覚めないうちに召し上がれ
眠れないみなさん、こんばんは。
今年の冬童話企画、二作目です。
失うことの辛さ、忘れてしまいたい出来事、たくさんありますよね。
そんなみなさんへ捧げる物語です。
最後までどうぞ、お召し上がりください。
大好きなおばあちゃんが旅立ちました。
もう、ここに帰ってくることはありません。
「おばあちゃん・・・・・・」
孫娘のやよいは、膝を抱え、顔を埋めていました。
「やよい」
「えっ」
顔を上げるとそこには、いなくなったはずのおばあちゃんの優しい笑顔がありました。
「どうしているの」
「どうしてって、やよいが泣いてばかりだから心配になったのさ」
もう一度見たかった笑顔。もう一度聞きたかった声。やよいの心は、スーパーボールのように跳ね上がりました。
「おばあちゃん」
「そうだよ。やよいのおばあちゃんだよ」
これはきっと夢だ。夢に違いない。
やよいは首を横に振ります。
そこで、ふとおばあちゃんの姿に違和感を覚えました。
「おばあ、ちゃん?」
「なんだい、やよい?」
「どうして、おばあちゃんの頭にツノが生えてるの?」
おばあちゃんの頭からは、長くてねじれた二本の立派なツノが生えていました。
おばあちゃんはそのツノを撫でながら答えます。
「これはね、カチューシャだよ」
「そっか、おばあちゃんはオシャレさんだもんね」
おばあちゃんは嬉しそうに頷きます。
「じゃあ、どうして大きな翼が生えているの?」
「それはね、やよいに早く会いたくて、飛んできたからさ」
おばあちゃんは、コウモリのような大きな翼を自慢げに羽ばたかせます。
「そっか。おばあちゃん、車の免許を返納しちゃってたもんね」
交通事故を起こしたら大変だからと、おばあちゃんは早めに自主返納をしてました。
病院に行く時は、タクシーかパパかママが運転していましたが、最期は入院していたから外出の心配はありませんでした。
「じゃあ、どうして尻尾が生えてるの?」
ニョロニョロと、トカゲのような尻尾が、おばあちゃんのお尻で揺れています。
「これはね・・・・・・」
「うん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
おばあちゃんの顔が、困った顔で止まりました。
やよいは何を言い出すのか、じっと見つめて待ちます。
「おばあちゃん?」
「うう・・・・・・」
おばあちゃんの顔が赤くなって、肩が震え始めました。
「ああああああ! そうだよ、俺様はお前のおばあちゃんなんかじゃない!」
瞬くに、あの優しいおばあちゃんが恐ろしい悪魔の姿になってしまいました。
雄叫びを上げながら、やよいに顔を近づけますが、当の本人は冷静に言い放ちます。
「知ってるよ」
「えっ! じゃ、じゃあ、これが夢だってことは?」
「知ってた」
「ええっ!」
悪魔はたじろぎます。
「それなら、俺様が泣く子も黙る大悪魔、イブ様だというのは?」
「それは知らない」
初めましてなのだから、名前なんて知るはずもありません。
「そうか、個人情報までは知られていないか・・・・・・」
イブが額の汗を拭いました。
「それでイブの目的は何? 私を食べるの?」
やよいが首を傾げます。
「そうさ。俺様は腹ペコなんだ。ここ最近、ずっと飲まず食わずだからな!」
イブは獣のような唸り声をあげ、お腹をさすります。
そして、チッチッチと指を立てると、
「俺様が食べるのは、やよい自身じゃない」
そう勿体ぶりました。
では、何を食べるのでしょうか。ここには食べれそうなものが何もありません。
「俺様が食べるのは、やよい、お前の夢だ」
鋭い牙を剥き出しにし、今にもやよいを食べてしまいそうです。ですが、イブ曰く、食べるのは夢とのこと。
「そっか」
やよいは頷くと、
「じゃあ、いいよ」
そう言いました。
言われたイブはキョトンとします。
「え、いいの?」
「うん。好きなだけ食べて。お腹空いてるんでしょ?」
その言葉に驚きながらも、
「じゃ、じゃあ、遠慮なく・・・・・・」
イブは、夢の中に浮かぶ目覚まし時計を手に取り、齧り付きました。が、一口齧っただけで食べるのをやめてしまいました。
「どうしたの?」
やよいが尋ねると、逆にイブが聞き返します。
「なあ、本当に食べていいのか?」
悪魔のくせに意気地なしなのでしょうか。
「うん。何か問題でもあるの?」
「問題って、そりゃ、夢を食べちゃうんだからなあ・・・・・・」
イブは少し申し訳なさそうに続けます。
「夢は記憶でできているから、食べられたら忘れちゃうんだぞ?」
「別にいいよ。思い出すと、辛いだけだもの」
イブは、あれれ? と首を傾げます。
「食べすぎちゃったら、もう二度と目を覚さないんだぞ?」
「別にいいよ。現実におばあちゃんはいないもの」
イブにとって、こんなに都合のいい人間はいません。なんてったって、食べ放題なのですから。
「何をしてるの? 覚めないうちに召し上がれ」
獲物が自らお皿の上に乗ったようなものなのに、イブはちっとも食べようとしません。
「いいんだな? 本当に食べてしまうぞ? 本当にいいんだな?」
「うん、いいよ。食べて?」
「じゃ、じゃあ、いただきます」
大きな口で、ハンバーガーのように目覚まし時計へ食らいつきました。もしゃもしゃと頬張るイブでしたが、あんまり美味しそうには見えません。
「美味しくなかった?」
不安そうなやよいに、
「そ、そんなことないぞ! その、なんだか、不思議な味だな!」
慌てて感想を言いました。すると、
「そう。私も目覚まし時計は食べたことないから知らないわ」
なんて頷くものだから、目覚ましは投げ捨てて、今度はふわふわな枕に齧りつきます。
「これはなんだか不思議な食感・・・・・・」
やよいはあれもこれも一口ずつ手を出す悪魔の姿を眺めていました。
そして、
「あ」
次に手にしたものを見て、つい口から言葉が漏れてしまいました。
「ふっふっふ。これは食べられたくないだろう? 大好きなおばあちゃんとの思い出の写真だからな!」
イブが見せてきたのは、小さな木でできた写真立てに収まるおばあちゃんとのツーショット。
「こいつには楽しい思い出が詰まっていて、とても美味しそうだ!」
品定めをするかのように、まじまじと写真を眺めています。
「でも、どうしてもって言うなら、これは後回しにしてやってもいいぜ!」
「いいよ、早く食べて」
「そうだろう、そうだろう。一番大事な思い出だもんな。食べられたら困るもんな。うんうん・・・・・・うん?」
イブが恐る恐るやよいの方を向きます。
「本当にいいのか?」
「うん、いいよ。見ていると、思い出しちゃって辛いもの」
「え、あ、じゃあ・・・・・・」
戸惑いながら、小さく写真に齧り付いてみます。しかし、
「うわああああ、まっず!」
と悲鳴をあげて吐き出してしまいました。
「これは無理だ。食えたもんじゃない!」
「なんでよ!」
やよいがはじめて大きな声を出しました。
「それはおばあちゃんとの一番の思い出なの! 一番楽しかった思い出! それが不味いわけないじゃない!」
「え、あ、うん。そうだよな」
イブが肩を落としながら、写真ともう一度向き合います。
こんなに美味しそうなのに、さっきの味を思い出してなかなか食べられそうにありません。
しばらく考えたあと、イブは写真を放り投げました。
「やめたやめた! お腹は空いてるけど、お前の夢は超不味いから食べたくない!」
「どうして!」
やよいはイブの足にしがみつき、叫びます。
「早く食べてよ! 全部食べちゃえば、ずっとここにいられるんでしょ! 夢の中だったら、またおばあちゃんに会えるかもしれないし、おばあちゃんに絶対会えない現実に戻ることもない。素敵じゃない!」
「うーん・・・・・・」
イブは困り果ててしまいました。
どう頑張っても、やよいの願いを叶えることができないからです。夢を食べてしまえば、おばあちゃんを思い出すことすらできません。おばあちゃんの記憶だけ残せば、辛い現実に戻らなくちゃいけません。
「全部忘れても構わないわ! そうすれば、もう辛くないもの!」
「それは違うよ!」
イブの口からは、つい止める言葉が出てしまいました。
「やよいが忘れたら、おばあちゃんは悲しむよ」
「でも、覚えていたら私が悲しいわ」
全くその通りだとイブは思いました。でも、頷いてなんてあげません。
「現実ではいなくなっちゃったかもしれないけど、覚えていたらやよいの中で生きていられるんだよ。きっと夢で、もう一度会える」
とてもおばあちゃんの姿で騙していた悪魔とは思えない発言です。
「偽物のおばあちゃんなんて会いたくないわ」
「うう、それは、ごめん」
つい、謝ってしまいました。でも、こんなんでへこたれている場合じゃありません。
「そんなに食べて欲しいなら、美味しくしてくれよ!」
これもイブの本音でした。
これまで齧ってきた夢の全てが美味しくなかったのです。こんなに美味しくない夢ははじめてでした。
「どうしてよ! どれも美味しい記憶のはずだわ!」
ムキになるやよいに、イブは首を振ります。
「きっと今のやよいにとって、どの思い出も辛いんだろうね」
おばあちゃんに買ってもらった目覚まし時計も、おばあちゃんの家にお泊まりする時に持っていった枕も、どれも大事な思い出が詰まっています。
「美味しくなったら、食べてくれる?」
「もちろん!」
イブは胸をドンと叩くと、世界が歪み始めました。遠くの方で、目覚ましが鳴る音が聞こえます。
「今日は覚めちゃったから、また今度だ」
「わかった。いつか、美味しいものをご馳走するね」
そう言って、やよいは現実世界に、イブは夢の世界に溶けていきました。
それから何年も経ちましたが、イブは未だにやよいの夢に住み続けています。
「んん、この夢はすっごく苦いぞ!」
「美味しくないなら食べなければいいのに」
不服そうなやよいに、こう返しました。
「俺も大人になったから、こういうのでも平気になったのさ!」
「じゃあ、おばあちゃんの思い出は?」
「それは後で」
「それだと覚めちゃうよ」
微笑むやよいへ、イブは答えます。
「俺様は、好きなものを最後までとっておくタイプなのさ!」と。
いかがだったでしょうか。
苦い思い出、甘酸っぱい思い出、辛い思い出、味のある記憶が夢となって現れること、たくさんありますよね。
その度に、夢でよかっただとか、覚めなければよかっただとか、いろいろな感想を抱くと思います。
でも、私はそれこそ、味わい深いものだとも思うのです。
それを味わえるのは生きているからこそで、他の人には食べさせられない、自分だけの味なのです。
繰り返すことで、コク深い人になれるのであれば、それもまた一興ではありませんか。
この物語でその一部でも感じ取っていただければ、私にとって本望です。
最後までご愛読いただきありがとうございました。
よろしければ、ポイント入れていただけると私が良い夢を見られます。
また、他にも童話やファンタジー等、短編長編問わず書いておりますので、時間のある方は少し覗いていってください。
それでは、良い夢を。