第九話 友との談話と休日デート
数字は基本的に漢数字を使っています。
㎝や㎏の様な単位の前の数字は算用数字で、台詞ではキャラに合わせて使い分けています。見づらかったらすいません。
ようやく落ち着いた感のある時間を得て、連理は未だに見慣れない同居人へ視線を向けた。
自らを妖怪と語る少女は珍しそうに、面白そうに、リモコンを弄りながらテレビに視線を向けている。 こちらに背を向ける姿はいかにも無防備で、内心は知らずとも、少なくとも共に死線をくぐり抜けた者として、良くも悪くも信用はされているのだと思えた。
そう、良くも悪くも、である。
彼とて青春真っ盛りの高校生。いかに幼げであっても、何かとからかう様な仕草を向けてくる彼女に対し思うところがない訳でもないのだ。
外見だけで見れば中学生の妹よりもなお幼く見える少女。普通であれば邪な思いなど抱くはずもないが、スキンシップが多めな上に薄着、場合によっては下着で近寄ってくるのだから、見た目は子供、中身はそれなりな彼女に、どうにもこうにも抑制が効かなくなっていきそうな気のする連理だ。
もっとも、今は普通の格好ではある。
今日は日曜、バイトは休みで時刻は午前九時。
出掛ける用事は特にないが、寮住まいだと突然の来客も多々ありうる為、見つかった時の保険として、「ささら」っぽい格好をしている状態である。そのお陰でいつもより厚着であるササだ。
まあ、その「厚着」が所謂普段着よりも一枚少ない状態なのはご愛敬というものか。
その厚着の内訳は、当たり前の下着と肌着に加え、ブラウスにスカートの計四つである。部屋着になるとブラウス、もしくはブラウスとスカートが消え、出掛ける時の普段着であれば、上着が一枚追加される。
その程度のものだ。
もっとも、おしゃれをしたくとも現状そんな予算も無ければ、そんな趣味も無いササではある。
そんな彼の視線に気づいたのか、ササはテレビから視線を外した。
「何じゃ? 見たいものでもあるのか?」
スマホを見る訳ではなく、テレビの番組を指し示してのこのやり取り。どことなく昭和の香りのするふたりである。
「あ、いや、そういう訳じゃない」
咄嗟に言葉の出ない連理だが、ササの傍にある物を見て話を繋げた。
「何かバタバタしてたせいか、最近ゲームもしてないな、と思ってさ」
「げーむ? ゲーム……意味は試合、じゃったか?」
今ひとつ通じず首を傾げる彼女に歩み寄ると、連理はその傍らにあった機械 ――俗に据え置き機と呼ばれるものだ―― の電源を入れた。
寮暮らしを始める際、実家から持ってきた小さなアナログテレビとレトロな二台のゲーム機は親が使っていた物ではあるが、丁寧に扱われていたお陰か、本来してはいけない自己責任なメンテナンスのせいか今でも普通に稼働する。ソフトの数はそれなり、バックアップ用の内蔵電池も交換されており、どれも今すぐ使用可能だ。
「ほお、何時ぞや何処ぞで見た事があるのぉ。こう言った物じゃったか」
中に入れっぱなしになっていたディスクは歴史物のアクションゲーム。放っておくと始まるデモ画面にササは目を奪われたのか、じっと見入っている。
「ほほっ、これは中々に華やかで賑やかしいものじゃの」
「そうか? まあ、これは偶々入れてあっただけなんだけどな」
普段はアクションゲームはあまりしない連理だ。じっくり腰を据えてプレイするRPGを好むが、あまりやり込みすぎて早々に飽きが来ないよう、別ジャンルのモノを息抜きのようにプレイする。
「最近だとこっちの方ばかりやってたな」
電源を切り、もう一台を立ち上げる。単音ではあるが何処か落ち着いた雰囲気の曲が流れ始めた。
「ふむ……何、とは言えんが随分と雰囲気が違うものじゃな」
恐らくチープ、陳腐といった言葉が出てこないのだろうが、単純に拍子の違いを言っているようにも聞こえる。
「こっちは結構古いものだし」
それは確かめるまでもない違いだろう。どちらにせよ、この言葉で答えになる。
そのまま彼女に実演させること、しばし。
「……なるほどのぉ。道理で童等が表で遊ばなくなる訳じゃな」
ササはそう言ってコントローラーを置いた。
最初に遊ばせたのは迫ってくるだけの敵を撃つ単画面シューティングゲーム、次はその発展版(?)とプレイしていったが、どうやら彼女は連射が苦手なようだ。
次にアクションもやらせてみるが、レトロゲームのアクションと言えば、死んで覚える死にゲーだらけである。それらはさっさと諦め、大作RPGの序盤をプレイさせての台詞であった。
「そう言えるって事は楽しめたのか?」
「そうじゃな。それも確かじゃが、止め時が見つからんのが難点かの」
RPGなんてそんなもんである。
止められない止まらないと、何処ぞの菓子のCMの如くプレイし続け、親に叱られるまでがデフォルトであろう所は今も昔も変わらない。
「しかしおぬし、蒐集家であったのか? 安い買い物ではないじゃろうに、随分な量ではないか」
ここにあるソフトの入ったケース、その数は両手の指で足りるようなものではない。三十弱はありそうだ。
「こんな量、自分では買わないって。親の使ってた物なんだよ」
「……オヤ? 親御? 親御が遊ぶのか? 童の玩具じゃろ……いや、おぬしもやっておるんじゃから……そう言う訳でもないのか?」
「老若男女問わずに人気はあったみたいだけどな。実際これはうちの親が学生の時に遊んでた物だし」
基本真面目でいい親だが、父母共にゲーム好きだ。
連理はプレイはすれど自ら購入するまでの意欲はないし、妹は反面教師になったかのようで、スポーツ少女に。弟は自分で遊ぶより見ている方がいいらしく、父母の傍でべったりと張り付いている。
いや、これは親離れしていないと言うことかも知れないが。
親たちは今でも最新のゲーム機を購入していくしソフトの購入数もそれなりだ。本人達曰く、「昔よりも購入数を絞っている」との事だが。
一応の問題は父がそれなりに宴会好きな面もある事だが、現状では特に不利益もない。まあ、あまり呑む方に金が掛かるようになると「酒かゲームか」と、二択を迫られるようになるかも知れない。
外から見るとどうも昔の少女漫画にでも出てきそうな「パパ」な父ではあるが。
「そういう事じゃと、単に古いと言ってもそれなりの年代物よな? ……っと、誰か来おったかの?」
ササの視線が連理からドアへ向けられる。特に物音は聞こえないし、そもそも寮であるから部屋の前を誰かが通るなど日常茶飯事なのだが、彼女はそれを来客と思った ――否、確信している様子だ。
「隠れておこうかの?」
「……いや、何かボロが出たら逆に面倒そうだし「ささらスタイル」で頼む」
事前の打ち合わせ通り「ささら」でいて貰う。
平日の夜間等であれば、隠れていて貰う方が手っ取り早いが、やはり休日昼ともなれば話が長くなる場合も多い。
そして滞在時間が長くなればボロが出る、例えば隠していた物が見つかる見られるといったリスクが高くなるだろう。
その際に「何故そんなモノが?」より「彼女が来ていて、その私物が置いてある、へぇ~裏山」の方が多分マシな筈だ。
隠れていてもその言い訳は出来そうだが、それに信憑性を持たせる意味でも「ささら」が目撃されている方が都合はいい筈だ。
万が一下着が発見されでもしたら、どちらの場合でも連理は窮地に追いやられそうだが。
連理の言葉にササは速やかに幻術を発動。幻を纏い耳と尻尾を隠すのとほぼ同時にノック。
「逆木、起きてるか?」
扉越しに聞こえるのは委員長 ――小堺龍王の声だ。
メガネで寡黙、成績優秀なセレブであり、属性過多と揶揄されるクラスメイトである。
「起きてる、っーか朝に会ったろう?」
ドアを開け挨拶もせずに一言。
食堂の開いている時間は決まっている。休日でも同様だ。なので寮生活する生徒は大概食堂で顔を合わせている。逆にその時間に会わなければ昼まで寝ていると思われても仕方ないが。
「それでも休みは寝直す者も多い……っと、すまん」
彼の目線は部屋の中――居住まいを直し正座をするササだ。
「噂の彼女を寮内に連れ込んでいるというのは想定外だった」
「えっ、と、初めましてですよね? わたくし、稲荷ささらと申します」
三つ指ついて頭を下げるその様子は、何というか「彼女」というより「妻」っぽい。言葉遣いが丁寧なのでそこまでの違和感はないのが救いだが、演技過剰な気がしてならない連理だ。
「これはご丁寧に。
僕は小堺龍王。彼の級友だ」
そんなやり取りを見ていると、何だかむず痒い様な気がする。何だろう、この授業参観のような家庭訪問のような微妙な気持ちは。
「話には聞いていたが、本当だったか。
逆木は朱音と付き合うかと思っていたんだがな」
眼鏡の位置を直しつつ、真面目な顔で言う。そこに冗談っぽさはなく、巫山戯る様子もない。
「唐突に何だ? つーか何で上坂? 今は親しくしているが、それはこいつが襲来した以降だろ?」
ササを指差し首を傾げる。
隠れ里に迷い込みササと逢い、休めと言った彼女が教室に来た日の下校時に、朱音とは腹を割って話した。だから、クラスメイト達から見れば、「ささら」とつきあい始めて、その後始めたバイトで朱音と仲良くなった様に見えている筈だ。
ちなみに指差されたササの頬は一瞬引き攣ったように見えたが連理は敢えて無視。指を指した事か、こいつ呼ばわりか、どちらかが少し気に障っただけだろう。
「……ふむ」
龍王は改めてササを見、視線を連理に戻す。
「僕は小学校中学校共に上坂兄妹と一緒だったから知っているんだが、朱音のヤツは今でこそ優等生然としているが、アレの本質はガサツで、そのくせ結構な内弁慶なんだ」
「「えっ?」」
連理とササが驚く中、龍王は続ける。
彼の反応は判っていた事なのでスルーだ。ササが反応した事に多少の疑問もあるが、クラスに来ていたのなら少しは交流があっても可笑しくは無い。
当時席を外していた彼はそう結論づけて話を続ける。
「パッと見た感じ、そうは思えないだろう? 高校に入ってからは尚更そうだろうが……。あいつがあんな優等生をする様になって以降、大した用事も無く自分から話しかけたのは逆木くらいなんだ。僕が知る限り、という注釈は付くがね」
一旦言葉を切る。少し何かを考えるように視線を下げ、戻す。
「透 ――本来は僕から話す事では無いが、彼女の兄の事は聞いた事があるかい?」
話すべきかどうかを一瞬考えて、龍王は話しを問いに変えた。
「少しは」
端的にそれだけを答えた連理の言葉をどう受け止めたのか。彼は連理の目をじっと見ると、何処か躊躇いながらも言葉を綴った。
「それを少しでも知っているというだけで惜しかったと思えてしまうな。
……今の彼女は、透と朱音のいい部分だけをシミュレートしている様にしか見えない。
人間誰しもペルソナを着けるものだが彼女のそれは度が過ぎている気がしてならなくてな。逆木がそういった関係になる事で、良い方向に改善するのを少し期待してた気持ちがあった」
そこまで言われて流石に渋面を作る連理。そういった意識をしているなら吝かでないかもしれないが、色恋沙汰でそういう「期待」を持たれるのは余りいい気分では無い。
今現在そう期待されている訳では無い様だからいいとしても、付き合っているとされる彼女の前で語る事でもないだろう、とも思う。
「そこまで気にしてるんなら委員長が付き合えばいいじゃないか」
「僕は良くも悪くも透と同じタイプだからな。最初から関係を持っていた透と違って、今から朱音と関係を築くのは少々骨だ。それに前のあいつを知っている事はこの場合デメリットでしかないし、そこまでの気概もない」
クールに断るのはいいが、要は恋愛対象ではないと言うことだろう。本人にそのつもりはないだろうが、厄介払いに聞こえてしまうのは彼女の本性を多少なりとも知ってしまっているからかも知れない。
「小堺さん、それは少なくともわたくしの前でお話になる事では無い様に思えますが?」
ササもそこが気になったのか、立派な彼女面で抗議を入れる。いや、多少の嫉妬心もあるのだろうか? 顰められた顔が半端じゃない。
「確かにそうだがな、知っておいて欲しかったんだ。上坂朱音と言う人間を。
あいつがこの先どれ程の人間と関わりを持っていくのかは知らないし、それらの人物が何処まで深く関わっていけるのかも伺い知れないが、矯正出来るのなら早い方がいいとは思っていたんだ。
そして今になって新たな関係を構築できる人間が出てきたんだ、期待くらいはさせてほしい」
「……勝手にそんな期待をされてもな……」
「自分が出来ないからこそ、ただ待ち望み徒に時期を過ごしてしまう。それが期待というものだ。
それにこの件は当初こそそう期待したが、色恋に限った話しじゃない。友人としてでもあいつを矯正してくれるのであれば歓迎する」
そう言われているのはササ。だからこそ彼女がいるこの場で話たのだと、そう言っている。
普段は寡黙で、友人たちの後ろでただ静かに微笑んでいる様な彼は、今饒舌に語った。
「勝手ですね」
微笑み、そう返す。
「ああ、人の上に立とう等と考える人間は大抵は勝手なものだ、っと、思わず長居をしてしまったな」
踵を返そうとする龍王に、
「それは別の構わないんだけどな。
委員長って、上坂と仲が良かったのか? 名前で呼んだり、そういうことを気にかけるくらい?」
問われた龍王は視線を中空に向けた。
「まあ、悪くはないが、名前で呼ぶのは一時期同一クラスに「こうさか」が三人も居たせいだ。透と朱音 ――上坂兄妹と、香る坂と書く香坂がひとり居てな。
そこでクラス内に名前呼びを流行らせたのが朱音だった」
「……それ、名前だけで済んだのか?」
荒れ木三度Loss斜路支店で上坂朱音に普通に名前で呼ばれるのは支店長のマヤ森崎くらいである。それ以外のワイズマンは大抵妙な渾名で呼ばれるのが常だ。ノーマルなバイトの前では優等生面を崩さない彼女ではあるが。
「ああ、逆木も渾名をつけられたか。当時のクラス内30名弱、先生も含めて全員に渾名が付いたよ」
遠くを見る様な、そんな表情で言う彼の心の内にあるのはどんな感情だったのだろう。微笑む様な、悲しむ様な、何かを堪える様な、何かを訴える様な。
「委員長は何て? オレはさかきちとか言われたけど」
「わたくしはササっちですね」
「何か色々呼ばれたな。りゅーお、ドラゴンロード、メガネカイマン、こさかー、シャオロン……あとキングとか伊達、坊ちゃん、おぼっちゃまってのもあったか。
最終的には今と同じ――委員長に落ち着いたが」
苦笑する。
名前では散々弄られ、突然呼び方を変えられる事数知れず。すぐに反応するなんて出来るはずも無く、結局当時からの役職名に落ち着いたのだ。
中々返事をしない彼に、一方的に立腹した朱音とのやり取りで「キングなんて唐突に呼ばれても判らないって」と当時の龍王は悲痛とも言える叫びを響かせたものだ。
「そん時から委員長なのな」
「当時は今と違って成り行きだったがな」
なり手のいない役職は結局、前期を熟した者、前年もやった者、と続く場合が多い。彼もそのせいで延々と委員長を続ける羽目になったものだ。もっとも、今はそれを経験として、自身の糧のつもりで行っているが。
「っと、また話しが長くなってしまったな。
すまんな、折角ふたりっきりの所を」
再び帰ろうとする龍王だが、
「ちょっと待てって、結局何しに来たんだ?」
と、連理に声を掛けられその動きを止めた。
「――別の話で当初の目的を忘れてしまったか。
まあ、大したことではない。昼はみんなで食わないか、と言う誘いだったんだがな、竹園と三馬鹿もいる事だし、僕の方で断っておこう。
逆木は彼女を連れてデートにでも行くといい。
あいつらに見つからない様にな」
そう言って、連理の返事も待たずに今度こそ龍王は去って行った。
颯爽と、言いたい事を言い切ったすっきりとした様子で。
「くっくっく、何ともいい友人ではないか」
扉が閉じ、彼が近くに居なくなったのを見計らってか、多少の間を置いてからササは足を崩し、そう言った。
そこに巫山戯た様子は無く、年上感満載の優しげな表情を浮かべる彼女に連理は一瞬面食らうも、笑みを浮かべて応じる。年上の家族にやんちゃを見られた様な、ちょっとした気恥ずかしさはあるが。
「まあ、いいやつだわな。普段はそんな口数も多くないってのに今日は随分と話したもんだ。
あんな事を考えていたとは思わなかったけど」
あんな期待をされていたとは、まさに夢にも思わない。更に言うなら、優等生な彼女なら兎も角、荒れ木三度Lossでの彼女とは、いくら仲良くなってもこの先何年か経っても友達で終わってしまいそうな気がする連理だ。
「それで……朱音と……その、なんじゃ……」
ササが何やら言い淀む。言い淀んでいるが、話題と文脈と、その様子から類推する事は容易い内容ではある。
視線はあちらこちらへ行ってしまいつつも結局は連理を見つめ、頬を赤らめる様子は、何とも可愛らしく見えた。
「さて、委員長にも言われたし、デートにでも行くか」
「でっ!?」
「ま、先立つモンはないけどな」
苦笑しながらササへ手を伸ばす。
給料日はまだ先であった。
ラブ進行中~。
当初の予定ではササはアドバイザー的な立ち位置だったんですが……。




