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29.寝顔

ルチアが湯浴みから戻ると、レオポルトはソファーで新聞を読んでいた。


「レオ様、戻りました」

「ん?……ああ、ルチア。さっぱりしたか?」

「はい。とても気持ち良かったです」

「そうか……」


そう言った後、レオポルトはまた新聞に視線を落とした。

ルチアは彼がのんびりと過ごせるような提案をするべきだと考えた。


「レオ様、何か飲みますか?お酒も置いてましたよ」

「いや、今日はいい」

「そうですか……」


呆気なく断られてしまったが、レオポルトは新聞に集中しているのでルチアは声を掛けないようにしようと思う。

その代わり鞄の中から本を取り出して、レオポルトの隣に腰掛けそれを読み始めた。


こんなに穏やかな時間をレオポルトと過ごすのは初めてで、ルチアはまるで本当の夫婦みたいだと嬉しくなった。

書類上は本当の夫婦だとしても、それとは意味が違うのだ。


ずっとこんな風に過ごすことが出来たら、それはとても素敵な事だとルチアは思う。

その為には是非とも自分を好きになってもらいたいのだが、何をするべきか悩んだ結果、今できることを思いつかなかったのでルチアは残念に思った。


そんな穏やかな時間の中、新聞を読んでいたレオポルトがルチアに声を掛けてきたのは暫く経ってからだった。

彼は真剣な面持ちで眉間にしわを寄せたまま質問してくる。


「ルチア……。その、私といてつまらなくないか?」

「え?」


突然の質問にルチアは目を丸くする。するとレオポルトは少し眉を下げた。


「私は会話を弾ませる事があまり得意ではない。だから、一緒にいてもつまらないのではないかと思ってな……」

「全然そんな事ありません」


ルチアはニコリと微笑みきっぱりとそれを否定した為、レオポルトはそっと胸を撫で下ろした。


「そうか?」

「はい。確かにたくさんお喋りをされる訳ではないですが、落ち着いていて私は良いと思います。

沈黙が苦手という方もいますが、私はそんな事ないです。

私はレオ様といると安心しますし、楽しいですよ」

「……そうか。ありがとう」


レオポルトの口角が少し上がったのだが、今度はルチアが少し不安になった。


「あの……レオ様は、私といてつまらなくないですか?」

「まさか。楽しいぞ」

「そうですか?それなら良かったです」


そう答えてくれたことに、ルチアは安堵した。


その後もお互いにのんびり過ごしつつ、たまに話したりしながら夜を過ごす。ルチアにとってそんな時間はとても楽しいものだった。

そして夜も更けてた頃、そろそろ寝ようかという話になってしまった。


ルチアはとても緊張していた。

自分で提案したことだが、今からでもソファーで寝るべきなのではと考えが過った。

しかし、そうなればまたレオポルトがソファーで寝ると言いだしかねないず、同じ事の繰り返しになる。

ルチアは彼がグッスリと寝ることができる方法を優先すべきだと覚悟を決めた。


大きなベッドは一つで左側にレオポルト、右側にルチアが寝ると話し合いで決まった。


モタモタしていても仕方がない。ルチアはそっとベッドの中に潜り込んだ。フカフカしたベッドは、柔らかく身体がゆっくりと沈む。

隣でもレオポルトが入ろうとしていて、ルチアは緊張のあまり胸が痛いくらい高鳴った。


「お休み、ルチア」

「お、お休みなさいレオ様」


レオポルトがサイドテーブルの灯りを消すと辺りは真っ暗になる。

物音一つしない静かな部屋の中、暗さに目が慣れたルチアはレオポルトの様子を窺った。

暗くてちゃんとは見えないが、仰向けの状態で目を瞑っており微動だにしないところを見ると、もう眠ってしまったのかも知れない。とても寝つきが良いのだろうか、それとも長旅で彼も疲れていたのかだろうか、もしくはその両方か。


しかしその様子にルチアはため息をついた。

もしかしたら少しぐらい何かあるのではないかとほんの少し期待してしまったのだ。しかしレオポルトはとても紳士だった。


ただ紳士というだけならいいのだが、自分に魅力が無いだけなのかもしれないとルチアは不安になる。

だが、冷静に考えると彼が自分に迫ってくる想像をルチアは全く出来なかった。


結果的にレオポルトがゆっくりと休めるならそれで良いかとルチアは思う。

ずっと忙しくしていた彼が少しでも心安らかに眠れるなら自分の邪な感情は二の次だ。

こうしてルチアはゆっくりと眠りについた。





温かくて気持ちいいなとルチアはゆっくりと目を開けた。

その瞬間、ルチアは声を出しそうになる程驚いたが何とか声を出さずに堪えた。


今目の前にレオポルトの顔がある。しかもレオポルトの手がルチアの腰を抱き寄せていたのだ。

密着している事にドキドキしながら、ルチアは彼を窺う。


間近で見たレオポルトの顔はいつもより若く見えた。穏やかな寝顔、思っていたより睫毛が長いなとルチアは思った。


腰を抱き寄せられている以上ルチアは身動きが取れない。ならばこの状況を楽しんでしまおうと考えた。

恥ずかしさはもちろんあるが、ルチアはもう一度目を瞑ってレオポルトに近づき彼の体温を感じる。


ルチアはただただ幸せだと思った。まるで包み込まれているようだ。どれくらい前からこの状態だったのか、どうせならもっと早く気がつけば良かったとルチアは少し残念に思う。


暫くそうしていたのだが、レオポルトがモゾモゾと動き出した為、ルチアは身体を強張らせた。そして彼の手が腰から離れた。


体温が感じられなくなり少し寂しくなってしまったが、動きからしてレオポルトはベッドから離れたようだ。

ルチアが薄っすらと目を開けてみると、彼は床で腕立て伏せをし始めている。

こんな時にまで鍛錬を欠かさないなんて凄いわと彼女は感心した。


しかし既に目を覚ましていたルチアはいつ起きようか悩んだ。

結局レオポルトが鍛錬を終えた頃に、ルチアは目が覚めたフリをする事にした。


「おはようございます、レオ様」


身体を起こし、ルチアは彼に声を掛けた。


「おはようルチア。よく眠れたか?」

「はい。温かくて気持ちよくてとてもグッスリと眠ることができました」


ルチアは満足げに微笑むと、レオポルトも微笑み返してくれた。


「そうか。確かに布団がフカフカだったからな」


それだけで温かくて気持ちが良かった訳ではないのだがとルチアは思う。

レオポルトを注意深く観察してみたが、いつもと変わらないように見えた。元々感情の起伏が表情に出る人ではないので判別が難しい。

だが、自分とベッドで寝る事くらい彼にとってはどうということは無いのだろうとルチアの幸せな気分が萎んでしまった。


ルチアがそんな事を考えていると知らないレオポルトは、朝の準備に取り掛かり始めた。

いじけていても仕方がない。特に劇的な変化を迎える事が出来なかったとルチアはなんともスッキリしない気持ちになりながら朝の準備をし始めた。


その後二人はセスとリリーに合流し、とうとう王宮に向かう事になった。


明日は七夕ですね。

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