25.舞踏会への準備
レオポルトは苛々していた。
王宮から舞踏会の招待状が届いてから彼はずっと忙しい。
ルチアとゆっくり話せない事が余計に彼を苛立たせていた。
先日ルチアからまた出掛けようと言われて嬉しかったのに、その願いを叶える余裕が今のレオポルトには無かった。
こんな時期に舞踏会などっ!
レオポルトは心の中で悪態を吐く。
それに彼はアラーナの事も心配だった。最近調子が良いとはいえ、油断出来ない状態だ。楽観視はしていられない。
出来れば屋敷から長く離れるのは避けたかった。
アラーナはルチアが来てから毎日楽しそうにしている。
先日もレオポルトが彼女の所に見舞いに行った時に、あんないい奥様、大切にしないとバチが当たりますよ!と説教されてしまった。
アラーナがルチアを気に入ってくれた事はとても嬉しいことだ。もちろん好かれるだろうとは思っていたが、予想以上だ。
そうルチアは魅力的なのだ。
だからこそ、レオポルトはルチアを舞踏会に連れて行く事が心配だった。
彼女が他の男とダンスを踊ったらと思うと気が気では無い。
もしルチアが誰かに口説かれたら、舞踏会で運命の相手に出会い恋をしたら、レオポルトの不安は尽きない。
レオポルトは自分の狭量さに嫌気がさしていた。
ルチアが運命の出会いを果たし、本当の愛を知って幸せになるのなら、レオポルトは祝福を……出来るわけがなかった。
「ルチア……」
思わず彼女の名前を呟いたレオポルトの視線の先には、ルチアが飾ってくれた花があった。
朝起きた後、ルチアは庭に花を取りに行きここに飾ってくれている。
朝一番にレオポルトの事を考えてくれているのかと思うと、身悶えそうだ。
レオポルトはルチアの愛を感じた。
だが、この愛はレオポルトが求めているものとは違う事を彼は分かっている。
ルチアはよく自分の事を期間限定の妻と言う。
自業自得なのは分かっているのだが、レオポルトはその言葉に悲しくなるのだ。
その言葉はレオポルトの事を恩人という意味で慕っているだけなのだと改めて思い知らされる。
もし何の進展もなくルチアがここを去ってしまったら、レオポルトは立ち直れる気がしない。
そんな事を考えていると、セスがやってきた。
「いやー、疲れた」
執務室に入ってきたセスは、何故か爽やかな笑顔だ。
「何かしてきたのか?」
レオポルトが尋ねると、セスはニヤリと笑みを浮かべた。
「そ!ルチアちゃんとダンス踊って来た」
セスの言葉にレオポルトは思わずペンを落とした。
「何だと!?」
「ほら、舞踏会があるだろ?だからルチアちゃんがちゃんと踊れるのか心配になってさ。
ダンスの練習に付き合ったんだよ」
その言葉にレオポルトは彼を睨みつけた。
「何故お前が私より先にルチアとダンスを踊っているんだ……?」
いつもより数倍低い声がレオポルトの口から漏れだした。
「練習なんだから、そんな怖い顔するなって。
俺は裏方、お前は公の場でルチアちゃんとダンスを披露するんだからいいだろ」
「おい……誤魔化してるだろ」
レオポルトに睨まれ、セスは肩を竦めた。
「そんな事ないって。それより、ルチアちゃん物凄くダンス上手だぞ。あれはかなり練習を積んでる。……先生が良かったんだろうな」
セスの言葉にレオポルトは溜息をつく。
「そうか」
「何だよ、拗ねんなって」
「別に拗ねてない」
明らかに不機嫌になっているレオポルトに、拗ねているだろとセスは苦笑した。
少し気まずくなったレオポルトは一つ咳払いをした後、真面目な表情に変わる。
「なあセス。やはりお前はここに残った方が良いのではないか?」
「またその話か?」
呆れた様子のセスに、レオポルトは眉間に皺を寄せた。
セスは王都の舞踏会に自分も絶対について行くと言っている。
「しかしだな。お前はアラーナの息子だ。こんな時はちゃんと側に居た方がいい……」
レオポルトは何かあってからでは遅いのだと考え、セスが残る事を望んでいる。
「レオ、俺だってちゃんと考えてる」
セスは珍しく真面目な表情で答えた。
「しかし……」
「俺は昔からフラフラしてて、母さんや父さんに心配かけてたのは分かってるんだ。
しかも、コンスタンツィ侯爵家の坊ちゃんを連れ回して遊んでたしな」
「私はそれに救われた部分がある」
レオポルトの言葉に、セスはニコッと笑う。
「俺はお前みたいに結婚したいって思う相手はいないし、唯一母さんを安心させる方法は、ここでレオの執事として立派に務めを果たす事なんだよ」
「セス……」
「母さんの事が心配だから王都には行かずここに残るなんて言ったら、確実に説教される」
セスの覚悟は理解できるが、レオポルトは納得が出来なかった。
浮かない顔のレオポルトに、セスはパンっと手を叩いた後明るく言い放つ。
「深刻になんなって。離れるって言っても、3、4日の事だろ?何も起こらないさ」
セスの言葉にレオポルトは何も答えられなかった。
人が突然いなくなる事をレオポルトは知っている。
側に居ない間に大切な人を失う。
自分が側に居れば、あるいは助かったのではないかと後悔するのだ。レオポルトが両親を失った時のように。
そんな辛さをレオポルトはセスに感じてほしくなかったが、彼はその気持ちをセスに伝える事が出来なかった。
今更、口に出して心配だと伝えるのはどうも照れ臭い。
レオポルトはどうするべきかと悩んでいると、セスがニヤニヤと笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「それより、レオもダンスの練習しておいた方がいいぞ。
ルチアちゃんに下手くそって思われても知らないからな」
「なっ!?わ、分かってる!!」
「だったら、人の事心配してないで自分のことを心配しとけよ」
「……ああ」
レオポルトの気持ちも知らずにそんな事を言ってくるセスに、彼の気遣いだと理解していてもレオポルトはムッとしてしまった。




