Day2:剣(つるぎ)
翌日になると所持金が増えていた。
相場が分からないのでさっそく昨日会った露天商を訪れると、朝早くにも拘わらず露天商は起きていた。
昨日と全く変わらぬ姿で出迎えてくれた彼から初めての武器を購入する事にする。
「やあ、昨日はどうも。俺も申し込んでみたんだけど50,000ギルお金が増えてたんだ。これで買える剣ってある?」
ぱあっと店主は目を輝かせた。
「あるよ、あるある。NPCの鍛冶屋より1割は安くしてあげるから是非説明させてくれ。
短剣、長剣、曲剣、細剣、両刃剣もあれば日本刀もある。
短剣一つ取ってみても色んな長さや形があるけどどんなのが好みなんだい?
実は普段は市場に出回らない凄いのも持ってるけど見る?」
しまった、この人...武器オタクが高じて色んな武器が見れるからと趣味で露天商をやっている様な人だった。
それほど詳しく無い俺は思わず腰が引けてしまう。
「形に拘りは無くて取り合えず剣を買って強化して見たいんだけど、成功しやすいのって有る?」
何ともふにゃふにゃした質問に露天商は顔をくしゃっと縮めるとうーんと困り顔で思案した。
聞いて見ると強化の成功率は明らかにはされておらず、一説には月の満ち欠けや本人の
バイオリズムがかかわってくるらしい。
故に今のところ一概にこれって言える物が無いが目安は最初は3割程度の成功率という事を教えて
くれた。そして「最初は」という前置きの意味はこういう事らしい。
「段々装備の強化度が上がってくると半比例して成功率が下がってくるんだよ。
じゃないと世の中が強い武器で溢れかえってしまうだろう?
失敗した時?
そりゃあまあ色々さ。」
別に世の中が強い武器だらけになってしまって全然構わないのだが...駆け出しの身としては。
取り合えず最初は安くて使いやすいという青銅の剣を1万ギルで買ってそれを強化して見る
事にした。
菱形を引き延ばしたような肉厚の剣で肉を絶つというよりも叩き斬るといった方が近い代物だ。
さて、強化は街の鍛冶屋で24時間何時でも可能である。
何せこっちはNPCだから時間は選ばない。
更に青銅の様なグレードに低い材質なら特殊な付加素材を要求される事も無くお金さえ払えば
いつでも強化して貰えるらしい。
「ごめん下さい。この剣を強化して欲しいだけど。」
別にNPCに挨拶などしなくても良いのだが、暖簾をくぐると癖でそう言ってしまいたくなる。
まあ雰囲気も出るので悪い事じゃあないだろう。
「へいらっしゃい。どれにするかね?」
ポップしたメニューを指先でスクロールさせ、強化の項を選んでアイテムボックスに入れていts
青銅の剣をドロップするとお品書きが現れた。
「青銅の剣(0)を青銅の剣(+1)にするには1万ギルか...」
剣本体の価格と同じか。もう一本剣を買うような物である。
しかしまあ取り合えずやってみよう。
「じゃあお願いします。」
するとアイテムボックスから剣が消えると同時にそれは店主の手によって店の奥へと運ばれて
行った。
そこから時間が掛かるのかと思ったら、驚いた事に数秒もしない内にまた店主が出て来るでは
無いか?。
「お客様、成功です。とても上手く行ったので青銅の剣(+2)になりました。いえいえ、
御代はそのままで結構ですよ。」
「まじ?ラッキー。ありがとうね。」
上々の滑り出しに浮き浮きしながら露天商の所に戻ると、たった今強化したばかりの剣を見せて
価値を聞いて見た。しかし露天商の答は不満足な物だった。
「おおっ。強化に成功したんですね。しかも2回も?中々幸運でしたね。えっ値段ですか?
うーん、そうですねえ、買い取りで1万5千ギルって所ですかねえ?」
なんだって?
「ちょっと待ってよ。強化1回に1万ギルで+2は一応2回分だし、プラス材料費それから壊れる確率
だってあるのにそれはちょっと安すぎじゃない?」
貧相な露天商はいつもの困り顔をした。
「えー、疑うなら他を当たって貰っても良いけど一応この辺の相場だよ?」
プンスカ怒りながら他の店を当たってみると確かに1万4000~6000ギルの買い取り価格の様である。
そこで最初の露天商の所に戻り理由を聞いて見た。
「ただいま~疑ってゴメンね、確かに相場通りだったみたい。でも何でか分からないんだけど教えてくれない?」
人の好い露天商は半分諦め顔で笑いながらこの金にも成らない話に付き合ってくれた。
「この街で商売しているとよく聞かれるんだよねえ。
ほら此処っていくつかある始まりの地の一つにだろ?」
そう前置きを言って青銅の剣(+2)が安い理由を教えてくれたのだが、
一つには+2までの品はNPCの店でも一定確率で生産される事。
(但し、+3以上は経験を積んだ鍛冶職の工房からしか生まれないから値段が急に上がる事。)
それから...
「こっちが最大の理由なんだけど、出るんだよ。」
「出るって何が?おばけ?」
「いやいやそうじゃ無くて剣が、宝箱から。
お客さんも一度迷宮に行って来ると良い街の南門を出ると直ぐ近くにレベル10未満限定の
ダンジョンがあって色々入用な物が手に入るんだ。
チマチマ素材集めをしてお金を稼ぐよりお得だから皆最初は通うんだよ。」
お得なのか...そうと聞いては行かない訳にもいかないなあ。
幸いその迷宮は南門を出て真っすぐ行くと直ぐに見つける事が出来た。
ポッカリと野原に穴が開いている。
周りは疎らだが人影があり、彼らの格好は様々というかヘルメットだけを被って剣を持っている男
だとか、革の鎧だけ着た女性が槍を持って歩いていたりだとか、
つまりみんな不揃いな装備であった。
「とかいう俺も剣一本だから人の事は言えないね。」
そう呟いて中に入ろうとした時に丁度入れ替わりで一人の冒険者が出て来た。
「げえっ、お前大丈夫か?!」
暗闇から出て来た男がとにかく血まみれで満身創痍な事に驚いてしまった。
今にも倒れそうな男に肩を貸してやるが生憎役に立ちそうな傷薬の一つも持っていない。
そもそも街でその手の薬にとんとお目にかかった事が無い事に今気づく。
男は俺の肩に掴まるとしばらくもたれ掛かる様していたが徐々に元気を取り戻した。
「ああ、有難う。もう大丈夫、それにこの位なら寝れば明日には回復している。」
彼の皮鎧は傷だらけで魔物の返り血なのか彼方此方に黒い染みがべったりとへばりついていた。
にも拘わらず額に装着された鋼の帯、いわゆる鉢がねという防具だけはピカピカで新しい。
「若しかしてその鉢がね...今日拾ったの?」
気に成ったのでそう聞いてみると案の定嬉しそうに頷くではないか。
「本当は青銅のヘルメットが欲しかったんだが頭のパーツが出ただけでも良しとしなきゃな。これで少しはダメージが減るよ。」
「そうか、そいつは良かったな。」
その男を見送った後で辺りを見渡すと一人の少女が目に留まった。
俺同様剣一つの格好で町人服を着ている。
つまり腰からぶら下げている短刀以外は町人と何ら変わらない少女である。
「ねえ君、ここ初めて?俺も初めてなんだけど良かったら一緒に入らない?」
少女が振り向いたので目があった。
そこで彼女の瞳の色に驚いた。
オッドアイというやつだ。右と左で瞳の色が違っていた。
「最後の宝箱を私に開けさせてくれるなら良いわよ?」
左目は明るいエメラルド色だった。
少女の提案から察するに恐らく最後の宝箱に当座必要な武器防具が入っているのだろうが、
別に最初の1回目くらいアイテムを譲ってもどうって事はない。
「交渉成立、確かパーティーの組み方って...」
記憶を辿りながらメニュー画面をポップさせるとパーティー編成をクリックする。
その後相手を選択するのだが周囲に居る人の名前の一覧がパッと表示された。
「まどろっこしいわね。こうやって握手するだけでも大丈夫だから。」
そう言ってエメラルド色の瞳を閉じた少女はもう片方の深いサファイヤ色の瞳で微笑むとパチンと
俺の手を弾く。
するとパーティー欄には『イッパチ』という自分の名前と共に『ソラシド』という見知らぬ名前
が表示される。
こうして初めてパーティーを組むと、洞窟へと足を踏み入れたのであった。
◆ ■ ◆
洞窟の中は薄暗かったが全体的にほんのりとした燐光があるお陰で目を凝らせば十数メートル先
でなら見通すことが出来た。
俺が暗闇と睨めっこしている間に慣れて居るのかソラシドが無防備にずんずんと奥を目指す
物だから慌てて後を付いて行く。
バサバサバサッ
「うわっ」
「だめだめそんなタイミングじゃあ。もっと早く振らないと。」
突然目の前を黒い影が横切ったので慌てて剣を振ったのだが、早速ソラシドにダメ出しをされた。
アドバイスに従い羽音が近づいてくる途中で当てずっぽうに剣を振った所、破裂音と共に経験値が
加算された音がした。
「おっ一撃か?」
「そうみたいね。力はそこそこ強いのかしら?じゃあこの先は成るべく雑魚モンスターには手を
出さないでくれる?」
塵も積もればで道々モンスターを倒して行った方が経験値稼ぎになるから良いと思ったのだが相棒
がそう言うので大人しく先を急いだ。
後ろから見ていると、時々襲い掛かってくる蝙蝠型をしたモンスターをソラシドは上手くいなすの
で、奴らが少し傷を付けるだけで逃げて行く習性である事を直ぐに学ぶ事が出来た。
そして洞窟の突き当りには焚き木の明かりに照らされて鉄の扉が控えていて、そこには不揃いな
格好の男女が列を作って並んでいた。
「うーん、3人待ちか。私たちも並んで待ちましょう。」
二人が最後尾に陣取ると直ぐに鉄のドアがバーンと勢いよく開いた。
「おいおい、ドアの前に立ってたら死んじゃうんじゃないか、あれ?」
「ふふふ、貴方ならやりかねないわね。」
ソラシドの嫌味に何か言い返そうとした矢先、出て来た男が血まみれだったのでそっちに意識を奪われてしまった。
「なんだ、またボロボロじゃ無いか?」
するとソラシドは器用に片側の目だけをパチクリさせた。そしてグリーンの片目で見つめられる。
「そうよ?普通はそうなるの。貴方若しかしてこの部屋の主を倒す積もりだったの?」
勿論である。モンスターが居たら問答無用で倒す。
ボスと名が付くなら猶更倒す。
とても分かりやすくて良いでは無いか?
「駄目よ、ドアが閉まってから2分逃げ切れば奴らは消えて宝箱が現れるの。そうやって倒さずに
欲しい装備が貯まる迄ここに通うのがセオリーよ。」
むむっ。...でも倒して見たい。青銅の剣もせっかく(+2)なんだし。
どうやら目が口よりも雄弁だった様子でソラシドは俺の鼻に指を突き付けて念押しする。
「だ・め・よ!
例えLv1でも倒したら一気にレベル11にレベルアップしちゃって二度とチャレンジ出来なくなる
の。
まあ、Lv1のまま来るような人は殆ど居ないけど...。
貴方がどうしてもボスを倒したかったらパーティーを解散するから一人でやって頂戴。
お願いだから私を巻き込まないで。
ちなみに50%くらいの確率で時間切れ前にボスを引き当てれる見たいだから。」
如何やら本気で怒らしてしまった様なので謝る事にした。
「...うーん、折角パーティーを組んでいる途中だからちゃんと集団行動する事にするよ。
我儘言って ごめんね。」
「宜しい。じゃあその剣は仕舞っておきなさい。」
そう言われて渋々剣を仕舞う。
次に入った男も、その次の女も、一つ前に立っていた男も皆全身傷だらけで、しかし嬉しそうに
ピカピカの装備を手にドアから出て来た。
「さあ、後がつかえているから私たちも入るわよ。」
ふと後ろを向くと知らない間に5~6人の冒険者が並んでいた。
「なんだか遊園地のアトラクション見たいだね...」
そう呟いてソラシドの後に付いてドアを潜ると行き成りバーンとドアが閉まった。どうにも勢いが
良過ぎて気に成る。
「ぼーとしない!来るわよ。」
デカいボスをイメージしていたので部屋の中を何度も見渡すが、何処にもボスキャラチックな
魔物は居ない。それどころか黒い模様の部屋の中には俺たち以外に何も居なかった。
「もっ若しかして、ソラシドがボスっ?あいたっ!」
「バカ、よく見ない。模様じゃ無いのよ!」
短剣の柄で思い切りぶたれた腹をさすりながら目を凝らしてみると部屋の模様がグニャリと
曲がり出し、よく見るとそれは壁一面にくっついた小型の蝙蝠の群れだった。
バサバサバサバサ! 羽音が重なりプレッシャーを感じる。
一斉に羽ばたいたモンスター達はその鋭い牙や爪ですれ違いざま俺の体にダメージを与えると
また壁に着地した。
「痛ー!」
一つ一つのダメージはそう大した事は無いのだが数が纏まるとバカに出来なかった。何せライフ
ゲージがもう1割程持っていかれたのだから慌てふためいてしまう。
「ちょっ!こんだけ居るから少しくらい間引いても良いよね?」
自慢の愛刀を再び取り出すと正中に構えて気合を入れなおす。
「駄目よ!ボスは見分けが付かないけど必ず紛れているの。もし殺したらアンタの尻にナイフを
突き刺すわよ!」
おー怖っ!そんなにアイテムが大事なのか?
ゴロごろゴロ
ごろゴロごろ
何故か執拗に俺ばかりを狙う蝙蝠達の突進からなんとか逃れようと必死に部屋の中を転がりながら
ソラシドに聞いた。
「ちょっ、教えてくれ。もし俺が死んだらどうなるの?」
「手放した装備を残して街に戻るのよ。心配しなくてもアンタの剣は誰か拾った人の物になるだけ
だから。嫌なら早く剣なんか仕舞いなさい。」
「何いっ!ぐおっ!」
剣を失う事があるのかと驚き、思わず突っ立ってしまった所へ黒い塊共はこれを好機とばかりに
突っ込んでいた。
「いでいでいで!やばっ死ぬっ死ぬっ」
たちまちライフゲージがビューンと下がりアッと言う間に赤色が点灯した。
「大げさねえ。レベル1でもない限り...って、ちょっとまさかアンタ全くレベル上げ無しで
ここに来てやしないわよね?ちょっと、&%$GAS%$」
最後の方の言葉は残念ながら聞き取れなかった。
なにせ次の瞬間に体中ひっかき傷で血を流した俺の体は街の噴水の中から飛び出していたからだ。
「傷だらけの儘かいっ!」
快晴の空に向かってずぶ濡れで苦情を一つ叫び終えると、慌ててアイテムボックスの中見を
確認した。あっ、お金は無事だった。
しかしソラシドの言葉通り手に持っていた筈の青銅の剣(+2)は無くなっている。
くそっう。落とした剣を拾うのなんて一番近くにいたソラシドに決まっている。
折角の+2の剣を失った悲しみは大きかったが、だがこれで要領は分かった。
そこから直ぐに露天商の所へ戻ると新しい武器を新調する事にした。
露天商は相変わらず丸胴の甲冑から痩せこけたみぼらしい胸板を見せてぼけーっと座っている。
「いらっしゃい。うわあ、結構引っ掻かれたねえ。」
「青銅の剣+2か+3売ってない?」
「えっ?若しかして死んじゃった?」
「売ってるの?売って無いの!?」
復活状態のライフゲージはフルゲージの10%程度、色はレッドである。
それでも武器さえあれば先ほどの洞窟で最初に倒した様な弱いモンスター相手なら倒せる。
そしてしばらく頑張れば直ぐにレベルアップは出来ると考えて居た。
まずレベルを稼いで蝙蝠の攻撃を受けても簡単に死なない体を作り、明日の朝一番でボス部屋に
再挑戦するのだ。
「あるよ。青銅の剣+2が3万ギルで+3が10万ギルだけど...可哀そうだから+1なら今回限り利益
なしで1万2千ギルにまけとくよ?」
つまりこの露店では青銅の剣+2を通常1万5千で仕入れて倍で売っているのか?
ぼろ儲けじゃ無いか。
「普段の原価率すげえな。俺も露天商に成ろうかな?」
「ダメダメダメ!店舗は無くても場所の許可が居るんだから。
勝手に商売するとポリスに掴まるからね?
どうしても取引したいな個人同士で交換しなよ。」
なぜ直接取引なら良くって露天商だと許可がいるのか聞いてみると彼らは取引税を払う事で
街から露店での不特定多数との商売を許可されているという。
「何その世知辛さ?取り合えず+2頂戴、+2。」
再び青銅の剣+2を手に入れると街の東門から草原へ飛び出して露天商から教えて貰った一番弱そう
なモンスターに襲い掛かる。
即ち糸を吐いて威嚇してくる大きな芋虫に向かって手当たり次第に八つ当たりを始めた。
『シャリーン‼』
数分もしない内にレベル2の音を聞いた。
何やらポイントが付与されたが剣士型で自動振分けを選択しているので何もしなくて良い。
ライフゲージも10%程回復して2割程となり色も黄色に回復した所で更にやる気が出た。
「所詮レベル10までのボスだ、レベル6くらいまで上げれば多分大丈夫だろう。
よしっもうひと踏ん張りするぞ!」
冷静に考えれば明日の朝一番で振り込まれているであろうギルを使って防具を揃えてから挑む
という方向も有ったのだが、それだと何だか負けた気がするので意地でもあのボスから初期装備一式
を引き出してやる心算だった。
(続く)