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プロローグ

 やかましい電話のコール音に叩き起こされると、強烈な頭痛と倦怠感が襲って来た。オイルの匂いのするガレージ。それなりの広さの中に、バイクと車が一台ずつ。壁には有名レーシングチームの旗や古びた写真、ブリキの看板などが飾られている。


 寝床代わりにしていた革張りソファーから上半身を起こし、ビールの空き缶や山盛りの灰皿、つまみ類の散乱している机からタバコを見つけ出すと一本咥え一服を始める。


 肺に入れた煙のおかげかいくらかマシになった頭痛をさらに悪化させる騒音を黙らせるべく、電話を衛生感の欠片もない机から探り出す。


 缶を乱暴に腕で払いのけ、今時見たことがある子供はほとんどいないだろう黒電話を発掘し乱暴に取ると憎々しげに出る。


 「…るせぇ。今日は休みだぞ」


 「世間一般じゃ水曜は労働の日だ、馬鹿野郎。お前、昨日の仕事の後に報告寄越さなかっただろう。後始末するこっちの身にもなりやがれ」


 「デカい声出すな、酒のせいで頭痛エんだ。悪かったよ、昨日は仕事のあと厄介ごとに巻き込まれてな。すっかり忘れてた」


 「忘れたのは酒のせいだろう。書類上は未成年のくせしてバカスカ飲みやがって。夏休みだからと言って浮かれ過ぎじゃないか?」


 「なら未成年に労基無視の仕事を回すアンタはどうなんだよ。とにかく、別途の手数料は報酬から天引きで頼む。支払いはいつもの口座に」


 「可愛げのないクソガキが。厄介事ってのは仕事関係じゃないだろうな。始末が必要なら手配するが」


 「必要ない、私用だ。それじゃあな、俺は寝る」


 受話器の向こうから聞こえた「おい待て!」という言葉を無視し一方的に切ると、さっさと電話線を引っこ抜く。


 咥えたタバコを口から離し、灰を落とすと改めて咥え頭痛薬を探すべくソファーから立ち上がる。


 人の住む所とは全く異なる、ガレージの一角を安物のラグで区画分けしたに過ぎない休憩スペースから土足のまま降りると備え付けられた流しへ向かう。


 ヤニと排気によって、黄色味を帯び始めた白塗りの安物冷蔵庫を開く。ビールとコーヒーしか入っていない冷蔵庫の中を漁り、どうにかこうにかミネラルウオーターを掘り出すといつ買ったか覚えがないため一応賞味期限を確認する。


 「2年前の代物か。酒の熟成ならともかく、大丈夫か?これ…」


 まあ大丈夫だろう、と自分に言い聞かせる様に呟くと戸棚から頭痛薬を取り出し、咥えたタバコを灰皿代わりにおいている空き缶に消してから放り込む。


 「あぁ、くそったれ…。頭が痛ェなチキショウ!やっぱ昨日は飲み過ぎたか」


 アスピリンとカフェイン剤を口に放り込み、水で流し込んだ所で改善しない頭痛に酒はしばらくやめようと100%実現不可能な事を心に誓う。改善しない痛みを和らげるべく二本目のタバコを取り出し吸い始める。


 換気扇を常時回しっぱなしにしているために、籠ることなく流れていく煙を気まぐれに目で追うと、壁掛け時計が目に入る。時間は11時過ぎ、流石にもう起きているだろうと決めつけると、飲みかけの水を冷蔵庫の上に放置し、普段の住居にしている上の階へ行く。


 昨日のお呼びではない来客様も、規則正しい学生生活を送っているのなら何だかんだ言ってそれなりの時間に起きているであろうという、勝手な予想に過ぎないのだが、本音のところはさっさとシャワーを浴びて快適な自室へと戻りたいだけだったりする。


 昨日は帰宅後すぐに飲み始めたせいでシャワーを浴びずにいたことに加え、クーラーという贅沢品のおいてないガレージで一夜を明かしたせいで汗まみれ、昨日の汚れのせいでゴミ箱行になったシャツの替えすらなく半裸でいたのだ。


 酔い覚ましを兼ねてさっさとさっぱりしたい。


 ガレージと住居を区切る扉を開けると、部屋に染みついたタバコとピザの匂いに混じり女性の香水のような匂いが鼻をついた。


 部屋は持ち主の個性が現れると言われるが、この部屋の持ち主である男の性格はある意味分かりやすいものだった。一応は来客を向かる為に応接間としての使用しているため最低必要なソファーやテーブル、観葉植物といったものは置かれ、正面にある事務机の上にはパソコンやファイル立てとデスクワークに必要なモノは取り揃えられている。しかし、あくまでも自分の家だと言いたげに、部屋の隅には年代物のジュークボックスやバーカウンターが置かれ、壁にはダーツボードが掛けられているなど、公私の使い分けが碌に出来ていないのがまるわかりであった。


 また、事務机の上は私物の雑誌にピザの空き箱。大量の吸い殻であふれた灰皿が置かれ、本来の用途である事務に使われているのか甚だ疑問が残る有様だ。


 そのようなある意味個性的な仕事場を抜け、事務机の奥にある階段を使いさらに上へ。


 普段の寝起きや私生活に使われている三階へ向かおうとしたところで、折り返し踊り場に立つ女と目が合う。


 カラスの濡れ羽色と言いたくなるような艶のある長髪黒髪に、陶器のような白く滑らかな肌の上のスッとした鼻と大きな黒目といった具合の美女。着物でも着せて和傘をさせば、過去から来たのではないかと錯覚を覚える程の日本美人だ。


 最も、今の女の姿がYシャツ一枚という哀れもない姿のために、美人ブス関係なしに犯罪の気配しかないため欲情するどころではないが…。


 男は面倒なことになったと、二日酔いとは違う頭痛がし始めた頭をガリガリと掻き毟り、両手を見える様に頭の上にあげる。


 「一応言っとくが、手は出してねぇからな。これでもタバコと女にはうるさい性格でな。お前さんのような一々闇が深そうで、一夜過ごしただけでダラダラ付きまといそうな女は対象外なんだよ」


 ――気になるならテメェの膜でも確認しろ。は、流石に失礼なので言わないが。


 女と言えば、ウントモスントモ言わず何かを抑える様に唇を噛みしめ、死んだ目でこっちを見つめると、口元に手をあてフラフラと頭を左右に振り、


 「……すみません。……気持ち悪くて戻しそうです…。助けてください」


 血走った瞳と青白い顔に変化した色気のない顔を向け、その場にうずくまってしまう。


 「…締まらねぇな、おい」


 張り詰めた空気が崩れ去っていき。頭痛とは全く関係のないことで頭を抱えたくなった。



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