表出した違和感 ーside: police officerー
題名を変更しました。
旧題「仮題:Ⅲの平行世界の交差地点」
新題【Ⅲの平行世界 ~真実のCOMPLICATION~】
ーー市警本部刑事課/10月某日 PM4:00ーー
とっくに日は傾き、業務終わりの前に資料の確認を行う人や、事務担当がせっせとまとめた、手帳や資料に目を通し、その事件がどのようなものであったとか、詳細な報告書を作ったりしている。これを、所長などが確認し、事件性の大きい事件から手を付けるように順位付けをする。
この報告書こそが、刑事の腕の見せ所であり、事件を所長に分かりやすく説明できなければ、必然と捜査への応援の人数が減り、事件の解決に不利になってしまう。それは、ほぼ未解決事件ともなると、刑事の腕が顕著に表れることなる。
そして、この俺もこの例を洩れない。資料は新卒2年目の小林巡査がまとめ、俺は今まで出てきた証拠品に目を凝らし、わずかでも共通点がないか頭をひねっている。
証拠写真として、手元には、壁際が黒く焼け焦げていて単なる不審火であると結論づけられた数十数。
しかし『ただの不審火であった』と決定した、署の決めつけには賛同することができない。ただの不審火であれば、そう決めつけてもいいであろう。しかし、これと同様の事件がこの近隣で多発している。
これに輪をかけて不審な点がある。火の延焼の仕方が、どうしても現実的ではない。物理の常識に反している。まるで、重力がない空間で延焼したかのようだった。
通常の不審火であれば、火柱が上がったり、風で飛び火などするなどして、その時の状況によって燃え方がさまざまであるはずだ。
しかし、証拠写真の『ここ最近における不審火の出火元とされる証拠写真』と題された写真ファイルには、通常ではありえない同心円状に広がる痕跡しかなく、しかもそれが、すべての写真に共通している。
このことは、新たな不審火があれば、所長にこの事件は、同一犯による犯行であると、再三言っているのだが、なかなかこちらに応援を出す決断をしないどころか、この事件の関連性も否定される。
さらに、所長にたてついたせいで、所長の判断により、俺と小林以外のメンバーはほかの事件へ異動となってしまい、捜査人数の不足による事件への関与をできないようにされ、初犯を主に担当する部署へと、捜査権が移譲されてしまった。
一応、俺の唯一無二のパートナー兼事務の小林巡査と、散らばってしまったメンバーに資料を横流しにしてもらう形で、どうにか情報を集めることができている。
それでも、現場に行くことができないことは痛手であり、事件の進展を自分自身で見ることができないのは、たとえ、その場に俺しか見つけることのできない証拠があるとしても、そのことに気づく機会が失われている。
ただ、どんなに逆境であろうと、自分の持つ正義には嘘をつきたくない。これだけは、人生でどんなことがあろうとも守り続けると心に決めている。
どんなに所長に頭ごなしに否定されようとも、俺は報告書を書き続ける。横流しで貰った情報であろうとも、包み隠さず報告書に書く。それこそが、自分の正義だ。
そこで重要となるのが、最後に残されたパートナー小林巡査だ。小林には事件を俺が、関連性を考察できるような段階までまとめてもらっている。そのおかげで、俺は事件の解決に心血を注げる。
「山東刑事、コーヒーいります?」
「ああ、頼む。そうだなあ~スティックは2本入れてくれ」
「…1本だけ入れますね。健康診断、血糖引っかかったって嘆いてたのは誰ですか」
「…」
相変わらず、俺の健康状態を見てやがる。コーヒーの砂糖くらいで、血糖に変化があるとはとても思えないんだが。
「ズッ…うえっ、ニゲッ」
口内を名状しがたき苦みが支配する。なぜ小林はこれを好んでいるのか、全く理解できない。これ毒とかじゃないのか。舌先で苦みを感じて、毒とかを区別しているらしいから、これは暫定的に毒だろう。そうに違いない。
「そのくらい、飲めてください。刑事はいい大人なんですから」
「いいじゃねーか、苦いの飲めないくらい。それより新しい証拠が出たんだろう、被害者の日記だっけか」
そういえば、今まで被害者は家に円形の不審火を通報してくるだけで、本当にそれだけの事件だった。被害者は、特に金銭を盗まれたり、何かしらのケガをしたとかいうことは、今で報告に上がってくることは無かった。
だが、不審な日記の提供を受けた。独り身のおばさんだけが住んでいるはずの家で、筆跡から男と断定される人物の日記が、物置の中から発見されたという。
その日記は、数週間前に『道路で不審な黒い円がある』と通報された、事件の発生日の前日を最後に記述が途切れている。普通なら、初犯の方でいたずらということで、処理される手筈になっていたが、俺の目から見ればナンカ事件に関する新事実があると確信し、俺たちが確認したいと食い下がって譲って貰ったものだ。
「…刑事、これただのいたずらですよ」
「なんでだ? どう見たって長年愛用したモンにしか見えないが」
警察職に就いていれば、証拠のでっち上げなんて物も目にすることがある。しかし、メモなど手の込んでいないモノは結構偽物だったりする。もちろん、最後を細工するなんてものもある。ただ、日記帳一冊を丸々すべて細工するとか、かなり無謀なことだ。俺には、ここまで細工するような恨みかナンカなど、いまいちピンッとは来ない。
「櫛江田 定司という名前の人は、どの文献にも存在していないんです。県に問い合わせたりもしましたが、何一つこの方が実在したとする事実が浮かび上がってこないんです。おそらくおばさんがでっち上げたものでしょう」
「…空振りか。それでも日記を見せてくれ。俺にはナンニモ手がかりがないなんて、ゼッテーありえない……ただの感だがな」
「本当に、この事件を解決できると思ってます? 所長も課長も誰もかも、刑事のこと信用していませんよ」
「言っただろう。これが俺の人生の最後のチャンスなんだ。そう簡単に終わってたまるか」
小林の『その年で夢を追ってるとか、ある意味尊敬します』とか聞こえたが、それよりも俺の持つこれまで捜査線上に上がってきた情報を、これを本当に偽物であるか、見分けることに注意を向ける。
_____偽物と疑われている日記 記述の途切れた箇所_____
自分の目を疑う事を目にした。もうすぐ学校が閉館される時間がくるので、生徒が帰宅を急いでいたころだ。自分も、校門前の掃除が終わり、帰宅の準備のために、用務員室に戻ろうとしていた時だった。秋に入り、この下校時間もライトを頭につけて作業をしていた。
相変わらずこの時期は、道路脇とか校舎の壁とかに落ち葉が散乱し、心優しい福祉委員の手助けがあるとしても、この量は少人数で掃除し終えるのは、ほぼ無理だ。それでも、頑なに人員を増やさないとか、本当に私立のボンボンが通う高校か。腹いせに、タイムカードも残業が証明できるように、帰る直前まで出勤中にしてやった。
だが、職業病なのだろうか、帰宅しようとか思っていても、ゴミとかが目に入ってしまうと、気づいたころには青のゴミ袋を持ってる。また無賃労働の時間が増えてしまった。
明日も仕事があるのに、もう10時頃を時計が示している。俺みたいなのが社畜とか呼ばれるやつなんだろう。
だが帰ろうとしたその時、学校の100メートル先の民家で、何かが火柱をあげて燃えているのが見えた。スマホだけは、仕事の連絡が入る為、常に身に着けていた。
慌てて、右ポケットからスマホを取り出す俺はつくづく社畜であると実感してしまう。
なぜ、無視したい学校からの電話を、『一番取りやすい右ポケット』に入れているのか。
ただ、そんな癖を今だけは感謝する。自分は、急いでその場所へ向かいながら119をダイヤルした。
_中断____偽物と疑われている日記 記述の途切れた箇所_____
ナニカが、引っかかる。この日記は偽造である可能性がある。そんなことはわかっている。しかし俺は、自分のまとめた事件簿の中に、この状況とよく似た状況があるのではないかと、事件の資料を見ていく。
パラパララララッ。事件の概要をひと通り確認する。
「……ヤッパリそうだ。小林ィ!これは、大物を釣り上げたぞ!」
「きゅ、急に、大声出さないで呼ばないでください。(パタパタ)……ハイハイなんでしょう」
「事件発生時刻を見てみろ」
「大体22時が多いですね。それがどうしたんです?」
「……日記のこの箇所を見てみろ」
―明日も仕事があるのに、もう10時頃を時計が示している―
「この日記と、事件発生時刻が完全に被ってんだ。これがどんなことを示しているか」
「もしかしたら『当たり』かもしれないと」
「いや、この日記が完全にモノホンだ」
この日記の使い様、これほどの日記が、ただの偽物モンだとは思えなかったが、この記述で確信した。コリャァ、マジモンだ。そうすると今まで、被害者がいなかったのではなく、『消された』そのような非現実的な憶測が立てられる。俺は、事件の事情聴取だとかで、不審火の被害者の話を聞くことができた。
しかし、そこには不自然さがあった。被害者の裏の顔までは知らないが、これくらい愛想がよければ、婚約者の一人や二人がいてもおかしくなかった。しかし、元から独り身であるとか、事故死したとか、シングルなことが多かった。
「これは、かなりオカルッチクな事件になるぞ」
「えっ、お化け?」小林が少し身を引く
「そういうことになるな。憶測でしかないが」
『は、ははは。さすがに冗談をいわないでください、山東刑事。……あれ?無視しないでください。怖いじゃないですか。刑事?
刑事?おーい……うそでしょ……』それよりも続きを読み進める。小林がどんなに動揺したとしても、目の前に解決が見え始めた以上、どんなに嫌でも現場に引きずり出してやる。
_再開____偽物と疑われている日記 記述の途切れた箇所_____
だがそこに到着したところで、そこに何かが燃えたような様子はなく、ただの閑静な住宅街で、ただ日常が流れていた。
自分は119に見間違いでした、と謝罪しながら、スマホをポケットの中に入れる。
確かに、火柱が上がっていたはずだ。火の上がり方は、しがない用務員なので詳しく知っているわけではない。だが、あれほどの火柱が上がっていれば、『全焼した』とか報道されてもおかしくはないはずだ。だが、何も燃えていないとはどういうことだろう。仕事のし過ぎか。明日休もう。精神科でも行ってくるか。
しかし、あれが現実ならどうすればいいのか。自分の精神状態が異常なしなどと言われたら、このことを事実であったと裏付けされる。今のところ、大きな事件は報道されていないが、もしあれが、何かの事件であれば、自分が標的になるかもしれないと怯えながら仕事をしなくてはならない。
この一連の出来事を解決してくれそうなところはどこか。
自分の中で考えていると、ある一つの場所が思いつく。食ツ……【オカルト研究部】。彼らは料理が本業のように、自分の中では思っているが、彼らの本業ってオカルトの研究じゃないか。食堂のイメージしかないが……
彼らの出番ではないのか。ここが私立高校であってよかった。心の底から思う。何かの問題があれば、何かの適任の部活がある。
前にだって大工部が、生徒のいたずらか何かで黒く焼け焦げた、掃除用具小屋の修理をしてくれたりと、何かと腕が立つ。生徒たちに任せれば、何でも解決しそうな気がする。
その時ちょうどよく、その部活の副部長にあったので、先ほどの事を報告しておいた。本当に私立高校でよかった。この一件はオカルト部に任せることとしよう。
それよりも、有休を…… (事件性のない記述が続く)
_終____偽物と疑われている日記 記述の途切れた箇所_____
「これほどまで、事実確認がしやすい日記を、頭ごなしに偽物だって……初犯科の奴ら頭クルッてるだろ」
パッ【辞表 小林巡査】
「ナンの真似だ?小林」
「山東刑事、辞めさせてください」
「小林の方こそ、冗談言うなよ」
「なんで、警察なのにオカルトにまで対応しなきゃいかいんです? 私たちは、市民の平和だけ守れればいいんです。刑事のやり方は警察という職業を逸脱しています。なので、警察を辞めさせてください」
「……で、本音は?」
「お化けに祟られたら嫌だから、その前に逃げたい」
「却下。(ビリー、ビリビリ)」
初めて聞いたぞ、お化けが怖いから警察辞めたいとか。本当に警察学校行ってるのか? 俺が学校で寮生活したのは、もう数十年前にはなるが、なかなかにハードな時間割で、精神の弱い奴は簡単に折れてしまうことが当たり前の世界だ。多少、体罰に対して世論が批判的になって、楽になっているとしても、軟弱な奴は卒業できないはずだ。
そこを卒業したというのに、コンナあの世とか、存在が怪しいモンを理由に辞めるとか、警察学校も質が落ちたのか。
「職権乱用です!今すぐ辞めさせてください! 私はお化けのいない業種で働きたいんです!」
小林は、それでも俺に訴えかける。しかし、小林しか仲間のいない、この捜査委員会を辞められでもしたら、本当に事件の解決があやしくなっちまう。この日記という手がかりがあれば、解決が目前になるかもしれないのに、ここは無理にでも連れていくしかない。
「お化けが怖いからが辞職理由なんて、通るかそんなもん。グダグダ言うんだったら、小林一人で捜査に行かせようか? 怖がりが治るかもしれん。ショック療法ってやつだ」
「職権乱用!」 また、俺に向かって叫ぶ。
「分かった。前線に行きたいと、ならこの【私立シュバインイヤハ高校】と話をつけてきてくれ。捜査は、そうだナァ、明日のこの時間とかだな。それなら、放課後の前くらいの時間だろう」
「……明日も、一緒に頑張りましょう。山東刑事」
「一人で行ってこい」
わざと少し口調を尖らせて言う。これはただの冗談だが、さすがに現場に行って、自主休職とか言いだすモンなら、本当に決行させるかもしれない。俺は、本件解決に全力を尽くす。そのためには、小林にも覚悟を決めてもらうしかない。
「待って、待って、さっきほどのことは謝りますから、一人にしないでください、ね?」
「それなら、テキパキ働け。日記の著者は誰だ? 一応確認だ」
「ええと、日記の著者は、櫛江田 定司さん、31歳男性、私立シュバインイヤハ高校で、用務員をしていたと日記には書いてありました」
「仕事はしていないというわけでもないか。もしここで何も答えられなかったら、どうなっていただろうな」
「本当に、先ほどはすみませんでした!」
そこまで、お化けが嫌か。俺がちょっとからかったくらいで、そこまで頭下げるか。土下座しそうな勢いだぞ。
少し睨んだら……あっ、土下座した。そこまでされたら、俺の方が申し訳なくなってしまう。
「ほら、立て立て。辞表のことはそこまで気にしてネェから。それより、ほかに事件について、いうことはないか」
「明らかに、その【オカルト研究部】が怪しいですね」
「地面見ながら話すな。俺もからかって悪かった。ちょっと失敗した。茶目っ気のつもりで言ったんだが」
「なら…
小林。まだ行く気になれないのか、よし予定変更だ。小林にもう時間は与えられん。
「よし決めた、今すぐにでもその部に、事実調査を行うぞ。小林、車を出せ。俺は、ホワイトボードを外回り中に変えてくる」
俺は、心許ない小林よりも、恐怖に怯えている小林を選んだ。小林は呆気にとられているようで、『は、あ、い、妥協すればいいんでしょ……って、えっ今すぐ?』俺の立ち去るのを見て、とりあえずで車に向かったようだった。
俺は、直ぐにコートをワイシャツの上に羽織り、小林の車に急いで向かう。ただ一つの目的『事件を解決する』ために。
ここで小林は、彼女の中にあった一つの疑問が解決した。
なぜここまでの熱意があって、役職が刑事止まりなのか?
山東刑事は、妻の下に敷かれ約25年。いつか、有名刑事になってやると、心に決めてから約35年。しかし解決するだけで一躍有名になるような事件に関わるのは下っ端には回ってくることはない。そして当然、彼には何の成果も得られないまま、もう退職のお年頃が見え始めている。
そんな中、舞い込んできた、一つの難事件。そんなの気が高ぶらない方が可笑しいとは自分でも思う。
だが、ここで山東刑事はその感情を抑制することができなかった。彼の昇進が却下された理由はこの冷静さに欠け、その感情のまま、動いてしまうことにある。上司が冷静にならなければ、自分の身だけではなく、その下に付く部下も危険にさらしてしまう。
小林は、そのことに気が付かなくては、おそらく昇進もないであろう。そう、自分の昇進のため、心にとどめておこうと思ったのは内緒である。
今回の登場人物
山東刑事(new!)
小林巡査(new!)
エキストラ 苗字のみ
所長(new!) 初犯科の書類整理(new!) 櫛江田(new!)