第十六話 暴露
強い風が吹き、風見鶏が音を立てる。妻と志乃を庇うように手を広げ、博文はペントハウスへと歩を進めた。カードキーを翳し、扉を開ける。
「浩宇?」
リーシャンの声が聞こえた。途端に心臓が音を立てはじめ、足が震えるのを感じた。
「莉香」
翠蘭が、そう声を掛ける。莉静ではなく、莉香と。
「マーマ」
リーシャンが、そう言うのが聞こえた。
「久しぶりね。元気だった?」
そう言ってリーシャンを抱き寄せる翠蘭の肩越しに志乃を見付けたリーシャンの表情が、先程の翠蘭と同じように動いた。目を丸くして、その後とても嬉しそうに笑う。
「ユキノ」
「こんにちは」
そう言った後、せっかく買ったケーキも田舎のお土産も、下の部屋に置いてきてしまったのを思い出す。
「友達が出来たんだってね。良かったな、莉香」
父親の言葉に照れたように頷くリーシャンを見て、志乃は何故か泣きそうになった。
リーシャン、ただいま。もう何処へも行かないから。
「ユキノさんていうのね」
翠蘭がそう言って笑う。優しい、慈しむような笑顔だった。優しい両親に挟まれて、リーシャンは幸せそうに見えた。
『元に戻ることは、もう無いのかも知れない。けれど、リーシャンが一時でも笑顔でいられるのなら、私はそれで良いと思っています』
浩宇の言葉が耳によみがえる。この部屋は家族にとっての牢獄なのだ。辛い記憶を海に沈めて仮初めの幸せを演じることで、この家族は形を保っているのかもしれない。
玄関が開く音がして、人の声が聞こえた。
「レコード会社の人だ。CDを出すんだってな。おめでとう、莉香」
博文が言う。不安げな表情のリーシャンに、大丈夫よと頷いて、志乃は入り口の扉を開けた。
「契約はもう済ませました。今日はご挨拶だけということで」
ソファに腰かけたスーツの男性が、人の良さそうな笑顔でそう言う。
「素敵なお部屋ですね。プロモーションビデオも、このままで撮れそう」
肘掛けの紺色の布地を撫で、部屋を見回した女性がリーシャンに笑いかけた。
「広報が写真を欲しがっているのですが。スウェットかあ」
着替えさせてきますね、と言って翠蘭がリーシャンを促す。立ち上がりかけた時、カメラを持った女性が「あ!」と大きな声を上げた。
「思い出した。琳 博文さんですよね、実業家の。そして奥様の翠蘭さん」
空気が緊張した。翠蘭がリーシャンを庇うように奥へと背中を向ける。
「お二人のお子さんだったんですか。素敵。話題作りにちょうどいいわ」
無神経な言葉に、志乃は嫌な予感がした。
「このことは、ちょっと」
浩宇が言いかけた時、予感は的中した。
「あれ? でも、莉香ちゃんは亡くなったんじゃありませんでしたっけ。だとしたら、あなたは」
リーシャンがゆっくり振り向く。
「ネットで見たことがあります。もう一人お子さんがいらっしゃるんですよね。双子の弟の莉静さん。あなたは莉静さんですよね」
翠蘭の顔から血の気が引いていくのが見えた。
「でも何故お姉さんの名前でCDを? 十年も前に亡くなってるというのに」