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第十一話 謎

 青空が高く見える。暦の上ではとっくに秋で、季節としての夏も、もう終わる。ツクツクボウシの声が聞こえる実家の縁側で、志乃は空を見上げていた。来週から九月になるという週末。実家に帰って来た志乃は、逃げ出してしまったような後ろめたさを感じて溜息をついた。浩宇に連絡する勇気は、いつまで経っても出なかった。向こうからも連絡はない。このまま関係が切れてしまうんだろうか。リーシャンに、もう会えなくなるのだろうか。

「しーちゃんがお盆に帰省しなかったから、お父さんがしょげてたのよ。今日帰って来たら大喜びするわね」

 半袖Tシャツの上にエプロンを着けた姉の美波が、そう言いながら志乃に麦茶の入ったグラスを手渡してくれた。表面に水滴がついている。氷の音が心地いい。父と母、そして姉夫婦が住んでいる築四十年の実家は、縁側と中庭がある昔風の造りだ。縁側には風鈴と蚊取り線香があって、庭の木にとまった蝉の鳴き声がうるさい。まだ十分に強い日差しが肌を刺した。

「人間界だ」

 志乃の独り言に、美波が不思議そうに首を傾げた。

「何それ?」


「なあ、この人、しーちゃんに似てない?」

 義兄の言葉に、美波と志乃はテレビに顔を向けた。画面には四十代ぐらいの品の良い女性が映っている。

「しーちゃんを五倍ぐらい上品にした感じね」

 美波がそう言って笑う。似ているかどうかは別にして、その女性は人を引き付ける美しさを持っていた。画面が替わり、やはり上品な中年男性の顔が映し出された。ふと、その顔が浩宇と重なり、志乃は瞬きした。

「中国の実業家みたいね。琳 博文ブォウェン、琳 翠蘭スイラン 夫妻、だって。聞いたことないね」

 名前を聞いて、志乃は画面を凝視した。今度は浩宇より少し年上に見える若い男性が映っていた。長男 浩然ハオランさん(31)というテロップが出る。間違いない。ビジネスマンらしく髪を短くしているが、その顔は浩宇にとてもよく似ていた。

「今日は来ていませんが、次男が日本に住んでいます」

 少々片言交じりで、中年男性が言った。柔らかい口調だ。

 VTRに替わり、琳 博文の経歴が説明された。若い頃の苦労を経た成功。美しい妻を得、長男と次男をもうけて順風満帆だった博文を不幸が襲う。

『四十歳を越えて思いがけず授かった念願の女の子は、生まれつき身体が弱く……』

 画面に、五、六歳ぐらいだろうか、息を呑むような美少女の姿が映し出された。カメラに向かって微笑む顔は、まさに天使だ。

「可愛い」

 姉と義兄が同時に溜息を洩らした。けれど志乃だけは、血の気が引いていくのを感じていた。美少女の胸元に飾られていたブローチは、青い石に彫られたカメオだ。映像に重なったテロップの文字は「莉香リーシャンちゃん」そして「享年7歳」。没年月日は、ちょうど十年前の今日。

 姉夫婦が何か喋っていたが、志乃の耳には入らなかった。リーシャンは女の子で、そして、十年も前に死んでいた。

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