28.緊張の一夜
夜も更けた頃、列車は王都へと到着した。
ルチアにとって初めての王都である。駅は人でごった返していて、ルチアはレオポルトに手を引かれながら何とか人混みを抜ける事が出来た。
セスとリリーは慣れているのか、大きな荷物を持ちながらもスイスイと人を避けながら歩いている。
この中では、ルチアだけがモタモタしていて人にぶつかりそうになっていた。
何とか駅を出たものの、王都は広い。
王宮までまだまだ距離があり、今日は駅の近くにあるホテルに宿泊する事になっている。
ホテルに向かうまでの間に、王都の街並みを少し見る事が出来た。夜なのに灯りがたくさんついていて、とても明るい。
大きな建物もたくさん並んでいて、ルチアが生まれ育った田舎町では絶対に見る事が出来ない光景だった。
ホテルに到着した後、セスが受付を済ませて戻ってきた。
「お待たせしました、旦那様。こちらが部屋の鍵になります」
「ああ、すまな……」
レオポルトが鍵を受け取ろうとしたのだが、セスがスッと鍵を動かしたので彼の手は宙を掴んだ。
レオポルトとルチアは、何が起こったのかと目を瞬かせながらセスを見る。
「いやー、本当に予約が取れて良かったです。このホテル自慢のスイートルーム!
旅の疲れをゆっくり癒して下さい。旦那様、奥様」
セスがニヤリと笑みを浮かべた。
「ささ、リリー。お二人の荷物を部屋に運ぶぞ!」
「は、はい!」
セスとリリーが怒涛の速さで移動を開始する。
「ち、ちょ、待て……おい!!」
レオポルトが二人を止めようとしたが、時すでに遅しだ。彼らの姿はとても小さくなっていく。
困った様子でレオポルトはルチアを見てきたので彼女は苦笑した。
「取り敢えず、追いかけましょうか?」
「そ、そうだな」
ホテル自慢のスイートルームは、ホテルの最上階にある。
とても広い部屋で、真っ赤なフカフカの絨毯が敷かれており、座り心地の良さそうな大きなソファー、高級そうな調度品。
ルチアは侯爵家で高級品は見慣れていたが、この部屋もかなり良いものを使っているようだ。
既にセスとリリーは、てきぱきとレオポルトとルチアの荷物を整頓しており、宿泊の準備も同時進行している。
ルチアはどうすれば良いのか困り果て、視線を部屋の中に彷徨わせた。そして気が付いた。
大きなベッドが一つ。
「おい!セス!!」
レオポルトがセスに声を掛けるが、彼はサッと綺麗にお辞儀をした。
「準備が終わりましたので、私達は失礼させて頂きます。
もし何かございましたらお呼び下さい」
「し、失礼いたしました!」
セスがササッと行動した為、リリーも慌てたようにお辞儀をし彼を追いかけた。
「待てっ……!」
お呼びしているのに、それを無視してセスとリリーは出て行ってしまった。
残されたレオポルトとルチアはお互いに視線を合わせる。
「し、心配しなくていい。他の部屋が空いていないか受付に聞いてくる」
「え?」
ぎこちない笑みを浮かべたレオポルトは、そのまま部屋を出て行ってしまった。
残されたルチアは手持ち無沙汰になったので、部屋の中を見てまわる事にした。
探せども探せども、ベッドは一つだ。
これだけ広い部屋なのだから、ベッドの二つや三つあっても良いのにとルチアは思う。
「わぁっ!」
ルチアは窓から見える景色に息を呑んだ。
王都の街はキラキラと光っており、夜景がとても綺麗だった。
ルチアは夢中になって窓から景色を眺めていた。
どれだけそうしていたのか、ルチアは後ろから声を掛けられて気がつく。
「ルチア」
レオポルトが戻ってきたようで、ルチアは振り返った。しかし、彼の表情はとても硬いものだった。
「レオ様?」
「すまない。他の部屋は満室のようだ」
「そうですか……」
申し訳なさそうに言うレオポルトは、そのまま言葉を続ける。
「だが心配するな。私は他で泊まれる所を探してくる。ルチアはここでゆっくり休むと良い」
レオポルトの提案は、現実的なものとは思えなかった。
ルチアは胸がキュッと痛くなるほど緊張しつつも別の提案をする。
「この部屋に泊まればいいと思います」
「え?」
ルチアの提案にレオポルトはポカンと口を開けて唖然としている。彼にしては珍しい反応だなと思いながらルチアは続けた。
「もう時間も遅いですし、今から探すなんて大変です。それに危ないですし、見つかるかも分からないじゃないですか。ベッドは一つですからレオ様が使ってください。
私はソファーで眠ります」
ルチアは緊張と恥ずかしさで顔を赤く染めていたのだが、レオポルトはそれに気付くことなく、ルチアの提案を慌てて否定する。
「待ってくれ。同じ部屋に泊まる事は仕方がないにしても……私がソファーで寝るから、ルチアがベッドで寝なさい」
「駄目ですよ。明日は王宮の舞踏会です。レオ様は明日に向けてゆっくり休まなければ。
私ならレオ様より小さいですからソファーで充分です」
「明日王宮の舞踏会に出るのはルチアもだろう。私は1日くらい寝なくてもいつもと変わらん」
レオポルトが引かない為、ルチアは意を決して別の提案を試みた。
「で、では……同じベッドで寝ればいいのではないですか」
「な!?」
「ベッドは大きくて広いですし。端と端で寝れば、邪魔にもならないと思います。
わ、私は寝相悪くないですから、大丈夫です!」
一気にルチアは言い切った。恥ずかしさのあまり、今にも倒れてしまいそうだ。
「し、しかし……」
「お嫌ですか?」
ルチアは不安げに尋ねると、レオポルトは戸惑う。
「嫌とかでは無くてだな……」
ルチアはその瞬間にパンっと手を叩いた。
「では、もうお疲れでしょうしゆっくりしましょう。私、紅茶を淹れてきますね!」
ルチアは返事を聞く間も無く、キッチンに移動する。この部屋には小さなキッチンがついていて、そこでお湯を沸かす事が出来るのだ。
ルチアは紅茶の準備をしながら、深く息を吐いた。
少し、強引だったかしら?
ルチアはそう思ったが首を横に振る。
意図してでは無いだろうが、折角セスが用意してくれた機会である。少しは意識してもらえるように振る舞わなければいけない。
だが意識してもらうにはどうすればいいのかルチアには分からなかった。とにかくまずは彼にゆっくり休んでもらおうとルチアは考えた。
紅茶の準備が終わって、レオポルトが待っている部屋に向かう。
彼は何をするでも無く、ソファーに座っていた。
「お待たせしました」
ルチアはテーブルの上に紅茶を準備し始めた。
「……すまない、ありがとう」
「はい。どうぞ」
準備が終わり、彼の前にカップを置くとレオポルトは紅茶を一口飲んだ。そしてホッと息を吐く。
「美味いな」
「そうですか、良かった」
ルチアも同じように紅茶を飲むと、一息つく事が出来た。
思っていたよりも長旅で疲れていたようだ。
「先程、窓から夜景を見ていたのですが、王都は凄いですね。キラキラしているし、大きな建物がたくさんありました」
「あ、ああ。そうだな」
「王宮の方はもっと凄いのですか?」
「いや、もっと落ち着いた雰囲気だ」
「そうなのですか?」
ルチアが首を傾げるも、レオポルトは大きく頷いた。
「ああ。王宮の周りは大きな公園になっている。その周りも大きな屋敷が多く、商業施設などないから静かなものだ」
「へぇ、そうなんですね」
大きな公園とは、どれくらい大きいのだろうかと考えてみるがルチアには想像がつかなかった。
「王宮はとても美しいから、ルチアもきっと気にいる」
「王宮を気にいるだなんて畏れ多い気がします……」
「ん?確かに、そうだな…….」
レオポルトとルチアはお互いに顔を見合わせると、思わず笑ってしまった。
その会話で、二人の間に漂っていた緊張感が幾分やわらいだ。
「そうだ、ルチア。夕食はどうする?」
「夕食……。すみません、列車で景色を見ながらの料理がとても美味しくて食べ過ぎてしまいました。
あまりお腹が空いていません」
ルチアが照れ臭そうに言うと、レオポルトが頷いた。
「そうか、なら夕食は控えよう」
「あ、でもレオ様が食事をなさるなら……」
「いや、私もあまり腹は減っていない」
「それなら良いのですが」
気を遣わせてしまっただろうかとルチアがレオポルトを見つめていると、彼は突然立ち上がった。
「湯を……先に湯浴みをしていいか?」
「はい。どうぞ」
ルチアが答えると、レオポルトはスタスタと浴室に向かってしまった。
レオポルトが居なくなり、ルチアはホッと息を吐く。
一日中彼と共に過ごすのは街に出掛けた時以来の為、ルチアは自分が思っている以上に緊張していた。
自分とは違っていつも通りに見えるレオポルトに、ルチアは少し悲しくなった。
もう少し大人っぽく色気のある女性ならば、彼に意識して貰えるのだろうかとルチアは悩む。
だが色気の出し方がルチアには分からない。そんな事は執事のマウロも教えてくれなかった。
暫くするとレオポルトが戻って来た為、恥ずかしくなったルチアは入れ替わるように浴室に向かった。
本日も読んで下さりありがとうこざいます!
短編で『僕は犬のチロ』という話を掲載しました。少しせつないお話ですが、とても短いので暇つぶしに読んで下さると嬉しいです。




