prologue BADENDⅢ ~裏切った信頼~
私は理系の方向へ進学しました。そのため文学的な表現については、かなり幼稚と言わざる負えません。ですが私には、高校受験の時に異世界に魅了され、今もなお、大御所様が異世界書いた、その腕に魅了され続けています。その証拠として、初回当時大学受験中なのにもかかわらず、こうして皆さんの前に作品を届けてしまいました。それほど異世界は、私の人生に大きな影響を与えました。大御所様の小説を読み切るのに、3日間読み続けるなんてことも珍しくなく、それで多くの学校の課題が出来なかったことは、今でも苦い思い出です。(実際に学校の推薦は受けられませんでした)それほどの魅力がこの『異世界』というジャンルには秘められていると思います。しかしそれを生かせるか殺すかはその作者の手腕次第。作者の技量に託されるのです。大御所様は、言葉使いも巧みで、自分があたかもその場に居合わせたかのような臨場感を、卓越した言語と記号と空白を織り交ぜた表現技法で私たちに味合わせてくれます。これが憧れと言わずになんといえましょうか。私は残念ながら、そのようなものに学があるわけではありません。しかし、この異世界を、人々に愛され続ける異世界を私自らの手で表現して見せます。大御所様とは、明らかに完成度が低く、つまらないと思われる方が大多数かもしれません。それでも私は、書きたいと思った世界を私自らの手で描き出していずれあなたたちを振り向かせて見せます。
そして私は宣言します。私のただの妄想でしかなかったものを、私がやれることをすべてやり切り、皆さんの記憶に刻銘と刻まれるような素晴らしコンテンツへと変化させて見せます。そのために、出版社のお声がかかるその日をまずは目指して執筆活動を続けていきます。
入門者 ルーベル/自然堤防 弱弱しい宣戦布告文
ーー終末を待つのみとなった帝立◇◇◇研究所/終末の前夜ーー
ある男は、自分の決断を呪った。
全ては自分の生活の為、全てから逃げる決断をしたことを呪った。
残されたものは何もない。
この世界の建物は消えた。
この世界の歴史は消えた。
この世界の人間が消える。
「早くしてくれ」
ここは、目の前にいる汚れが目立つ白衣を着る研究者の研究室だ。緊急事態が発生したのだろう。研究室内は、警告色の赤いランプが点滅し、
『緊急事態発生。緊急事態発生。館内に残っているものは至急脱出せよ』
との機械音声が繰り返し鳴り響く。
だが男の目の前にいる人物は、何も動揺する様子がない。運命を受け入れている。研究者の髪は伸び放題で、この男には研究が継続出来ていること自体が不思議であった。
「もうこの世界の未来は壊された。あんたの自分勝手でな」
研究者が発した言葉は、その男の心を抉る。何も苦難を乗り越えられなかった、ガラスのハートに大きなヒビが入る。このままこの男を否定すれば、もう修復はできない。そのくらいこの男は弱い。世界を救うなど以ての外だ。
男は、ここの西にある森に、秘密基地ともいえるような小さな家で生活していたのだが、その家が魔物の襲撃に遭い、命からがらその家から逃げ出した。その時運よく、ある腕利きと名高いらしい戦士の男(研究所に到着したときに、多くの人から感謝の声をかけられていた)に助けられた。
最前線で世界の存続の為命をすり潰しながら戦った後の様で、高級品と思われる防具にも、多くの裂け目が刻み込まれそこから赤い血が滲みだし、誰が目にしても満身創痍であったが、それでも足並みだけを見れば、未だなお、前線で戦いに立ち向かう余力が残っているかのように見えて、男の視覚情報との矛盾をまじまじと見せつけられていた。
それほどまでに重傷を負いながらも、戦士の目にはまだ燃えるものが残っていた。今なお、平穏な生活が取り戻せると、そう思って止まないのだろう。男に対し、「家族を見つけ出してやるからな」と男を励ましたりもした。
だがその男の優しくも力強い眼が男の体が委縮させてしまう。男には分かっているのだ。自分こそがこの惨事の元凶を叩くことのできた張本人でありながら、可能であった机上の選択肢が目に入らないようにテーブルクロスをかけ、他人と何ら変わらない生活をしてしまったという事を。
ーー西の小さなボロ家/終末の一年前ーー
男はだらしない男であり、男の小さな家はカビによって水場は浸食され、十数年前の大嵐で空いた屋根の穴には、板が簡易的に打ち付けられているだけであり、その隙間からの雨漏りが腐らせた床から茶色の地面が見えてしまう。
しかしある一部屋だけは入念に掃除がされていた。それは小さな来訪者たちが男の下へ勉強を学びに来るのだ。
つい一年前には、代わる代わる毎日に誰かしらが家に来ることが当たり前となっていた。来訪者の為に町に出て買った白紙だった本は、毎日のように使い続けていたもので、何度も開いて閉じてを繰り返していたせいで、多数の補修の跡と外れかけたページでもう表紙らしきものが有ることでどうにか『本』と分かるといった具合にまでボロボロになっていた。
しかし、一年前までだったのだ。ある時、男の下へある女性が勉強の最中の男と子供たちのいる部屋をけ破り、開口一番怒声を響かせて。
「こんなところに隠れていたのかァアア、こンのッ愚か者めェエエ」
男は腹に蹴りを受け、後ろに倒れこんでしまい、簡易的な事務机に頭をぶつけてしまった。男がぶつけたところに手を当ててみると、手が男自身の血で真っ赤に染まった。しかし、痛みよりも先行するものが有った。目の前にこの女性がまた現れるとは思いもしなかった。
「…お久しぶり…です」
もう十年は過ぎただろうか、男に突きつけられた、男が抱えることが出来ないほどの大きな選択。それは、比喩でもなく世界を崩壊のかかったものだった。
当時仲間であった女性に男は泣きついた。『俺は何をすればいい。教えてくれよ。【**】。俺には何も決められない』
男は大泣きであった。
男には無理だった。
何かを犠牲にして
何かを守るという選択が。
その時も腹に蹴りを入れられた。その時は、女性が十五くらいであり、体がよろめくことはなかった。だが、今以上の精神的な辛さが俺を襲った。
男の知る限りでは、男のそばでは、一度も本気で怒りをぶつける様なことがなかった。旅の間にあった出来事や、これからの予定などをこの二人を含めた四人で楽しく語り合っていたほどだ。
しかしこの時の女性は違った。『おじさんは他人に従ってばかり。自分で判断が出来ないのッ。“島”の時は、あんなにカッコよく見えたのに、どうしてカッコいいままでいられないのッ』
その時蹴りは、男自身の弱さを自覚させた。させただけなら良かった。男は弱さの自覚に耐えられず、心がポキッと折れてしまった。
『早く冷静になってね、料理はできてるから』と言われたが、曖昧な返事をすることしか出来ず、その日をもって男はそこから行方を眩ませた。連絡機もくの字にへし折った。それが最後の言葉になると思っていた。
「たいちょうさんおちついて!このひとがあのせんせいだよ」
男の来客が俺の前に立つ。女性は少し間を置き、今度は来客に話を始める。
「お前たち、前に教えたことを覚えているな」
「むかしのともだちがやることをやらずににげたこと?だいじょうぶおぼえてるよ」
来客の幼い言葉を男が耳に入れてすぐ背筋に怖気が走る。分かってしまった。この関係が続くのが残り僅かであり、女性がこの次の言葉で終止符を打つであろうことを。
「それが、この男だ」
…もう…終わった。部屋が静寂に包まれる。そして、来客の一人が男を非難する。
「はんざいしゃにべんきょうをおしえられてたのか」
来客の目が教師としての尊敬の目線から、犯罪者を侮蔑するような目線が男へと集中する。
「なんで?せんせいはわるいひとなはずないよ。ぼくたちにべんきょうをおしえてくれてるもん」
来客の一人が男を擁護する。その男の子は、男に身の上を相談してくれるような子であり、両親がはやり病で病死してしまったと言っていた。
しかし、この周辺の孤児になってしまった原因の多くが、直接的ではなくても故郷の村が魔物に襲われて両親を失った場合が多い。実際ここにいる来客の内、僅かその男の子しかいなかった。
「【##】くんには、わからないでしょ。パパママが目のまえで、カイブツにたべられたわたしのかんじょうが」
その言葉に、教室が同調する。来客は覚えているのだ。魔物に親を殺された時の絶望を、苦しみを、悔しさを、それゆえに、騎士になってみんなを守るんだとか、そんな話で盛り上がっていた。そのために、森の中のこの場所まで来ていたのだ。
「でも、みんなにはせんせいがわるいひとみたいにみえる?」
少しざわつく。一部は無料で教師をしてくれた男に感謝をしている。男の存在があったからこそ、騎士になりたいという夢が出来た。それを、急に非難する人たちについていけず、少し心が動かされた。
だが、それは一部だ。
「先生が良い人でも悪い人でも、親が死んだことには変わりはネェ。まさか、先生の側につこうとは思ってネェよな」
怒りの矛先が、男の子に集中し始める。
だが、男は黙れなかった。男自身の代わりに誰かが非難されるのを見過ごせはしなかった。だからその時は、ここ一年で一度も出したことのないような声で、
「そうだ。俺こそがこの災害を引き起こした者だ」
それを聞いた来客はやっぱりそうだったと、男の子に向いていた矛先を改めて男の方へ向ける。
すると怒りが感謝を超えてしまった半数以上の来客は紙の束や羽ペンを男に向かって投げつけてきた。来客が男の教えた良心など、もう向けることはなかった。
次々に怒りを爆発させる来客。その中で、まだ男を優しい人だという思いが変わらない来客もいただろう。だが、その思いは爆発にかき消された。それほど、魔物を呼び寄せた男が憎い。
この混乱の中で体弱り始めてもその大声は耳に届いてしまう。男へ無責任に吐き出される恨み辛み。
「おまえのせいでママがしんだ」
「家が犯罪者のせいで無くなった。おまえは死刑になっちまえ」
「友人が命を投げ捨てた。お前がいなければ、友人は死ぬことはなかった」
しばらくして爆発の熱も冷めて生徒たちが散らばっていき、この家から来客は全員いなくなっていた。そのとき、男と女性だけがこの場に残っていた。
心身ともに粉々にされた男の首元へ剣が紙一重まで近づけられる。見上げると、女性の失望の視線が突き刺さる。女性の剣が、男の命を奪おうとしている。ただ、男の頭には最後の言葉が自然に出てくる。
「あの子たちを俺の分まで守ってくれ。あいつらは孤児で身寄りが必要なんだ」
どんなに事を言われたって、来客は男を一種の家族として慕ってくれていた。その家族という役目を女性に引き継いでほしい。それくらいは死ぬ前に男が頼むべきだと思った。
「(やっぱり、最期まで“島”と変わらないね)」
これは、ただの幻聴だったかもしれない。でも、あの時の様な、ちょっと人懐っこい口調だった。
この後の記憶はなく、おそらくその後に気絶し、目が覚めた時には夜になって一人ぼっち。ノートの山の中で一人取り残されていた。
その山の中から立ち上がり辺りを見回すと、奥の机に一枚の紙が置かれていた。
~せんせいいままでありがとう。でも、まもれなくてごめんなさい。~
男の子が一通の手紙を残してくれていた。
ー戻ー終末を待つのみとなった帝立◇◇◇研究所/終末の前夜ーー
この避難所まで国の緊急措置としての避難所となったこの帝立◇◇◇◇研究所に、到着したのは3か月前くらいだった。ここは災害対策庁が、避難場所に指定した建物であり、ここにこの地区一帯の住民が避難してきていた。
ここは、十棟ほどの600m級の高層の建物が円形に沿うように配置しており、その外側には、避難所になるにあたって急遽造られたと思われる、比較的新しい防壁が設けられていた。
男がここに避難してきた時に研究所の職員に、この研究室だけには近づくなと何度も念を押された。あの中にいるのは、世界の危機に精神を犯され、研究をするだけの為に、人としてのすべてを捨て去り、研究にのみ命をかけた狂人しかいないと。
「あの人、一年くらい前だったかしら、少し研究が佳境だって、二日徹夜していた時に、食堂に降りてきたとき隈が深すぎて、東洋のモノクロベアみたいだって食堂で笑いあっていたのに。普段と違って、『ねむぅーぃ...zzz』『まだ食べたくないよぅ...むにゃむにゃ』とか、いつもお堅い所長とかも笑いを隠せてなかったわ。あの時は良かったのに…。今は、あの調子でねぇ」
さらに職員は、去り際にもう一度『とりあえず、近づかないでください』と念を押して持ち場に戻っていった。
その後、研究所到着から数日もたたないうちに、男はこの時空科学研究棟21階層の配膳係を任された。話を聞くところによると、男をこの研究者が名指しで指名してきたらしい。男は研究所に恩返しができると喜んでその話を受けた。淡々と研究所の中で庇護されるだけの生活では、研究所に負担を増やしているのではないかと考えてしまうのだ。あの忠告が頭を過りはするが、そこに舞い込んできたこの指名は願ったりかなったりだった。
だが今日この日までこの研究者の顔を見ることが出来なかった。他の研究者は、1階層にある食堂まで下りてくるか、部屋にまで配膳して軽く会釈を交わすくらいはできた。しかし、この研究者は降りてくることはないし、食事を持って来ましたよ、と扉を叩いても、何も返事をすることなく、そのまま扉の前に置いておいて数時間後に、空の食器を男が片付けるのが常だった。
だが、五日前にそれも途絶えた。急いでそれを調理おばさんに言ったが、
「お盆はなくなっているんだろう、そうなら後にしておくれ。こっちは献立の計画で忙しい。さ、出てった、出てった」
と一蹴。そして冒頭に至る。
だが今日この日に、襟袖両方を乱暴につかまれ研究室の中へと引きずり込まれた。この研究者は、今この状況を除き、研究室に人を入れることはなかった。研究者にとって、この場こそが自らの研究の世界であり、僅かでもこの研究に影響があってはならないと思っての事だろう。
この研究者は、栄養状態さえ最悪な状態なのだということが分かる。研究室の隅には、男が研究室まで配膳した食事が、カビが生え、異臭を放つ食事であったものになり、それが乱雑に部屋の隅に投げ捨てられていた。
どこまでこの研究に没頭すれば、食事を抜くなんてことが出来るのだろう。男には、どれほどの苦労をしてきたかなど、推測するに留まり、その推測を超える信念があったことしか分からない。
それほど衰弱してしまい、耳を澄ませなければ聞こえないような声でその男に何かを言う。男は、その言葉を聞き取ることはできなかったが、研究者は男に対して何かを男だと分かった上で言っている。だがそこに怒りを発したものは含まれていなさそうだった。いや、男には発する意味もないのだろうとわかる。研究者は失望したのだ、何も選ぶことのできない男を。
研究者は最後に残された男の後ろにある、機械を男が使えるとは思っていない。男は『この世界に希望をもたらせるか、研究者の意思をこの先で受け継ぐことはできるか』という事ばかり考えている様で、男に機械を使えない、そう確信している。人生をかけた研究は、無意味になると、もう気づいている。
男は、研究者の机にある設計図の図題に目が行く。『世界再構築装置』。どのような機械であるかは、何も分からないが、その横に書いてある手紙からそれがどのようなものであるかが、うっすらと理解する。
―――――――――
【++】研究者へ
今日になってやっと、例の男と運よく接触をすることが出来ました。私の予想に狂いはないと再確認できました。男は姿を眩ませた後も一人自暴自棄になることはなく、身内が何かの事情でいなかった子供たちに、彼らが普通市民としての生活ができるよう、様々な知識を教示していました。男はまだ誰かのために何かを行動する大切さを忘れてはいません。
さらに、これからの苦難に立ち向かえるかも確認したのですが、正直初めは命乞いをするようなら、今までの苦労が水の泡になろうとも首を落とそうと考えていました。しかし男は私の剣を首に当てても、自分の事より子供たちの事を優先させていました。そして頼んできたのです。俺の分まで(この子たちを)守ってくれと。その眼には、子供たちの将来を考え、頼れる大人のいなくなった子供たちを心配しているかのような母性のようなものを感じ取ることが出来ました。
そこでお願いします、男が世界を救いたいというその日に、世界を助ける手助けをしてはいただけないでしょうか。男を待ってはいただけないでしょうか。男の精神はまだ壊れてなどいません。英雄の原石が磨かれずにいるだけなのです。
おじさんの心には、あなたと初めて頼み込んだ時に話した、あの自己犠牲の精神が根強く残っています。それがなければ、私がこの地に立つこともなかったのです。私はおじさんの背中を見て成長してきたのです。おじさんは、たとえ自身が昔に逃げた選択も、果敢に立ち向かい世界を修復する力を秘めています。私たちが背中を押すだけで、おじさんは前に自力で英雄の道を走り出せるのです。
$$$帝国第6騎士団団長 【**】
――――――――
男は、自分が女性の最後の信頼を破ってしまったことが分かった。だから気づいた。配膳係になるのは本当に必然であったことを。抜け殻となってしまった男に、過去に女性を救った時のような力があると何も疑わずにいた。この手紙が、この装置の意義を伝えると同時に裏切った信頼を男に伝えた。
「…グッ。俺をそんなに、健気に信頼してたのかよ。どうして、こんな弱い俺を…」
男に降りかかる選択の数々。その選択に怯え、何もしなかった。臆して逃げ隠れた。そんな男に疑いの全くない信頼していたと書きつけてある。
「なぁ、【++】、あんたがこれを使ってくれ。あんたこそが助かるべきだ。俺がこの機械を使っても...」
男の後ろにある機械には、入り口が設けられており、研究者の頭の中でしか、どのような原理なのかはわからないが、一人だけが、この現実を改変するために転移させることが出来る。そう男が直観した。
それを理解したところでこの男は弱い。この機械を使った後、それからの決断が怖いのだ。目の前で多くの人が死んだ。親しいと思いこんでいた人からも罵詈雑言をかけられた。信頼も裏切った。
人々の助けを求める声、
男を責める声、
その一つ一つが男に存在意義を失わせる。男も心は、もう崖から半歩以上足が前に出てしまった。これをもう一度などと言われては、男は足を踏み外してしまうだろう。
それが今の男の中に渦巻いている考えで、世界の終焉の日だというのに、かなり消極的だった。
男にはもう簡単なことでも決断をする勇気さえ残ってはいなかった。
「私は見たくはない。現状を打開するキーパーソンが、私の前でなよなよしているのをな」
研究者はもうこの世界に希望は残っていないと思っている。最後の希望と思っていた騎士が、討ち死にしたとの知らせ。それに、信頼されていたのにいつまでたっても決断しない男。この研究者にこれ以上の希望を持てという事こそが酷なことだろう。
男が、この世界に降り立ったのは、二十年も前の事だった。その時世界が沸いた。これで魔族の脅威から怯えることが無くなると。しかし、魔族の度重なる虐殺、勇者の一部の裏切り、と散々たる結果が重なり、少しずつ数を減らしていった勇者も男ただ一人となってしまった。
「あんたは、最後の勇者の生き残りだが、心はひよっこの様だ」
男は言い返せない。男に現実を突きつける一言。
1.結界系の恩恵
2.勇者系の恩恵
3.通信系の恩恵
この三つの恩恵を男は身に宿していた。ただこの内の上二つの恩恵は相反するもので、同じ恩恵を持つ者同士が、常に衝突していた。この衝突は勢いを増し、多くの勇者が命を落とした。だが、この恩恵はどれも強力で、この恩恵さえあれば、世界を守ることも破壊することも容易であった。
そのような恵まれた恩恵を持っていたのに、何も問題を解決することはできないほどの弱さ。代わりに逃げ道を探す方法を知り、問題に直面すれば、いつであろうと、その逃げ道が男の頭の中をちらつく。
「…もう、いいや。裏切られ続ける人生なんてやめだ」
研究者が生きることを、誰かを信じることを
あきらめた。
口から漏れ出た言葉は、命の最後の日を今日に決めてしまった。
世界の危機から救うため、女性と連絡を取り合い、女性は死に物狂いで男を捜索し、男を研究室まで連れてきた。そして悪評をばら撒いた。男には嫌われるであろう。それが分かった上でばら撒いた。男に苦難を乗り越えられるような強い意志を確認するために。昔のままでいるかを確認するために。
研究者は死に物狂いで男の再生する世界を思って研究し、男の後ろにある機械を完成させた。この機械には、研究者の研究の集大成が詰まっている。研究者は信じたのだ。ただの話の中でしか伝えられていなかった男のその力を。ただ一つの希望であると。
これらは、多くの人生を男のために犠牲にして初めて得ることのできた成果である。
それほどの代償を払った研究も、無駄の産物となった。
だからといって、それを悲しむこともない。悲しむことさえも、もう研究者にとって感情を動かすのも、もうただの浪費なのだ。
研究者は壁にある、赤いボタンを押す。その周辺には手持ち大のロケットがあり、緊急時にこの部屋から飛び出だせるように設置してあった。しかし、研究者がそれを手に取る様子がない。
ガコン。
研究者のいた研究室が動き出す。男は研究者がなにをしているのか、まったく見当がつかない。だがすぐに結果が知覚される。
研究室の一部が落下を開始したのだ。時間にして5秒もないであろう。部屋が落ちてゆく。男も間取り図は覚えている。この研究室は円筒状の吹き抜けのほぼ中心部に存在する。だが落ちるとまでは考えがいかなかった。
その研究室は、目測100mはある場所から、地面へ叩きつけられる。
落下地点からは相当な距離があり、さらには、防音設備によって聞くことが出来なかった魔物の群れの咆哮が、研究室のあった場所から漏れ出す。その中で、研究室を見つけるのに少し時間がかかった。
やっと発見した研究室であったものは、落下の衝撃を受け、魔物の大軍を押しつぶし、大きな青い血の海を作っていた。最後まで世界を救おうとした英雄には似合わない最後であった。
「なんでなんだ。なんで、こんなことになったんだ」
この問いに答えてくれると思っていた人はもう死んだ。
男には知らないが、女性ももうこの世にはいない。
男の涙腺から涙があふれ出す。
英雄たちの死に。
駄々を捏ねる時の様にあふれ出す。
ぶつかるべき現実に。
ごちゃごちゃに混ざった涙が信頼されていた男が何をすべきかと問いかける。
全てから逃げるべきか。
涙がさらに混ざる。
弱い自分の情けなさに。
なら何のために涙を流している?
“強い自分になるためだ”
死んだ英雄が残した、モノが男の真後ろにある。臆病者は英雄の死を目の当たりにした。それでも足が竦む。だがその足を後押しするものがあった。
臆病者が裏切った信頼だった。
臆病者は気づいた。平穏な生活を過ごしている間も、自分の命を臆病者の為だけに削り、世界の正常化を願った人たち。その信念を無下にすることなどできない。英雄が命を削って臆病者に託したその望み。英雄が最後の最後まで信じた希望。それが臆病者だった。その事の証明がすぐに成される。
後ろの機械から駆動音がし始めたのだ。男が振り返ると、作動中の紅いランプ。そしてその横には、研究者に必要がないほど分かりやすく、手書きで図解までされた説明書。もしもの時に備えての事だろう。
英雄は臆病者にそれ託す時の為、研究室を落とす回路に、機械を起動させる回路に信号を送れるようにしていた。英雄自身に不測の事態が起きた時の為に、最後の人物にすべてを託すためだ。
「これを使えばこの現実を、英雄が目指した世界へと選択しなおせるのか。この俺が選んでしまった絶望しかない世界を」
男は心に決めた。自分がすべき選択は、選択を後回しにすることではない。確かなる強い意志での選択で仲間の正しい選択を後押しすることだ。そしてこの扉を開けることこそが、正しい選択をする第一歩だ。未来を変える第一歩だ。
機械の入り口に手をかけ、手前に引き、内部へと入る。
多くのメーター、何かの意図があってつけたのであろう様々なボタン。そして、男の開いた入り口の後ろで一体化した、縦に人が二人分ほどの高さを持つモニター。
「コンニチハ救世主様。世界再構築シナリオヲ開始シマスカ?」
その無機質な音声に、男はすぐに承諾する。それと同時に、機械の駆動音が大きくなり初め、ピコピコとなんの音だかわからない音までする。しかしそれが、この機械がもう間もなく完全に起動し、英雄が残したプログラムが実行されるであろうことを示唆する。
「準備が完了シマシタ。ソレデハ、救世主様ドウカコノ世界ヲ、オ救イクダサイ」
男はただの臆病者なのに、救世主呼ばわりは、身の程にあっていないと思うし、さらには英雄がどのようなことを期待していたかという事も推測できるような気がして、本当に男が助かってよかったのかとよぎったが、臆病者の意思は変わらない。
それでも男の中にはわずかしかないはずの勇気が、一つの大きな決断をくだす。
―この世界の運命を変えてやる。すべての人が、毎日を楽しめる運命へと―
それは、英雄を目の前で失ったショックが触媒となって生み出された結果でしかなかったが、
その結果が、男の歩むはずだった、
Ⅲの定めと定めが交差し、
一つとなった世界を生み出す。
さあ、男の罪の清算をするために産出された世界が始まる。この世界では数々の他の選択をした男の困難がただの一つの世界に詰め込まれる。だがそれは当然の報いと言えよう。
男の犯した罪は、この世界【赤いサルビアのしおり】とよばれる章だけではない。他の二つの章でも形は違えど、それでも男ただの一人では、生涯を用いても清算できないような罪を犯している。
清算をするチャンスが与えられただけ、温情が与えられたと感謝すべきだろう。
時は入学式。七割が推薦入学で、才能を発掘に特化した入試課の厳しい書類選考を抜け、面接をクリアしたものが入学できる私立シュバインイヤハ高校。こちらは、特待生の扱いとなり授業料が大きく割引される。
だが、推薦入学のみを入学させていては問題が起きる。そこで一般入試組もいる。公立落ちが泣く泣く授業料の全額を納めなくてはならない。さらに、スクールカーストも低めになっている。そうただの、負け組だ。
そして俺は、その後者である。少し陰った桜並木を俺は歩いていく。これのみが、高校最初のページに書いたことである。これからの学校生活に大きく影を落とす一日となった。
ーー私立シュバインイヤハ高校/4月7日(事件発生まで一年半)ーー
今回の登場人物
研究者【++】(new!)
男(new!)
女性【**】(new!)
男の子【##】(new!)
一般入学生(new!)
エキストラ
職員 調理おばさん 身寄りのない子供たち 傷ついた戦士