なるほど、これが異世界か
私が自分の置かれている状況を把握したのは、二歳を迎えた時だった。
その時、私は寝床の柵をエッチラオッチラと乗り越え、見事に床にダイブした。
ゴンッといった鈍い音と共に脳裏に蘇る前世の記憶。
日本人だった記憶だ。
そこで改めて気付かされたのが、この世界が元の世界と違うこと。
私が現在住んでる家は、日本人だった私の目から見てかなり裕福であると思える。
二歳の記憶のままであれば気付かなかっただろうが、自ら脱出したベビーベッドも細かい金の装飾がされており、周りを見れば置いてある棚や椅子、机も高級アンティーク調だ。
そして一番元の世界と違う所。
私を世話しているメイド達が魔法を使っていることだった。
家政婦は見た!
では無いが、赤ん坊は見ている。
現在赤ん坊だからわかる。
これも記憶が戻らなければ漠然と見ている風景の一部としか思っていなかっただろうが、ミルクを適温に冷ます時や、室内換気する時に起こす風魔法、掃除する時にバケツの様な物に出す水魔法。
前世の記憶が戻った私にとって、夢の様な光景だったことがわかる。
当然今は床にダイブした私を慌てて抱き上げ、今日の担当メイドが涙目になってメイド長の元へ小走りしているのだけれど。
「メイド長!お嬢様が、ミステラルおどうだまがぁぁぁあ」
涙目に鼻水も+された様で、今日の担当メイドのジルはグズグズと鼻を啜っている。
そういやこの子は新米だったな。
メイド長はそんなジルを叱り付ける前に、私をジルから風魔法でフワリと自分の手元に移動させた。
「頭を!落ちて頭をぉぉお」
「落ち着きなさい」
メイド長は私の身体に手を翳し光を発生させる。
柔らかな暖かい光が私の全身を包み込むと、暫くして収束した。
「大丈夫です。お嬢様の頭蓋骨、及び全身の骨はミスリル級と診断されるぐらいの骨密度を誇っておるのですよ?それこそミスリルをもじってお名前を付けられるぐらいに」
え?それって人間の骨なの?
「は!そうでした!私ったら普通の赤ちゃんと一緒に考えてました」
おいこらっ、私は人外かっつーの。
いや、確かに痛くは無かったけどね。
でもメイド長の言葉、何か思い出しそうになったんだけど、なんだろうか。
まぁ、いつか思い出すだろうが、夢にまで見た魔法の世界だ。
その日、私はメイド達を観察しながら自分の体内に宿るであろう魔力を探ったのだ。
三歳になった。
私の周りでは水の玉や光の玉がグルグルと回っている。
「お嬢様、また魔法を使いながらお勉強されていたんですか?」
メイドのジルが少し呆れ気味に話し掛けてくる。
文字の勉強をとっくに済ませ、家にある書物を片っ端から読み漁っていた私は、ジルが用意したクッキーと紅茶に目を向けた。
「だって面白いんだもの。魔法も勉強も」
「魔法も勉強も頑張り過ぎではありませんか?その上体力作りと言っては毎朝ストレッチにジョギング5キロなんて、普通の三歳児はしませんよ?私はお嬢様のお身体が心配です」
「心配してくれるのはありがたいけど、私はどうしてもゲットしたいものがあるの。その為には必要なことなのよ。そう、骨以外自慢することが無い令嬢なんて負け犬よ!」
「お、お嬢様……。分かりましたからせめておやつを食べる時は特注のダンベルの上げ下げは御止め下さい」
私は不承不承左手に持っていたダンベルを床に置く。
うん、二の腕の力こぶも良い具合だ。
私が覚醒した二歳から三歳までの間に判明したことがある。
メイド長が言っていた骨がミスリル級、そしてそれにもじって付けられたミステラルと言う名前。
引っかかった小骨が喉から取れる様な感覚を味わったのは、自分の家名を聞いた時だ。
ミステラル・サファイア。
私の名前。
それで私は漸く思い出したのだ。
私が前世でやっていたゲームに出てくるモブ的悪役令嬢の名前だということを。
何故直ぐに思い出さなかったかというと、ヒロインの宿敵である悪役令嬢はちゃんと別にいるからだ。
ミステラル・サファイアは初めの方で、その悪役令嬢と王太子の婚約者という地位を争うモブな悪役令嬢なのだ。
相手の悪役令嬢とあらゆる面でいがみ合い、相手の悪役令嬢に負けたミステラル・サファイアはその場でフェードアウトする。
勝ち残った悪役令嬢は次のステージで平民出身のヒロインを虐め、最後には定番である断罪シーンで裁かれるのだ。
ミステラル・サファイアが悪役令嬢に負けた理由は骨の硬さ以外に家柄しか無かったこと。
しかしその公爵令嬢ブランドも、相手が同じ公爵令嬢であれば何の役にも立たない訳で、負けてからはまるで居なかったかの様に全く出てこなくなる。
ユーザーには結構不評なキャラクターだった。
そんな不遇なキャラクターと同じ名前、同じ骨の特徴を持つのだから、この世界があのゲームと関係があると考えるのが普通だろう。
それから私の訓練が始まった。
ジル「お嬢様がムキムキになってしまう……」
メイド長「私も鍛え直さねば……いえ、メイド達全体を…」