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37.別れの手紙と発破

ルチアにあんな態度をとるつもりは無かったのに、彼女を傷つけたとレオポルトは酷く後悔していた。


アラーナが亡くなった時、息を引き取るのを見ている事しか出来なかった彼は、自分の無力さを痛感していた。

彼はその後の事をあまり覚えていなかった。

病院や葬儀の事で様々な手続きを淡々とこなし、悲しむ間も無く葬儀が行われた。


実感が湧いたのは、アラーナが埋葬される時だ。


彼女はレオポルトが物心つく前から共にいてくれた大切な人だ。

いい事も悪い事も、最初に褒めたり叱ってくれたのは両親ではなくアラーナだった。レオポルトにとっては実の両親以上に彼女は親だった。

彼女を失った喪失感はなかなか癒されるものではない。


レオポルトはその日から仕事に没頭した。

アラーナの事もルチアの事も考えることを放棄した。

彼は結論を出す事を避けていたのだ。


今ルチアに会えば、彼女はレオポルトを慰めてくれるだろう。

彼女はとても優しい人だし、彼に恩を感じている。

彼女の優しさに甘えて、レオポルトは取り返しのつかないことをしてしまうのではないかと恐れていた。


仕事に没頭している間は何も考えずに済むからそこに逃げてしまったのだ。

ひたすら仕事を続け、人間の身体には限界があるとレオポルトが思った時には倒れていた。


目が覚めてルチアが側にいた事に驚き、また逃げようとしてしまったが彼女に引き止められた。

そして何でもするという彼女にレオポルトは無体を働こうとした。


何とか自制を取り戻したが、彼女は引き下がらなかった。

ルチアにそんなことをさせる為に妻にしたわけではない。

レオポルトは、彼女を幸せにしたかっただけなのに。


彼女の弱みに付け込んで、自分のものにしようとした。

恩で自分の身体を差し出させるような真似をルチアにさせてしまったことにレオポルトは罪悪感で胸が苦しくなった。


彼女は自分のことを犠牲にしてでも彼に恩を返そうとした。

だが、恩を感じるように仕向けたのは彼自身だ。

本来ルチアに感謝されるようなことはしていない。全部レオポルトが彼女に好かれるための自己満足な行為だったのだ。


彼はルチアに合わせる顔がなく、あの日から彼女を避けている。


彼女の元気がずっと無く、部屋に篭っているとセスが不審げな目を向けて話してきた。

謝りたいと思っているのだが、レオポルトはどう謝っていいのか悩んでいた。


謝るには彼の気持ちを伝えなければならない。

そうすればルチアの逃げ道を奪ってしまう。

もし気持ちを伝えれば、自分の気持ちを押し殺しルチアは頷くだろうとレオポルトは考えていた。


そして何の解決もみられないまま過ごしていたある日、彼の執務室に突然乗り込んできたのはセスだった。


「レオ!大変だ!!」

「何の騒ぎだ?」


ノックもせずに入って来たセスをレオポルトは睨む。

だが彼はかなり慌てた様子で声を上げた。


「何の騒ぎだじゃない!!ルチアちゃんが居ないんだよ!!」

「何だと……?」

「最近ルチアちゃんが塞ぎ込んでて部屋から出てこないから、リリーが昼食を部屋に持って行ったんだ。

けど部屋にいなくて、他の何処にも見当たらないんだよ!!」


顔面蒼白のレオポルトは勢いよく立ち上がり、部屋を飛び出した。使用人達も全員協力してくれて、屋敷中を探し回ったが結局ルチアを見つけることは出来なかった。


一体何処に行ってしまったのかとレオポルトは考えた後、気が付いきまた走り出した。


「ルチア!!」


そこはあの日から足が遠のいていた夫婦の寝室だった。

だがそこに人の気配はなく、とても静かだった。それでもレオポルトは視線を彷徨わせて彼女の姿を探した。


ふと目に入った絵にレオポルトは目を見開いた。

棚の上に置かれていた一枚の天使の絵。小さな子供の天使が二人仲睦まじい様子で飛んでいる美しい絵だ。


ルチアが書いたものだろう。レオポルトがその絵にゆっくりと近づいた時、絵の横に封筒が置かれているのを見つけた。


その瞬間レオポルトは血の気が引いた。宛名にはレオポルトの名が記されている。


震える手で手紙を取り、レオポルトは封を開け中から手紙を取り出した。文面は短いものだった。


親愛なるレオポルト・コンスタンツィ様


今まで大変お世話になりました。

レオ様には本当に感謝してもしきれません。

一年の約束を破るような形で姿を消すことを申し訳なく思います。

一度カファロ家に戻ろうと思います。

今までお世話になった分は、必ずお返しします。

お身体に気を付けて、あまり無理をしないで下さいね。


ルチア


手紙を読んだ後、レオポルトは崩れ落ちた。

自分がルチアを追い詰め、失望させ、彼女を失ってしまった。


「レオ!?」


セスが慌てた様子で部屋に入ってきたが、レオポルトの様子を見て何かを悟ったのか眉間に皺を寄せた。


「セス……ルチアが、出て行ってしまった」

「はあ!?何でだよ!!」


レオポルトはなんとか立ち上がるとセスに言った。


「ルチアは伯爵家に戻るつもりだ。彼女の身が心配だ……それにカファロ卿にも連絡を取らなくては……」

「お、おい。大丈夫か?」


セスが心配そうに声を掛けてくるが、彼は首を横に振る。


「大丈夫だ。自分のした事くらい、自分で責任をとる」


レオポルトは先ずカファロ伯爵領に向かう経路をいくつか思い出し、その道筋に沿ってルチアを探すよう遣いをやった。

そしてカファロ伯爵家の方にも人を向かわせた。


とにかく彼女が無事ならそれでいいとレオポルトは心の底から願った。


そして数時間後、ルチアが無事カファロ伯爵家に戻ったことが伝えられた。

安堵したのもつかの間、ルチアが出て行った事でコンスタンツィ家に激震が走った。


「旦那様、奥様と何があったのですか!?」

「あんな優しい奥様が出て行くなんて……早く謝った方がいいです!!」

「どうして迎えに行かないんですか!?」

「一体何をしでかしたんですか!?」


レオポルトは使用人達に責められた。

彼女が使用人達に慕われていたのだとレオポルトは改めて感じた。誰もが彼女の居ないことを悲しみ、そして戻ってきて欲しいと願っている。

レオポルトもその一人だったが、彼はなかなか行動を起こす事が出来なかった。


レオポルトはルチアの部屋で何をするわけでもなくソファーに座っている。

一度だけルチアとデートした時に彼女に送った天使の置物は、ベッド横のサイドテーブルに飾ってあったが、今はそれも無くなっている。

まるでルチアが最初からここにいなかったような気分にさせ、ますますレオポルトの気持ちは沈んでいた。


彼女はずっとここに居たのに、レオポルトはルチアを避け、挙句酷い振る舞いをしてしまった。

自分に彼女を迎えに行く資格があるのかとレオポルトは悩んでいた。


「レオ……」


いつの間にか部屋にいたセスが近づいて来たため、レオポルトは顔を上げた。

彼は心配そうに質問してくる。


「迎えに行かないのか?」


レオポルトはその問いに答えられなかった。


「何があったか知らないが、お前が迎えに行かなくて誰が行くんだよ」

「それは……」

「お前、ルチアちゃんが好きなんだよな?」

「……もちろん、そうだ」

「大切なんだよな?」

「ああ……」


レオポルトの答えをセスは気に入らなかったのか冷たい目で睨みつけてくる。そして彼にしては珍しい低い声、そして責めるような口調で言い放った。


「なら……偽の嫁ってどういう事だ?」


レオポルトは目を見開き、セスを凝視した。


「何故それを……?」


そう呟いた瞬間、セスが一気に距離を縮めレオポルトに摑みかかった。


「お前、ルチアちゃんに何を言った!?ちゃんと気持ちを伝えてないのか!?」

「それは……」

「あの子は……母さんに泣きながら謝ってたんだぞ!

もう意識がない母さんの手を握り締めながら、自分は本当の妻じゃないって。

だからお前を支えるっていう母さんとの約束を守れないって……レオに必要なのは自分じゃなくて母さんだから、目を覚まして元気になってって……。

見てるだけで俺まで辛くなった、あの子は苦しんでた。

お前は彼女に何をしたんだよ!」


セスは突き飛ばすようにレオポルトから手を離した。


「……夫婦のことだから何も言わない方がいいかって、そう思ったけど。

今のお前は、めちゃくちゃ最悪だ。最低だ」


そう言葉にしたセスの方が辛そうに見えた。レオポルトは後ろめたい気持ちから俯いてしまう。


「……分かってる」

「だったら、ちゃんと迎えに行けよ。彼女と向き合え。

謝って許してもらって、それから気持ちを伝えろ。

中途半端な事して彼女を苦しめるな。

お前は彼女を幸せにしたかったんじゃないのか……?だから、大切にしてきたんだろ」


ぐうの音も出ないほどの正論で、自分は何をしているのかレオポルトは情けなくなった。

セスはぎこちない笑みを浮かべる。


「振られたら笑ってやるよ」


彼の優しさにレオポルトは勇気をもらえた気がした。


「……そこは応援しないか?」

「ルチアちゃんを傷つけた罰だ。応援なんかしない」

「……そうか」


セスに発破をかけられてレオポルトは覚悟を決めた。

ちゃんとルチアに謝り、気持ちを伝える。

恩や感謝など関係なく自分と向き合ってもらうまで待つ。それがレオポルトのすべきことだと決心がついた。

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