Day5:バンパイアクエスト 前半
今日は昨日の続きからのスタートになる。
ソラシドの持つ便利アイテムの力で宿屋の玄関から一足飛びに飛んだ俺達はカマキリの巣に
舞い戻った。
「おい、シラスドン。後どれくらいで奥まで着くんだ?」
昨晩バンパイア姉妹に武器を取られた悔しさの余りよく眠れなかったので一晩掛けて考えた相棒の
ニックネームを披露してみたがお気に召さなかった様で無視されてしまった。
「あのー、ソラシド...さん?」
「なあに?」
「実はこの洞窟にもレベル限定で隠しアイテムがあるとか言わないよね?」
「うふふふふ。何だ良く分かってるんじゃない?大丈夫、ちゃんと高値で買い取ってあげるから
心配しないで?」
うふっと可愛く笑った少女の顔が商人のそれに見えたのは気のせいだ。
「じゃあ、何をどうすれば良いのかくらい説明してくれよ。」
そう懇願するとやっと指示らしい指示を貰う事が出来た。
「えーと、じゃあ此処に居るジュニア・マンティスを100匹狩って頂戴?」
ひゃっぴきいぃー!1匹10秒で倒しても20分近くかかるじゃ無いか?
だがやってやる。青銅の剣(+4)の切れ味を見せてやる。
と意気込んでジュニア・マンティスを狩りだした物の50匹を超えた辺りから手ごたえがおかしく
なって来た。
「ペースが落ちて来てるわよっ!ファイトッ!」
って部活の女子マネみたいに応援されても刃が弾かれて通らないのだから仕方が無い。
「仕方がないなあ。じゃあこっち着て?」
なになに?もしかして回復とか強化魔法とか掛けてくれるのか?
「はい、剣を出して?それ、鑑定ー。うわあ、やっぱり青銅の剣(+1)にまで落ちてるね。
むやみやたらに振り回すから刃こぼれが酷くなるのよ?」
非常に嫌な予感がした。
「えっ? それって研げば元に戻るんだよね?」
「むーりー、強化し・な・お・し。
こうなる前に定期的に鍛冶屋に持って行かないと駄目なの。
いい勉強になったでしょう、よーく覚えて於きなさい?
このレベルだとたった50匹で-3も行っちゃうのかあ。
有難う、良いデータが取れたからもう良いわよ。」
データ?データが取れただと?
「ちょっと待てい!アイテムはどうした隠しアイテムはっ!買い取ってくれるんだろう、お前が。
それも高値でって言ったじゃんか?」
ソラシドはペロリと舌を出して可愛く「そっちは未だ調査中なの、エヘっ」と言った。
「このっ」
捕まえて頬っぺたを引っ張ってやろうと思ったが予想以上に素早く捕まえる事が出来ない。
すると向こうから明かりが一つ近づいてくると、
通りがかった冒険者が洞窟の中で鬼ごっこをする俺たちを見て迷惑そうな顔で通り過ぎて行った。
「イッパチ、よくそんな動きで最初の試練をクリア出来たわね?」
むむむむっ!
目を大きく見開ひらき睨みつけた俺は傷んだ剣を抜くとソラシド目がけて突っ込んで行った。
「ぎゃあ!」
勿論ソラシドは軽々と俺の剣を避けている。そしてその剣は洞窟の壁にざっくりと刺さりやがて
そこから黒っぽい水が染み出して来る。
剣を抜くとバタリと人の形をした何かが倒れこんで来た。
今は保護色で見づらいが女の姿である。さっきは冒険者が明かりを持って通ったので一瞬人影に
見えたのである。
やがて保護色が解けて姿を現したのはバンパイア化したクレアだった。
「あー、俺の剣を盗んだ奴だー!」
と叫び声を上げたのは先ほど通り過ぎたと思った冒険者。
「この野郎!」
とクレアの死体に駆け寄るその冒険者の胴をすれ違い様に斬った。
「ぐっ...な...ぜ...」
「いやお前ランタン持ってるくせに影が無いじゃん。バンパイアってバレバレだよ。」
そう言って倒れた冒険者の体を蹴とばすと仰向けになったその顔は思った通りフレアの
それだった。
二人の死体が消えたあと出現した宝箱からは盗られた黒鋼の剣に加えて立派なヘルメットが
出て来た。
「どんなもんよ。」
再び会えた愛刀に喜びのキッスを嵐の様にお見舞いする俺に対してソラシドは冷たくこう言った。
「あ~あ、失敗ね。もう一度初めから。」
いやいやいや、そんなもう一回ってさっきクレアとフレアは死んじゃったでしょ?
だから無理無理無理。
ブンブンと頭を左右にふって嫌がる俺の肩に白魚の様に白い小さな手が添えられると、
次の瞬間二人の体は入り口までジャンプし其処にはさっき死んだ筈の二人が人間の姿をしてニコニコ
笑いながら立っていた。
◆ ■ ◆
ざわざわざわ
周囲の樹々がざわめかしい。
「ねえ、君凄そうな剣持ってるんだね。良かったら一緒に洞窟に入ってくれない?」
「...こいつらの首を刎ねて良いか?」
こっそりと小声でソラシドに聞いてみた。
「駄目よ。騙された演技をなさい。」
ジワリと何かが込み上げてきて視界が曇ったので自分に言い聞かせる。くそっこれは汗だ。汗なんだ。
「いっ いいトモロー...トモロー爺さんはマルコの祖父...的な?」
「やだあー、それを言うなら友三さんでしょう?」
意外にもクレアが話せるキャラだった事がせめてもの救いであった。
思えばこいつらも可哀そうな奴らなんだ。
仕事とは言え悪役を演じる毎日、きっと人間だったら心が折れてしまっているかも知れない。
少しくらい優しい言葉をかけてあげても良いのかもしれない。
「なあお前たち、この冒険が終わったら俺の所へ来ないか?」
「ええっ行き成りお嫁に来いだなんて...しかも二人同時とか何て欲に塗れた人間なのかしら?」
ちっフレアめ、情けなど掛けるんじゃ無かった。
しかし俺のこの何気ない一言が舞台を大きく回し始めた。
「フレア姉さん、私...この人の事は騙せないわ。」
クレアっ!お前は良い子だって信じてたぞ!
「何ですってクレア、武器を持って行かないと殺されるのよ?!」
そいつは聞き捨てならない。
「おうおうおう、俺のクレアに手を掛けようってのは何処のどいつだ?!」
剣に手を掛けて二人の間に割って入るとクレアが可哀そうな物でも見るような目つきで言った。
「えっと...さっき言いそびれたんですけど。一緒に来ないかっていうお誘いの返事なんです
けど...私は彼氏いるので御免なさいっていうか無理です。」
ちょっとー!
隣でソラシドが腹を抱えて苦しそうにヒーヒー喘いでいた。
視界を遮る大量の汗を袖で拭いながら、もうヤケクソで叫んだ。
「クッソーぉ、隠れて見てる奴出て来いー!」
「「「おう‼」」」
突如茂みからぞろぞろと出て来たのは意外な事にどう見ても普通の冒険者達で、
てっきりバンパイアの仲間が隠れて居るのかと思っていたので驚いた。
しかしよくよく考えて見ればバンパイアの眷属なら暗い洞窟内で待ち伏せている方が理に適って
いる。
出て来た冒険者は若い男女達だが身に着けている装備を見る限り恐らく皆そんなにレベルは高く
ない。恐らく俺やソラシドと同じくらいだろう。
しかし冒険者達の後ろから一人だけ異彩を放つ黒服の男が出てくると、冒険者達はサアーっと左右
に分かれた。モーゼを前にした潮の様である。
それゆえそいつが彼らのボスである事は一目瞭然であった。
「フハハハハハ、俺には分かるぞ。如何に鈍くさそうな冴えない男を身に纏おうとも我が終生の
ライバルであるマーカラ、貴様の事はその気配だけで分かるぞ!」
すっげー強そうなのに残念な人。それが第一印象だった。
「おい、知り合いか?ちょっと苦手そうだな。俺がお前のふりをしてやるから何かくれない?」
隣で苦笑いしているソラシドに小声で交渉すると思いがけない臨時ボーナスが提示される。
「そうね、貴方が私のふりをしてハリーを追い返してくれたら後払いで1000万ギル上げるわ。」
そんな大金をポンと出すという事は...やはりというかソラシドもこの男の事を嫌がっている風
である。
「その言葉忘れるなよ?」
俺はにんまりと笑うとツカツカと真正面から男に近づいていった。
「あっらー、お久しぶりね。そんなに私の事が忘れられなかったの?可愛いわあチュッ」
と抱きついて頬に軽くキスする振りをすると男は行き成り激怒して剣を抜いた。
「きっ貴様、何者だっ!マーカラじゃ無いなっ!」
「ちょっ待って。落ち着きなさいって。」
「問答無用、死ねいっ!」
これは死んだ。そう確信した。
攻撃を受ける直前、突如目の前の光景がスローになった。
振り上げられた剣が瞬時に分裂した様子が手に取る様に見える。
男は相当錯乱したのだろう。
たしかこれは上級者が使うスキル技だ、説明に挿絵が入っていたので覚えている。
名を何と言ったか?それにしても素人相手にこれじゃあオーバーキルにも程がある。
無数の剣は一斉に方向を揃えると、俺の体に突き刺さりチブチと筋肉を引きちぎりながら体を通過
して行った。耳障りな音が俺の脳裏にこびり付く。
当然、四肢をバラバラにされた俺の体は重力に任せて落下する。
しかし音を立てて激突した地面は最早地面では無く...やはり街の噴水から血まみれの体が
飛び出した。
◆
その頃、東の森のダンジョン前では。
「はあ、イッパチったら何をするのかと思ったら...後でお仕置き確定。
でも結果的にグッジョブね。」
呟いたソラシドの言葉に男はやっと気づいた様に叫んだ。
「何いっ!もしかして貴様がマーカラだったのか?バカな!お前はバンパイア共に剣を渡さ
なかった。らしくないぞっ!お前ともあろう者が重大な攻略を他人まかせにする訳が...」
取り乱すスーツ姿の男にソラシドは緑色の帽子をきゅっとかぶり直すと不敵に笑った。
「ハリー、らしくも無いと言えば貴方の方ね。貴方は今、敵意の無いプレイヤーを斬ったのよ。
分かる?」
「しっしまったー!」
ハリーと呼ばれたスーツ姿の男が自分の手足を慌ててみると、服や肌の表面が急速に色を失いつつ
あった。
従い、動きも徐々にぎこちなくなって行く。
「うふふ、ペナルティーが明けたらゆっくり私の後から追いかけて来てね?チュっ。」
そう言ってソラシドが最後に投げキッスをしたころには男は冷たい質感を持った銅の彫像へと
変わり果てていた。
驚いた事にそれでも取り巻き達は動じることなく何も言わずに銅像を馬車に積み込む。
そして整然と去って行った。
「さあて、気を取り直して隠しアイテムを攻略しますか。」
しかし当たりを見回してもいつの間にかストーリーの鍵である二人のバンパイアが見当たらない。
「うーん、また洞窟の中かなあ~」
そう呟きながらソラシドは暗い洞窟へと足を踏み入れた。
◆ ■ ◆
「うおおおおー!行きなり斬り殺しやがって、覚えてろー!」
物騒な叫び声を上げて血まみれで広場を走る男が一人。
...
しかし強がってみても戦いになればコロリと殺されるのは100%此方側である。
今は悔しさをバネにしてても強く成る他なかった。
さしあたってソラシドから臨時ボーナスをもらい受けた金で装備を強化しよう。
「居ない...」
急いで東の森のダンジョン入口へと戻るとそこには誰も居なかった。
辺りを見回すと茂みや木の陰に人影が多数。
がさごそと茂みを掻き分けて見てみると、やはり先ほど居たハリーの部下達だった。
「お前らっ!いけ好かない親玉は何処だ!?」
「ボスはお前を斬ったせいで罰で銅像になっちまったから多分3日は出てこれない。」
貧乏くさそうな冒険者がそう答えた。
「じゃあ、お前たちはここで何をしているんだ?待ち伏せか?また俺とやろうって言うんだな?」
相手は装備も粗末な冒険者ばかりである。ふふふ、黒刀が血を吸いたがっているぜ。
「違うってバカ。お前らがクエストをクリアするのを待ってるんだ。頼むから早くクリアして
くれよ~。3日以内にクリアしないとボスから報酬が貰えないんだから。」
成るほど、それでこいつらがショボそうな理由が納得できた。
つまりハリーの奴はここでクエストが受諾可能な低レベルプレイヤーを金でかき集めてきたのだ。
そうなると気になるのがその目的である。
いや、目的はソラシドと同じく何か特殊なアイテムに決まっているよね...
「じゃあ、早くクリアする為に教えてくれよ。どうやったら攻略できるんだ?
やり方はお前らを雇ったボスが教えてくれたんだろう?」
すると普段着に革鎧だけを来た如何にも駆け出しっぽい娘が食いついてくれた。
「本当?教えてあげるから早く私たちに回してくれる?」
しかし仲間が引き留める。それでも少女はそれを振り切る様に言った。
「だって、1000万ギルを貰えるチャンスなのよ?」
お金の力か仲間たちも黙り込んでしまった。しかしソラシドといいハリーといい何故そんなに
大金を持っているのだろう?
「ああ、やり方さえ教えて貰えば直ぐにクリアーして二度と此処には近づかないと約束しよう。
そうしたら君たちもクエストにチャレンジ出来てボスから大金が貰える。
俺は次の場所に行ける。
お互いWIN-WINだよね?」
「そうね、じゃあ言うわね。まずクレアって方のNPCを殺すの。」
俺の時と進み方が違う...。なんだコイツ?もしかして俺に失敗させようとしてるのか?
「ちょっと待った。俺たちのグループはフレアって方の娘に告白するって聞いたぞ?」
「まって、私はここを一度クリアした事があるけどその時は洞窟の奥の隠し部屋で二人を倒したら
宝箱が出たわ。」
辺りが急に騒がしくなった。
どうやらハリーは各グループに別々の指令を出していたらしい。
恐らくソラシド同様にハリーも特殊アイテムの出現ルートに見当が付いて居ないのだ。
そして最後の女性が言った方法が普通の攻略ルートなのだろう。
「所で、俺の連れの女の子見なかった?探してるんだけど。」
この質問には皆総じて首を振る。
どうやら彼らがハリーの銅像を街へ運び込んでトンボ帰りした時にはソラシドは既に居なかったら
しい。
「となると洞窟の中以外に行くところは無いよな?お前らはここで待つんだろ?」
「そうよ、あなたがクリアすれば直ぐにあの二人組が入口現るからそれを待つのよ。
さっきみたいにまた直ぐに洞窟の前に飛んでくるとかは止めてよね?」
そういう事か。一つのクエストが終わりやっとバンパイア共が出現したのに直ぐに俺たちが現れて
横取りしたからざわついていたのか。
「分かった。じゃあ期待して待っててくれ。」
そう言って片手を高く上げると再び洞窟の中へと歩いて行った。
(続く)