ボッコボコちゃん
そのロボットは、無骨な見た目をしていた。昔の特撮ドラマに登場する「人が中に入って演じるロボット」というそのままの外見を持っていた。
作ったのは、バーのマスターだった。ロボットにおけるハード的な技術も飛躍的に進歩し、メーカーに発注せずとも、個人でパーツを買い集めてロボットを組み立てることも難しくはない時代だ。
彼は、それが出来上がると、バーに置いた。ウエイター代わりに接客をさせようというのではない。このロボットの役割、それは「殴られ屋」だった。
このバーには血の気の多いものが集まるのか、店内で暴れる客がいない夜はない。そのたびに店の備品が破壊されることを憂慮したマスターは、客の破壊衝動の捌け口としてロボットを用意する案を思いついた。ロボットを店の片隅に立たせておいて、鬱憤の溜まった客に思う存分殴らせるのだ。
導入されて以降、ロボットは順調に「仕事」をこなしていた。客は暴れたい衝動に駆られると店の隅に行き、用意されている軽量合金製のグローブをはめ、思う存分「ロボット」を殴りつける。一発、二発で済む客はほとんどいない。数発、虫の居所の悪い客に至っては、数十発もの拳をロボットの体、顔に叩き込む。相手が生身の人間であれば重傷、下手をすれば死に至ってもおかしくないほどのパンチを何発浴び続けても、それでもロボットは、内蔵されたバランサーの機能で立ち続ける。当然、決して反撃を行うことなどなく、だが、拳を見舞われるたびに仰け反り、足下をふらつかせる。この「ダメージを負っている」ことを現す反応がまた客に好評だった。プログラムにより表現されるものだが、ただの人形やサンドバックを殴るだけでは決して得られない「リアルな感触」がそこにあった。
カーボン樹脂で作られたロボットの外装は弾性があり、多少殴られたところでそう簡単に傷は付かないし修復も容易だった。ダメージが蓄積されて修復が追いつかなくなったとしても、外装をそっくり交換すれば済む。
さらに、マスターはロボットに、殴られると火花が飛び散るという機能も取り付けていた。無論、実際にロボットがダメージを被ったために発生するものではなく、火花自体も本物ではない。外部からの衝撃力に応じて炸裂音とともに火花そっくりの光が放たれるという、一種の効果だった。
この「殴られロボット」というサービスを思いつくだけあって、マスターはかなりの加虐趣味を持つ男だったが、いくら「リアル」な反応を返してくるとはいえ、彼自身がロボットを殴ることはなかった。彼の欲望の捌け口は、もっぱら同棲している女性に向けられていた。
女性は何度も「別れてくれ」と懇願したが、マスターは頑として首を縦に振らない。警察に助けを求めたこともあったが、まともに取り合ってはくれなかった。怪しげな場末のバーのマスターの同棲相手という、彼女自身の身分が適当にあしらわれた要因になっていたことは否定できない。さらに、警察に行ったことがマスターにばれ、彼の「加虐趣味」にいっそう拍車を掛ける結果となってからは、女性はもうこの境遇から抜け出すことを半ば諦めかけていた。
そんな生活が続いたある日、彼女はお腹に赤ちゃんが宿っていることを知った。「子供が生まれると知れば彼も変わるかもしれない」彼女はひと筋の光明を見て、妊娠の事実をマスターに打ち明けた。が、それに対する返事は「堕ろせ」の冷たいひと言だけ。彼女のすがっていた細い糸は断ち切られた。このことだけであったら、もしかしたら彼女は考えることをやめ、元の生活から抜け出すことは一生涯なかったかもしれない。が、彼女の手には――まだ妊娠が発覚する前――いざというときに使用するために入手した強力な睡眠薬があり、また、バーにある荷物が届いていたことを知っていた。その荷物とは、「部品ごとに取り寄せるよりも、一式で注文したほうが安く付く」とマスターが注文していた、頭部からつま先までのロボットの新しい外装パーツ一式だった。
ある夜、開店前のバーを訪れた女性は、珍しく彼女からマスターにしなだれかかり、体と言葉巧みに睡眠薬をたっぷりと入れた酒を飲ませた。「開店前だから少しだけだぞ」と言いつつも、その気になって何杯も杯を空けたマスターはすぐにカウンターに突っ伏すこととなった。女性は、深い眠りに陥っているマスターの口に強く猿ぐつわを噛ませた。絶対に喋ることが出来ないように、という目的で。
全ての準備を終えた女性は、街を出て行った。
開店時刻を迎えたバーは、いつもと様子が違っていた。カウンターの中にマスターはおらず、代わりに「今夜は、わたしがおごりますから、みなさん大いに飲んで下さい」と書かれた紙がカウンターの上に張り出されていた。来店した客はそれを読むと勝手に酒を注ぎ、乾杯しあった。そして例によって酒の力は、暴力衝動に駆られた客を生み出すことになった。
その夜、「ロボット」はいつもと違って、床に尻をついて壁にもたれかかるような体勢で店の隅にいた。その外装は傷ひとつない新品。酔客に頭を蹴られ、まるで目が覚めたかのように「ロボット」が起き上がると、ボクサーくずれで今は暴力団の用心棒をしているというその酔客は、すぐさま合金製グローブをはめた拳を、その無骨な顔面に叩き付けた。酔客はこの夜も、思い切り拳を振るうことの「リアルな感触」に酔った。二発、三発……。
外装がひしゃげるほどの強力な拳を何発受けても、その夜の「ロボット」からは一切火花が発生することはなかった。