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第十二話 慟哭のテルミン

 浩宇に本当のことを話して貰わねばならない。けれどスマホを取り出して指を触れようとしては勇気が出ず仕舞う、の繰り返しになった。何を訊けばいいのだろう。莉香が女の子で、既に死んでいるのなら、あのリーシャンは誰? 確かに面影はあるけれど、明らかにあの子ではない。他に兄弟がいるようなことは、番組では一切言ってなかった。だったら。思考が堂々巡りに陥る。何が起きているの?


 連絡を取らないまま秋になり、後期の授業が始まった。取れる限りの講義をスケジュールし、志乃は勉強に集中した。気を抜くとリーシャンがするりと思考に入り込む。講師の言葉が、意味を持たない音の羅列と化す。志乃は疲れ果て、とうとう眠れなくなった。

「しーちゃん、顔色悪いよ。送って行こうか?」

 友人の申し出を、午後の講義があるからと断り、志乃は大学近くのファストフードの店に入った。食欲は無いが食べないと持たない。とりあえずサンドイッチとアイスティを注文して席に着いた志乃の耳に、女子高生の甲高い笑い声が響いた。頭が痛い。席を替えようと立ち上がりかけた志乃は、笑い声に続いた言葉を聞いて椅子に座り直した。

「テルミン?」

「そうそう。テルミンを弾くんだって。その曲が恐ろしくて、心が弱い人は聴くと飛び降りちゃうみたいよ」

 テルミン。リーシャンの部屋にあった楽器と同じだ。

「で、誰が弾いてるのさ。今度は嘘情報じゃないでしょうね」

「ちゃんと聞いてきたわよ。えっとね……ポケモンみたいな名前だった」

「だから何て名前なの?」

「えーっと。あ、思い出した。リーシャン。リン・リーシャン」

 志乃はテーブルにトレイを置いたまま席を立った。ふらつく足で寮の部屋に戻り、ベッドに突っ伏す。気を失いそうだった。


 確かめなければいけない。志乃はスマホを手に取り、ユーチューブで検索を掛けた。『リーシャン』で検索してもポケモンしか出てこない。『琳 莉香』では。やはり出ない。色々試してみても引っ掛からない。志乃はユーチューブを閉じて検索エンジンを開いた。『テルミン 聴くと死ぬ』。興味本位の噂話のサイトや知恵袋の相談が現れる。それらを一つ一つ潰していくと、中に一つURLを記載したものがあった。『閲覧注意。見る人は自己責任でどうぞ』とある。志乃は躊躇せずそれをタップした。ユーチューブに跳ぶ。『Rixiang』とタイトルが表示され、動画が開始される。志乃は音量を上げ、画面をのぞき込んだ。

 ハープの音が低く流れる中、透明感のある濃い青で塗りつぶされた画面に人の形が浮かび上がる。濃紺のベールを被り、バックの青と同化しそうな人影がテルミンの前に立ち、静かに顔を上げる。

「リーシャン」

 それは間違いなく、リーシャンの顔だった。無表情に微かに悲しみの影を落として、リーシャンはテルミンに手を翳した。

 第一音を聞いただけで衝撃が走った。グランドピアノもハープもマトリョミンも、すべてがお遊びであったことが分かる。聴く者の胸に突き刺さるような、それは悲しい音だった。青い海で、ローレライは歌う。遠い日の悲しみ。逃れられない苦痛。寂しさ、心細さ。後悔、過ち。犯してしまった罪。そして絶望。あらゆる負の感情が内へ内へと向かい、血を吐くような叫びとなる。慟哭。赦しを乞い、助けを求めるように、テルミンは啼いた。

 リーシャン、やめて。悲しんでは駄目。自分を虐めては駄目。今すぐ会いに行くから。側にいるから。一人で海に沈まないで。手を離さないで。

 気付いた時には曲は終わっていた。止めようとしても止まらない涙が頬を伝う。リーシャンに会いに行こうと思った。助けたいなどという奢った思いはなかった。捕まえないといけないと、何故かそう思った。

 スマホを持ち直し、浩宇に電話を掛ける。2コール目で電話は繋がった。

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