第十二話 鏡よ鏡
今回も短めです。
徳倉鏡子は荒れ木三度Loss斜路支店において、オールマイティな活躍を見せる古参の妖怪である。
何せ、強い。
圧倒的に、強い。
ヘレティックで言うならマギ/タリスマン/バルバルス/ファミリア。
魔法を使いこなし、肉体能力にも優れ、かつ魔物を使役する。その上、ミュータント能力に防御能力の高いサンクチュアリ、複数の魔物と真なる契約を行うパルチザンを持つ、正しく「何でもあり」。
千年以上も世に在り続けた彼女の力は、神に匹敵する、というかある意味神そのものでもある。まあ、神と言っても唯一神創造神といった類ではなく、日本の八百万の神の一柱といったところだが。
彼女には支店長であるマヤ守崎でも太刀打ち出来ない。
マヤ自身、本来戦闘行為を得意とするファンタズマではないが、それでも永く生きた妖花の一体として、高い能力を持っている。
それでも、鏡子には敵わない。足下にも及ばない、というレベルだ。
そんな徳倉鏡子は個人の総合力で見るならアレク最強と言っても過言ではないだろう。
スレイヤーがその存在を知りながらも斜路支店にそうそう手を出してこないのも彼女がいるからに他ならない。
実のところ斜路支店は戦闘力のあるワイズマンやファンタズマの少ない支店だ。
鏡子とマヤ以外で、戦闘力のトップは防御力最強の膝丸健斗であった。次点で上坂朱音となり、それ以外は、荒事の苦手な如月白亜、周囲一帯を敵味方関係なしに弱体化させる高円寺望しかおらず、あとは者は戦闘力なんて殆どない。
現状で言うなら新規参入の逆木連理とササが、新参にも関わらず戦闘力高めと言う事であちこちに駆り出されている状態である。
にも係わらず潰されないのは徳倉鏡子という抑止力があるが故なのだ。もっとも、そうであるが故に人員補充が後回しにされる現状もあるが。
その一方で彼女の本質は戦いにないという事実がある。
ゲーム的に言うなら、彼女の経験値の大半は戦闘系には使われていないのだ。
彼女は、雲外鏡。
物を映すのが本来の役割である。
それは真実や本質を映すとされ、彼女自身もそのちからを得た。
また、その映すちからはやがて移すちからと成り、魔術的に鏡面はもうひとつの世界ともされた事で、封印や結界など、そのちからは多岐に渉っていったのだ。
反面そのわかりやすい能力のせいで、スレイヤーでも往々と研究されている様だが、今のところその成果は上がっていない。
「作戦」でどうにかなる力量差ではないし、「研究」は被害を逸らす方がまだ成果らしい成果が出る。
曲りなりにも神 ――最早スレイヤーにとっては自然災害そのものである。むしろ積極的に攻めてこない彼女はある種、攻性防壁であり、スレイヤーの被害はその意味で自爆と言えるのだが。
そんな彼女が今いるのは、所謂飲み屋街であった。
比較的未成年の多い斜路支店で最年長たる彼女。飲み屋街繁華街歓楽街での活動は彼女かマヤ守崎、それと膝丸健斗の三名に限られていた。
倫理的に、要は年齢を気にしての采配であるのだが、実際徳倉鏡子の外見の方に問題がありそうだ。何せ彼女の外見は中学生か、ぎりぎり高校生くらいにしか見えない。
しかし、彼女が人目を引く要因はそれだけでなく、その色彩の方に問題があるだろう。
透明感のある白い肌。腰程まで伸ばした髪は白銀。瑠璃のような玻璃のような、光の反射で煌めきを変える双眸。
そんな少女が何故か近所の中学の制服を着ているのだから目立たぬはずがない。
だから彼女は気配を消し、姿を眩ませつつ夜も賑わうその場を歩いていた。
時折寄り道をするかのようにその進行方向がずれるのだが、軽く頭を振り元の進路へ戻る。そんな感じで暫くただ歩いていたが、それでは埒が明かないと思ったのか、進路を変え賑わいから離れていく。
行く先は街外れ。
見えてくるのは暖簾の掛かる屋台だ。
――三黒飯屋。
毛筆体で書かれたその上にルビがあり、そこにはひらがなで「みくろめしや」とある。
今のところ客らしい姿は無いそこいらにはスパイシーな香りが立ちこめていた。
その香りと何処かオリエンタルな雰囲気は来る客に「ああ、ミクロネシアをもじってるのか……? えっ、ミクロネシア?」と混乱させてくれる事請け合いだ。ミクロネシアの料理と言えば、エスニックと言うより和風テイストに近いし、エスニックというなら寧ろタイやベトナム料理になるだろう。
そんな屋台の中に見えるのは、浅黒い肌をした、東南アジア系と思しき人物がひとり。
「今晩は、少し冷えますわね」
声を掛ける。
外見通りの幼げな声。今時分には決して似つかわしくない少女の声。
「オジョサン、デアルクノ、チョト、オソイ、オモウヨ」
片言で返事をしつつ、店主はちらっと鏡子に視線を向けそう言うと、作業へ戻り ――勢いよく二度見した。
「失礼しました、姉御」
多少訛りが残るものの、それでも流暢と言える日本語を口に、男は頭を下げる。
その「黒幕の配下」っぽい仕種は、エプロン姿であるにも関わらず、何処か黒服を連想させた。SPかマフィアかアンタッチャブル。まあそんな感じのモノだ。
「姉御は止してくださいと以前申し上げたでしょう?」
「失礼しました、お嬢さん」
そう言われても鏡子は渋面を作ったままだ。
「もう少し、標準的な呼び方はありませんの?」
「こちらは一旦譲歩致しましたので、これで勘弁願いたく思いやす」
「そのヤクザ屋さんみたいな口調もどうにかなりません?
周囲に誤解を招きますわよ?」
「対外的には片言で済ましてますから、何ら問題ありやせん」
男 ――アラム・クアイ・ウトゥックは以前アクマ絡みの事件で鏡子に助けられたワイズマンだ。
以来、アレクの下部組織である情報屋、三黒飯屋に所属している。のはいいのだが、彼女を心酔しているというか崇拝しており、変にへりくだる。そのくせ我を通す。
文字通り神にも等しい彼女は信仰の対象になるのは初めてではないが、仲間という意識のある人間に崇拝されてしまうのと言うのは、何ともむず痒く思ってしまうのだが。
「はあ……そう言う話でもないのですけど、まあいいです」
「我が儘を聞いていただき感謝いたしやす。
それで、この度はどんな情報をご所望で?」
たまに娯楽としての食は興じるものの、食事自体は必要という訳でも無い彼女。この屋台の出来た当初こそ食事を頼んでいた事もあるが、ここしばらくの用事は情報だけだ。何か、新作でも出来れば頼む可能性はあるが。
もっともそれを口にすることは無い。
そんなことを言ってしまえばこの男、本来の仕事をそっちのけにして新作料理の研究をしだすだろうから。
「最近、この界隈で表の医者に掛からない怪我人が出てると聞いていますわ」
「その件でしたら少し聞いてやす。
被害者、と言っていいのかは別にして、その怪我人は所謂ちんぴらや半グレって連中ですな。
恐喝かつあげといった路上強盗をしようとして反撃を受けた様です。経緯が経緯ですから表の方には行きづらいんでやしょう」
話しながらアラムは屋台の奥から大瓶を取り出すと封を切り、升に注いだ。
日本酒だ。
この外見少女の大妖怪は食事が不要であっても、酒は大好物なのである。だからこそ繁華街を歩くのはある意味で骨だった。自制心が試される。
「どうぞ一献」
「有り難う、戴きますわ」
事情を知らない者が見れば、少女を唆す外国人の様相であるが、その少女の方はと言えば酒を前に楚々とした風情を見せつつも、内心舌舐めずりしているのが透けている程爛々とした目をしていた。
情報収集は何処へやら、少しだけ香りを楽しむように顔を寄せたが、すぐに我慢できなくなったのか、両手で受け取った升を一気に呷った。
「はぁ~、おいし。
お酒はいいものですわ」
「そう言って戴けると幸いでやす。
新潟の大吟醸「八海山」、食中酒にいいと聞いてますが、何か作りやしょうか?」
そう言うアラム、実は酒は飲めない。匂いだけで酔う程では無いが下戸である為、酒の情報は伝聞だ。
店にも出さない日本酒の購入理由は崇拝する鏡子の為だけという、ある意味の潔さ。
空になった升へ、透き通った液体をなみなみと注ぐ。
「嬉しい申し出ではあるけれど遠慮しておきますわ。
今宵は飽くまで情報の為に来ましたもの」
「おっと、そうでやした。
ヤツらの怪我の程度ですが、打撲と骨折が主でやす。が、内臓が結構イカレちまったのが何人かいるみたいで、そいつらは面会謝絶状態です。
幸いかどうかは分かりやせんが、死人は今んところいやせん」
すぐさま話を切り替えたアラムの視線は鋭い。
「……成程……。
その感じですと、アクマとシャドウは除外してもいいかしら? それと目覚めたばかりの普人でもなさそうですわね。
マヨイか、先祖返り……かしら?」
マヨイとは迷い。
こちら側の住人や向こう側の世界の住人が鏡面世界の隠れ里へ迷い込むように、こちら側へ迷い込んだ向こう側の住人の事だ。こういった存在は偶にいるし、騒ぎの中心になってしまう場合が殆どだ。
逆にこちら側の住民が連理の様に里へ迷い込む事もあれば、里すら通り越して完全に向こう側へ行ってしまう事もある。
里へ行くだけなら偶然戻って来られる場合もあるし、アレクに救出される場合もある。だが完全に向こうへ行って帰ってきたという話は聞かない。千年以上在り続ける彼女にしても。
これも神隠しと呼ばれる現象の一端だろう。もっとも、里へ行って帰ってくるだけでもそう呼ばれることはあるだろうが。
「はい、打撲にしろ骨折にしろ、原因は殴る蹴るといった方法の様で、武器の使用は見受けられやせん。 あと、怪我の中には何か硬質のものが引っかかった様なものも幾つか。
それと――」
話ながらどこからともなく取り出した地図を広げる。
地図には多数のマークがされていて、各々に日付が記入され特定の色が割り当てられているのが解った。
「相変わらず、準備の良いことですわ」
「お褒めに与り光栄です。
それで、今回の場合、この青丸のところです。今のところ、この七箇所が確認の取れている場所で、一応調べやしたが、分かりやすい獣毛や鱗みたいなモンは見つけられやせんでした。まあ、こびり付きでもしなけりゃ毛は飛んでっちまうと思うやすが」
彼は、彼等は情報屋だ。
基本的に荒れ木三度Loss専門の情報屋と言え、こんな情報が欲しいと通達がある訳ではない為、どんな情報でも収集するし、何か気になれば、即行動する。
その為、今回のように地図にマーキングするにも、一枚二枚の地図では到底足りず、二十冊以上の市内地図を持ち歩き、それでも情報ごとに一枚の地図を用意するには不足する為、一枚に複数の情報の書き込みがある。
出された地図はこの繁華街を一枚にまとめたものだが、それでもマークされた色の数は七色。この仕事っぷりには頭が下がると言えた。
「人相や外見の調べはついてますの?」
「いえ、からっきし、と言う訳でもありやせんが、芳しくはありやせん。
二十歳前後の男らしいんですが……。 殴られすぎて記憶が飛んだのか、どうもそれ以外の特徴が出てきやせん。
ただ行動にはパターンがある様で、初めはボーッとしてやして、絡んでいると急に反撃が来たと」
「絡んで反撃されるのは普通のような気もしますが、初めに呆けているのは何故かしらね」
顎に手をやり、視線は中空へ。
その様子はまるで探偵を気取る小学生だが、左手には日本酒の入った升がある。
一方でアラムはいつでも酒を注がんと、不動の如くその様子を見守る。ちなみに瓶へ手は掛けない。注ぐ時まで持たないのは熱が伝わってはいけないと思っているからであり、彼女に気を遣わせない為でもある。
「……もう少し、足で稼いだ方が良さそうですわね」
呟く。
考えるだけの時間はもういらないだろう。こういった行動の解析だけなら歩きながらでも十分出来る。
ちなみにこの様な時、彼女は自身のちからを使わない。
鏡はものを映すのが本分とは言え、あくまで道具なのだ。何かを探す捜索系の能力や未来視を使うには、誰かに自身を使って貰う必要があった。最低限、知識と経験を兼ね揃えた誰かに。
だから、歩く。
「有り難う、助かりましたわ」
升に残る残りの酒を呷る。
「そちらは封をして取って置いて戴けます?
風味が損なわれないうちにまた来ますわ」
そう言って背を向ける鏡子。その背にアラムは頭を下げる。
それだけだ。
アラムも敢えて呼び止めたり地図を渡すなど、無駄な事はしない。
――彼女は鏡。
ものを「写す」事も本質である。
ちなみに彼女はとある能力で弱点をある程度克服していたりします。
ぶっちゃけチートもいいところなキャラです。特殊能力や魔法魔術を羅列するだけで他のキャラクター設定の三倍以上のスペースを使うくらいは。
整合性を取る為に年齢でキャラクターポイントを上昇させるルールも考えていたり…。




