へと侵入していた。
何故此処が比較的とは言え安全かといえば、単純に定期的な間引きが成されているからに過ぎない。
シャドウの数はそれぞれの里ごとにほぼ決まった数が「常に」存在すると言われ、倒しても倒しても何処からか現れるらしい。それでも、倒した場所にすぐ出現するという事は無く、一定範囲内の間引きはそれなりに有効だ。
支店から入り込む分には、隠れ里と言っても屋内に繋がる為解りづらいが、その建屋自体は里の洞窟内に作られており、外ではアクマやファンタズマ、そのシャドウ達が闊歩している。
その出入り口は岩盤にカモフラージュされ、それを見破ったとしても次はシェルターの様な丈夫で分厚い扉、その先には電子錠付きの鉄扉と防犯面は優れているが、それでも物理的に破壊されないとは限らない為、古参である徳倉鏡子が普段の出入りを隠れ里から行うことで周囲の危険性の高い魔物を間引いているのだ。
では、そんなところへふたりが何をしに行くかと言えば、単純に戦力増強の為である。
普通に使うだけでもテルムは強力な武器だが、透の振う《黄昏》も、朱音の使う《蝕》も、アクマやシャドウを喰らう事で ――まあ、ファンタズマもだが、ふたりは彼等を対象にしていない―― より一層強くなる。
であるからこそ、そうしない手はないという訳だ。
と言ってもやり直しの出来るゲームでない以上安全マージンは確保すべきで、そこでこの場所である。
危険性の高い魔物の殆どが間引かれ、アレクお膝元と言う事でスレイヤーも殆ど入ってこない。
だからこそ、比較的とは言え安全と表現できるのだが、それで油断できる筈もない。
ましてや本日の探索行、事情あり、条件付きとは言え初の兄妹ふたりっきりであった。
一応、理由がない訳ではない。
まず、ふたりのお目付役のひとり、徳倉鏡子がスレイヤー絡みの案件で緊急に本社へ呼び出された。これはよくあると言えばよくある事だ。
もうひとりのお目付役とも言える膝丸健斗は、夜に如月白亜が見掛けたという隠れ里への闖入者の探索へ行ったっきり、未だ戻ってきていない。
残るファンタズマ、支店長のマヤ守崎は誰かと一緒に前線へ行くという事に、致命的に向いていない。 アルラウネである彼女が下手な状況で傷でも負えば、敵味方関係なく所か味方だけを巻き込んで「致死の悲鳴」を上げかねないからだ。
本来であればこの時点でふたりの探索は許可すべきでなかったのだろうが、そもそも人員の足りていない現状を理解したふたりは、遠出をしないことと少しでも異変や危険を感じたら帰ってくることを条件に探索へ繰り出したのだ。
ここ一ヶ月程で透の振るう《黄昏》はより切れ味を増し、朱音の使う《蝕》も幾つかのアクマの能力を模倣出来る様になっている。また、朱音は偶々出会った妖精ニクシーと契約を結び、彼女のシャドウを借り受けていた。
それらは鏡子やラヴィエナ等と較べると、本当に微々たる戦力の差であろう事は間違いない。だが、それでも彼らがふたりで成し遂げた成果であり、解りやすい成長の証であり、増長の毒でもあった。
「ふたりだけでもどうにかなるもんね、兄ちゃん」
《蝕》で写し取った能力――妖炎で、ヤカーと呼ばれる邪鬼を焼き払い、朱音は明るく言った。
アクマを倒す――殺す、滅する――事にも慣れ、強くなり出来る事が増え、理解しやすい形で達成感を感じられる。
やたらと教室で何らかのゲームの話をしている男子達は、それを感じたくてしているのかもと、解った様な思考が朱音の脳裏を過ぎる。
彼女はゲームをしないし、透も趣味と言えるのは読書と音楽鑑賞であるため、そもそも上坂家にはそう言った据え置き機はなかった。
高校へ入学し、買って貰ったばかりのスマホでもプレイ出来るのは知っているが、ふたりともそういう方面に手を伸ばしてはいない。親は双方何らかの育成をしているらしく、Wi-Fi環境自体は整っているのだが。
「油断は大敵だよ。僕らがふたりで戦っていられるのは鏡子さんの庇護下、って部分が大きいんだから」
そう戒める透の言葉に、朱音はわかりやすく不満げな顔だ。
「わかってるけど~、少しいい気にさせてくれてもいいんじゃないの~?」
ぶ~ぶ~と文句をタレる口元はまるで火男だ。蛸でも可だが、流石にそれを口にする事は無い透である。
そこまで言うと朱音は際限なく騒がしくなっていくのだから。
「ダメダメ。 アレクに入る時、言ったろ?
無理無茶はしない、危険は避けるって。
僕らがいい気になるのは無茶で危険だと判断します」
好奇心に負けた朱音と違い、透はアレク入りを渋った立場であった。
だが、朱音が大した話も聞かずに貴重だというテルムに手を伸ばしてしまった事。手に填まったそれを見た彼女が、面白がって別のテルムを透に放り投げた事。そして勝手にひとりで、相談もせずに戦いの了承をした事。
勿論、その状況を見たマヤは再度、再再度の確認をしてくれたのだけど、朱音はそれでも真っ直ぐにその道行く事を選び、透はそんな彼女を守らんと渋々同行する事を決めたのだった。
「とーるってば固い、かったいよぉ~」
「兄ちゃんと呼びなさい」
「ぶー」
「はいはい、子豚ちゃん。気を抜かない」
結局そう言ってしまう透だが、このタイミングならそこまで大騒ぎにはならない。そう解っているからこその軽口。
「誰が子豚か!」
何時ものやり取り。
何時もの空気。
一見緊張感の欠片もないが、その実、会話ほどの余裕はない。
多少慣れたところで命のやり取りに何も感じなくなるほど不感症ではないのだ。寧ろ、多感故に生じた感情を誤魔化さんと、より饒舌になる。
だがそれは不安や恐怖、肉に刃を食い込ませる不快感……、そう言った感情が強ければ強いほど、一層「何時も」を求めるが故に強くなる感情だ。
強い不快感を打ち消すには、より強い喜色の感情が必要なのだ。結局のところ、彼等はまだ子どもなのだから。
その気持ちが循環すると、本来であれば例えば徐々に声が大きくなり、また例えば感情の方向がずれていったりして、下手をするとぶつかり合いかねないものだが、この双子の兄は上手く妹の感情を受け流していた。
幼い頃から幾度となく喧嘩した相手でもある。感情の方向性は理解していた。
それは普段の生活であれば何でもなく終わる日常の一コマであったろう。
しかし、ここは隠れ里であった。
日常的でない心の内を感じたくはないからと、日常を演じてしまった、日常を演じすぎてしまった対価は如何ほどのものであったのだろう?
半身の死という対価はそれに準じていると言えるのだろうか?
――大海嘯と呼ばれるシャドウの大発生。
ふたりを呑み込んだ魔物の群れ。
いや、それは群れと言うより流れであり、敢えて表現するならば津波。
対価に支払われた半身はもう二度と戻っては来ない。
死という対価はそれに準じているのだろうか?
その答えを彼女は今も持っていない。
実のところ《黄昏》も《蝕》もパワーレベリングが有効な武器なんですが、そういうことはしません。
ファンタズマにとって、相手がシャドウであっても心情的には同類なので。
だから襲ってくる一部は倒してしまいますが、索敵してまでやっつけようという思考はないんですね。
それを悟って健斗は何も言わない感じです。




