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34.アイリスの花束を君に

舞踏会から一夜明け、ルチアは領地に戻る準備をしていた。


昨夜はレオポルトの具合が悪そうだったので、側にいようと思ったのだが、彼に家族と共に過ごせる時には過ごす方がいいと言われ、何も言い返す事が出来ず家族と共にいることに決めた。


久し振りに会ったエリクは、また少し背が伸びていてルチアとの再会を喜んでくれた。

カファロ領の領地経営も上手くいっているようで、ヴィーゴは嬉しそうにその話をしていた。


屋敷の修繕もほぼ終わっており、前よりもずっと綺麗になったとマグリッドがとても喜んでいる。

貯蓄にも少し余裕が出来て、新しい服を全員分新調したと話してくれた。

新しい家庭教師もエリクにとても良くしてくれており、勉強がとても楽しいと嬉しそうに話している。


家族の笑顔はルチアにとって宝物だ。

それもこれも全てレオポルトのお陰であるとルチアが痛感した夜だった。


家族との楽しいひと時に感謝しながら過ごしたのだが、翌朝早くにリリーが慌てた様子でやって来た。


「奥様!!アラーナさんが!!」


ルチアは驚愕し、すぐさま家族に別れを告げた後慌ててレオポルトの元へ向かった。


王都に別れを告げる余裕もなく、慌ただしい雰囲気のまま4人は急いで駅に向かい列車に飛び乗った。

いくら焦っても列車のスピードは変わらない。レオポルトもセスも落ち着かない様子で個室から出たり入ったりと歩き回っている。


ルチアとリリーもそんな二人の様子を心配しながら、お互い思い出したかのように二言三言会話をするだけで、大半の時間を無言で過ごしていた。


ルチアはただただアラーナが心配だった。意識不明だという情報以外何も分からない、不安で仕方がなかった。

どうか無事でいて下さいと祈る事しかできず、とてももどかしく感じる。


重苦しい雰囲気の中、数時間の列車の旅が終わりルチア達は急いで彼女が搬送された病院へと向かった。


領地内でも一番設備の整っている大きな病院だ。病院に到着し、処置室の前で出迎えてくれたのはリカルドだった。


「旦那様」

「リカルド、アラーナの様子は?」


リカルドに駆け寄った全員の表情に不安が現れていた。彼は沈痛な面持ちで首を横に振った。


「状況は良くありません。お医者様が仰るには……今夜が峠だと」


ルチアはその言葉に衝撃を受けた。

レオポルトは呆然と立ち尽くしており、セスは頭を抱えていて、リリーはポロポロと涙を流している。


「旦那様、アラーナの顔を見てあげてくれますか?」

「あ、ああ」


医者の了承を得て、レオポルト達は部屋の中に入った。


身体のあちこちから管が伸びており、眠っているようにアラーナがベッドに横たわっていた。それを見た全員が息を止めた。


レオポルトとセスは彼女にゆっくりと近づき、レオポルトは彼女の頭を優しく撫で、セスは彼女の手を握り締めた。


ルチアは近づく事ができず、側でその様子を見つめている。

優しいアラーナ、ルチアが侯爵家に来てから不安に思っている時に優しく接してくれた。

レオポルトとの結婚をとても喜んでくれた。

カファロ織が大好きで、ルチアとたくさん話をしてくれた。

ルチアが作ったお菓子を美味しいと嬉しそうに食べてくれた。

レオポルトやセスの幼い頃の話を楽しそうに聞かせてくれた。


そんなアラーナをルチアは騙していたのだ。


ルチアはそう思った瞬間、居た堪れず部屋から飛び出してしまった。


「奥様!?」


部屋の外で待っていたリリーがルチアが飛び出して来た事に驚いている。


「リリー!!」


ルチアはたまらずリリーに抱き着いた。


「奥様、大丈夫ですか!?」

「わ、私……何も出来なくて」

「奥様……」


ルチアは自分の愚かさに涙が止まらなかった。

そんな彼女をリリーは子供をあやすように優しく背中を摩ってくれている。


このままアラーナが目を覚まさなければ、ルチアは騙している事を謝れないという事実に打ちのめされていた。


「ルチア!」


ルチアを追い掛けてきたレオポルトが部屋から出てくる。

彼女の様子を見た彼はリリーに向かって指示を出した。


「…リリー、ルチアを連れて屋敷に戻ってくれるか?彼女をゆっくり休ませてあげてくれ」


ルチアは涙をポロポロと流しながら、リリーから離れてレオポルトに縋り付いた。


「嫌です!私、ここにいては駄目なのですか!?」


感情的になっているルチアを落ち着かせるように、レオポルトは優しくゆっくりと話す。


「そうじゃない。帰ってきたばかりで、君は疲れているだろう?アラーナには私達が付いているから、ルチアは帰って休んだ方が……」


ルチアは慌てた様子で首を横に振った。


「嫌です!アラーナさんに……アラーナさんの目が覚めて、もう一度話をするまで私ここを離れたくありません!」


ルチアは離れたくない気持ちを表すためにレオポルトの服をギュッと掴んだ。お願いだから帰れと言わないで欲しかったのだ。


「ルチア……」


レオポルトの困った表情にルチアは申し訳なく思う。だが、彼女はここを離れたくなかった。


「お願いします。邪魔はしません……ここにいさせて下さい」


ルチアは静かな声でもう一度そう伝えた。するとレオポルトはルチアの背中を二回、優しくポンポンっと叩いた。


「…分かった、ルチアも一緒に残ろう。リリー、屋敷に戻って皆に状況を伝えてくれ」

「畏まりました」


レオポルトの指示にリリーは頭を下げた。


リリーが病院を出た後、ルチア達はアラーナの側についていた。


医者に呼ばれて話を聞きに行ったり、所用で席を外したり、落ち着かずに外の空気を吸いに行ったりと男性陣がしている中、ルチアはアラーナと二人きりになる時間があった。


ルチアはアラーナの顔をジッと見つめていた。病室の中はとても静かで、この世に自分と彼女しかいないとルチアは錯覚を覚える。

ただ眠っているように見えるのにと、ルチアの胸はジクジクと痛み出す。

そして彼女の口から思わず声が漏れた。


「アラーナさん…ごめんなさい」


彼女はそっとアラーナの手を握る。そして、目を瞑り懺悔するように話し始めた。


「あなたに嘘をついてました。

私はレオ様の妻でもなんでもないんです。偽物なんです。ずっとみんなを騙していたんです……。

こんな形でしか謝れなくてごめんなさい。


レオ様はアラーナさんをとても大切に思っていて、だから安心させる為に私を妻にしただけなんです。

レオ様は優しくて、頼りになって、とても素敵な人だから、偽物の妻の癖に彼を好きになってしまいました……。

だから、私はレオ様を支えたいとそう思いました。


でも…….本当にごめんなさい。私にはレオ様を支えるというアラーナさんとの約束を守れそうにありません。だって、レオ様が必要としているのは……私じゃないから……。


彼に必要なのはアラーナさんなんです。レオ様を支える事が出来るのは私じゃなくてアラーナさんなんです。


だから、目を開けて下さい。元気になった姿をレオ様に見せてあげて下さい。

お願いします。アラーナさん……お願い……」


ルチア溢れる涙を止める術を見つけることができず、ギュッとアラーナの手を握り締めた。


「お願いします。レオ様からアラーナさんを奪わないで……」


ルチアは、天に向かってそう強く祈った。


しかしルチアの祈りも虚しく、夜が明ける頃にアラーナは旅立った。


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