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第一話 タワマン

 大学から二つ筋を入ったあたりには、海沿いに数棟のタワーマンションが建っていた。タワマンが流行り出した頃に出来たものらしくデザインは少々古いが、低層階に商業施設が入っていることで広い駐車場が目を引く。その中のひとつ「リンタワー」を目指して、志乃は自転車を走らせていた。

 去年、大学の福祉学科に合格し、一年間は勉学に励んで教養課程の単位をほぼ取り終わった志乃は、二年生の春、初めてのアルバイトを始めた。友人に教えてもらったウーバーイーツの配達員。五月の日差しの中、海風を受けながら走るのは気持ちが良かった。スマホの地図が目的地を示す。青空に屹立する高層マンションは、斜線制限なのか上の方の階は建物が階段状になっている。

 一階から三階は商業施設が入っているので、友人に教えられた通りに裏側から入る。居住者用と思われる駐車場の奥を探し、階段とエレベーターを見付けた。部外者の侵入を防ぐ為か非常に分かりづらいが、壁に張った銀色のプレートに小さく部屋番号の表示があった。一階には高級スーパー、二階三階には、やはり高級なレストランや雑貨店が入っている。低層階は十室、中層階六室、高層階二~四室が各階に並んでいる。全階八で始まる四桁の部屋番号だが、四階はスタッフルームなので部屋番号はない。

 エレベーターで四階に上がると、ホテルのフロントのような受付が、少々の威圧感を持って待ち受けていた。コンシェルジュに声を掛け、配達業者用のカードキーを受け取る。エレベーターは低層階用、中層階用。高層階用に分かれており、四十五階まであった。目的の部屋番号は8451、最上階だ。まずは低層階用のエレベーターに乗って上まで登り、カードキーを使って中層階用に乗り換える。静かな上昇の後に扉が開き、豪華な花が飾られたエレベーターホールに降りた志乃は途方に暮れた。高層階用のエレベーターが見当たらない。このビルの設えは何もかもが壁の色に同化しており、非常に分かりにくい。エレベーターの△ボタンすら見付けるのが困難だった。

 ぐずぐずしていると配達用の料理が冷めてしまう。焦った志乃は非常口のピクトグラムを見付けドアを開けた。室内型の螺旋階段がそこにあった。とにかく最上階だ。志乃は高校時代テニスで鍛えた脚力を駆使して階段を駆け上った。普段から階段を使う人がいるのだろうか、階段室にまで空調が効いており辛うじて汗だくにならずに済んだのがありがたかった。

 階段が途切れた先にスチールの扉があった。力を入れて開けた途端に強い風が吹き付け、志乃は顔を伏せた。

 屋上?

 そこに広がっていたのは四十五階の廊下ではなく、唯々広い屋上の風景だった。綺麗に掃除はされているけれど殺風景なコンクリートの床と低い柵。立っていられないほどの強風に風見鶏が軋んだ音を立てる。よろめいて視界が動いた先で、志乃は屋上に建てられたペントハウスを目にした。膨らみのある円錐形、キノコのような形をした洒落た建物だ。これが8451室なのだろうか。玄関横の縦長の硝子窓に人影が見えた。

 インターホンが見当たらない為ドアをノックすると、少しの間があって鍵が開く音がした。ドアが開く気配はない。

「お待たせしました。ウーバーイーツです」

 そっと玄関の扉を開けて中を伺うと、狭い沓脱の先にフローリングの床が見えた。。そこに、スウェットの裾から覗く細い踝があった。裸足の足の甲に青い血管が透けて見える。

「誰?」

 怯えたような声を耳にして顔を上げた志乃は、視線を動かせなくなった。戸惑い顔をして佇む少年……少女だろうか。肩までの髪と儚げな面立ち。背が高いから、やはり男だろうか。志乃より幾つか年下だろう、綺麗な子だ。

「ウーバーイーツです。ご注文の品をお届けに上がりました」

 志乃がそう言って紙袋を差し出しても、少年は突っ立ったまま志乃の顔を見ていた。軽い斜視があるのだろうか、今一つ視線が定まらない感じがするのが不思議な印象を与えた。

「ウーバー?」

 受け取った紙袋の中を覗いて小さく首を傾げる。

「ごはん?」

「はい」

 何となく嫌な予感がした。もしかして、部屋を間違えたのだろうか。でもここは最上階。駐車場のプレートに表示されていた8451室はワンフロアで一室だった筈だ。

「ありがとう」

 やっと聞いた言葉にほっとして、志乃はスマホを取り出し配達済みボタンを押した。完了だ。

「入って、ウーバー」

 いきなり手を引っ張られて志乃は焦った。急いで靴を脱ぎ、とりあえず転ぶのだけは避けた。

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