Day4 a.m:マーカラと吸血鬼 前編
次の日も快晴で朝から日差しが強かった。
というかそもそもこの街で雨が降る事は稀である。
基本的に突き抜けるような青空なのだ。
噴水を見ると膝まで水に浸かる円形のプールの中央からは昨日と同じく奇麗な水がさらさらちょろ
ちょろと噴き上げている。
誰か死んだ奴がゾンビ見たいに「ざばあっ」と水から飛び出して来ないかと澄んだプールを暫く
観察していたが誰も出て来やしない。
「そうだよなあ。皆死なない様に気を付けてるんだもんなあ~。」
そう呟いた時、ちょうど後ろから声を掛けられた。
「イッパチ、私よ。」
その声は落ち着いていて昨日までの甲高い少女の声とはまるで違う。
「わおっ、こいつは飛び切りの美人だね?ソラシド。...って呼んで良いのか分からないけど...」
振り向いた先にはえんじ色を基調としたビロード生地に黒糸で複雑な刺繍を施されたロングドレス
の美女が立っていた。
クラッシックな出で立ちであると言って於こう。
カートの裾には細長い三角形の模様が一面に入っていて首回りにも長い袖先にも白いレースのフレ
アが付いていて、長い金髪は奇麗に後ろで丸められていて胸には約束通り黄色い花が飾られていた。
「有難う。そうね、この姿の時はマーカラと呼んで頂戴?」
マーカラ...何処かで聞いた事がある気がしたが思い出せない。
「それで昨日の指ぬきは幾らで売って貰えるのかしら?」
出た!
実は昨日最後にボスを倒してレベル17にレベルアップした後、例の露天商を始めNPCの鍛冶屋を
何件か回って鑑定して貰ったのだ。
しかし結果は最高で100ギルという査定金額であった。それも珍しいからという事で趣味で露天商
のおっさんが付けてくれた価格でNPC達からは押し並べて1ギルというゴミ価格を提示された。
しかし隠しステージ的な宝箱から出た事、現にマーカラが欲しがっている事、そしてNPCの買取
価格が1ギルという点が逆に疑わしかった事から特殊な用途として可成り価値があるのではと想像
している。
只し俺には相場が分からない。
「うーん、マーカラは幾ら位なら買い取っても良いんだい?」
「うふふふ、そうよね。まだ相場も何もないアイテムだから値段の付けようが無いわよね?
じゃあ1億ギルでどうかしら?」
なんだとう?....この女、ネジが何本か飛んでいるんじゃ無かろうか?
「半額でいい。その代わりソラシドとして俺と一緒に東の森のダンジョンに来てくれないか?」
吹っ掛ければ倍プッシュくらい出来そうな雰囲気だったが何故か欲張る気が起こらなかった。
「良いわ。じゃあ決定ね。」
そして本当に5000万ギルと指ぬきを交換するとマーカラは姿を消した。
そして5分もしない内にソラシドが現れるが彼女は何時もの町人服ではなく珍しい緑色をした革鎧
と帽子を被っていた。
「あれ?お前昨日洞窟でログアウトしただろう?」
「そうよ。だから飛んで来たの。ほらこれ、世界樹の羅針盤。」
世界樹の羅針盤とは一瞬で世界を移動できる便利アイテムである。
「げっ!ガチ勢が使ってる高いアイテムじゃ無いか?金持ちかっ!」
「細かいことは気にしないの。さあ、東の森のダンジョンに行こうか?」
この様子だと、この短い時間にボスを倒してレベルも合わせて来たのだろう。
しかし大金を入手したので俺にも用事が出来た。
「少し待ってくれるか?武器と防具を新調して行きたいのだが。」
「買い物なら付き合うよ。」
という訳でソラシドを同伴してNPCの防具やへ買い物に行くことになった。
「因みに、その緑の革は高いのか?」
「これ?うーん、上下で1,000万ギルくらいかなあ?」
俺は目の前に飾られている青銅の鎧の値札を見た。28万ギルである。
それと比べるとソラシドの防具はそれはべらぼうな価格...
「レベルと釣り合っていないだろうが、金額が...」
「大丈夫、今でも動けなくなる様な事は無いから。」
「ん?」
「何?」
詰まり、高い装備を買っても装備すると動けなくなる事があるって言うのか?
その辺りを詳細に聞いてみると確かに高級な装備には高いステータスを要求する物が多いとの事。
つまり途轍もなく重い素材で出来ているのでSTRが強くないと着ても身動きできないとか、
素早く動ける特殊効果が掛かって居る為に自身のAGIが低いと動くたびに装備に体力を吸われ
直ぐに動けなくなってしまうとか色々あるらしい。
「その緑色のはそう言った事が無いんだな?」
「そうよ。これは毒や石化を防いでくれるから単純に値段が高いの。特殊効果付きって奴よ。」
「という訳だオヤジ、これと同じ素材の革鎧にヘッドギア、それから小手にブーツを見繕ってくれ。」
「全身緑はワニ男と間違われて弓を射かける人がいるから止めた方が...」
「オヤジ、小手とブーツは無しだ。」
指示されたNPCの親父は文句一つ言わずニコニコと微笑みながら淡々と商品を持ってきてくれた。
それから何時もの露天商の所に戻り剣も新調した。金に糸目をつけないから低STRでも装備できる
軽くて切れ味の良い物を要求すると満面の笑みで黒鋼というカーボンに似た軽い素材の長剣を出して
きてくれた。
「最後に、この2本の青銅の剣(+2)だが売値の相場は1万5千ギルだったな?」
黒鋼の剣を手に入れたのでこの2本はもう必要では無かった。売り払おうとしたその矢先、
「ねえイッパチ。剣は壊れた時の予備を持っていても良いんじゃない?」
流石はベテランっぽい人の意見である。
「だが、黒鋼と青銅では攻撃力が違い過ぎるから予備になるかどうか...」
「じゃあ、2つを合成しちゃえば?上手く行けば+4になる訳だし、失敗したら諦めて白鋼の剣でも
買ったら?少し重いけど。」
合成?
遊び心をくすぐられる響きである。
散財したので財布の中は乏しいが失敗しても安い鋼剣の1本や2本なら問題なく購入可能だ。
早速鍛冶屋に戻る事にした。
そして初めての合成をお願いする。
「じゃあ、お願いします。」
「出来ました。」
「早っ‼そして俺また成功しちゃったの?!」
こうして俺は青銅の剣(+4)を手に入れた。
「じゃあ早速行きましょうか?」
そう言うとソラシドは俺の手を握る。
驚いた事に景色が一瞬で変わった。
「はい、着いたよ。」
「えーー!世界樹の羅針盤すげぇえ。」
一緒に瞬間移動してくれると思いもしなかった。
「本当凄いよね。どう、良かったら私たちと一緒に組まない?」
「えっ?」
突然後ろから声を掛けられたので驚いてしまったが、よく考えたら突然現れた俺たちこそが彼女達
を驚かせたに違いなかった。
どうしよう..とソラシドを見ると、「今日は貴方がリーダーで良いから好きになさい。」
と言ってくれたので俺はクレアとフレアを名乗る女性二人を仲間に加えて一緒にダンジョンを
攻略する事になった。
(続く)