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第十一話 百鬼夜行

「ルールが追加されました」


「しばき肉躍るってのはこう言う感じなのかネ?」


「……血湧き、ね。

 ってケンケン楽しんでんの……?」


 間違った日本語を口にするのは、マヤ守崎に「肉の盾」と称された男 ――膝丸健斗その人である。

 日英ハーフというが、金髪碧眼。日本人の血が入るとこの色には成りづらいと聞くが正真正銘ハーフらしい。生まれはイギリスで幼少期にほんの一時だけヨーロッパ各国を回り、小学校に入る時に日本で暮らし始めたという。


 そんな彼に応えた朱音の声は溜息交じりだ。

 合流したばかりで、もう疲れが滲み出る。

 それ程疲れるなら、そもそも突っ込まなければいいのだが朱音さん律儀に突っ込むのだ。学校での優等生キャラ、仲間内でのちょっと明るめ&ガサツな女の子キャラとキャラの演じ方に余念のない上坂朱音である。


「おっと、そうだったカ?

 なら、護衛と応酬、とでも言えばイイのかな?」


「護衛……? 何それ?」


「……護衛と……? ゴエイ……ゴエ、イ……。 ふむ、呉越同舟、かの?」


「……ワザとボケてる、訳でもないんだよな、この人?」


 朱音に耳打ちする連理である。

 バイトの上では連理は裏方、健斗は板前と接する機会はそう多くない。ふたりがワイズマン同士とは言え店の中にはノーマルもいる為、大っぴらにその手のことを話す事もなく、接点はより一層少なくなる。


「ワザとの時もあるの……。 まあ半分は天然よ……」


 深く、深ーく溜息の朱音。


「今のは、最初のは天然、後のはワザとね」


 と、ボソボソ耳打ちしてくる。


「……結構、めんどくさい人、なのか……」


「面倒というか……相手にすると疲れるのよ~」


 彼女の健斗を見る視線は、どう見てもジト目である。


「マヤさんの言うとーり、強いのは確かだけどね~」


 健斗のテルム ――《アエテルヌス》。その名を《不変》としているのは伊達ではない。

 物質として存在する以上、破壊できない物というのは有り得ないが、《アエテルヌス》はそのあまりの頑強さに事実上破壊不可とのお墨付きを受けている代物だ。

 何せ、通常の刀剣や銃撃は元より、巨人(ジャイアント)巨神(ティターン)の使う(メイス)(ハンマー)でも破損しなかったらしい一品である。破損しないどころか、歴史上全身鎧の弱点でもある内部への衝撃すら半減させ、さらには加熱しても熱くならず、冷却しても冷たくならない。

 正しく不変。


「いっつも変なアクセントつけて話すけど、これもワザとなのよね……」


「……そうなのか?」


 日本語に不慣れな外人さんっぽいと思っていたらワザとだと暴露され、連理は何と言っていいか分からず、言葉通りにただ納得するしかない。


「ケンケンって今までの人生の七割は日本にいんのよ? 寧ろ英語のがへたっぴ? 話せるけど、いかにも日本人の話す英語って感じ~」


 文句故か、声は大きくなりつつあり、最早ひそひそ話のレベルではない。


「ハーフ、じゃなかったっけ? 普段からネイティブ聞いてるんじゃ……?」


「詳しくは知らないけど、お父さん忙しい人ってのは、聞いてるうぐっ!?」


 急に朱音は頭を抱え崩れ落ちた。


「お兄サンの暴露本は売ってないゾ、若人ヨ」


 不意に朱音へ手刀を落としたのは話題の健斗その人。実に爽やかな笑顔である。


「――~舌噛んだ(ひははんは)……」


 結構容赦なく落下した手刀は朱音へ、実に深刻なダメージを与えた。

 とは言ってもこのダメージはまだマシな方だろう。何せ彼はつい先程まで身につけていた《アエテルヌス》を態々解除して、素手で突っ込みを入れている。金属鎧の形を成すこのテルムを装備したまま落とされた手刀は、恐らく想像を超える痛み、というか打撃をもたらした筈だ。


「……おぬしら……里に入った後とは思えぬ気楽さじゃな」


 そう突っ込むササは、格好だけで言うなら更に気楽(ラフ)だ。

 健斗は全身鎧なのだが、連理は刀に革ジャンとジーンズ、朱音は短刀を両手に持ちつつジャンパーとジャンパースカート、ササに至っては錫杖を手にしながらもブラウスとフレアスカートで、「えっ? コスプレでデートなの?」的な装いだ。

とはいってもこれらの衣服 ――健斗のテルムは兎も角―― 荒れ木三度Loss所属の符術師(タリスマン)魔術師(マギ)が、科学技術に己の技術を融合させた、ファンタジー的な防御性能を誇る一品だったりする。


 隠れ里等の彼等が戦う場所に至る門が、存外居住区に近い場所にある事からの配慮で、この様な装いではあるが、如何せん高価な為ひとり一着しか支給されていない。まあ、汚れにも強い一品でもあるのだが。

ちなみに朱音の短刀もテルムである為、収納可能。見た目に怪しいのはササの錫杖くらいなのだが、これは特殊警棒の様な構造で30㎝程度まで短く出来た。


「……そういや、里に入ってから何にも遭わないな。 魔物のいない里っていうのはあるんか?」


「いや、有り得んな。

 里の住民(まもの)は大抵現し身だと以前話をしたじゃろ? そのせいか居なくならんのじゃよ、魔物は。 まあ、現し身が死んでも大本は無事なのじゃから道理じゃな。

 それに里自体も鏡面 ――何処かの世界の現し身よな? 大本の世界が滅びでもせん限り誰もいなくなる何て事は、無いじゃろう」


 ササの答えに納得しかねる様に、連理は首を傾げ周囲を見渡し、また首を傾げた。


「……でも、いないぞ」


「そういう場合のパターンはふたつ」


 ふたりの会話に朱音が口を挟む。 教師然とした口調は学校での、優等生な彼女だ。


「殆ど有り得ないけど、さっきササッちの言ったような、大本の世界で滅びでしまった場合。 まあ、そんな事があれば里自体もそのうちに崩壊するでしょうけど……。 で、もうひとつが……」


「コッチの現し身(シャドウ)を殺しまくってる奴がいル。大抵スレイヤーの連中だガネ」


 朱音の言葉に被せて健斗が言う。



 ――マヤの言うところの調査。

 この隠れ里にファンタズマや人間がいるかの調査、いたなら保護という依頼だ。シャドウしかいない可能性もあるが、逃げ隠れた者や、連理のように何も知らずに迷い込む者もいない訳ではない為、知られている里には定期的に調査が入れられる事になっていた。


 問題はここが市街地に近く、それでいて複数の組織に知られている里だという事。荒れ木三度Lossは保護の為、日崑孝正会は戦力増強の為、スレイヤーは殺戮の為にそれぞれの思惑を抱いて隠れ里に入り込む。

 当然かち合う事もあり、それがスレイヤーであれば争い殺し合いに発展する事も多い。というか、ファンタズマやシャドウ、魔物使い、すなわちファミリアやメディウムがいる時点で九割方殺し合いになる。


 なら連れていかなければ、という話なのだがアレクのメンバーはファンタズマが多く、戦闘力という面で見ると彼等を前線へ送らざるを得ないのが現状だ。何せファンタズマと魔物使いを外すとアレクの戦力は半減するとまで言われている。

 ちなみに日崑孝正会から彼等を外すと十の戦力が、二か三まで落ちる。構成員の殆どがメディウムの孝正会、彼等がいないと成り立たない。

 そしてそれはスレイヤー入りする人間の数の証左でもある。三大組織のふたつを敵とし、人間だけで渡り合う彼等にどれだけの数がいるのか、見当も付かない。


「シャドウは殺しても、結局また出てくるんだよな?」


 現し身は所詮『写し』身である。本体でない以上、本体が生きていればまた発生する。全部が全部、という訳ではないが、それまでシャドウを現していなかった者からも写される事もあるだろうから、総数はそう変化がないとされている。


「シャドウの中に紛れている魔物を狩るって意味もあるだろうけど……、ただの鬱憤晴らしよね」


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎し、という憎悪に身を焦がす者もいれば、ヒャッハーな、他者をいじめたい、傷つけたい、殺したいという気狂いもスレイヤーにはいる。

 若干の個体差こそあれ、殆ど本能だけで動くシャドウはいいが、そこに紛れている魔物達には只管迷惑な存在だ。


「……身内が犠牲になってそれで復讐に走る、ってのはまあ理解出来なくもない……かなあ……」


 そんな境遇は想像することしか出来ない。そして、きっと想像しきれないだろう事は理解できる。想像はきっと、何処まで行っても想像だ。


「それでもA国人に身内を害されて、それでA国を丸ごと殲滅した上でA国人のいる他国も全部潰そうって話だから、八つ当たりよね」


 対して朱音の言葉は辛辣だ。

 こちらも言いたいことは解る。


「それだと逆のパターンも多そうだなあ……、泥沼だ」


 スレイヤーに殺されたファンタズマに身内という者がいれば、きっといる筈だ。

 復讐者になる者。

 殺戮者殺しの殺戮者。

 彼等もきっと目指すだろう、殲滅。


「ああ、そうイうファンタズマは多いようだネ。大抵は返り討ちにあってるミタいだけれど。

 聞くところにヨると化け狸の棟梁が、スレイヤー相手に結構被害を出してるラシいな?」


「奥さんと子どもを殺されたって話よね。そう言えば魔女の女の子も凄いって聞いた事があるよね……」


 何となく広がる雑談。ただ雑談と言っても内容は重い。

 殺戮と復讐のそれは澱んだ血肉の臭いを想像させる。とは言ってもアレクの先輩ふたりのやり取りにそんな重さはないが。


「魔女?」


 化け狸の事は支部で聞いたことがあったが、魔女というのは初耳だった。


「ああ、聞いテなかったカな? どの系統の魔女トか詳しい事は分かっていないけど、二つ名は広まっている魔女がいテね」

「「黄泉御前」」「と呼ばれテるよ」「だってさ~」


 朱音と健斗、ふたりの声が重なる。


「……それはまた物騒な二つ名じゃ。黄泉(あの世)へ送り出すから黄泉御前かの?」


「生者を死の国へ送り出シ、己は死者ヲ連れ歩く。何て言われてるネ」


「という事はマギ/ファミリア?」


 ヘレティックで表現する連理。こうして表現し、覚えておく事でいざ敵対した時に対応できやすくなる場合が多い。まあ先入観に捕らわれる可能性もなくはないが。


「まあ、メディウムかもしれないし、他にも何かあるかもね~」


「システム的にバランスを調整シてる様なゲームとかとは違ウからな。もしカするとマギ/メディウム/ハンター/タリスマンなんてコともあるかモだぞ」


 冗談交じりで健斗。


「……それ、マギ/魔物使いであり得る能力(ヘレティツク)全部だよな?」


 『黄泉御前』が魔女である以上マギが確定。

 死者を連れ歩くなら魔物使いのファミリアかメディウムだろう。

 マギである以上魔法の使えない魔力持ちバルバルスは除外。

 まあ、ファンタズマやアクマはヘレティック表現をする場合、マギ/バルバルスもあるのだが、初心者向けと言う事でここでは省き、さらにハンターかストレングスかはある意味取捨択一、残りのタリスマンはどのヘレティックでも組み合う。


「おお、良く気づイたな。後は特異能力者(ミュータント)かどうかダが、その辺りマで噂では流石に聞こえてこナいな」


突然変異(ミュータント)?」


 ワイズマンとしての会話では聞いた事のない単語に、連理は首を傾げる。会話の流れからして異能(ヘレティツク)に通じる言葉のようだが、聞き覚えがない。


「? コれもまだ聞いてなかっタか、ミュータント」


「聞き覚えはないけど……ヘレティックの種類、か?」


 連理の問いに朱音は少し首を傾げる。


「ま~、そう言えなくもない、かな……?

 ミュータントはその能力を使うことに生まれついているの。人じゃない人なんて言われ方もする能力者(ヘレティツク)以上に異質なモノ、とか」


「ヘレティックの常識を超えル能力を持っテる、何テ言うナ」


「よく解らんぞ」


「……フム、キミらはゲームを嗜むかナ? RPGダ」


 ササの問いに例えを出そうとする健斗。


 実のところ、連理のササの同棲生活で今一番の潤滑油はレトロゲームだった。

 RPGならササはかの有名な3Dマップな洋ゲー、連理はファイナルな幻想曲の方だ。同時にプレイするタイプのゲームではないが、良いところは良いと認め合っている。

 ササは最近欲しいアイテムがドロップされず、「むきーっ!」と唐突に叫ぶ事もあるが。


 肯定するふたりに健斗は続ける。

 ちなみに朱音はその辺りについて詳しくはない。人当たりのいい優等生を演じるに当たって必要最低限の知識は持っているが。


「まず、今更ではあるがヘレティック。これは例えるなら複数のクラスを選択できるタイプのクラス性RPGで表現が容易い……が、コンシューマだとあまり例はないかな?」


 流暢に話し出す健斗。

 実はペラペラという朱音の話は本当だった訳だ。


「ミュータントはそれとは別の、固有能力と言えるかな。一般キャラはどれも同じ様な攻撃は出来るけど、固定キャラや主人公クラスのキャラは特別な技とか使えたりするだろう?」


 健斗の好きなのは某やりこみゲー。それ以外にも多くの大作はプレイしているし、それとは別にTRPG(テーブルトーク)も嗜む強者だ。支部内どころか本部との間ですら卓を囲もうとしたこともあるとかないとか。


 ちなみにその場合、好んでプレイするのは有名神話のホラーゲーム・クトゥルフ神話RPG。実戦では積極的に殴っていく彼だが、そちらでは只管逃げに回るというのは意外と言えば意外と言えよう。


「実際のところミュータントの固有能力は技に分類されるものではないけど……コンピュータゲームには殆どないが、種族スキルに近いと言えば近いんじゃないかな。

 例えるなら人間という種族の固有スキルが変異したのがミュータントスキル、と言えるのかも知れない」


 まあ、人間のみならず魔物達にもある能力だが、と続ける。


「突然変異なんて呼ばれながらも、系統がある程度決まっているらしいから、元々人間や魔物に使える素地があるのかもしれないけどね~」


「系統?」


 連理の反芻した言葉へ返ってきたのは特異能力者(ミュータント)の能力の説明だった。


 魔物を喰らいその力を得る「悪魔喰らい」 ――デモノイーター。

 魔物の攻撃に対し高い防御力を持つ「聖天使の加護」 ――サンクチュアリ。

 スレイヤーの創る人工的なハンター「武装調整体」 ――クリエイション。

 魔物使いの能力を強化するらしい「絶対の鎖」 ――パルチザン。


 ふたりが知るのはこの位だと言うが、まだ種類はあるらしい。

 それと、それらを「系統」と言ったのは伊達ではなく、その様に分類は出来るが、ヘレティック以上に差異があるのだと言う。

 例えば同じ聖天使の加護(サンクチュアリ)でも、魔物の攻撃全般に強い者もいれば、物理攻撃だけに特化している者、例外的に日常生活に於いても高い防御力を持つ者もいるとか。


「……何か、アレだな」


 ヘレティックの事を聞いた時も思ったが、何ともゲーム的だと連理は思う。だが、その考えは逆なのかと思い直した。

 リアルを表現するのにも、ゲーム感覚だと解りやすいのだ。

 現実に、ゲームの様な「設定」がある訳ではない。しかしその様な設定で分類する事で格段に理解しやすくなる。


「あれって?」


「ストーリー中盤へ向けてのパワーアップイベント。

 ゲームでも漫画でも、敵にそういうのが出てくるとイベント戦での敗北後に同じ様な能力が使えるようになる」


 ありきたりだ。特に設定が多い場合に多用される、初心者ユーザーに優しい方式。まあ、ゲームシステムの自由度が高すぎる場合、作ったキャラと新能力が噛み合わずに、最初からやり直す羽目になる場合もあるが。


「負けるコト前提かヨ、若人。

 と言っても、キミラはもうラスボスに会って、敗北した訳ダカらイベントはクリアしてるんじゃなイカね?」


 いつの間にか普段の口調に戻った健斗は、そう言ってにやっと笑った。


「ラスボスなのか、鷹城佐重樹……」


「分かりヤすいラスボスだと思うガね。

 圧倒的なチカラ、徹底した殺意、大企業の筆頭理事で裏では敵対組織を牛耳っていル」


「……ラスボスね~」


「ラスボスじゃな」


「ラスボスと見せかけた中ボスに一票」


「それもアリがちダが、それ以上強力なボスキャラは勘弁しテもらいタいものだナ……」


 健斗も朱音も鷹城佐重樹に会った事はなく、彼がスレイヤーにいると聞いたのも極最近 ――連理とササの話だ―― だが、その強さと徹底した暴れっぷりは伝えられている。


「あ~、そう言えば別の見方での区分もあったっけ」


 思い出したかの様に朱音。


「単純に新旧での区分」


 人差し指を顎に当て、視線は中空へ。自然にやっているのか敢えてそう見せているのか、判別のつかない仕種だ。


「ヘレティックは程度の差こそあれ連綿と受け継がれてきた技術でしょ? ストレングスは受け継がれるって言葉は合わないけど、まあ昔からある能力よね~?」


 ハンターは戦いや狩りの技術、マギは魔法の技術。昔から巫女や神の媒介となる者はいただろうし、努力の成果で大成するという意味ではストレングスの存在は今昔ともに身近と言えるかも知れない。


「ミュータントは新しい技術。

 これまでのヘレティックって言葉では区分できない技術。サンクチュアリとか技術って言葉で表わすには微妙だけど、突然変異的に現われ出した能力ってことでミュータント」


「その言い方じゃと現われ出したのは最近なのかの?」


「まあ、そもそもヘレティックの区分自体そんなに昔の話じゃないんだけどね~。そういう系統分けして理解したつもりになったところに別系統のモノが出てきたから、って理由かもしんないし」


 ヘレティックのみならず魔物関連の情報は、各所各組織各国のそれを継ぎ接ぎしたモノに過ぎない。

 被りもあれば漏れもあり、読み方の統一性すらないデータの塊だ。


 そもそも斜路支部にいる『最強』はミュータントに区分される能力を持った、千年以上在り続けた古参である。新旧説は根強くあっても、現実として否定されているのだ。それよりは発見・区分の新旧と言ってくれた方が余程しっくりとくるだろう。


「そーそー、前にちょっとだけ流れてきた情報もあってね~、そういう系統とは全く違うミュータントもいるらしいよ~?」


 体ごと回転させて視線を変える朱音は、一見無駄な動作が多いくせに、実はその動きに絡めて周囲を警戒していた。会話の最中では気を抜いてしまいがちな新人ふたりをサポートしている。

 本来はここで何らかの形で警戒心を起こさせる方が、後進の育成としては正しいのだろうが、自身も会話に参加している以上、それは後回しである。


「あれはデマって言っテなかったカ?」


「デマかもしんないけど~知っておいて損はないさ~」


 くるくる回りながら話す朱音はまるでミュージカルの役者のようだ。


「で、そのデマってのは?」


「さっきまでのは、まあケンケンの言うところの固有能力であったり、種族スキルであったりする、それらの突然変異。

 それとは別に、いるって話があったのさ~。


 ――肉体の突然変異で、心は人間なのに体が完全に怪物になってしまったミュータントがいたって」


 大したことのなさそうな口調で、朱音は背筋の冷たくなる様な事を笑って言ってのけた。

 それは、信じていないという事だけではなく、そうなること自体が大した事ではないと言っている様に聞こえて、連理は朱音自身に対してゾッとする様な得体の知れなさを感じていた。


◇ ◇ ◇


 それは突然だった。


 ――この里は、里山の様な長閑な緑と青々とした木々の広がる、川のせせらぎさえ聞こえてきそうな空間だった。

 今の、今までは。


 魔物とも遭遇しなくなって二時間ばかり経っていた。最早、殆ど知性のない現し身たる魔物ですら、警戒した虫の様に何処かへ隠れてしまったのではと錯覚してしまう程に穏やかに時は流れていた。

 誰とも会わず、何とも遭遇せず、最後にあった戦いの跡などすでに地平の彼方へと見えなくなってしまっている。

 それでいて平穏な隠れ里の存在を知っているからこそ、安心してしまった。


 突然であった、唐突であったそれに反応こそ出来たものの対処しきれなかったというのは、やはり油断があり隙があり力量が足りなかったと言う事なのだろう。


 それは予兆もなく湧いたシャドウの大量発生――。


 いや、予兆はあったのかも知れない、何か致命的なそれを見逃しただけかも知れない。

 だが結局発見できなかったそれらを予期すべき事象は、予兆もなくとしか言いようもなく、結果皆を呑み込んだ。

 叫び声。

 悲鳴。

 怒号。

 ひとつの流れになったシャドウ達の嘲笑。

 一瞬で、音の区別すら出来なくなった空間で、それでも彼等の拳は振り上げられ、剣は振われ、炎が、雷が、シャドウの濁流を打ち砕こうとした。

 しかし余りに余りあるシャドウ達は、拳を包み込み、剣を弾き飛ばし、炎を、雷を消し去ってしまうのだ。

 それは自然災害に真っ正面から立ち向かう様な、そんな無謀な様相であった。

 ならばそれは自然の脅威であったのだろうか? シャドウは自然なのだろうか?

 益体ない思考はシャドウの流れに押し流される。

 (おご)りは怯えに変わり、自信は恐怖に塗り替えられた。

 熱い高揚感は冷たく凍りつき、使命感など疾うに喪失している。

 殺意も敵意も砂の様に零れ落ち、水面の葉のように流れ去り、己の内に見つけられない。誰かを守るなんて気持ちはない。自身すら守れずに絶望する。

 生きる意欲ですら目の前の暗く昏い深淵の様なぽっかりと空いた目に呑み込まれていき、相対してしまったその視点はすでにぼやけ、視線は何とも合わずに、合わせられずにいた。

 轟音の大河であったここは、あっという間に不気味な嬌声のみが響く空間へと姿を変え、詰め込まれる様に只管圧縮されていく。


 シャドウが悦んでいる。

 昏い眼窩の様な、穴の如き瞳に愉悦が広がっている。

 この心中の様な状況を心底楽しんでいる。


 一方的に狩る立場であったはずの自分たちに、何があってこうなってしまったのか。

 自分たちはゲームの様にアクマどもを追い立て、追い詰め、殺し、蹂躙、殲滅していくだけではなかったのか。

 モンスターを狩り、報酬を得て、お宝を奪う、何処ぞの勇者の様な生活で財を成し気ままに暮らす、そうなるはずではなかったのか。

 何故こうなったのか。

 どうして? どうして? どうして?

どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?

 どうして? どうして? 如何して? どうして? ドウシテ? どうして? どうして? ドウシテ? 如何して? どうして? ドウシテ? ドウシテ?ドウシテ?ドウシテ?

 そんな思考を整理することもままならず


 ぷちゅっ


 と、水っぽい音を立てて、スレイヤーの一員でとして多くのアクマやファンタズマを狩ってきた彼――山白啓太はその生涯を終えた。


仲間を案ずる事もなく、自身を案ずる事も出来ず、ただ疑問の中で。


◇ ◇ ◇


 轟音が連理達の耳に届いていた。

 突如発生した音の奔流はそれまで静寂の中にあったこの里の中、広く響き渡ったのだ。


「~――何じゃ、今の音は!?」


 余りに唐突に響いたその轟音に、ササは耳を伏せ忙しなく辺りを見回している。その姿は百年を生きた妖怪のものではなく、まるで小動物だ。


「……爆発音? いや、何か違うような……?」


「土石流……に近イ感じカネ?」


「被災した経験が?」


 日本でも発生するその災害。幸い連理に被災した経験はないが、音を聞いてそうと思える健斗はどうなのかと問う。


「里でなら、まあ、たまにアるな」


軽い感じで答える健斗は、その言葉に怯えとまではいかないものの、若干の怖れを抱いて、「あんのかよ」と言う連理に向かって続ける。


「ここでは日本ト違って山でモ坂デもコンクリで固めたりシていない場所も多いかラナ。自然そうイッタ災害は起きヤスい」


 実際のところ、里でもアスファルトで固められた地面や金属、セラミックの様な廊下を歩くこともある。


 初めて連理の入った隠れ里は殆どが学校+洞窟といった感じだったが、支部古参である徳倉鏡子はSF染みた機械的な里にも行ったことがあるらしい。ちなみに朱音は在り来たりな森や野山といった場所ばかりで、反対に健斗は今まで近代的なビル街などが多かったという。ササは原生林+高層ビルといった何処か退廃的な里へ入り込むケースがあったとか。

それだけ聞くと入り込む人によって里の内状が変化するようにも思えるが、当然の事ながらそう言った事実はないらしい。現に今この場にいる四人は共通の風景を見ているのだし、それが幻覚だと仮定しても、同じ里に何度も支部員が派遣されることもある。

 つまり、個々の派遣先に偏りがあるのは偶々という事だ。

 もっとも、常識すら崩れる隠れ里だ。

 昨日行った里に今日も行って、同じ光景が見られない可能性は常にある。むしろよくある。だったら……と前述の問答へ戻りそうな気もするが、そもそも常識の通じない隠れ里である。

 一定の法則を見つけること自体が困難なのだ。

 ただ、ふたりの経験則だが、あの夜の学校の様に里側が同様の光景であるパターンは珍しいらしい。


「でも土石流なんて起こる地形~?」


 周囲は起伏こそあれどなだらかな野原や丘で構成されている。山らしい場所もあるが標高は決して高くない様に見える。


「そうでなくても何かはあったんだろ?

 注意だけはしてないと」


「うむ、宣戦布告としてしマウな」


 巫山戯て返す健斗だが、「被災」して一番生存率が低いのは実は彼だ。

 《アエテルヌス》を手にして以来、水に浮かなくなった彼を殺す手段として有効なのが、広範囲を水に埋め尽くす洪水や津波なのだ。

 津波は津波でも、山津波であればそれらほどは致命的にならない筈だが。


「何でそこで行き成り開戦しちゃうかな~」


「…………………………せん……ああ、戦々恐々か」


 正解を導き出した連理の言葉に満足そうな表情を見せる健斗。どうやら今回はワザとボケた様だ。


「間違い探しじゃな。状況と文脈から正答を導かねばならん」


「ううう……、鏡子さんの手が空いてればよかったのに~」


 よよよ、と言わんばかりに泣き崩れる様な仕種の朱音である。他組織に知られていない里の調査であれば、多少の重圧が掛かるにしても高円寺望とのツーマンセルでいけなくはないし、護身程度なら出来る如月白亜を、ちょっと可哀想であるものの引っ張り出すという手もあった。

 だが、孝正会は兎も角スレイヤーに会う可能性がある以上、そうできないのが実状だ。朱音もそれは理解しているのだ、一応は。


「そんなに嘆く程嫌なら相手にしなければいいんじゃ……?」


「それはそれで可哀想でしょ~」


 哀れんでいるらしい。


「なら我慢するしかないな」


「ん~、めんどくさ~」


「……オ前ら、そう言う会話を本人ノ前でするなヨ」


 そんな益体ない話をしつつ、それでも先程の轟音を気にかける。

 単なる自然災害なのか、人為的な物なのか。

 人為的だとすれば、それは敵なのか味方なのか。

 敵であれ味方であれ、その何者かはファンタズマなのかアクマなのか、人間なのか。

 人間ならそれはスレイヤーなのか日崑孝正会なのか、それともワイズマンになったばかりの一般人なのか。

考え得るパターンは多い。

 ほぼ確実なのは、それがアレクのメンバーでないことくらいだ。何せアレクがここに派遣したのは彼らだけなのだから。

 それだって「ほぼ」でしかないのは、別件で動いているという徳倉鏡子と鉢合わせる可能性が、隠れ里では有り得るからだ。 隠れ里同士が繋がること、離れる事もまた里では有り得る事なのだ。

 それがあるから、ほぼ管理下に置かれた様な里以外は戦闘行為前提でメンバーを組むしかないのだが。


「まあ、ケンケンの話はもーいいか~。

 手掛かりもないことだし、気をつけながらそっちに行くってことでOK?」


「……マあ、納得いかン気もするが、そっちに移動スるのは賛成だ。

 だガ普段天敵だゾ」


 至極真面目な顔でそんなことを言ってのける健斗。常日頃こんな事ばかり言ってる彼は実のところ頭の回転は速いのかも知れないが、非常に遺憾ながら宝の持ち腐れであると言えよう。


「それはちょっと、無理矢理過ぎじゃろ?」


すかさずササの突っ込みが入る。


「あ、そっかぁ……」


 その様子に、何故か朱音が微笑みを見せる。


「今日は少し楽だと思ってたら、ササッちがツッコんでくれてたからかぁ~」


 気の抜けた様な、ふわっとしたちから無い笑みを浮かべる朱音。

 まるで死ぬ間際の儚げさである。


「ちょ、おぬしそこまで病んでおったのか!? ちょお、朱音――っ!?」


 ササが朱音の肩を掴みかなり激し目に揺するが、彼女の表情は微笑みのままだ。

 微笑んだまま、ガクガクと揺すられている。

 そのシーンは、傍から見ると割とカオスだ。


「コンな所でそんナに騒ぐなよ、お前ラ……」


 そう言う健斗が騒ぎの発端であると言える筈だが、そこは棚上げされている様だ。ジト目でふたりを見ている。


「……何のシーンだ、コレ……?」


「一端バッドエンドでその後トゥルーエンドに続くタイプかネ……」


「そんないいモンじゃなく、DV受けてた若奥さまがそれを認識せずにいて、結局そのまま力尽きた様に見えるんだが……?」


「嫁にするのは勘弁だな」


 今は普通に答える健斗。普段の珍妙なアクセントはなしだ。


「それよりも――来たみたいダナ」


「ははは、騒ぎすぎちゃったか~」


 気を取り直したのか朱音はテルムを起動させる。

 すると彼女の周囲に十二本の短剣短刀が出現する。手にする一本と合わせて十三本。これが朱音のテルム《(デフェクトゥス)》。

 倒した魔物の力を写し取り再現できる、《黄昏》とは違うベクトルの『悪魔喰い』。


「何か聞き捨てならないコトを言ってくれたケンケンには後でお仕置きするとして、それじゃ、やりますか」


 気負った様子もなく、他人(ヒト)前のみでの優等生はそう言ったのだ。


冗談です。

ルールを小出ししてるだけです。

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― 新着の感想 ―
オリジナルの固有名詞が多くて、覚えきれたか少々自信無いです。 (^~^;)ゞ ロープレはあんまりやっていなくて、クリアしたのは少ないので単語への馴染みが少ないからかも? とりま先を読み進めてちょっと…
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